をとめ学園。
それは、男子禁制の乙女の花園。少女を淑女に育て上げるための教育施設。善なるものを善なるものに導くと打ち立てられた教育理念。けれど、その実態は熾烈なもの。
箱庭に詰めこまれた少女たちは自らの地位を確立するために過酷な生存競争を繰り広げておりました。謀略に次ぐ謀略、陰謀に次ぐ陰謀、上部だけの付き合い、上部だけの言葉。
芯から人を信じることが難しい、そんなサバイバルな世界。
そんな世界に、大変仲の良い二人の少女がおりました。
桜舞い散る通学路で、一人の少女が道を歩いておりました。
その少女は何故だか、男性用の学ランを着込んでおります。
後ろから見る彼女の歩く姿。凛とした背筋が、育ちの良さを物語っています。
その少女はふと歩みを止めると、桜並木をぼんやりと眺めた後、ポツリと呟きました、
「すき焼きコロッケ……」
お腹が減っているのでしょうか。舞い散る桜の花びらを見てすき焼きコロッケという言葉が出てくるですから、おそらくお腹が減っているのでしょう。そうに違いありません。
そんな腹ペコ食いしん坊キャラを突然打ち出した黒い学生服に身を包んでいる少女の名前は、杜野凛世ちゃんといいます。友人からはよく、凛世ちゃんって呼ばれています。凛世ちゃんはよく詰襟の学ランを着てきます。それも、男の子用です。もちろんのことながら、凛世ちゃんは女の子です。ですが、とある先生から「凛世は……和服もいいけれど洋服も似合いそうだな。ああ、でもメンズ服を着てる姿も見てみたいな……」と言われて以来、たまに男性服を着るようになりました。日によってセーラー服を着たり和服を着たりするので一粒で二度美味しいです。和洋折衷とはこのことですね。
ここ、をとめ学園ではジェンダーフリーが叫ばれる昨今の状況を鑑み、時流の最先端を行くために制服の自由化が許されています。そのため、凛世ちゃんが男性服を着ても良いのです、良いのです。
凛世ちゃんが詰襟を着ている姿はそれはそれは凛々しく、見る者の心を奪います。そしていつしか人は言いました、詰襟様と。
そう言うわけで、凛世ちゃんは陰で詰襟様と呼ばれるようになりましたが本編には特に関係してきません。登場人物に2つ3つ呼び名があると混乱しますもんね。
さて、すき焼きコロッケと見紛う桜に目を奪われ歩道で一人ぽつんとしていた凛世ちゃんのそばに、一人の女の子が駆け寄ってきました。ブレザー姿のその女の子は、遠目からでも可愛らしいことが伺えます。
たったったった、と足音に擬音がつけながら、その女の子は凛世ちゃんのそばに駆け寄ると、「おっはよー! 凛世ちゃん!」と笑みを浮かべて言いました。
そんな明るく元気な彼女の名前は園田智代子さんです。
友人からは智代子ちゃんって呼ばれています。我チョコ食らい極し女と書いて、智代子と読みます。よくチョコを食べている女の子です。最近のおすすめはホワイトチョコ(お菓子材料専門店で売っている業務用スクエアカットホワイトチョコレート500g入り890円)だそうです。以前、カロリーを抑えるためにカカオ99%のチョコに一度手を出して以来、カカオ純度をパッケージに高らかに謳うチョコレートはもう二度と口にしないと心に決めた女の子です。
智代子ちゃんは今日もブレザーを着ていました。学校指定のブレザーではありませんが、をとめ学園は基本的に何を着てきても許される校風なので、問題ありません。
ブレザーを着ている智代子ちゃんはそれはそれは可愛らしく、見る人の心を虜にします。あまりにもブレザー姿が似合うため、影ではブレザーちゃんと呼ばれていたりします。ブレザーが似合う女の子ってどうしてこう可愛らしいのでしょうね。不思議ですね。
「おっはよー! 凛世ちゃん!」
「智代子さん……おはようございます」
自身の元に駆け寄ってきた智代子ちゃんの姿を見て、凛世ちゃんは笑みを浮かべました。
二人は肩を並べ、通学路を歩きます。
「凛世ちゃん、聞いた? 今日、転校生が来るんだって!」
「はい。どのような方が来られるのか、今からとても楽しみです」
智代子ちゃんがそう言うと、凛世ちゃんはにっこりと笑ってそう答えました。にっこりんぜです。可愛いですね。
二人はとっても仲良しです。
ズッ友です。
そう、ズッ友なのです。
かつて、世界にはズッ友という概念があったそうです。
かなり昔の話です。今から数百年前、大断絶と呼ばれるそれはそれは酷い出来事が昔起きたそうです。何が起きたのかは分かっていませんが、その大断絶以降、人口は急速に減少したそうです。アポカリプスなうです。
世界が「あーぁ、もぅ疲れちゃったヨ」と言って人口は急速に減っていきました。満員電車に乗ると疲れますよね、それと同じです。
記録ではA.D.2024にそれが起きたとありますが、詳しいことはわかりません。ちなみにA.D.とは旧時代に使われていた年月の勘定方法らしいのですが、今はそれが何を意味するのか分かっていません。分かりませんが都合がいいのでずっと使い続けています。世の中とはそういうものだそうです。
そんなこんなで人類は減ったので人と人の距離が少しだけ広くなりました。心の距離も適性な長さに保たれました。素敵ですね。コスモポリタニズムの信奉者は泣いて喜んでいることでしょう。
人が減ったことによって、人類はコンパクトに生きるようになりました。そしてその影響は学校教育にも影響しております。
旧時代は学年と呼ばれる概念があったそうですが、今のご時世そんなに分けたら非効率なのでそんな分け方はしなくなりました。分割して統治せよという金言に則り、初等部、中等部、高等部、大学部の四つに分類して大きく管理しています。
そんなわけで、年齢が一個違いの凛世ちゃんと智代子ちゃん達も、仲良く同じ高等部として同じクラスに所属しています。
二人は教室についても、暫くの間談笑していました。
すると、学園のチャイムが鳴り響き、そして同時にガラガラガラ!と勢いよくドアが開け放たれました。
赤髪のニコニコとした女の子が入ってきます。小宮果穂ちゃんです。
この学園の学園長をしています。とてもえらいです。学園長ですがクラスの先生でもあります。その辺りの整合性は本作では否定されています。
「突然ですが! 今日は! 皆さんに! 新しいお友達を! 紹介したいと思います!」
果穂ちゃんはクラスに入ってきて早々、高らかに声をあげると、
「では! 入ってきてください!」
と言いました。
その声に応じるように、モフモフとした小さなシルエットが教室の中に入ってきました。
果穂ちゃんはそのシルエットを抱き上げると、大きな声で言いました。
「今日から! 皆さんのお友達になる! マメ丸くんです!」
「わん!」
そう、犬です。
脊椎動物門脊椎動物亜門哺乳網食肉目イヌ型亜目イヌ下目イヌ科に属する歴とした犬です。
それも芝犬です。
四足歩行人類です。旧時代には犬と呼ばれていましたが、急激な人口減に伴い人類という枠が拡張されて現在では彼らも人間とみなされるようになりました。
人権付与に伴い彼らには義務教育を施す必要が出てきました。当たり前ですよね。
皆様ご存知の通り、をとめ学園では時流の最先端を駆けているため、四足歩行人類の入学が認められている認定校のため、マメ丸くんも当然入学することができます。すごいです。
そんなこんなで、今日から凛世ちゃんと智代子ちゃんのクラスに、マメ丸くんが所属する事になりました。
「わ、わあ……凛世ちゃん、すごい事になっちゃったね!」
優しくて順応性の高い智代子ちゃんは、この現実を前にしてこのようなふんわりマシュマロのようなコメントをしました。
そして、相方の反応を待ちます。
待ちます。
待ちます。
待ちますが、返事がありません。
「……あれ、凛世ちゃん?」
隣に座る凛世ちゃんに目をやると、凛世ちゃんはなぜだかポーッとしていました。
ポーッ。その擬音がつく時は、大体相場が決まっているモノです。
しかし、智代子ちゃんはその手のことに疎いところがあるので気づきません。
「凛世ちゃん? どうしたの?」
小首を傾げながらそう口にすると、凛世ちゃんはゆっくりと口を開きました。
「智代子さん……凛世は」
「ん? どうしたの凛世ちゃん」
「凛世は……恋をしてしまったようです」
「……え?」
ぎぎぎ、と軋む音を立てながらゆっくりと首を横に向けた智代子ちゃんは、その目で凛世ちゃんの表情を認識しました。
ぽ。そんな擬音がつきそうな顔をして、凛世ちゃんは「言ってしまいました」と顔をいやいやとしながら呟いています。
「……凛世ちゃん、もう一回言ってくれる?」
「……凛世は、恋を、したようです」
「……誰に?」
「……それは……まめ丸さまです」
「…………え」
「…………ぽっ」
「…………えっ。ええええええええええええ!」
ガチです。
どうやら、ガチのようです。
超びっくりです。
びっくりしすぎて智代子ちゃんは漫画的誇張表現で2メートルほどその場で垂直にジャンプしました。
ツインテールが慣性の法則で天井を掠ります。
幸いな事に、学校は天井までの高さが2.1メートル以上なければならないと言う建築基準法の下に造られているため頭を天井にぶつけずに済みましたが、そんなことはおかまいなしに智代子さんはびっくりしてます。
地面に着地した智代子ちゃんでしたが、びっくりしすぎて智代子ちゃんの頭の上に、
ポン!
そんなコミカルな音と共に、智代子ちゃんの頭の上に二等身にデフォルメ化された天使と悪魔が飛び出します。
二人の名前は樹里ちゃんと夏葉さんです。天使の格好をしているのが樹里ちゃん、悪魔の格好をしているのが夏葉さんです。広義ではイマジナリーフレンドに該当します。かわいいですね。
どうして夏葉さんが悪魔のビジュアルをしているかと言うと、智代子ちゃんがお菓子を食べようとするたびに「そのマシュマロは一個あたり約30kcalね、燃焼させるには5分のランニングが必要よ」と耳元で囁くからです。相手を思いやる言動は時に鬼と見える好例ですね。
そしてどうして樹里さんが天使のビジュアルをしているかと言うと、夏葉さんが智代子ちゃんの食生活に苦言を呈するたびに、「ったく夏葉は気にしすぎなんだっつーの。智代子はちゃんと自分でそん位管理出来てるって」と智代子ちゃんを擁護してくれるからです。自分に都合の良い事を言ってくれる人のことを人は仲間だと思い込んでしまう好例ですね。
そんな二人は付き合っています(智代子ちゃんの脳内設定です)。
常に対等な関係だそうです(智代子ちゃんの脳内設定です)。
リバだとか逆カプだとかそう言った概念は彼女たちの間には無縁だそうです(智代子ちゃんの脳内設定です)。
ちなみに二人はプラトニックな関係です(智代子ちゃんの脳内設定です)。
でも最近、お互いがお互いを変に意識するようになってしまい上手く会話ができなくなっているそうです(智代子ちゃんの脳内設定です)。
もしかしたら近々、彼女たちの間柄に何か進展があるかもしれないと思っているようです(智代子ちゃんの脳内設定です)。
どちらかが一線を踏み越えてくるのではなく、共に一線を超えると智代子ちゃんは考えています(智代子ちゃんの脳内設定です)。
樹里ちゃんと夏葉さんは、二人で智代子ちゃんの頭の上でくるくると回転した後、両肩にスタッと着地しました。
「智代子、凛世の発言は本心から来ているわよ」
「っな! 夏葉! てきとーな事を言ってちょこを困らせるのは止めろって!」
「あら樹里、あなたは凛世のあの表情を見て、まだそんな事を言えるの?」
「……ありえねーっての。初対面で恋するなんて」
「いいえ樹里、よく見なさい。あれは恋をする女の顔よ」
「……かもしんねーけどよ」
「それに、このことを否定したら、本編の凛世とプロデューサーとの関係も否定する事になるわよ」
「……それは!」
夏葉さんはたまにメタ発言をします。
「……っち。夏葉って、そういうとこあるよな」
「何のことかしら?」
「人のことは良く見えてるくせに、自分のことになると見えなくなるっつー癖」
「……それってどういう意味かしら?」
「……夏葉は、アタシのこと、どう思ってんのかってこと」
「あら樹里、あなたはどう思ってるの?」
「……やっぱりズリーって、夏葉は…」
「私は聞きたいの、あなたの口から。嘘や隠し事は嫌いよ」
「あ、アタシだって!」
「ふふっ。なら、せーので言いましょう」
「……おう」
二人はそのまま二人の世界に入って行きました。
智代子ちゃんは呆れ顔で二人が天に昇る姿を見送りました。
「って、じゃなくて! 凛世ちゃん、ホントにまめ丸くんに恋しちゃったの!?」
我に帰った智代子ちゃんがそう尋ねると、凛世ちゃんは伏し目がちに呟きました。
「……恋。ですが、これは……決してあの人に伝えることは出来ません」
「な、なんで?」
「……口に出せば……想いが、形になってしまいます……」
「WOW! RINZE-CHAN! YOU ARE THE ULTIMATE YAMATO NADESHIKO!!」
再び智代子ちゃんが漫画的誇張表現によって3メートルほどその場で垂直にジャンプしました。
大きなタンコブを抱えて着地した智代子ちゃんは言います、
「り、凛世ちゃん! 色々急だけど! でも、あれだからね! 言葉にしなければ伝わらないことって、きっとあるから!」
「言葉にしないと、伝わらないこと……」
凛世ちゃんは熟考します。
ぽく、ぽく、ぽく。
木魚を鳴らす音がどこかから聞こえました。おそらく隣のクラスの透先輩が音楽の授業中に叩いているのでしょう。
しばし長考した末、凛世ちゃんはハッと顔をあげました。
「智代子さん、決めました」
「な、なにを決めたの!? 凛世ちゃん!」
「凛世は……この想いを……まめ丸さまに、伝えます」
「そ、そうなんだ!」
「ですが」
ですが、と前置きをして凛世ちゃんは言いました。
「その前に一人、想いを伝えなければならない人がいます」
「へ? 誰?」
「それは……」
凛世ちゃんは口籠ると、躊躇いがちに言いました。
「智代子さんです」
「…………へ?」
「…………ぽっ」
「へ? え? それって? え?」
「智代子さん……凛世は……昔から……」
「いやいやいや! いやいやいやいや!」
「智代子さんのことを……」
そう言って凛世ちゃんが一歩智代子ちゃんに向けて踏み出します。
「ま、ま、まっ! 待って、凛世ちゃん! ま、まだ心の準備がーーーーーー!!!!!!」
「智代子さん♡」
「ああああああーー! だめ、凛世ちゃーん!」
凛世ちゃーん!
その自身の大きな声で、智代子ちゃんは目を覚ましました。
「………………」
むくりと起き上がります。ベッドの中でした。寝ていたようです。
息を整えた後、智代子ちゃんは額の汗を拭いてポツリと呟きました。
「ゆ……夢でよかった……」