どうしてモデルをやめたんですか?
時折、そんな質問を投げかけられることがある。
それは、悪意のある質問ではない。純粋な興味から出てくる質問だ。
皆、高垣楓の経歴を知ると、必ずそう尋ねてしまう。
モデルなんていう素敵な職業を、どうしてやめてしまったんですか?
上手くいっていたのに、どうして自分から成功を手放したんですか?
モデルをやっていて、何か嫌なことでもあったんですか?
そんな質問を受けるたびに、高垣楓はいつも自分自身に問いかける。
どうして私は、モデルをやめてアイドルを目指したのだろうか、と。
「プロデューサーさん、どうして私はアイドルになったんでしょう」
「……何かありました?」
勢いよくタイプしていたキーボードから手を離し、プロデューサーは若干焦りながらそう尋ねた。
「いえ、別に何があったわけでもないんですが。ただなんとなく、どうして私はアイドルになったんだろうと。ふと、そう考えてしまって」
「また、インタビューの方に何か聞かれたんですか?」
「……ええ。どうして高垣さんはモデルをやめたんですか? と聞かれました」
「ちなみに、どう答えたんですか?」
「……モデル部署、もーでるって思って辞めた、と」
プロデューサーはすっ転んだ。
「それ、インタビュアーさんどんな反応しました?」
「無言でしたね、見事に」
「でしょうね」
「でも、この手の質問を受けたの、そういえば久々だなって。そう思うと、何でだろうって思ってしまいました」
「高垣さんのモデル時代……どんな感じだったんです?」
「……あまり、今と変わりませんね」
そう言うと、高垣楓は遠い目をした。
「現場ではいつも、笑いを提供していました」
「あなたはお笑い芸人さんですか?」
「すみません、言葉を間違えました。笑顔を提供していました」
「誰に……」
「カメラに」
楓は、「こんな風に」と言ってふっと笑みを浮かべた。魔性の笑みだった。吸い込まれそうなほどの澄んだ瞳、まるでこちらに無償の愛を提供するかのような表情を浮かべる楓を見て、プロデューサーは思わずたじろんだ。
「……さすがですね」
「ええ、これでもモデルをやっていましたから」
「確か、4年でしたよね。モデルをしていたのって」
「ええ、21からアイドル部門に移るまで」
「モデルをもう一度やりたいと、そう思うことってないんですか?」
プロデューサーがそう聞くと、楓は天井を仰ぎ見た。
「……プロデューサーさん、アイドル部門新設時のオーディションのこと、覚えてます?」
「もちろん、今でも鮮明に覚えています」
「あの時プロデューサーさんは、『楓さん、私はあなたをトップアイドルに導いてみせます』と、そう言ってくれました」
「いえ、一言もそんなの言ってないです。アイドルの素質あるけどまずはモデル部門に許可を取ってから来てください、と言いました」
「…………ほとんど同じですね」
「掠りもしてないです」
「………………」
プロデューサーの言葉で、楓はしゅんとして押し黙った。
ややあって、楓が口を開く。
「……プロデューサーさんは、どうしてあの時、私を選んでくれたんですか」
「なんとなくやってみたい、あなたがそう言ったからですよ」
「……言いましたっけ、そんなこと?」
「言いました、はっきりと言いました」
「そうですか……当時の私はそんなことを言ったんですか……」
「ええ。だから、何となく担当してみたいなって、そう思って楓さんを選びました」
「何となくですか」
「何となくです」
「似た者同士ですね、私たち」
「ええ、似た者同士ですよ。私たちは」
それを聞いて楓は、思わずふっと笑う。
その笑みを見たプロデューサーは、
「……その笑顔、いいですね」
「な、何がです?」
「いえ、さっきの完璧な笑顔も素敵だったんですけど、やっぱり楓さんには今みたいな、自然体な笑顔が一番似合ってるなって。そう思っただけです」
「………………」
「何で急に黙るんです……?」
「いえ、何かいいギャグ思いつかないかなって思ったんですが、思いつけなくて……」
「何で今ここでギャグを言おうと」
「だって、なんだか無性に恥ずかしくなってしまったので」
「恥ずかしさ逸らす為にギャグを言うのやめましょ」
「ああ、私の専売特許が禁じられる……」
少し間をおいて、二人はどちらからともなく笑いあう。
「で、楓さん。次はどうしますか?」
「そうですね……何となく、そろそろ違うことを始めてもいいかなって、思うようになりまして」
「ほう、というと?」
「芸人部門、新設してもいいですか?」
「ダメです」
「二人で漫才コンビやりません? 私ツッコミで」
「許可しません、アイドル続けてください」
「アイドル部署でアイドリング……ふふっ」
「笑えないです、楓さん」
「ふふ、冗談です」
「全く……。ああ、もうこんな時間に。楓さん、そろそろ移動しないと。今日の現場、確かここから少し離れた場所でしたよね」
「そうですね。ちょっと遠いです、ちょっとだけ」
「じゃあちょっと急ぎましょうか」
「はい。……今日、もしもちょちょっと済んだら、ちょっと飲みません?」
「ちょっとだけですか?」
「いや、もうちょちょっとしちゃうかもしれません」
「それはちょっとダメですね」
「ダメですか」
「ちょっとだけね」
「ちょっとだけですか」
「いや、いいですよ」
「ありがとうございます」