怪物へとなり果てたベアトリーチェ。その姿は恐ろしく、おぞましく、醜く、それでいながらもどこか神聖さを感じる。
怪物が咆哮を上げ、とっさに耳をふさぐ。けれどその咆哮は容赦なく耳の中へと侵入し、耳障りで聞き続けていたら狂ってしまいそうになる不快な音で脳を揺らしてくる。
「――ぐっ!」
「――あ、あぁ……っ」
「――ちっ……!」
サオリ、ヒヨリ、ミサキが膝をつき、苦し気に息を吐く。
「みんな! 大丈夫!?」
顔は青ざめ、体は震え、手にしていた銃が地面へと落ちていく。
『ここはアリウス自治区であり私はその支配者! アリウスの力も、権威も、神秘すら私のものです!』
まるで子供が欲しいおもちゃをもらったかのように興奮し、それでいてその目には確かな野望がうずまいていた。
『これなら! これならば! 世界を救うことが出来る!』
ひとしきり笑った後、ベアトリーチェは先生へと向き直り、異様な体でありながらも先ほどまでの優雅でありながら傲慢さがにじみ出ていた動きで話し始める。
『先生、あなたにはさんざん手を焼かされました。どんな状況でもすべてをひっくり返してしまうほどの力を持っているあなたに……ですが』
ベアトリーチェは異形と化した右手を上げた。
『絶対者となった私に勝つことなど不可能! 先生! あなたに勝ち目などなかったのですよ!』
そして細く、それでいて巨大な怪物の手が先生に向かって振り下ろされる。
「――先生! ぐうっ!」
「ミネちゃん!」
先生に振り下ろされそうになった手はミネが間に入り盾で受け止め、ミネの足元がクレーターのように沈んだ。
その衝撃までは防ぐことが出来ず、先生は吹き飛ばされてしまう。
『――私にお任せください!』
吹き飛ばされ瓦礫やガラス等がそこらに飛び散っている地面を転がればただでは済まなかったが、幸いアロナが先生の肉体にバリアを張っていたおかげで傷一つなく済んだ。
「けほっ! 助かったよアロナちゃん」
『ご安心ください! もう二度と先生に傷一つつけさせません!』
「頼もしいね! けど……」
守ってばかりでは勝つことなどできない。かといってミネ一人だけではベアトリーチェに勝つことだって出来ない。
それならばと先生は自身の胸ポケットに右手を当て、そこにある大人のカードをつかむ。けれど……。
「――なんで!? 今こそ使い時じゃないの!?」
大人のカードは反応しなかった。
ミネがベアトリーチェの攻撃を一身に受けているが、それも長くはもたない。
「せめてサオリちゃんたちが力を取り戻せたら……」
どうしてサオリたちが力を失ったのか、ベアトリーチェがいったい何をしたのか。なにがどうなっているのか先生にはわからなかった。なにしろ本編ではこんなことは起きなかったのだから。
「どうすれば……」
ベアトリーチェの言葉が確かなら今の彼女はアリウスそのものといっても過言ではないのかもしれない。サオリたちがアリウスの生徒である限り、彼女たちはベアトリーチェの手のひらの上だ。いいように利用されてしまうだけだ。
そんなことは許さないと息巻くが、けれど一体どうしたらいいのだろうか。
ここがアリウス自治区である限り、支配者であるベアトリーチェに逆らえない。
…………本当にそうだろうか?
救済者になったベアトリーチェは世界を救い救済者になるらしい。
…………今ベアトリーチェは誰かを救っているのだろうか。
絶対者へ至ったベアトリーチェに勝つことは出来ない。
…………ならどうしてあんな未来を見たのだろうか。
「――ベアトリーチェ」
『命乞いですか? あなたも私のものになるというのであれば命だけは――』
「あなたは支配者じゃない。それはここにいるアリウススクワッドが証明している」
『――は?』
本当に支配者ならば、誰も逆らうことが出来ない。
「あなたは救済者じゃない。それはここに倒れているアリウスの生徒たちが証明している」
『いったい何を――?』
本当に救済者ならば、アリウスの生徒たちが苦しむことはない。
「あなたは絶対者じゃない。それは――『先生』が証明している!」
『――ふざけたことを!』
本当に絶対者ならば、『先生』に負ける未来など見るはずがない。
『それが遺言ということでよろしいのですね!?』
「違う! 私は事実を明確にしただけだ!」
エデン条約機構でやったように因果を逆転させる。上手くいくかどうかはわからない。けれど、先生に残された手はこれしかない。なら、やるしかないのだ。
「あなたは高位の存在なんかじゃない! あなたは何者にも成れないただの大人だ!」
『よ、よくもそのような言葉、を……っ!?』
言葉の途中でベアトリーチェがガクッと体勢を崩した。
『な、なぜ……? 力が、抜けていく……?』
「……これは」
「元気が出てきた、というより……」
「……元に戻った」
それを皮切りにサオリ、ヒヨリ、ミサキが次々と立ち上がり銃を再び手にする。
『私を弱体化させて勝ったつもりですか! たとえアナタたちが力を取り戻したところで結末は変わりま――ぐぅ!?』
話をしていたベアトリーチェに、ミサキのロケットランチャーから発射された弾が顔面と思わしき場所に当たった。
「その割にはたった一発の弾で十分にダメージ受けてるんだけど」
『おのれ――!』
怒り狂ったかのようにベアトリーチェは思いっきり腕を上げ振り下ろしてくるが、我を忘れた力任せの攻撃を全員難なくと避ける。
「サオリちゃんとミネちゃんは前線で気を引いて! ミサキちゃんとヒヨリちゃんは後方から二人の支援!」
「了解!」
「承りました!」
「わかった」
「ま、任せてください!」
サオリとミネがベアトリーチェの攻撃を紙一重で回避しながら攻撃し気を引き続ける。
『この程度の攻撃など――!』
「それならこれはどう?」
ミサキがロケットランチャーを発射し、柱に激突する。脆くなっていた柱は爆発に耐えきれずベアトリーチェに向かって倒れて、そしてベアトリーチェを下敷きにした。
『ぐっ、うぅ――っ!』
地面にたたきつけられたベアトリーチェは両手を地面につけ立ち上がろうと力を入れる。
「させません!」
ヒヨリがベアトリーチェの右手を打ち抜き、ベアトリーチェは再び地に落ちた。
『こ、の――っ!?』
いつの間にかショットガンを構えているミネが目の前に立っており、そのままベアトリーチェの顔面に発砲する。
『ぐあぁぁあああ――!!』
痛みと衝撃で思わず跳ね上がり、そのまま今度は後ろへと倒れていく。
「アツコを返してもらうぞ!」
ベアトリーチェの倒れていく方向には銃を構えたサオリが立っており、そのままベアトリーチェの後頭部へと銃弾を叩き込む。
『お、のれ――っ』
そのまま地面に倒れたベアトリーチェは体を震わせ、全身を大きく動かす。たったそれだけの動作でも巨大になったため十分脅威であり、ミネとサオリはベアトリーチェから離れる。
『これ以上好きにさせるものですか!』
顔を抑えながらも立ち上がり、花のように開かれた顔をすぼめるベアトリーチェ。そしてそのすぼめた顔を一気に開き、赤い瘴気がまるでビームのように放たれた。
「避けて!」
全員なんとかベアトリーチェの攻撃をかわすが、ベアトリーチェは次の攻撃態勢に移っていた。
ベアトリーチェが両手を天に掲げており、赤い瘴気がどんどんと集まっていく。そして集まった瘴気は丸く、そして大きく形作られていく。
「なんて禍々しい……っ。まるでアリウスの怨念がすべて詰まっているかのような」
恨み、憎しみ、怒り、長く続き積りに積もったアリウスの原罪であり過ち。そのすべてが内包され、今まさにそれがサオリたちに襲い掛かろうとしている。
『私はこんなところで終わるわけにはいきません! 私にはまだやるべきことが残っているのですから!』
「そんなこと! あなたの好きにはさせない!」
『喰らいなさい――!』
巨大な瘴気の塊が投げつけられる。その動きはゆっくりではあったが、その大きさから逃れられないのを全員が悟る。そしてその中の一人が前に出た。
「――それがアリウスの罪だというならば、私はそのすべてを受け入れよう!」
「サオリちゃん!」
サオリは銃を地面に投げ、両手を突き出す。そしてその両手のひらにその瘴気が触れた。
「がぁ、ぐぅ――っ!」
「リーダー!?」
それだけでサオリの手は焼かれ、ただれ、傷ついていく。瘴気の重さに耐えきれず、少しずつ後ろへと押し負けていく。
「やめてリーダー!」
それでもサオリは力を振り絞り、そのすべてを一人で受け止めている。
「ぐっ、う、うおおおおぉぉぉ――!」
そして瘴気がはじけ、その衝撃でサオリが後方に勢いよく吹き飛ばされた。
「サオリさん――!?」
ミネが飛ばされたサオリの方へと急いで駆けつけていく。ヒヨリとミサキも同じように駆け出そうとしたが、ベアトリーチェが満身創痍でありながらもいまだ健在であることを認識し、銃を構える。
『ま、まだです……。まだ、おわらせるも……のです――ぐぅ!?』
ミサキが放った弾丸がベアトリーチェ足元を爆破し、また地面に倒れ伏す。
『こ、こんなところで…………っ!?』
動けなくなったベアトリーチェの顔面をヒヨリの弾丸が、正確に貫いた。
うーん、最高のイベストだった。
ちゃんと青春してたし、ちゃんと赤冬してた。
クーデターがちゃんと日常の一つになってるし。
何なんだよあの自称生徒会長モブ。
あれネームドじゃないのマジ?
あんな自由な学校マコトが警戒するのも納得だわ。