目の前の彼女は確かに聖園ミカと名乗った。姿形は多少違えど顔も、声も、話し方もすべてが先生の知るミカそのものだった。
「……ミカ、ちゃん……」
だからこそ先生は目の前のこの状況に頭が追いつかない。何しろ目の前の彼女の言葉を信じるのならこの場には聖園ミカが二人いることになるのだから。
「先生、下がってて」
先生を守るように立つ生徒、先生がよく知り、関わってきたミカがそう言って赤く染まった彼女に向き合う。
「アナタは一体何なの?」
「なに言ってるの。さっき聖園ミカって自己紹介したじゃん」
「違う! 聖園ミカは私! アナタはいったい誰なの!」
「……はぁ、こうなるからちゃんと自分の体を狙ったのになぁ」
面倒くさそうにため息をつきながら彼女は頭を掻いた。そしてうーんと少しの間悩みながら彼女はまた口を開く。
「まぁ、一言でいえば私は未来のアナタだよ」
その一言にこの場にいる全員が衝撃を受ける。なにしろ未来から来た、だなんて突拍子もない話を誰もすぐには理解し、信じることなど出来ないからだ。
「未来の、私……?」
「そう、私はこうなる。このキヴォトスを破壊するためにね」
けらけらと面白そうに笑いながら彼女はそう言い放った。
「どういうこと!? キヴォトスを破壊ってどうして!?」
「それが私の原点だから」
「――――は?」
思いがけない彼女のその言葉にミカの頭は真っ白になる。
「なに、を……? 原点……?」
「アナタにはまだわからないだろうね。けれどこれが真実。私は、私のためにこのキヴォトスを破壊する」
彼女の言っていることが何一つ理解できない。理解しようとしてもミカの頭はそれを拒絶する。
「そのためにまずは――先生を殺す」
「っ!?」
「先生さえいなくなればキヴォトスを壊すことなんて簡単だからね♪」
カラッと言ってのけた彼女にミカはどこか薄気味悪いものを感じ取り、未来とはいえ私自身がそんな言葉を吐いていることにどうしようもなく怒りがこみ上げてくる。
「どうして私がそうなったのか、なにがあったのかわからないけど……っ」
ギリッとミカの奥歯が鳴る。ぐっと力がこもった拳が震え、感情が全身へと伝う。
「アナタにキヴォトスは! 先生は殺させない!!」
ミカが銃を構え彼女を狙い、対して彼女はそんなミカを嘲るように何もしなかった。
「あははっ♪ アナタに私を止められるわけないじゃん♪」
「そんなのやってみないとわからないでしょ!」
「それなら――ほら、いいよ攻撃してきて」
彼女は余裕綽々といった様子で両手を広げ、挑発するかのように顎をクイッと突き上げた。
その無防備な姿ににミカは容赦なく発砲する。至聖所内に響く甲高い銃声と彼女の体に着弾する鈍い音。
やがてマガジン内の銃弾が切れ、ミカの銃口からはほんのりと煙が立ち上る。ミカは手早く空になったマガジンを投げ捨て新たにマガジンを装填し、もう一度マガジンが空になるまで発砲を続けた。
「――この程度?」
けれど彼女の体には一切の傷がなく、つまらなさそうにそう吐き捨てた。
その事実にミカは面食らい、無防備な姿をさらしてしまう。
「それじゃあ今度はこっちの番だね」
彼女は首をコキコキと鳴らし、そして消えた。
「――っ!?」
「……………………え?」
先生の横をものすごい勢いの風が通り過ぎる。髪は大きくはためき、唇が震え、服がバサバサと揺れ動く。
それと同時に背後から大きな破壊音が響いた。ブリキのように重くなった首をゆっくりと回し背後を見ればこの至聖所を支える数本の柱のうち一本が音をたてて崩れている最中だった。そしてその柱の根元には口から血を吐きながら力なくうなだれているミカが倒れている。
まって、と声を出そうとした先生よりも早くミカは崩れ落ちてきている柱の下敷きにされてしまう。地面にたたきつけられた柱は無数の瓦礫の破片となりあたりへ飛び散り、砂埃を巻き上げその辺り一帯の地面を覆い隠してしまう。
一瞬の出来事だった。気が付いたらミカが吹き飛ばされていた。
なにが起きたのか一切わからなかった。かろうじてわかるのは彼女の様子からミカが殴り飛ばされたであろうことだけ。
それは先生だけではなく、この場にいるミネ、サオリ、ミサキ、ヒヨリも同様のようでこの現状に全員目を丸くしている。
「――ミカちゃん!!」
先生の悲痛な叫びが至聖所内に響く。砂埃の中からはパラパラと小さな瓦礫が転がり落ちる音しか聞こえず、ミカのうめき声すら聞こえない。
「うーん、やっぱりあまり力が出ないなぁ。まあでもこうして体を得ることが出来ただけでもよしとしよっか」
右手をふりふりと振るいながらも彼女は吹き飛ばしたミカから視線を外さない。
「なにやってるの?
その言葉に返事するように砂埃の中から何かが彼女に向かって一直線に飛んでいった。
それは石ころ程度の柱の破片で彼女は難なくそれを右掌で受け止め――。
「――!?」
その後に飛んできた二つ目の破片が額に直撃する。彼女はふらりと少しだけ体勢を崩し、その隙をついてミカが瓦礫の山から飛び出した。
ミカはそのまま彼女との距離を詰め、お返しといわんばかりに力強く握りしめた右拳で彼女を殴り飛ばした。
数mほど吹き飛んだ彼女はやがて何度かバウンドしながら床を転がり、壁にぶつかる。
「ミカちゃん! 大丈夫!?」
「けほっ! ……ごめん先生、ちょっと油断しちゃった」
先生を安心させるためか、ミカは強がって余裕なふりをするがその顔にはそんな様子が一切見られない。鋭い目つきで彼女をにらみ続け、すぐに動けるように体勢を整え体から力を抜く。
「――へぇ、やるじゃん」
吹き飛ばされた彼女は悠然と立ち上がり、パンパンと服についた汚れを手で払う。
「でもこのくらいじゃたいして効かないよ?」
「そうみたいだね。かすり傷くらいしか負わせられないなんて思わなかったよ」
「?」
彼女が自身の右手で額を触れてみればぴちゃりと小さく血で汚れた。
「ふぅん?」
汚れた右手を見た彼女は怪しく笑い、ミカと同じように鋭い目つきへと変わる。
彼女の額から一筋の血が頬をつたい流れ落ち、顎の先へとたどり着いた血は一滴の雫となり彼女の下を離れ床を汚す。のと同時に二人が動き出し、二つの右拳が至聖所の中心でぶつかり合った。
「――ぐっ!」
ミシミシといった音が二つの拳の間から発生し、それはやがてこの空間へと伝播する。
ミカの額には余裕がなく一筋の汗が流れ落ち、対して彼女は嘲笑う様な笑顔で息を吐き捨てた。
「この程度の力で私に勝てるわけない――でしょ!」
「――!?」
ミカの拳が推し負け後方へと投げ出される。それにつられ重心も後方へ引っ張られ体がのけ反り、全身が無防備にさらされてしまう。
その隙を彼女が見逃すはずもなく、後ろに引いた左拳を前へと突き出してきた。
ミカはとっさに後ろへ飛び、左腕で自身のお腹に迫る拳をガードする。
「――ふんっ!」
彼女の放った拳の威力は後方に飛んでも威力を殺しきれずすさまじい衝撃がミカを襲うが、ミカはその衝撃を利用して高く飛び、空中で体をひねり体勢を整え危なげなく着地する。
「――あは♪」
しかしミカの目の前にはすでに彼女が迫ってきており、彼女の右手は彼女の半分ぐらいの大きさを持った瓦礫をつかんで振りかぶっていた。
とっさに着地した衝撃を利用しさらに後方へと飛ぶが、彼女は振りかぶったその瓦礫をミカへと投げつける。
「まず――っ!?」
勢いよく迫りくるその瓦礫に対処できる手立てはなく両手をクロスし防御の構えをとった。
そしてそのままミカと瓦礫がぶつかる寸前、その間に一人の影が入り込む。そして――。
「――ふん!」
彼女が投げつけた瓦礫は大きな盾にぶち当たり粉々に崩れた。
「ご無事ですかミカ様!」
「ミネちゃん!?」
盾を構えたままミネは油断なく彼女を見据える。
「どうして……?」
「ミカ様は私たちトリニティのトップであり、大切な仲間です。なら仲間のピンチを助けることになんの疑問があるというのですかっ!」
仲間、そう呼んでくれたミネにミカはどこか心温まる気持ちをおぼえた。
ミカとミネに大した関りはない。せいぜい上司と部下のような関係であり、その上そういったことはナギサが主導して指示を出していたからだ。もはや赤の他人といってもいいほど。
それでもミネはミカを仲間だと呼んだ。クーデターを起こし、トリニティを混乱の渦に陥れたミカを。
「――私たちも手を貸そう」
「……サオリ」
後ろからサオリがミカの横へと並び立つ。
「よくわかんないけど、ここであの女をどうにかしないと私たちのすべてが無駄になるってことでしょ」
「こ、怖いですけど……でも、せっかく姫ちゃんを助け出すことが出来たんです。だから、私も頑張りますっ」
それに続くようにミサキ、ヒヨリもミカの側に立ち銃を構える。
「ミカ、私のことはいい様に使って構わない」
「……え」
「盾でも、囮でも、捨て駒でも、どんな役でも請け負おう。お前にしてきた数々の仕打ち。それによる怒り、憎しみ、苦しみ、悲しみ、そのすべての原因は私にある」
「…………」
「許してほしいわけじゃない。私は許されないことをした。お前を利用し、陥れたのは私だ。その責任から逃げるようなことはしない。だから、他の皆を、アツコを――」
「――私は許すよ」
「……なに?」
「私は許すよ。サオリ」
ミカの言葉にサオリはひどく動揺する。なぜ? という疑問が頭の中を支配する。その疑問に答えるようにミカが話を続けた。
「あなたがやったことを怒ってないわけじゃないし、先生を傷つけたことも許せないって今でも思ってる。それでも……」
ミカの心の底から湧き出してくる怒り。その対象が手の届くすぐそばにいる事実がその怒りを増幅させる。
「それでも私はあなたを許したい。だから――許す」
けれどその怒りに飲まれることはなく、ミカは穏やかな気持ちでそう口にした。
「そして話をしようよ。アナタのことと私のことを」
話をしよう。その言葉にサオリはどこか既視感をおぼえ、すぐに思い出した。
それはかつて混乱に陥ったキヴォトスをまとめ上げた先生の言葉。
戯言だと、無意味な妄想だと当時は一蹴していたその言葉。けれど心の奥底でどこかくすぶっていたその言葉。
そしてその言葉に感化されサオリのことを知ろうとしてくれた生徒がいたことも。
「……あぁ、ありがとう。ミカ」
「足は引っ張らないでね♪」
「――善処しよう」
サオリは銃を構え、退屈そうに、つまらなそうに、それでいてどこか苛立った様子の彼女に銃口を向ける。
「茶番は終わった?」
「律儀に待ってくれるなんて案外優しいんだね♪」
「余裕があるからね」
そう吐き捨てた彼女の様子に先ほどまでやり合っていたミカは余裕なんてものを感じなかった。
「先生! 指揮をお願い!」
「任せて」
ミカが、サオリが、ミネが、ミサキが、ヒヨリが、銃を構えながら先生の指示を待っている。
「みんな! 戦闘開始!」
この後はブルアカらいぶですか。
予言します。
アキラが来ます。
というか来てくれ。
本当に頼むから。
流石にそろそろ来てもいいでしょ。
何年待ってると思ってるんだ。
こちとらお迎え準備は万端なんだ。
早う来てくれ!