蒼天の塔。
青龍様が眠るとされる、阿妻を象徴する塔です。
塔の高さは、阿妻で最も高い山である
その威容は遠くから見れば、針のよう。
遠くても近くても心細く感じる、ほそながーい木造仕立ての百重の塔です。
この塔は青紫家が代々管理しており、神事はもとより、刀征証を授ける場として使われる他、国の方針を決定する場所としても使われる、中央政府にもなっています。
そんな長い、ながーい塔の麓、その奥に、ちょこんと小さな神社があります。
阿妻建国初期に作られた由緒正しき神社の名は──『青龍神社』。
……まんまですね。
こちらは青龍様を祀る像や、阿妻の歴史が刻まれた石碑、そして神事に使われる道具が仕舞われているとのことです。
「うーん、ここです……よね?」
音もなく神社に立ち入ったせいりゅー様。
しかし本当にここが目的地かが分からず、不安がっているようです。
それもそのはず。
青龍神社とは名ばかりに、かなり小さなお社だったからです
こぢんまりとした神明鳥居に小さめの本堂。
境内は人の気配がまったくなく。
様々な施設は年季が入りすぎていて、強風が吹けば一瞬で壊れてしまいそう。
仮にも国を代表する神を
「なんか……思ってたのと違いますねー」
「……ふにんき?」
「……いえいえいえいえきりん君~。私コレでも尽くす神ですよ? 慈愛と豊穣の神とか、そういう感じだと認識されてたはずですよ? 町のみなさんもやれ青龍様、青龍様って言ってたじゃないですかー」
少し納得いかなさそうなせいりゅー様。
腕にきりん君を抱えて神社見学と洒落込みます。
左方に水の出ない
右方で知らない苔むしたお地蔵さんを撫で回し。
前方に壊れかけの灯籠を眺め。
後方でほったて小屋のような無人の社務所を見つけます。
「ええーっと……石碑! そうです石碑にはさぞかし凄いことが……!」
そして雑に置かれた石碑はかなり風化しており、その字がかすれて読めないときました。
これにはせいりゅー様、酷くがっかりです。
「……にんきない?」
「そそそ、そんなことないですよー。た、たぶんこの社は私ではない別の神様を祀っているんです、ええそうです。そうに違いありませんよ!」
慌ててせいりゅー様が向かった先は本堂。
木造のそれを覗き込むと、外観に比べて意外にも清掃が行き届いており、中央に塗装の剥げた女人像が結跏趺坐の姿勢で鎮座していました。
二房の髪を後ろに流し、薄目で見つめる優しい表情。
その体はふくよかとは正反対の、線の薄さがあり。
五つの刀を背負い、両手に二本の木造の剣を掲げています。
せいりゅー様の特徴をよく捉えており、見た目だけでいえば、かなりそっくりではないのではないでしょうか。
「……」
「……?」
おやおや?
せいりゅー様、あまり気に入ってないようですね。
「……なるほど。これでは人も来ない訳ですね」
「……せいりゅー?」
「いいですかきりん君。この像と私、何が違うと思いますか?」
「……ざいしつ」
「それもそうですが大事なのはここですよ。ここ!」
べちべち、と
その胸はなだらか、というよりかは平坦でした。
「私、もうちょっとありますー!」
「……」
「きりん君なら分かりますよね? なんだったら五感で味わいましたよね!? これですよ! 平たく作ってしまったからこそ、人気がないんです!」
「……」
「あぁ阿妻の方々はなんて致命的なミスを……くっ、あと数cm……いや、数十cm盛っていれば、今頃お賽銭じゃんじゃかばりばりうっはうはの大社にもなっていたのに……!」
「……」
きりん君は絶対違うと思いましたが、黙っていました。
突っ込む気力が沸かなかったからです。
エロで信者を釣ってどうするのでしょうか。
「忘れないように石碑にも刻んでおきましょうか。私の胸は──」
「……おやおや、参拝かね?」
ふと、本堂入口にあらわれるのは、腰がくの字に曲がったおばあさんでした。
巫女服をまとい、杖をついてあらわれた彼女はえっちらおっちらとお堂にあがると、人好きのする目で微笑みます。
「降臨祭とはいえ、こっちに来るとは物好きやねぇ……普通なら大社にいくんだがね」
「あははは、すみません。我々土地勘がないもので……大社とは?」
「あんだって?」
「え。……お、大社ってどこのことですかー?!」
「あぁはいはい。大社ねぇ。青紫神社だねぇ。側三の裏手にあるよ」
「ははぁ」
「一昔前は……この青龍神社が大社だったんだがねぇ……気がついたらみながこぞって青紫家を
像の前をもたもたと進んだおばあさんは、慣れた手つきで両手をあわせると、ただでさえ曲がった腰を更に曲げて、深々とお辞儀したのでした。
その所作におぉ、と嬉しくなったせいりゅー様。
しかし気になったのかついつい聞いてしまいます。
「あーえっと……お婆さん、ここって阿妻で一番すごい青龍様を祀ってるんですよね?」
「あんだってぇ?」
「ここってー! 青龍様をー! 祀ってるんですよねー!?」
「そうだねぇ」
「なんでー! 青龍神社よりー! 青紫神社の方が崇められてるんですかー!?」
「あぁ。そりゃあ、実門様がいるからだろうねぇ」
「むむ、実門……?」
「実門様は青龍様と同じ、七つ刀を帯刀する
「……青龍……様ではなく?」
「あんだって?」
「青龍様ではなくー!?」
「あぁはいはい、そうだねぇ」
「な、なぜ!?」
「なんでだろうねぇ。あんまりにも昔のことすぎて、青龍様の御威光を忘れてるのかもしれないねぇ」
「え。ええー……そ、そんなー」
がーん、とこれまた分かりやすくダメージを受けるせいりゅー様。
仕方のないことかもしれません。
せいりゅー様が現役で活躍なさったのは数千年前のこと。
その逸話は点々と残されていますが、伝説は伝説。
時を経る事に、信仰と尊敬は薄れていきました。
そこに期待の超新星である
「清流様の
「青龍神社は青紫家お抱えじゃないんですかー!?」
「いんや。この神社はもはや誰のものでもないよ。最初は青龍神社も蒼天の塔も、青龍様の子孫の
「えぇー、私子を作ったことないんですけど……えっと、つまり……青紫家は自らのお家を称える神社を作って……青龍神社は逆に放っておかれたと?」
つまるところ、そういう感じなのでしょう。
おばあさんは、ぽつり、ぽつりと語ってくれます。
「皆が青龍様を偉大だと知ってるのに……阿妻の民は皆、青龍様ではなく青紫を信仰しちまってる」
「阿妻の始まりは青龍様だっていうのに……さみしいもんだねぇ」
「この神社で働いて40年と少しだが……管理するのは、もはや私だけ……私がいなくなったら、神社はもうなくなっちまうんだろうか。そう思うと……青龍様に申し訳がたたないよ」
遠い目で、寂しそうに呟くお婆さん。
それを見て悔しく感じたのは、他ならぬせいりゅー様でした。
「……塔と青紫神社、斬っていいですか? きりん君、いいですよね?」
「……だめ」
「うぅ~!」
面白いように悶えるせいりゅー様。
しかし気を取り直すと、お婆さんに尋ねます。
「そ、それはともかく……すみませんお婆さん、少し尋ねたいことがー!」
「はいはい。なんでしょうね」
「ここに秘刀があると聞いてるんですがー!」
「秘刀……?」
「何でも斬れる剣だと聞きましたー!」
「ないねぇ、そんなの」
「ないんですかー!?」
「あるとしたら青紫神社じゃないかねぇ。ここにあるのは青龍様の像と、祭りに使う神輿しかないねぇ」
「ええー!?」
「それにしてもアンタ、元気な子だねぇ」
喜怒哀楽がはっきりとしたせいりゅー様に、お婆さんはほっこりです。
お婆さんから見ても、せいりゅー様はとても好感が持てる少女でした。なぜなら、
「七つの剣を背負っていて、恰好まで青龍様にあわせるなんて……立派だねぇ。並大抵の努力じゃ青龍様には近づけないだろうけど、頑張るんだよ」
「あー、はい~……きりん君。どうします? この際、剣は諦めますか?」
「……おろして」
「えー」
言われて渋々離したせいりゅー様。
一体何をするのでしょうか?
せいりゅー様が見守る中、とてとてとおばあちゃんに近づくきりん君。
「おや。これまためんこい子だねぇ。あんた、刀は?」
「……」
「無謀なのかい? お嬢ちゃん、7つもあるんだからこの子にも1つやったらどうだい?」
「残念ですがきりん君が持つには荷が重すぎて……あー!」
そのままぎゅっとお婆ちゃんに抱き着いたきりん君。
お婆ちゃんはあらあら、と抱き返してあげますが……次の瞬間です。
「あ、あら? あらあらあらあら……!」
お婆ちゃんの体に変化が訪れました。
皺くちゃだった肌はハリと潤いを取り戻し。
その曲がっていた腰は元の流線形に戻り。
震えていた指先は落ち着きを取り戻し、
杖を取りこぼしても、倒れることがないくらいには足腰がしっかりし始めます。
「なな、なんだい? 一体何が起きて……」
「……おばあちゃん」
抱き着かれるだけで、体の不調が隅々まで直っていく感覚。
それに戸惑っていると、きりん君が腕の中でつぶやきます。
「せいりゅーのこと、だいじにおもってくれて、ありがとね」
「ぁ……。ぁ……っ!」
かすれず、はっきりと聞こえるようになった声。
それが耳に届いた瞬間、お婆ちゃんの目からぽろり、と涙が零れ。
お婆ちゃんはしばらく、きりん君を抱きしめたまま泣き続けるのでした。
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