おねショタ世直し珍道中   作:月兎耳のべる

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第13話「やられたな」

 恩智(おんぢ)安謝(あじゃ)

 彼は恩智家所属の雇われ侍です。

 若くして達人とまで称される剣術家である彼は、並外れた直感、そして体術を持ち、若くして部下を持つことまで許された剣豪の一人です。

 せいりゅー様のように七刀流ではありませんし、なんだったら孤剣ではあるのですが……その強さは阿妻で上から数えた方が早いとも言われています。

 ついたあだ名が『赤彗星』。

 星空を横断する赤い星になぞらえて、破竹の勢いで敵を倒す様から、言われるようになったといいます。

 

唖涯(あがい)。キミに恨みはないが……どうやら本気を出さないといけないようだ。恨むなら彼女を恨んでくれたまえ」

 

「むぐぐぐぐ、ぐむむううぅぅぅ~~~!?!?」

 

「仕合なら仕方のないこと。本気を出せ! と言っているようですよ!」

 

「やれやれ……」

 

 腰の刀をスラリと引き抜いた安謝。

 それは、一般的な刀とは違ってかなり細身でした。

 刃渡りは2尺3寸(大体80cm)。

 剣幅は通常の刀に比べ狭く、斬るにはあまりにも頼りなさそうな細剣です。

 彼は右手で刀を持つと、肩幅程度に足を開き、腰を浅くした体勢になって刀を突き出しました。

 

「ほほ~~~っ!」

「おほぉぉぉ~~~っ♡♡」

 

 キラキラと目を輝かせるせいりゅー様……と、霧。

 滅多に見れない珍しい刀と、その使い手は二人を興奮させるには十分でした。

 

「バカ! 霧、下がるわよ!」

 

「ででで、でもお静ぅ~……せっかく二人が仕合うのにぃ……!」

 

「巻き込まれたら不味いって言ってるの!」

 

「……その通りだ。お二人には下がって……むゥッ!?」

 

 ちらりとお静らに視線を向けた途端、唖涯の刀が、直前まで安謝のいた場所を()()()()()()()

 安謝は間一髪でソレを避け、お返しに突きを見舞います。

 すると風切り音と共に、軽く、小気味の良い金属音が鳴り響きます。

 その結果は、無傷。

 飛燕のごとき反撃はいともたやすく、その鞘によって弾かれていたのでした。

 

「仕合中によそ見はダメですよー」

 

「……失礼した。集中しよう」

 

「むぐううぅぅぅ~~~ッ!?!?」

 

 唖涯のうめき声が途切れぬ中、とうとう二人の仕合が激化し始めました。

 

 ──安謝の戦闘スタイルは、よく(アブ)と形容されます。

 

 その身軽さと予知に近い直感で敵の攻撃は全て避け。

 敵が隙をさらした瞬間、攻撃します。

 斬るよりかは、突くことを得手とし。

 一撃で仕留めるのではなく、確実に弱らせ、確実に仕留める。

 恐るべきは、その独特の構えから繰り出される高速の突きでしょう。

 眼の前で細剣の切っ先が、さながら虻のように揺れ。

 気付いたときには刺されている、という回避不可能の必中攻撃。

 それが安謝のスタイルです。

 くしくも、今回のお相手はどこを突いても刺さりそうなほど当たり判定の大きな唖涯。

 きっと三合は難しくとも、五合も廻れば血だるまにできるだろう、と安謝は考えていました。

 

 しかし。

 

 ──ぎゃり、ぎゃり、ぎゃりり、ぎゃぎゃぎゃぎゃッ。

 

(……ッ、この青龍とやら。化け物か……ッ!?)

 

 五合を超えて八合目になっても、唖涯の服すら傷つけられません。

 彼の得意とする、一息の間に繰り出される高速三連突。

 それが、いとも容易く弾かれるのは、コレで何度目でしょうか?

 どのように操作してるかは不明ですが、二人羽織というハンデを背負い、かつ唖涯の巨体で、大太刀を使って実現する明確な実力差に、安謝は冷や汗が止まりませんでした。

 

「あははは! 貴方いいっ! すごくいいですねっ! お陰で全然攻められないじゃないですか!」

 

「過分な評価、光栄だ。しかし自信をなくしそうだよ」

 

「気を落とすことないですよー、貴方は筋がいいですから。もっと修行すればこれぐらいすぐに打倒できますよ」

 

「ふっ、修行不足か……流石に傷つく──なッ!」

 

 ひゅんひゅん、と8の字を描くと、安謝は再び唖涯に肉薄していきます。

 狙うは超近接戦。

 如何にせいりゅー様の操作が(たく)みだろうと、唖涯の獲物は大太刀。

 お互いの顔が触れられそうな距離なら、安謝の優位は揺らがない……ハズでした。

 

「ほい、ほい、ほい、ほいっと」

 

「むぐっ!? むぐぅっ!? ふむぐ、ふむぅぅぅっ!?!?」

 

 首筋を狙った切り払いは峰で弾かれ。

 弓のように引き絞った突きは、柄で()らされ。

 足を狙った地を這う攻撃は、膝で迎撃されて不発。

 ならば、と三重のフェイントの後に放たれた、右手指を狙った攻撃は、軽々と人差し指と中指で摘まれてしまいます。

 ここまで来ると恐れるより笑ってしまいます。

 安謝は間合いの外まで一息で距離を取ると、ふぅ、と呼吸を整えるのでした。

 

「……おや? もう手詰まりですか?」

 

「手厳しいな。キミのあまりの手腕にどうしたものかと思ってね。いっそ降参でもしようかと」

 

「あははは。冗談言わないでくださいよー」

 

「いやいや本気さ。ここまで通じないとなると……」

 

「……もう隠し玉を使うしかない……ですよね?」

 

「──」

 

()()

 

 せいりゅー様の顔が歪み。

 とたんに安謝の顔から笑みが消えます。

 彼は先ほどまで見せていた構えから、更に低く腰を落とし、突き出していた刀を、後ろに下げて、腕をねじっていきます。

 

 ──ぎ、ぎ、ぎり、ぎりり、ぎちぎちぎちぎちぎち。

 

 不気味で不可解な、擦過音(さっかおん)

 お静と霧は部屋の気温が下がったと錯覚するくらいに寒気を覚えてしまいます。

 それはまるで極限まで張り詰めた弓。

 細身の体を包む服が、極限の鍛錬で痛めつけられた筋肉で膨れ上がり。

 特に、その両足と利き腕は異形のように盛り上がっていました。

 

「あはっ、いいですねぇ……♪ もしかしたらぶち抜かれるかもですねー。でも覚悟の上ですよね、唖涯?」

 

「んんんんん~~~~ッ!?!? んんん~~~ッ!」

 

「大丈夫ですよー、せめて相打ちまでは持って行きますので……よいしょっ」

 

 がぢゅんッ。

 

 せいりゅー様もまた、涙を流す唖涯に構えを取らせます。

 くしくもそれは、唖涯が得意とする()()

 しかも最初に彼が見せたのとは違い、姿勢を更に低くし、背後に担いだ剣を地面に突き立て。

 その柄を、両手で力強く握らせていました。

 それは、地面に突き立った剣を、今まさに振り抜かんとする構えです。

 その異形の型もまた、お静や霧、そして唖涯自身も怖気を覚えて仕方がありませんでした。

 

 せいりゅー様と安謝。

 

 互いから発せられる狂気の熱は、ぶわりと広がってぶつかりあい、領域を侵しあい。

 そして、その均衡が崩れる瞬間を待っていました。

 その間にいたお静と霧は、息をすることも忘れて二人の衝突を待ち──、

 

「おい、あそこに居たぞ!」

「唖涯さんだ!」

「何故安謝さんとやりあっている!?」

「かこめかこめ! あれが青龍だ!」

 

 ──直後、赤半被の軍団が店の前に集まってきました。

 どうやら騒ぎを聞きつけてきたようです。

 

「……」

 

「……ふぅ」

 

 次々と集まってくる侍達を見て、二人の間にあった緊迫感は霧散。

 周りも、思い出したかのように呼吸を再開するのでした。

 

「むー……いいところでしたのに」

 

「私はとても安堵しているよ……さて。ここらで同行などいかがかな? 決して悪いようにはしないと約束しよう」

 

「ですから用事の後ですって」

 

「ふむ……そうなると、多少手荒な真似をしないといけなくなるな」

 

 安謝がちらりと視線を向けた先は……お静と霧がいました。

 

「上にもこう言われている。()()()()()使()()()()()()と」

 

「あらー。やっぱりですか?」

 

「私は反対だが、これでも雇われの身なのでね。理解してくれると助かるんだが……」

 

「むぐぐぐっ、ふんぐ、ふむむむっ~~~っ!」

 

「唖涯が卑怯だぞ、と言っています」

 

「言わせておきたまえ」

 

 さてさて、せいりゅー様考えます。

 このままひと暴れして、全員を寝かせることは簡単です。

 しかしながらきりん君は、そういう暴力沙汰は求めていません。

 極力誰も傷つかず、平和的な解決を目指す。

 そのために必要なこととは何でしょうか?

 

「……よし、決めました」

 

「ふむ。色よい返事だといいのだが……むッ!?」

 

 途端に、安謝めがけて飛んでいくのは、気絶した粗木綿(デニム)でした。

 咄嗟に避ける安謝。

 しかしながら次の瞬間、なにかが固い物が砕かれるような音と共に、天井の一部が落ちてきたではないですか!

 安謝が上を見上げると、天井にぽっかりとあいた大きな四角い穴と、その縁から顔を覗かせるせいりゅー様、そしてきりん君の姿が見えました。

 

「逃げます! それでは!」

 

「ま、待て! この子達がどうなってもいいのか!?」

 

「大丈夫です、ここに抱えていますので!」

 

「いつの間に!?」

 

「え、ええええ!?」

「ふえぇえぇええぇ~~~!?!?」

 

 せいりゅー様、お静ら二人を両脇に抱え、唖涯を背中におぶさり、かつきりん君を頭に乗せています。

 そんな状態を何でもなさそうに軽ーく会釈すると、そのまま屋根伝いに逃げてしまうのでした。

 

「……はは。やられたな」

 

 

 




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