杜野凛世の目の前に、円筒形の物体が置いてあった。
名を、かっぷめんと呼ぶ。先日の台風の一件以来、何かにつけて凛世はかっぷめんを作るようになった。かっぷめん、嗚呼、何と心踊る食べ物であろうか。お湯を注いで三分もすれば出来上がるそれは、凛世にとって魔法の品に思えた。
「あら凛世、あなたも来てたのね」
「夏葉さん……」
日課のトレーニングが終わり、事務所に顔を出した有栖川夏葉が目にしたのは、かっぷめんを前にそわそわとする凛世の姿だった。
「あら、今からお昼を取るの?」
「はい……。今日の、昼餉はこちらとなります」
「カップ麺? 凛世にしては珍しいもの食べるわね。お昼はそれだけなの?」
「いえ、かっぷめんだけではございません」
そう言うと、タイミングよく事務所の電子レンジがチン!と鳴った。
いそいそと凛世がレンジから中身を取り出す。
「……コロッケね」
「すきやきころっけにございます。先日、樹里さんから教えていただきました。ころっけと、らあめんの相性は抜群だと。そのため、今日はそれを試そうと思い」
「見ないうちに乱れた食生活になりつつあるわね……。美味しいのはわかるけど、ほどほどにしないとダメよ、凛世」
「…………?」
「なぜ?って顔をしてるわね……。カップ麺、それ、栄養価偏ってるから食べ過ぎは体に毒よ」
「………………」
その言葉に、凛世はハッと目を見開いた。
「栄養……偏り……」
「そうよ、たしかに非常食としては優れているわ。カップ麺。安くて保存性に優れているお手軽な食事、それも美味しい。ついつい食べたくなってしまうのはよく分かるわ。けど、日常的に食べるのはオススメしないわね」
「そん……な……」
凛世はわなわなと手を震わせた。
「どうしたの、凛世?」
怪訝そうに夏葉が尋ねると、凛世はポツリと言葉を漏らした。
「プロデューサーさまは、毎日のようにかっぷめんを食されています」
「あらそうなの? それはあまり褒められた話じゃないわね」
「朝起きてはかっぷめん、昼ぱそこんを閉じてはかっぷめん、夜お腹が空いたらかっぷめん、とりあえずかっぷめん……ああ!」
ああ!と声を上げると、凛世は顔を覆った。
「このままでは……プロデューサーさまの栄養ばらんすが大変なことになってしまいます」
「……多分、もう大変なことになってるんじゃない?」
「なりません、このままではなりません。凛世は、プロデューサーさまのご健康が悪くなっていくのを黙っておくことなどできません」
「そう……」
「凛世は決めました」
ぐっと拳を握り、凛世は夏葉をクッと見つめた。
「凛世は、プロデューサーさまのため、おべんとうを作ります。そのために、夏葉さん、栄養ばらんすのとれた料理を、お教えください……」
「もちろんいいわ! そうね、まずは鶏胸肉を買って来ましょう!高タンパク・低脂質よ!」
後日、ボディービルダーと肩を並べられる灰色のおかずで彩られた高タンパク弁当を毎日食べるハメになったプロデューサーだったが、彼が幸せだったのか不幸せだったのかは解釈によるところである。