東京の夜、街のネオンが雨に濡れ、冷たい光が路面を照らしていた。
歩道を歩くスーツ姿の会社員たちの傘越しに、蒼月陽翔は顔を伏せながら、雑踏をすり抜けるように進む。
頭の中は空っぽだった。何も考えず、ただ歩く。
その生活がいつまで続くのかもわからない。
自分が「喰種」でありながら、喰種にも、人間にも馴染めない異質な存在だという自覚が、いつも彼を突き刺していた。
裏路地に差し掛かったとき、鼻を刺す血の匂いが漂ってきた。
鉄錆びのような濃厚な匂い。
陽翔は足を止め、視線を先に向ける。暗い路地の奥に、倒れ伏す喰種の姿があった。
その隣に立つ白いコート姿の男。
腰には黒光りする武器――クインケが備えられている。
「まさか、ここでまた出会うとはな。次は逃がさないぞ、喰種め」
捜査官が鋭い視線で陽翔を睨みつけた。
陽翔はわずかに眉を寄せ、口を開く。
「俺に構うな。すぐに立ち去るなら、何もするつもりはない」
その声は冷たく静かだったが、捜査官たちには挑発のように響いたらしい。
男がクインケを引き抜くと、背後の仲間たちに合図を送った。
「蒼光……お前をここで仕留めれば、手柄になるな!」
何かが動く音がした。刃が空気を裂く音が耳に届く。
陽翔は軽く溜息をつくと、背中から赫子を展開させた。
赫子は青白い光を放ち、結晶のように硬質で鋭利な形状をしている。
その美しさと異様さに、捜査官たちは一瞬硬直した。
「な、なんだあの赫子は……!」
一人が呻くように言ったが、すぐに仲間に叱責される。
「構うな!撃て!」
銃声が鳴り響き、陽翔の胸元に向けて弾丸が放たれる。
だが、それらは赫子の翼に阻まれ、弾かれるように散っていった。
陽翔は静かに歩を進めながら呟く。
「無駄だ。お前たちの武器じゃ俺を倒せない」
一人の捜査官がクインケを振り下ろす。
陽翔はそれを翼で受け止め、反撃することなく捜査官の武器をへし折った。
「帰れ。それ以上、俺に近づくな」
その冷たい言葉に、捜査官たちはついに恐れをなして後退を始めた。
「……また会おう」
捜査官の一人が捨て台詞を吐き、走り去っていく。
静寂が訪れる。陽翔は無言のままその場に立ち尽くした。
雨が結晶状の赫子に当たり、光を反射してキラリと輝いた。
「……こんな生活がいつまで続くんだろうな」
独り言を呟き、赫子を収めると、地に伏して死んでいる喰種に手を伸ばした。
彼の中に渦巻く感情は、空虚そのものだった。
「報告します。東京第一区で『蒼光』を再確認。捜査官の証言では、例の青白い赫子を展開していたとのこと」
CCG本部の会議室に緊張感が走る。
壁に映し出されたスクリーンには、新宿の監視カメラが捉えた陽翔の姿が映っていた。
捜査官たちは口々に意見を交わす
「奴はただの喰種じゃない。普通の赫子とは形状が違いすぎる」
「異形喰種としての脅威が高い。討伐部隊を送るべきだ」
会議に立つ若き捜査官、三島祥が口を開いた。
「異形喰種の中でも、蒼光は特に警戒すべき対象だ。今後は討伐部隊を拡大し、発見次第排除する」
彼の冷静な指示に、会議室の空気が引き締まる。
一方で、三島の胸の中には、蒼光喰という存在への奇妙な興味が湧いていた。
「……お前は一体...何者なんだ?」