薄暗い至聖所の中で戦闘が始まった。通路からは無数のミメシス、周りの物陰に数名のアリウス生徒。
「くそっ。倒しても倒してもきりがないっ」
ミサキのロケットランチャーが一発着弾するごとに大勢のミメシスが倒れ消えるが、その数よりも多くのミメシスが奥から次々現れる。
「攻撃の手を止めるな! ここで倒し切らなければ――くっ!」
サオリも自身のアサルトライフルでミメシスを倒していくが、物陰に隠れたアリウス生徒たちからの横槍を受け思い通りに動けていない。
「暗くて狙いが定まりませんっ」
ヒヨリがそんなアリウス生徒を対処しようとスナイパーライフルを構えるが、狙おうとすれば別方向から銃撃され、体勢を立て直しているうちに狙っていたアリウス生徒は別の場所へ身を隠してしまう。
「ぐ――! 先生! 私のそばから離れないでください!」
そしてバルバラの攻撃から先生を守り続けているミネもその表情に余裕はなく、どう見ても手詰まりな状況だった。突破口はなく、少しづつ削られていく体力と気力。
このままでは押し切られるのは確実だ。
どうにか状況を変える手立てがないか考えるが、先生の頭にはなにも良い案が思い浮かばない。
そもそもとして先生自身が足手まといになっている。
こうも囲まれていては隠れられる物陰はなく、ミネに守ってもらえていなければとっくに命を落としていただろう。
この状況が打開できない。そう思ってしまい先生の心は焦りを募らせていく。
大人のカードを使うことも考えたが、今は使えない。なぜかそう確信できる。
なら先生に残された手はなにもなく、ただ守られているのみ。自身の頭ではたいした策も練れず、無能そのものである。そう考えてしまった時、先生は自身に対して怒りを募らせていく。
今の私は私ではなく『先生』だ。無能なのは私であり『先生』ではない。足手まといなのは私であり『先生』ではない。なら大丈夫だ。なぜなら『先生』ならどんな状況でも何とかして見せるのだから。
『先生』の内にあった弱音は消え、思考を回す。
どんな些細なことでもいい。すべてを思い返し、あらゆる可能性を考え、弱みも強みもすべてを利用する。
頭が割れそうになるほど考えているとき、ふとあることを思い出した。
ベアトリーチェは確か、こういっていた。シッテムの箱の起動方法を教えなさい、と。
起動方法……? シッテムの箱は起動するだけならパスワードすら必要なかったはず。
そもそもとしてシッテムの箱は『先生』以外に使えないのではなかったか? シッテムの箱を受け取ったとき、そう言ったことをリンが言っていたはず。
ならここでシッテムの箱を起動するような動きをすればベアトリーチェは食いつくのでは?
確証はないし、確信もない。
けれどこのままではジリ貧だ。
「……一か八かだ! シッテムの箱起動!」
「っ!?」
なら、賭けに出るしかないのだと先生は覚悟を決め息を大きく吸った。
そして――叫んだ。
……我々は望む、七つの嘆きを。
……我々は覚えている、ジェリコの古則を。
反応は何もなかった。
「――ふふ、ふふふっ」
ベアトリーチェの高笑いが至聖所内に響き渡る。
「それがシッテムの箱を起動するパスワードなのですね!」
まるで勝ちを確信したかのようにシッテムの箱を取り出しベアトリーチェは先生が口にした言葉を復唱する。
「我々は望む、七つの嘆きを! 我々は覚えている、ジェリコの古則を!」
意気揚々とシッテムの箱に語り掛けたベアトリーチェだったが、しかしシッテムの箱は何の反応も示さなかった。
「な、なぜ……?」
ベアトリーチェが困惑した隙をつき、先生は駆け出した。
「!? 止めなさい!」
ワンテンポ遅れてアリウス生徒に命令するが、そのころにはすでにベアトリーチェの目の前にまで迫っていた。
「く――っ!」
ベアトリーチェはとっさに手を上げシッテムの箱を守ろうとする。
「――そこだ!」
しかし飛んできたサオリの銃弾がベアトリーチェに当たり、ベアトリーチェは思わず手に持っていたシッテムの箱を手放してしまう。
ベアトリーチェの手から離れ空を舞うシッテムの箱に先生は手を伸ばし、つかみ取る。
そして、シッテムの箱を起動した。
青白く光る画面に『システム接続パスワードをご入力ください』と映し出され、パスワードを入力する。
……我々は望む、七つの嘆きを。
……我々は覚えている、ジェリコの古則を。
画面が真っ白に染まり、シッテムの箱と接続した。
『――先生!? 先生!? ご無事でしたか!?』
直後頭に響く懐かしい声。
『すみません先生! 私がもっとちゃんとしていたら……』
「大丈夫だよアロナちゃん! それよりも今はやらなきゃいけないことがあるでしょ!」
『――! はい!』
アロナがシッテムの箱の権能を再起動する。
「いけません! 先生に総攻撃を!」
ベアトリーチェは危機感をおぼえたのか叫び先生が何かをする前にけりをつけようとした。
「アロナちゃん――!」
バルバラ、ミメシス、アリウス生徒が一斉に先生に向かって銃弾を放った。逃げる余裕はなく、避ける隙間はない。
ミネ、サオリ、ミサキ、ヒヨリが先生の盾になろうと飛び出すが、すでに遅く間に合うわけがない。
勝負は決したと、ベアトリーチェが妖しく笑いかけるが、その笑みは引っ込んだ。
「…………は?」
放たれた銃弾は一切先生に当たることがなかった。それどころか当たる直前銃弾は先生を避けるように軌道を変えた。
「――な!?」
「……これは一体?」
「説明は後! ヒヨリちゃんは指示に従ってアリウス生徒を狙撃! サオリちゃんとミサキちゃんはミメシスを減らして! ミネちゃんはバルバラを対処して! アロナちゃん! マップを!」
『はい先生! 戦術マップ展開します!』
その言葉と共に脳裏に広がるこの場の地図と敵の位置。ミメシスの数はわからないがアリウス生徒の数は8人。どの子たちも物陰に隠れ狙っている。
「ヒヨリちゃん! 三時方向の柱の後ろ!」
「わ、わかりました!」
ヒヨリが構えた先にある柱、そこには暗闇に隠れてはいるが確かに人影がちらりと動いており、その動きは動揺したかのようにみえる。
ヒヨリはその人影に照準を合わせ、引き金を引く。
「――ぐわ!」
そして放たれた銃弾は狙い通り飛んでいき一人のアリウス生徒の意識を刈り取った。
「や! やりました!」
「次! そのまま一時方向瓦礫の陰!」
「はい!」
「六時の方向! ガラス窓の外!」
次々と倒されていく仲間たちに動揺したのか攻撃の手も弱まり、狙いもおろそかになっていくアリウス生徒たち。
ヒヨリに次の指示を出しちらりとサオリたちの方を見てみれば邪魔されることのなくなった二人は思う存分動き回り、着実にミメシスを減らしていっている。
そして先生を守る必要がなくなったミネはバルバラへと突貫し、近接戦を仕掛けている。鈍重な二つの武器を振り回すバルバラの攻撃を避け、防ぎ、着実にショットガンでダメージを与えていく。
完全に流れをつかんだと先生が確信したとき、ベアトリーチェの叫び声が響いた。
「このまま思い通りにさせるとでも!」
「ベアトリーチェ!」
「許しませんよ私は! このような逆転劇などあってたまるものですか!」
「子供たちの明るい未来に貴女の許しなんて必要ない!」
「なぜですか先生! なぜアナタはそこまで生徒にこだわるのです!」
「大人が子供を守ることなんて当然でしょ!」
「違います! 大人とは世界を救うものです!」
「なにを――!」
「この世界に未来はなく、希望はなく、残っているのはうたかたの夢でしかない! だからこそ我々は全てを知り! 全てを支配しなくてはいけない! この儀式はそのためのもの! 私がより高位な存在に至るための手段なのです!」
「そのためなら子供たちを犠牲にしていいとでもいうつもり!」
「当然です! 所詮子供など我々大人にとって便利な道具であり、搾取されるだけの存在! そんなものの犠牲など気にする価値もない!」
「ふざけるな! アナタがどんな考えを持とうが勝手だけど、それを子供たちに押し付けるな!」
「儀式はまだ途中でしたが……こうなっては仕方がありません!」
ベアトリーチェがそう叫んだ瞬間、先生とミネ以外の生徒たちが膝をつき、ヘイローの輝きが失せていく。残っていたミメシスもその姿を塵へと変えていき、そしてその塵はベアトリーチェの体に吸い込まれていった。
「サオリちゃん!? みんな!?」
「いったいなにを――!?」
ベアトリーチェの体が変貌し、膨張し、狂っていく。その姿はまるで細い枯れ木のようでありながらも、禍々しい。頭部はまるで咲いた花のように開かれ、一つ一つの花びらに存在する瞳がぎょろりと先生たちを見つめている。
「さあ! その目にしかと映しなさい! この姿こそ高位の存在となった証! 偉大なる大人の姿なのです!」
ココロちゃん。
好きだ。
君の優しい笑顔が好きだ。
君の気丈に振る舞った笑顔が好きだ。
君の困ったように笑う笑顔が好きだ。
隣に君がいてくれるだけで私は笑顔になれる。
君が作ってくれるお味噌汁が好きだ。
少し味の濃いその味噌汁を飲むたび体の芯からじんわりと暖かくなって幸せな気持ちになる。
君がダイビングしている姿が好きだ。
海の中を悠々自適に泳ぎ、ゆらゆらと揺蕩う桃色の髪の毛に自然と目が奪われてしまう。
海の中から出てきた君の姿が好きだ。
全身をつたう海の雫が太陽に光に反射してキラキラと輝く君の姿はまるで宝石みたいに美しい。
ココロちゃん。
好きだ。
大好きだ。
君と一緒に海の中でデートをしたい。
だからココロちゃん。
私にダイビングを教えてほしい。