「──おい。この店に『青龍』と名乗る変な奴が来なかったか?」
軒先に現れた赤半被の三人組。
まごうことなく、怒狡が遣わした侍達でした。
「そいつぁ破廉恥にも七つの刀を持っているようでな」
「蒼天の塔に忍び込んだ極悪人だそうだ」
「何か知っているのなら喋って欲しい。急を要するものでね」
そして、目だけを隠す謎の仮面をつけた、
急な展開に驚いたお静と霧。
知っているも何も、彼らが求めるせいりゅー様は、まさにこの場に居ます。
あぁどうしましょう、とすがるように渦中の人物を見やると……。
「あ、あれ?」
寸前まで居たはずのせいりゅー様ときりん君、そして唖涯までもが消えていました。
これには二人、ますます混乱してしまいます。
「……? どうかしたのかね?」
「え、あ。いや、ついさっきまで……そのぉ……」
「あ、あー! ほら霧! 脇差! 私のを修理してくれたんじゃなくて?!」
「え…………ぁ。そ、そうだったっけ?」
「そうだって! ほら帳簿みて帳簿っ!」
しかし、即座に機転を利かせたお静。
理由こそ知らないですが、せいりゅー様の役に立とうと咄嗟に嘘をつくのでした。
「取り込み中に申し訳ない。が、こちらも火急の用でね……それで、今いった人物に心当たりはあるかな?」
「あ。す、すみません……えっと、私はついさっきここに着いたばかりで、ちょっとわからないですね。ねえ霧、アンタは知ってる?」
「え、ぅ……ねえお静~……注文したのいつぅ~? あ、ああ、あたい忘れてたぁ……?」
「あーもう、それはいいから!? お侍さんに答えてあげて!」
三人の疑念の目が霧に向かいます。
正直者でどんくさい霧、もちろん知っています。
しかし親友が陰からしきりに何事かを訴えているではないですか。
一体どういうことなのでしょう?
早く喋れということでしょうか?
「えっと、えっとぉ、……し、知ってま──せ、せええぇぇん……! 知りませんん~~~!」
お静の顔が般若に代わりかけたところで慌てて訂正。
しかし、その不思議な態度に、三人の疑念がより深まります。
「おい。何か知ってるなら隠さず話せ。隠し立てはお前の為にならんぞ?」
「ひ、ひぃぃ、ちちち、違いますぅ! ほほ、本当に知らないんですぅ! 私は、お、お静と談笑をしてただけでぇ!」
「そ、そうそう! そうなんですよ~、茶をシバきながら世間話をね?」
「……ふむ。そうかね? それにしてはつい先程、他にも誰かが居たような気がしたが……」
「な、なんのことでしょう? ここには最初から私と霧の二人しかいなかったんですが……」
安謝は二人を値踏みするような目で見ています。
少なくとも部下である粗木綿と滋陰の二人は不審感を顕にしています。
これは……ちょっとばかし不味いのではないでしょうか?
しばしの間、お静達が心臓に悪い時間を過ごしていると、安謝は頭を振るのでした。
「……分かった、ご協力感謝する」
「安謝隊長!」
「よろしいんですか?」
「よろしいも何も、彼女らは何も知らないと言っている。なら我々の出番はない」
「しかし……」
「滋陰」
「くっ…………承知、仕りました。隊長」
どうやら引き下がってくれるようです。
これにはお静も霧も内心で肩を撫で下ろします。
「邪魔をしたね。あぁ、もし何か知っていることがあれば何でもいい。恩智を尋ねてくれると助かる。内容によっては謝礼もしよう」
「は、はいっ。しかと承りました」
「助かるよ。それでは」
最後までクールな態度を貫いた紗亜。
あっさりと部下を連れて戻ろうとするので、何だ、案外話せば分かるかも……と思ったその時でした。
ガタガタッ、ゴトンッ。
店の奥から、何か物が落ちるような音が響いたではありませんか。
途端に全員に緊張が走り、粗木綿と滋陰がザッと振り返りました。
「おい、今の音はなんだ!」
「な、なななな、なんなんでしょう~!?」
「ね、猫ですよ猫! ここ猫を飼っていて!」
「……貴様ら先ほどから何を隠している? 事によっては承知せんぞ?」
「そうだ! もしや、青龍とやらを匿ってるんじゃあるまいな!?」
「……やめないか粗木綿、滋陰。乙女を脅かすんじゃない」
鯉口に指を這わせた男達に、ヒッ、と声をあげる霧。
見かねた安謝が静止しますが、二人は聞く耳を持ちません。
「隊長、何を臆しているんです。こいつら絶対に怪しいんですよ!」
「そうです! ぶん殴ってでも吐かせましょうや、そしたら我々が一番乗りですぜ!」
「よせ。彼女たちは違うと言っている。ならば他をあたった方が効率がよいだろう?」
「そんなんだから、俺らはいつまで経っても足軽止まりなんですよ!」
「あっ! ま、待ってください! ……きゃッ!?」
「ええい、そこをどけ!」
命令を退け、さらにお静を突き飛ばし。
部屋の奥へと向かってしまう粗木綿と滋陰。
安謝はそんな二人を止めもせず、転んだお静に手を差し伸べるのでした。
「……やれやれ。大丈夫かね」
「ぁ、はい……って、違う! あの二人を止めてください!?」
「すまないが、私はどうも求心力がないようでね……それに、ここに青龍とやらがいるのは事実だろう?」
「……! な、なんのことでしょう」
「その態度が答えを言っているようなものだが……まあ、隠し立てしたことを咎めるつもりはない。その代わり……少しは覚悟はすることだな」
事実、安謝は部屋の奥に居る謎の気配に気付いていました。
気付いていてなお、退こうとしました。
それは安謝がお人好しだからでしょうか?
恩智が嫌いだからでしょうか?
それは違います。
彼は、
「か、覚悟って……何を、ですか? さっき咎めるつもりはないって」
「それは保証しよう。だが、君たちはもう少し上手に振る舞うべきだった」
「え?」
「お陰で、ここで暴れる羽目になってしまったからね」
「──おぎゃあああぁああぁ~~~~ッ!?!?!?」
その言葉と同時に、部屋の奥からすごい勢いで何かがすっ飛んで行きました。
それは、ドタマを殴られて伸びた粗木綿でした。
霧とお静の顔が驚愕に染まります。
「──ひっ、ヒィッ! ひぃぃっ!」
そして、遅れて奥から逃げてきたのは、滋陰。
顔や身体をボコボコにされてほうほうの体で安謝のもとに戻るのでした。
「むっ……これは!」
途端、安謝が今まで感じたことの重圧に身構えます。
得体のしれない気配。
その気配が、ぞわり、と禍々しいなにかに変貌したのです。
それは歴戦の侍である安謝とて死を想起させるほどの物。
はたして鬼が出るか蛇が出るか。
そう考えていた自分を叱りつけたくなりました。
これは、
度重なる死線を超えてきた安謝は、そう感じていました。
「……あらら、やりすぎてしまいましたかね?」
こつ、こつ。
ゆっくりと近づく澄んだ声。
「ですが、こちらに刀を向けたということは……仕合う意思があったとのこと。つまり、覚悟の上でしょう」
暗がりから現れるのは、すらりとした蒼い女性──、
「非常に失礼ではありますが……当方、とある理由で大沙汰にできません」
──ではなく、大柄な男の姿でした。
「なので……私の代わりに、この唖涯が! 暴れさせていただきます!」
「むー!? むむぅぅぅ~~~ッ!? むぅぅ~~ッ!?」
現れたのは両手は縄で、口には猿轡を噛まされた唖涯と。
そのすぐ背中に引っ付く形できりん君を肩車したせいりゅー様が現れたのでした。
唖涯の手には鞘にしまわれたままの刀が握られており、そんな彼の手足にせいりゅー様の手足が絡んでいる状態でした。
唯一、せいりゅー様の肩に座ったきりん君だけが、不満を表すようにせいりゅー様の髪の毛をぐいぐいと引っ張っていました。
「……唖涯。君は一体何をしているんだ?」
「むぅぅッ!? むむううぅふむむぅッ!? んんんん~~ッ!? んむむぅぅふむぐむむぅぅ~~~ッ!!!」
「ふむふむ……なんと! 私ときりん君の境遇を知って、義憤に駆られたと!? いやぁ素晴らしい! さすがは唖涯ですね!」
「むぐううぅぅぅ~~~~ッ!?!?!?」
首が取れそうなくらい左右に振っている唖涯は、おちょくるように軽やかにポーズを取ったり、バレリーナもかくやの回転芸を見せてくれます。
どうにも力の抜ける光景ですが、それでも安謝は警戒を解きません。
「……キミが青龍で間違いないかな? 屋敷までご同行願えないかな?」
「いかにも。しかしすみません、先用がありまして……それが終わった後でもいいですか?」
「すまないがこちらも火急でね。どうしても譲れないんだ」
「そうですか……では平行線ですね?」
こてん、と首をかしげて見せるせいりゅー様に、ため息をつく安謝。
「……やれやれ。勝算の薄い賭けは好きじゃないのだがね」
「おや、貴方は勝てる試合しかしないのでしょうか? ソレは勿体ない」
「何分、臆病なものでね……だが、避けられないのであれば仕方がない」
「そうそう、仕方がないですよね」
「──では、仕合うとしようか」
「──なら、仕合いましょうか」
とうとう刀を抜いた安謝を見て、せいりゅー様は笑顔を見せるのでした。
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