凛世と智代子、二人はズッ友!   作:hatibe

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階段の先のころっけ

 

 それは、買い出しの最中に起きた出来事だった。

 レッスンが終わり、買い出し当番だったため凛世が足を向けたのは坂ノ下商店街。

 言わずと知れた、283プロ御用達の商店街である。事務所から徒歩10分、スーパーに薬局、雑貨店にコーヒーショップ。日用品から生活必需品に至るまで基本的にどれも取り揃えてあるこの商店街は、寮住まいのアイドルたちにとって無くてはならない存在だった。

 足繁く通う寮住まいの彼女らは、例えそれがオフであってもアイドルであることには変わりなく、どこか一般人と異なるオーラを放つ彼女らの存在は当然商店街でも認知されるようになり、いつしか商店街の面々と彼女らの間には交流が培われていたのであった。

 そんなわけで、283プロのアイドルはみんな商店街で大層可愛がられるようになり、そして杜野凛世もまた、例外ではなかった。

 であるからして、杜野凛世が今日の買い出しを終え、くるりと向きを変えて来た道を帰ろうとする中、商店街の人から声をかけられるのは当然であった。

「凛世ちゃん、凛世ちゃん。久しぶり。今日は凛世ちゃんが買い出し当番?」

「はい、おば様。今日は、洗剤を買いに」

「ああ、そう。みんなのために偉いわね」

 精肉店の前を通り過ぎようとした時、あっと声がかかり、パタパタと店から出てきたのは、凛世が懇意にしている精肉店の奥様だった。

 先日の節分の際、コロッケにメンチカツと差し入れを持ってきてくれたのは記憶に新しい出来事だ。メンバーの誰かが通りがかると必ず声をかけ、お食べと言ってコロッケを差し出してくるその姿は、放クラの影のスポンサーと言っても過言ではないだろう。

 ちなみに、ころっけの美味しさを教えてくださった素晴らしきコロッケとお肉を売っているお店とは凛世談。コロッケがお肉に先行しているあたり、なんともはやである。

 さて、そんなコロッケ屋が声をかけてきたということは、次の言葉がこうなるのも当然だろう。

「コロッケ、今揚げたてのがあるから、良かったら持って行ってね」

「おば様……」

 そう言って、有無を言わさず手渡されたころっけ。凛世は受け取るとそれをじっと眺めた。

 食すべきか、退くべきか。杜野凛世は思案する。

 時は、黄昏時。良い子はみんな、家に帰る時間である。

 想像するのは、夕餉の食卓。

 食卓に並ぶは寮母が腕によりをかけて作った豪華な食事の数々。炊き立てのご飯、お味噌汁、冷奴、生卵、肉じゃが、お刺身、そして温かいお茶。

 言わずもがな、食事において空腹とは最高の調味料となる。

 美味しいものを美味しく食べる上で、空腹とは必要条件だ。

 であれば、今ここで杜野凛世がコロッケを頬張ることなど論外の話である。

 だがしかし、だがしかしだ。コロッケ屋……失礼、精肉店のおば様が差し出すこの黄金に輝かんばかりのすき焼きコロッケを目の前にして、その決断ができるだろうか?

 否である。杜野凛世はその可愛らしい見た目と反して、健康バランスを第一とするヘルシー論者とは対極に位置する存在である。

 ころっけは、出来立てのうちに食べなければならない。そんな使命感が、杜野凛世の中に生まれ出ていた。

 有栖川夏葉が口をすっぱくして説くPFCバランスが、今日この場においては限りなく無視されていた。

 しかし、凛世が手に持つそのコロッケは、おやつ代わりと言うには余りに重たすぎた。

 大きく、ぶ厚く、ジューシーで、そして出来立てだった。

 それは、正に夕食にでてくるようなコロッケだった。

 果たして、これを本能のままに口にしても本当に良いのだろうか?

 食べてしまうと、夕飯が食べられなくなるのでは……?

 その疑問が、凛世の内で頭をもたげた。

(プロデューサー様なら、こんな時……どうされるのでしょうか……?)

 杜野凛世は彼の姿を想像した。

 彼の言葉が、脳裏で反芻される。

『なんだ凛世、もしかしてコロッケが気になってるのか? 今日はプライベートなんだし、遠慮しなくても良いんだぞ?』

 遠い昔、今と同じような言葉を彼からかけられた気がする。

 懐かしい、過去の思い出。

 彼の優しい言葉に背を押され、

(プロデューサー様……凛世はもう、躊躇いません)

 それを、食した。

 調子に乗って、二個も、食した。

 

 ……

 ………………

 …………………………

 ……………………………………

 

「いっただっきまーす!」

 そして、時は過ぎて夕食どき。

 少女たちがパジャマ姿で食卓につき、手を合わせて仲良く発す中、杜野凛世は一人浮かない顔をして、食卓に並ぶそれを凝視していた。

 横に座る樹里が、暫くして凛世の異変に気づき、声をかけた。

「なんだ凛世、食わないのか?」

「……樹里さん。今日の献立、確か肉じゃがと聞いておりました」

「ああ、それ。いや、なんか人参買い忘れてたらしくって、急遽メニュー変更になったんだってさ。でもまあ凛世も好きだろ、それ?」

「……はい。大変、好きでございます」

 好きでございます。そう言って凛世は、どんよりとした目で再度それに視線を向けた。

 コロッケであった。大皿に、大量に乗ったコロッケであった。

 凛世は、口をへの字にして箸を空に漂わせたまま、心の内で吐露した。

(ああ、ああ。食べたいのに、食べられない……)

 杜野凛世、16歳。身長155cmで体重44kgという小柄な体型の凛世にとって、一日のコロッケ摂取上限は二個までであることはもはやここで語る必要はないだろう。

 炭水化物が主成分のコロッケ。いくら成長期であるとはいえ、凛世がそんなにたくさん食べられるはずもなく。

(ああ……。出来立てを、こんな形で……)

 凛世は泣く泣く一個だけ口にして、残りはラップに包んで翌日の分に回した。 

 コロッケをラップに包むその所作が、あまりに悲痛だったために、樹里が心配して声をかけたのは言うまでもない。

 

 尚、翌日けろっとした顔でコロッケを美味しく食べる凛世の姿が発見されたのは、また別の話である。

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