トリニティ総合学園内の中心、トリニティ・スクエア。そこはトリニティにとって人気スポットであり、中央の噴水はあたりを美しく麗せている。
けれど今はそんな面影はなく、美しかった噴水は壊され、綺麗に舗装された道はひび割れ、均一にそろえられていた芝生は荒らされてしまていた。
その上あたり一面には力尽きた数多くのアリウス生徒が倒れ伏し、現在進行形でその人数は着実に増えていっている。
「――ふんっ!」
可愛らしい声とともにまた一人投げ飛ばされ、地に倒れ伏してしまう人が増えた。
「怯むな! 削り切れ――っ!」
その声と共に無数の銃弾が放たれる。倒れても倒れても次々と湧き出てくるアリウス生徒。終わりが見えず、その身に銃弾を受けながら聖園ミカはだんだんとイラつき始めていた。
「意味ないって。わかるでしょ? あなたたちじゃ私にはかなわないって」
もう何度も発した言葉。けれど何度声をかけてもアリウス生徒たちが引くことはなかった。
なぜここまでアリウス生徒が粘るのかミカには理解できなかった。
けれど、そんなことは重要ではない。襲ってくるなら返り討ちにするだけ。
それにこれだけ大騒ぎしているのなら正義実現委員会が応援に来るだろう。
ならミカがやることは一つだけ。それまで時間稼ぎをする。それだけだ。
ただ一つ気を付けなければいけないのはヘイローを壊す爆弾。それだけはたとえミカと言えどもただでは済まない。
傷つきながらもアリウス生徒を倒し、時間を稼ぎ、戦い続ける。
そんな時、一つの投擲物がミカに向かって飛んできているのに気が付いた。
「手榴弾? そんなもの――っ!?」
飛んできた方向へ叩き返そうと投げつけてきた人を見て、ミカの動きが止まった。そしてそのまま手榴弾がミカの目の前に落ち爆発する。
「――けほっ、けほっ!」
爆煙に包まれたミカは先ほど見た光景を頭の中で反芻する。手榴弾を投げつけてきた人物について考える。
やがて爆煙がはれ、視界が晴れる。そして手榴弾を投げつけてきた人物を見据えた。
「…………なんでっ」
小さく吐き捨てられたその言葉には怒りが込められていた。それもそのはずだろう。なにしろその手榴弾を投げつけてきたのはアリウス生徒ではなかったのだから。
「やりました! 当たりましたわ!」
そこには薄暗い月明かりに照らされたトリニティの生徒がいた。
「私たちも続きましょう!」
「いいぞー! やれー!」
「魔女を滅ぼせー!」
それも一人ではなく、大勢。
「――くっ!」
連係の取れていない無造作な攻撃。アリウス生徒と協力するではなく各々が自分勝手に引き金を引き飛んでくる銃弾。統率の取れたアリウス生徒の攻撃とは違い予測できない個々の悪意。
この状況にアリウス生徒も困惑していたがこれ幸いにと攻撃を再開する。
無数に飛んでくる銃弾の嵐。ミカはそれを避けようとも、迎撃しようともせずただその場に立ち尽くす。
「………………っ」
ここにはこの前の事件の主犯であるアリウスがいる。状況を見ればアリウスがミカを襲っていることは一目瞭然だ。だというのに彼女らはアリウスを叩くのではなくミカを叩いている。ミカに攻撃を仕掛けている。
怒りが募っていく。憎しみが溢れてくる。
なぜ? なぜなのか?
どうして自分がこんな目に合わないといけないのか?
ただ、抵抗していただけなのに。
これでは攻撃することが出来ない。
むやみやたらに攻撃すればトリニティ生徒をも巻き込んでしまう。
それは……。それだけは…………。
『こんな奴ら気にする必要なんてないでしょう?』
また頭に響く自身の声。
『だって私は何も悪いことはしてないのに』
私を侵食してくる私の声。
『急にアリウスが襲ってきただけ』
そう、私はただ襲われ、抵抗していた。
『自分の身を守るため戦っていただけなのに』
力加減は出来なくてもヘイローだけは壊さないよう気を付けて戦っていた。
『それなのに彼女たちはアリウスを援護し、手助けしている』
彼女たちには何もしていないのに。
『私を滅ぼすために』
手を出していないのに。
『我慢する必要なんてない』
傷つけようなんて考えていないのに。
『気を使う必要なんてない』
被害が出ないように広い場所で戦っていたのに。
『守る必要なんてない』
それなのに彼女たちは攻撃してきた。
『
私が彼女たちの敵だから。
『わかり合うことなんてできない』
わかり、あえない……。
『私に味方なんていない』
…………。
『だって私は――魔女なんだから』
急に抵抗をやめ、その場に立ちつくいているミカ。銃弾を受けながらも何の反応も示さないその姿にアリウスもトリニティ生徒も奇妙に思ったが、すぐに攻撃のチャンスと思い総攻撃を仕掛けた。服が破れ、肌も切れ、少しずつ少しずつミカの体に傷が増えていく。
「……………………ちがう」
けれどミカはそんなものに気にしている余裕はなかった。
「…………それは、ちがう」
先生に自身が裏切り者だと知られていた時から聞こえ始めた自身の声。自身を苛む声。非難する声。
私は魔女だと、罪人だと、何度も何度もそう言い聞かせられてきた。
「確かに私はみんなに迷惑をかけて、忌み嫌われて当然の事をした」
一人幻想を抱いて、勝手に動いて、騙されて、暴走して、トリニティを危険な目にあわせて。確かにそうなのかもしてないと何度もそう思った。けれど……。
「誰からも許されることはないのかもしれない。私を信じてくれる人なんていないのかもしれない……そう思ってた…………でも」
『昔はそうだったかもしれないけどっ、少なくても傷ついた先生を助けようとしてる今のミカ様が間違っているはずがない!』
「コハルちゃんは信じてくれた」
『…………別にいいわよ』
「ヒナちゃんは許してくれた」
『ミカちゃん、自分のやったことから目を背けないで。ミカちゃんは悪いことをしたけれど、良い
ことだってしたんだ。その事実から逃げないで』
「先生はわたしを認めてくれた」
『だって私たちは――友達、ですから』
「ナギちゃんは私を頼ってくれた!」
ミカは確かに覚えている。自身に向けられたものが悪意だけではないことを。
「私は、一人じゃない!」
ミカは知っている。手を差し伸べてくれる人がいるのだと。
「あなたは誰っ!?」
ならこの声は自身のものじゃない。
「私の中にいるあなたはいったい誰なの!?」
『…………あーあ。バレちゃった』
ミカの周囲の空間が歪む。ミカの中から姿形を持たないナニかが抜け出ていく。
『もうちょっとだったのに失敗しちゃった』
とても残念そうに言葉を発するナニかに向けてミカは凄み睨む。
「あなたの目的はなに!」
想像はつかないがろくでもないことだとは思っていた。けれど、そのナニかの答えはそれ以上の答えだった。
『――キヴォトスの破壊』
「っ!?」
『そのための肉体が欲しかったんだけど、これじゃあ乗っ取れないかな』
そこにいるナニかの気配がだんだんと希薄になっていく。
「どこに行く気!?」
『もちろん決まってるでしょ?』
声もかすみ、遠くへ飛んでいく。
『このキヴォトスを支える根幹』
聞き逃してしまいそうになるほどの小さな声だが、確かにその声は聞こえた。
『――先生の所に』
真上に登った月がゲヘナ学園をうすく照らしている。その光は締め切ったカーテンの隙間から私のいる部屋を少しだけ照らしていた。
ここは万魔殿の仮眠室。無駄にだだっ広いこの部屋は一人で暮らすことができそうなほど設備が充実している。
そんな広い部屋の中私は……私たちはみんなで集まって眠っている。
「えへへ……プリンがいっぱーい……」
「これは、トクダネの予感が……」
「ふふふ……これが、完成したNKウルトラ計画よ……」
イブキ、チアキ、サツキ先輩。三人ともぐっすりと眠っている。それもそのはずだろう。なにしろここ三日間はあの事件の後処理で大忙しだったのだから。実際私もものすごく疲れている。少しでも力を抜けば今にも眠ってしまいそうなほど。
…………けれど、私は眠れていなかった。
「…………ん」
ごそごそと横で動く人の気配。先ほどから何度も寝返りを打つ私のマコト先輩。
チラリと目を開け見てみれば目の前に眉を顰め、落ち着かなそうに顔を歪めている先輩の寝顔があった。
……いや、寝てはいないのだから寝顔というのも変な話か。
「………………っ」
まったく困った先輩だ。先輩が寝れていないせいで私も気になって眠れない。
私はそっと手を伸ばし、マコト先輩の手を握った。
「!? イロハ!?」
驚きつつも周りを起こさないよう小さな声で叫ぶ先輩。そんな気遣いが出来るなら普段からやってほしいものだ。
「お、起きていたのか?」
「……いえ、少し嫌な夢を見て」
「どんな夢だ?」
「マコト先輩がマコト先輩じゃなくなってしまう夢です」
思い起こしたのはあの数日間の日々。雷帝の遺産なんかに振り回された地獄のような日々。
「……むぅ」
先輩が珍しく妙な声を出したなと思い見てみれば先輩はばつが悪そうに顔を背けていた。
流石の先輩でも気にしているのかという驚き。いつも自分勝手で、自由奔放で、自分に正直な先輩がこんなにも弱った姿を見せるなんて。
正直嬉しい気持ちもあるが、それ以上に気に入らない。
先輩にそんな表情は似合わない。
自信満々に、不敵な笑みを浮かべ、私たちを振り回していてほしい。
「……先輩」
「なんだ?」
「先輩は、先輩ですか……?」
「そうだ」
「先輩は、ちゃんとここにいますか?」
「あぁ、私はここにいる」
「…………先輩」
「どうした?」
「このまま、手を握っていてもいいですか?」
「キシシッ、いいだろう。このマコト様自らがお前の手を握ってやろう」
自信満々で、腹が立って、うっとうしい、いつものマコト先輩の笑顔だ。
指を動かし、重ね合わせ、絡ませ合う。
目を閉じれば目の前のマコト先輩の息遣いがはっきりと聞こえてくる。握り合ったマコト先輩の体温が手のひらを通じて伝わってくる。
眠気に襲われ、意識がまどろみ、頭が重くなっていく。
「……マコト、先輩」
「なんだ?」
「…………おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
マコト先輩のぬくもりを感じながら私の意識は眠りに落ちた。
なんで私はあとがきでマコイロSSを書いているんだ?