先生が現れなくなって三日目、誰も面会には来ず、食事を運んでくる子以外とは誰とも会話をすることがなかった。
今日の日は暮れ、あと数時間で次の日が始まろうとしている。
明かりをつけず月明かりだけで照らされたこの薄暗い部屋の隅を見つめながらソファーの上で膝を抱え、体を隠すように羽でその上から体を覆っていた。
この部屋の夜は中も外も物音何一つなく、たまに聞こえてくるのは風の音と虫の声。
まるで本当に独りになったようで日が昇っている時のうるさい怒号ですら今は恋しかった。
「……はぁ」
小さなため息すらこの広い部屋で大きく響き、それが返ってさらに孤独感を加速させてくる。
「……っ」
唐突に体が震えた。
その震えは夜の肌寒さからか、それとも孤独に耐えきれなくなってきている心の悲鳴なのかすら今の私にはわからなかった。
独りでじっと体の震えに耐えていると唐突に部屋の外から小さな足音が響いてきた。
「――っ!? 先生!?」
こんな時間に面会に来るような人は誰もいない。いや、そもそも私に面会をしようとする人なんてまずいない。
だから先生が来てくれたと、一瞬で心が舞い踊ってしまった。普段から先生に来なくていいと言っているくせにこれだ。数日会えなかっただけで悲しくなり、会えるのかもと思ったらこうも喜んでしまう。
面倒くさい女、なんて言葉で片づけていいものじゃない。私は喜んでいい立場ではないのだ。反省し、悔い改め、改心しなくてはいけない人間なのだ。
だというのに私はなにも反省せず、改めようとせず、ただ無為に時間を浪費しているだけ。そんな人間が先生と会えることに幸福を感じてはいけないのだ。
そう思っていても私の心は期待してしまう。久しぶりに先生に会えると。
そわそわ、わくわくとしながら足音が近づいてくるのを待つ。
大きくなってくる足音がやがて扉の前で止まった。
なにを話せばいのだろう?
やっぱり最初は今日まで音沙汰がなかったことについてだろうか?
先生のことだ。きっと申し訳なさそうに謝ってくるのだろう。そんな必要はないというのに。
……けれどまぁ、ちょこっとぐらい突っついてもいいだろう。
なにしろ先生自身がいったんだ。毎日来るって。また明日って。
どんな反応をするんだろう? 楽しみだな。
そんな思いを抱えながら扉が開くのを今か今かと待っていた。
そして扉がノックされ――。
「こんばんわ、ミカさん。起きていますか?」
――ナギちゃんの声が聞こえた。
「…………起きてるよ」
なにを残念がっているのだろうか私は。なぜ先生が来てくれたと勝手に期待して、わざわざ来てくれたナギちゃんに対して不満を抱いているのだろうか私は。
……本当に、嫌になる。
「失礼します」
扉が開かれナギちゃんが部屋の中に入ってくる。
もしかしたらナギちゃんの後ろに先生が、なんてわずかながらの希望もあっけなく砕け散った。そもそも足音は一つしかしていなかったのだから当たり前だ。
「どうしたのナギちゃん? こんな時間に?」
「少々仕事が立て込んでいまして、会いに来るのが遅くなってしまいました」
「私に会いにって、エデン条約前なんだから私の事なんて気にしなくていいのに」
「そんなわけにはいきません。ミカさんは私の大切な友人なのですから」
「……そっか」
こんな私をまだ友人と呼んでくれるのかと、驚くと同時に呆れてしまう。騙し、裏切り、利用した私をそれでも大切だと思ってくれていることに嬉しく思い、そして苦しくなる。
私のバカな考えのせいでさんざん苦労と迷惑をかけてしまった事実が辛くのしかかってくる。
「そういえば先生は? ここ最近見かけないけど」
「……それは、ですね」
ナギちゃんの目が一瞬泳いだ。
「先生は、ゲヘナの方へ少し出張しております」
「……ふーん、そうなんだ」
「ええ、約束を守れなくて申し訳ないと謝っておりました」
……嘘だ。つらつらと並べられた言葉が本当かどうかなんて長年幼馴染をやってきた私にはわかる。ナギちゃんは今、嘘をついた。先生はゲヘナに出張なんてしていない。
でも、だとしたら先生は今どうしているのだろう? もしかして本当に愛想が尽きたのだろうか? ……それはないだろう。こんな風に自分でいうのもなんだが先生が私に愛想を尽かすなんてありえない。そもそも愛想を尽かすならもっと早くに尽かしていたはずだ。
私が収監されてから半月ほどの期間ずっと面会しに来てくれていたんだ。少なからずともこんなことで諦めるような人ではないことは私だってわかっている。
ならなんで先生は来ないのだろうか?
理由があって来れないのはわかる。ならなぜナギちゃんは嘘をついたのだろうか? 嘘をつく必要がある。それはいったいなぜ?
そういえば、部屋が暗くてよく見えなかったがナギちゃんの顔がどことなくやつれているように見える。
とはいえ大事な条約の前なのだ。疲れるのも当然だろう。なにも不思議なことじゃない……のに何故だか胸騒ぎがする。
……もしかして先生の身に何か起きたのでは?
「ミカさん?」
「!? え、なに? どうしたの?」
「それはこちらのセリフなのですが……」
少し考え込んでしまっていたみたいでナギちゃんに余計な心配をかけさせてしまった。
先生の身に何か起きただなんて私の勝手な妄想だ。根拠なんて何一つとしてないのだ。
別にゲヘナに行っているのが嘘というだけでトリニティで何か極秘な仕事でもしているのかもしれない。
……余計な考えは捨てて今は他愛のない話をしよう。
「そういえばとうとう明日だね! エデン条約調印式!」
こういった話は外で騒いでいる人たちのおかげで監獄の中にいても聞こえてくる。
「……そうですね」
「ナギちゃんが一生懸命準備したんだからきっとうまくいくよ!」
邪魔をしようとした人が何を白々しく応援しているのだろうか。ナギちゃんも私に応援されたって別に嬉しくはないだろうに。
「……ありがとうございます」
それから私はナギちゃんと簡単な話をした。今日の朝食は美味しかっただとか、ナギちゃんのトラブル対応に追われた話だとかそんな話を、つまらない雑談をした。アイスブレイクにも使えないような無意味な会話を。
そのわずかな時間は長いようであっという間に終わってしまった。
「……では、明日も速いので今日はここでお暇させていただきます」
「そっか。頑張ってね」
「えぇ」
そういってナギちゃんは私に背を向け部屋を後にしようとする。
「…………ぁ」
その背中がなんだがとても小さく、そして今にも消えてしまいそうなほど揺らめいて見えた。
扉を開け部屋を出ようとするナギちゃんに手を伸ばそうと自然に動いて、それを抑え込んだ。
今の私に何が出来るのだろうか。……なにもできやしない。
もし本当に先生の身に何かがあったとしても私には何もすることが出来ない。むしろ何かしようとしたらより酷い結果になってしまうだろう。私が動くというのはそういうことだ。
だからナギちゃんにすべて任せよう。ナギちゃんなら全てうまくこなせるのだから。
私に出来ることはナギちゃんの邪魔をしないようにおとなしくしていることだけ。
それだけでいいのだから。
たとえ何があっても。
ロア編の続報が来ましたね!
廃校になったヒヤシンス学園とはいったいどんな学園だったのでしょうかね?
それに今回の怪異は猿夢かきさらぎ駅か、内容的に猿夢っぽそうですけどその二つをかけ合わせてくる可能性もありますよね。
なんにせよとうとうユキノが実装されるかもしれないと考えると心踊りますよね。
……もし実装されたら未実装待機列の生徒はクズノハ様の次にアキラですか。
実質クズノハ様の実装はないだろうと考えるとアキラが最前列になるわけなんですが。
ブルアカ運営には一刻も早くアキラの実装をお願いしたいですね。
いやホントマジで。
こちとらお迎え準備は整ってるんよ。
贈り物ずっと溜めてきたんよ。
絆100いけるくらいには溜まってるんよ。
ずっとずっと待ってるんよ。
お願いだから実装してくれ。