先生を交えたティーパーティーの会合を終え、自室へと戻ったセイアは就寝の準備をする。
もちろんただ寝るわけではない。
自身の能力、予知夢を使いアリウススクワッドの所在を調べるためだ。明確にわからなくとも手がかりさえ手に入れる事さえできれば捜索は十分前進したと言えるだろう。
「……とはいったものの、そう容易く手がかりを得れるとは思えないがね」
セイアの予知夢も万能というわけではない。望む未来を見ることは出来ないし、どのような夢を見るのかすらセイア自身で決めることは出来ない。最悪、より酷い未来を見てしまうかもしれない。
不安はある。けれど今のセイアはそのことに怯えてはいなかった。
「先生は未来を知っていた。知っていて、行動を起こした。そして、変えた。ならば私も……」
なぜなら、未来は変えられることを知ったから。
たとえどれほど傷つけられても、ボロボロになっても、先生は諦めず立ち上がった。
そんな先生の姿を見たからこそ怯えてなんていられなかった。
ベッドに横になり、瞼を閉じ、心を落ち着かせ、思考を閉ざす。
まどろみがあふれ出し、頭の中がかすみがかっていく。
心地よさに身を任せ、そのまま意識をおとしていった。
「ここは……?」
気が付けばセイアはキヴォトスを見下ろしていた。
青空に覆われ、人々の喧騒が響く街並み。ある場所では銃撃戦が、ある場所では平和な日常が、ある場所では爆発が、ある場所ではお祭りが、ある場所ではクーデターが……。
そんな、いつも通りの日常。平和な日々。
「これでは手がかりなど到底見つかりそうにないな」
そうつぶやき、夢から目覚めようとした――その時だった。
世界が緋色に染まった。
六つの巨大な塔が天から降り注ぎ、そのうちの一つがサンクトゥムタワーと衝突し、粉砕し、サンクトゥムタワーに成り代わるようにキヴォトスに突き刺さる。
六つの塔は共鳴するかのように鼓動をはじめ、まるで悲鳴のような震音はキヴォトスを削り取り、あっという間にキヴォトスは崩壊を迎えた。
人々の悲鳴は一瞬で途絶えた。築き上げてきた文明は瞬く間に消し去られた。
崩れ、壊れ、塵へと変わってしまいキヴォトスは終焉を告げる。
そこにはすでに何もなく、虚無だけが広がっていた。
そしてその虚無は今まさにセイアをも飲み込もうといていた。
「――っ!」
危険を察知したセイアはとっさに夢から目覚め、飛び起きる。
「はっ! はっ! はっ!」
息は荒れ、服は汗でずっしりと重くなっている。
「……今のは一体?」
息を整えながらセイアは先ほど見た夢について考える。
普段の予知夢であればなにがあろうと自身が危険にさらされることはない。なにしろ、ただの予知夢なのだから。
けれど、あの時明確に感じた危機感は本物だった。あのままでは自身も虚無の中に飲み込まれていただろう。
「――っ!」
虚無に飲まれてしまった自身を想像して思わず体が震える。
眠るのが怖い。
そう恐怖を抱いている。
「……ふぅ、一度気分を変えるべきか」
シャワーを浴び、べたつく汗を流し、暖かなお湯に身をゆだね、心を落ち着かせる。
それでも先ほどの夢を鮮明に思い出していまい、湯船につかっているのに体は寒さを感じてしまう。
不安な気持ちに押しつぶされそうになる。
けれど、セイアは心を奮い立たせもう一度眠る決心をした。
髪をかわかし、身なりを整えたセイアはもう一度とベッドに横になる。
力を抜き、ゆっくりと呼吸をし、目をつむり、思考を止める。
やがて意識がまどろみ始め、このまま夢の中へ。
そう思った時だった。
『――見つけました』
「!?」
まどろんでいた意識が一気に覚醒する。
「誰だ!」
起き上がりあたりを見渡すがそこは変わらず自身の自室だ。誰かがいるわけがない。
けれど確かに聞こえた声。身の毛がよだつような声。
その声にセイアは聞き覚えがあった。
「……ベアトリーチェ?」
それは先生を見ていた時に知ったアリウスを支配している大人の声。
「なぜ彼女の声が……っ!?」
不意に頭が重くなる。
『逃しませんよ』
「うっ……!」
急激に意識がまどろみ始める。
体に力が入らなくなっていく。
襲い掛かってくる虚脱感にあらがうことが出来ず、セイアはそのまま意識をおとした。
「……いったい、何が?」
気が付いたセイアがあたりを見渡すと、そこは見たこともない場所だった。
「教会……か?」
神聖さはありながらもどこか不気味な雰囲気のするこの場所を見下ろし、なぜか自分の視点が高いことを不思議に思う。
そしてセイアは自身がなにかに磔にされていることに気が付いた。抜け出そうともがくが体にまとわりつく赤い枝のようなものに拘束されて逃げ出すことが出来ない。
「ようこそ私のバシリカへ」
「っ!?」
声のした方向を見ればそこにはベアトリーチェが立っている。
「直接顔を合わせるのは初めてですね。予言の大天使、百合園セイア」
「なぜ私を狙った?」
「公平を期すためですよ」
「公平だと?」
「不公平だとは思いませんか? あなたたちだけが未来を知っているというのは?」
なるほどとセイアは思った。ベアトリーチェはセイアの力を利用して未来を知ろうとしているのだと。
「私が力を貸すとでも?」
「何か勘違いしているようですね。なぜ私がアナタに力を貸してくれなどと頼むと思っているのですか?」
「なに?」
「こうしてアナタを捕らえたのはアナタの力を私が直接利用するため」
ベアトリーチェの手がセイアのお腹に触れ、その部分が妙に熱くなっていく。
「預言の大天使としての力、使わせてもらいますよ!」
「ぐぅ……!」
セイアの体に言い知れぬ不快感が侵入してきた。
痛い。
苦しい。
辛い。
吐き気。
嫌悪感。
焦燥感。
自身の内側を直接触られ、いじられ、持て遊ばれる感覚。そして自身の体の根幹となる部分をつかまれ、引き抜かれていく感覚。
「――ァガ! ぐぅ……っ!」
悲鳴を上げることが出来ず、嗚咽が漏れる。呼吸が出来ず、思考が止まる。開かれた口の端からはよだれがたれ、閉じられない瞼に影響されてか瞳をうるわそうと涙があふれる。
こんなことがいつまで続くのか。早く終わってほしい。だなんて考えが思い浮かばないほどセイアは苦しめられ続ける。
「! くっ! なかなか負担が大きいですねっ。……ですが、見させてもらいましたよ。未来を!!」
「――かはっ! げほっ! げほっ!」
やがてベアトリーチェの手が離れ解放されたセイアは酸素を求め激しく呼吸しようとする。けれど空気が喉でつまりせき込んでしまう。何度も何度もせき込み、まともに呼吸できるようになったころセイアの体を拘束していた赤い枝が解かれ、そのまま地面に叩き付けられる。
「ぐ……!」
地面に倒れ伏し、体に力が入らず立ち上がることすらできないセイア。
そんなセイアを歯牙にもかけずベアトリーチェは己が見たであろう未来に思いを馳せている。
「えぇ、えぇ、なんとも腹立たしい未来でしょうか。まさかこの私が負けるだなんて……っ!」
顔を歪め、体を震わせ、忌々しそうに吐き捨てるベアトリーチェ。
「ですが、だからこそ対策が打てるというもの。アナタの力は十分に利用させてもらいました」
けれどその怒りを抑え込み、次へと生かそうとしているベアトリーチェにセイアは危機感をおぼえた。
(このままでは、先生が……! どうにかして伝えなければ……!)
隙をついてベアトリーチェの魔の手から逃れようとするが、そんなセイアをベアトリーチェが見逃すわけがなかった。
「させませんよ」
「っ!」
「あなたにはしばらくの間おとなしくしてもらいましょうか」
ベアトリーチェがセイアに向かって手をかざすと、セイアの意識は朦朧とし始める。
(……ミカ……ナギサ……先生……すまない)
誰にも何も伝えることが出来ず、セイアの意識はどこかへ閉じ込められてしまった。
アコちゃんのメモロビフィギュアが届きました。
とても、すごかったです。