鬼教官の如く二の腕を組み、ドンと構える有栖川夏葉とその横で同じく二の腕を組む杜野凛世を前にし、園田智代子は訳が分からぬまま正座をしていた。
「智代子……なんでここに正座させられているか、分かっているわね?」
「夏葉ちゃん……! 全っ然、身に覚えがないんだけど……!」
学校帰り、いつものように事務所に顔を出した智代子。新作のチョコ買ってきたよー!と言って事務所の扉を開け放った瞬間、夏葉と凛世に両腕を捕まれ、小人宇宙人の捕獲写真よろしく取り押さえられた。
有無を言わさず智代子を事務所のソファの上に正座させた夏葉は、どこから引っ張り出してきたかは知らないが六法全書を机の上にどさりと置いて、パラパラと頁を捲りながら言った。
「智代子。最近のあなたの言動、少し目に余るものがあるわ。凛世もそう思うわよね」
「……はい、同感です」
「えっ……えっ……? な、夏葉ちゃん、凛世ちゃん! 一体何の話!?」
「智代子、こう言うものはね、人から言われる前に自分から言った方が、罪は軽くなるものよ」
「罪!? ちょっと待って本当になんのこと!?」
「………………」
目を白黒とさせながら慌てて智代子が問うと、凛世はすっと目を細めた。
その目は、今まで放課後クライマックスガールズの一員として、仲間として向けられていたものとは異なり、水も凍るような冷たさを孕むものだった。
身に覚えがないものの、その視線にびくりと智代子が震えると、凛世がポツリと言った。
「……オマエさ、そんな顔すんの、反則」
「…………へ?」
智代子は思わずポカンとした。その言葉には聞き覚えがあった。以前、凛世とともに秋葉原でアニメグッズショップ巡りをした際に、今と全く同じ言葉を凛世の口から聞いたことがあったからだ。
しかし、なぜ今ここでその言葉が?
智代子がそう不思議に思ったその時、事務所の扉が開いた。
「あっちー、はづきさんから頼まれてた買い出し、終わった終わったー……って、三人とも、こんなところで何してんだ?」
「ただ今もどりました! あれ? 夏葉さんに凛世さん、それにちょこ先輩……?」
「いいところに来たわね、二人とも。傍聴席に座って頂戴」
「……は?」
何言ってんだこいつ、とでも言いたげな表情を浮かべる西城樹里を尻目に、夏葉は手を叩いて宣言した。
「面子も揃ったわね。さあ、なら始めましょうか。園田智代子、プロデューサーガチ恋勢疑惑についての検証をね」
「ッ」
智代子は吹いた、思わず。
「ま、ま、ま、ま、待って! 何それ! そもそもガチ恋勢ってなに!?」
「……ガチ恋。特定の異性を恋愛対象としてみること。またその際に常日頃とは異なる態度を示すこと」
「なあ凛世、なんでそんな言葉知ってんだ?」
「……以前、智代子さんからお借りした『薔薇のモーリス』に、その表現がございました」
「チョコ……なんでしらばっくれたんだ?」
「貸した! 覚えある、貸した! 今思い出した、私ガチ恋知ってる! でも私ガチ恋違うよ! 誤解だよ!」
「ちょこ先輩、ここ三階ですよね?」
「果穂、そうだけどそうじゃないよ! ……夏葉ちゃん、そもそも証拠はあるの!?」
「ふっ、証拠、証拠ね。なら、この写真はどうかしら」
そう言って鞄からスマホを取り出し、ぽちぽちと操作した後、夏葉はスマホを智代子にずずいと見せた。
どんな写真を見せてくるのかと、戦々恐々としながら智代子は夏葉が差し出してくるそれを見て、
「ブッ」
智代子は吹いた、思わず。本日二度目である。
「おい夏葉、アタシにも見せろって」
「もちろん良いわよ」
夏葉から引っ手繰るようにスマホを受け取ると、樹里は画面を見て首を傾げた。
スマホの画面には、写真が表示されていた。写真の外にいる誰かに向けて、満面の笑みを浮かべる智代子の姿がそこにあった。
「なあ夏葉、これが一体なんだってんだ?」
別段、おかしいところはないだろう? という風に樹里がそう尋ねると、夏葉は肩を竦めた。
「あら、樹里はこれを見ても何も思わないのね。なら、果穂。あなたはこの写真を見てどう思う?」
「見ない顔ですねぇ……」
口をへの字にして、果穂はそう呟いた。
「その通りよ、果穂。よく分かったわね」
「どっ、どういうことだよ夏葉!」
「まだ分からないの、樹里? この顔はね……女の顔よ」
こほん、と一つ咳払いをした後、夏葉は口を開いた。
「この写真が撮られた時、ここに写っている少女……。少女Cとここでは呼ぶことにするわね」
「いやどっからどーみてもチョコだろ」
「少女Cは放課後、レッスンに向かう途中で、とある成人男性と密会をしていたの」
「どうせプロデューサーだろ」
「この写真はその時に撮られたものよ。見なさい、樹里。この智代子……少女Cの顔を。私たちに普段見せる顔と全く別物でしょ?」
「ちょ、ちょっとちょっと待って待って! 色々ツッコミどころあるけど、まず夏葉ちゃん。この写真、いつ撮ったの!? そして誰が!?」
「智代子……。これは、とある有力筋と思わしき所からの匿名投稿よ、それ以上は言えないわ」
「へっくち」
凛世がくしゃみをした。
智代子が白い目で凛世を見つめる中、夏葉は言う。
「いい、智代子。誰が撮ったか何て今は関係ないわ。重要なのは、事実だけよ。明らかに、この写真の中のあなたは、プロデューサーに対して熱い視線を送っているわ」
「いやいや、誤解だよ!」
「ちょこ先輩、ここ三階ですよね!?」
「果穂! 私、果穂が天丼を覚えてくれてすっごく嬉しいよ! でも今じゃなくていいよ!」
「ちなみに、これも匿名情報なんだけど、智代子とプロデューサーはこの時ランチに行く約束を取り付けたそうじゃない」
「へっくち」
凛世が再びくしゃみをした。
「し、したけども。したけども! でも、べ、別に私はガチ恋じゃないよ、本当だよ! そもそも、ガチ恋だったら凛世ちゃんの方がガチ恋でしょ!」
「……凛世は」
「凛世はいいのよ」
「なんで!?」
「だって、もうそういう子だって認知されてるもの。でも、あなたはまだそうじゃないでしょ?」
「う……ぐ」
「放課後クライマックスガールズは、個性豊かな五人が集まるユニットよ。ガチ恋勢が二人もいるとキャラが被るわ。ガチ恋勢になるのは構わないの、でもまず初めに皆に相談してくれないと、ユニットがブレてしまうわ」
「うう……正論なんだか暴論なんだかわかんないよ夏葉ちゃん……」
苦しそうに智代子が呻いた、その時だった。樹里が口を開いたのは。
「アタシから一つ言いたいことあるんだけど、ちょっといいか……?」
「何かしら、樹里。今、締めに入ろうとしていた所なのだけど」
「いや、まあ締めるんだったら締めてもらっていいんだけどさ。その前にアタシのこの写真見てもらいったくってさ」
そう言って、樹里はポケットからスマホを取り出すと、写真を表示してずずいと夏葉に見せつけた。
「ブッ」
夏葉は吹いた、思わず。
「え、なになに樹里ちゃん。何を夏葉ちゃんに見せたの?」
「え? これだけど」
さも当たり前のように見せてきたのは、一枚の写真だった。ウェディングドレスを着飾り、写真の外にいるであろう人物に向けて、はにかむように笑みを浮かべる夏葉の姿が写った写真だった。
「…………夏葉ちゃんがオトナの女の顔してる」
「見ない顔ですねぇ……」
「ちょ、ちょっと樹里! これ、いつ撮ったの!?」
「え? いや、匿名投稿」
「へっくち」
「樹里、そんな写真出してくるんだったら、私だって考えがあるわよ!」
「はっ、アタシにはそんなの効かないかんな」
「あらいいの? ビデオよ、録画よ」
「……待て、何の?」
「さあ、どれかしらね」
「私!も! プ!ロ!デ!ュ!ー!サ!ー!さ!ん!の!こ!と!が!大!好!き!で!す!」
「果穂さん……ふふっ。凛世も同じです」
「あ、アイドルがプロデューサーさんの事を慕うのは普通だからー! だからー! だからー! だからー、だからー____(セルフエコー)」
そんなこんなで、放課後クライマックスガールズは今日も元気に活動中です。