「……すまないね、年甲斐もなく泣いちまったよ」
小柄なきりん君を腕にかき抱いて涙を流したお婆さん。
時間にしては1分も経たないほどでしょうか。
なのに彼女は、もはや見た目にまで劇的な変化があらわれていました。
白髪まみれのその髪は、元来の若さを取り戻して黒くなり。
皺くちゃの肌は潤いたっぷりのぴちぴち肌。
猫背気味の背中は、シャキッと棒が通ったように伸び、
年に合わせて作られた巫女服は、ぱっつんぱっつん!
先刻までの弱々しい姿はそこになく、気が強そうな妙齢の美女がそこにいました。
「しかし……驚いたね。坊やは
「はいはい、きりん君に触れるのはもう終わりですよー」
しゅばばっ、と香桜の手からきりん君をうばったせいりゅー様。
むぎゅ~っと抱きしめてすんすんふがふがと匂いを上書きし始めました。
「……もしかして、あまり触れすぎると?」
「お察しの通りですよー。とはいえ、若返り目的以外でもあんまり触っちゃダメですけど」
執着心の強い子だねぇ、と肩をすくめると、改めてせいりゅー様達に向き直る。
「遅れたが名乗らせてくれるかい? アタシは青龍神社の巫女、
「せいりゅーです」
「……きりん」
「よろしく頼むよ。しかし……青龍……ねぇ」
香桜は、せいりゅー様をジロジロと舐め回すように見ます。
「ひと目みると破廉恥極まりない、七つの刀を平然と持ち……青く長い二房の髪……
「……あー、とうとう来ちゃいましたか。うふふふ。そうなんですそうなんです、もしかしたらもしかするのかもです」
ようやくその時が来た!
口角があがるのを抑えられないせいりゅー様。
ここまで敬意という敬意を払われていなかったこともあり、どんな反応が返ってくるのか、ワクワクが止まりません。
「……ははぁ。まさかまさか本当の青龍様だったんだねぇ」
「あれれー?」
しかし、香桜の反応はかなりフランクでした。
「あ、あのー……リアル青龍様ですよ。降臨しちゃったんですよ? 何かこー、もっと驚いたりしないんですか?」
「いや驚いているさ。驚いているが、何と言うか……驚きすぎて逆に冷静になったというか……本当に像そっくりだったんだねぇ……」
「それだけですか!? 胸違いますよね!?」
「あぁ……うん。そうかもねぇ」
「むむむむ、むええええん、きりん君ー!」
「……むねん」
尊敬しているのは間違いないでしょうが、どこかズレており、さながら若者に『マジリスペクトしてるっすよー』と言われてる気分です。
無理もないのかもしれません。
せいりゅー様が残した逸話は、そのどれもが奇跡と言わんばかりの凄まじいものばかりです。
が、それらはあくまで数千年の前の出来事。
今を生きる阿妻の人々にとってみれば、ただの絵空事。
そんな伝説の存在が急に眼の前に現れたとて、現実感はなく、ただ反応に困るだけなのでした。
「それで青龍様。わざわざ降臨祭で秘剣探しとは……一体何故です? 何か一大事でも?」
「それがですね、神を殺せる剣を探しているのです」
「神を殺せる剣……」
「聞けば、何でも斬れる剣ともいわれてるそうなのですがー」
「神器、ですか。ふぅむ、神を殺せるとは……アタシも長いこと生きてるけど、耳にしたことがあないねぇ。急を要するので?」
「えぇ。
「そうかい……では、アタシにお任せを。こうして青龍様にお会いできたのもなにかの縁でしょう。可能性があるとすれば青紫神社の宝物庫、そこへ向かうとしますか」
ぽにょん、と自らの胸を叩く香桜おば……おねえさん。
これにはせいりゅー様達も大助かりです。
「いやはや、手がかりが無かったらどうしようかと思いましたよー……最悪国を全部斬ろうかと」
「ちょっと……冗談でも辞めな青龍様。アンタなら本当にできかねない」
「え。出来ますけど」
「……ますますお辞め。いや、辞めてください」
最初に比べて姿勢よく先導してくれる香桜。
しかしながら神社の外から聞こえていた喧騒が、更にヒートアップしていることに気がつくと、じとり。
せいりゅー様を睨みはじめました。
「……ちなみに青龍様。何やら外が騒がしいですが……何をなさいましたか?」
「あー……えっと。青紫の皆さんに追われてます」
「……」
「蒼天の塔に侵入したーとかなんとかで……本当は侵入ではなく外出しただけなんですよ? 参っちゃいますよね」
「……はぁ。では、下から大挙してやってくる恩智共は青龍様目当てだと。下がってくれますか?」
そう伝えた瞬間、音もなく消え去るせいりゅー様達。
改めて神様なんだなぁ、と香桜がしみじみ思っていると、階段を登ってきた侍達が、息を切らしながら問いかけてきました。
「おい女。貴様、青龍神社のものか?」
「えぇそうだとも」
「ここに青龍と名乗る不届き者が来なかったか? 蒼天の塔に侵入した極悪人だ」
「青龍? ……そう名乗ったのかい? 罰当たりなことを……」
「あぁ全くだ」
「それで、その青龍とやらが蒼天の塔に? 呆れた。気狂いか、本当の神様のどちらかだろうね」
「……それで、来たのか? 来てないのか?」
「来てるわけないだろうに。私が知ってる青龍様は、御本尊だけさ」
赤半被軍団はひそひそと話し合います。
半分は納得しているようですが、もう半分は確かにこっちに降りたと半信半疑です。
「……隠し立てはしてないだろうな?」
「疑うならどうぞ見ていっておくれ。ただし賽銭は忘れないようにな」
「ちっ……今はそんな暇はない。おい、中を探れ!」
「探るはいいが、壊さないでおくれよ! 壊したらお前さん達に請求するからね!」
見つかることはないだろう。
そう確信があったから通した香桜でした。
赤半被達の疑りは正しかったですが、所詮一般人。
井戸の中、本尊の中、そして床下まで探りますが、当然見つかりません。
肩をすくめると、リーダー格と思われる男がわざとらしく舌打ちします。
「……大体なんだ貴様のその服は。この神社はろくに服を作る金もないのか」
「はっ。あいにく阿妻じゃ、誰も青龍様を崇めないものでね。自分のことを考える余裕もないのさ」
「ふん。零細神社も大変だな」
「青龍神社だよ!」
「どうだっていい。……”青龍様”などいやしない。あるのは青龍の瞳という、怪しい宝石だけだ」
「……それが恩智の認識かい? 罰当たりにも程があるだろう」
「紙面で刀を振るう神より、実際に刀を振るう我々の方が強い」
「こうして刀を呑気に振れるのは青龍様あってのもの。それすら分からないのかい。呆れるね。……それで? 満足したかい?」
「……」
他の侍に目配せしますが、全員首を振るばかり。
渋々といった様子で彼は頷きました。
「何か知ってることがあったら、すぐに恩智に教えろ」
「お布施のひとつでも持ってきたら考えようかね」
あくまで徹底抗戦の香桜。
苦い顔をした男は、そのまま侍を引き連れて去っていきました。
やれやれ、これで一件落着のようですね。
……そう思っていると、不意にリーダー格が振り返りました。
「そうだ。お前の名前は?」
「……ぁんだって?」
「お前の名前だ。この神社は確か青家の婆さん一人だけだった筈だ。最近入った雇われか?」
「……」
少しの間、沈黙が流れると、香桜はこう言うのでした。
「徒花。なんの家名もない、ただの
「……ふん」
男は、感謝もせずに階段を下ってゆくのでした。
「──いやー、助かりましたよ香桜さん」
「……あのね。まだ出てくるには早いんじゃないかい?」
安全を悟ったせいりゅー様。
香桜の背後ににゅっと現れてにっこり笑顔です。
「私共にも都合がありまして。神殺しの剣を壊すのは早ければ早いほどいいんです」
「そうかい。なら、まずは行き先は青紫神社だが……青龍様」
「何でしょうか?」
「もし暴れるときが来たらアタシが暴れるから、貴方様はあまり暴れないでくれるかい?」
「……えー」
年の功というものか、はたまた女の勘というものか。
せいりゅー様の本質がトラブルメイカーだと認識したようです。
無論せいりゅー様とて最初から大暴れする算段はないですが、流れによっては斬って斬られてもあると考えていたのでしょう。
途端に声色が渋くなります。
「……せいりゅー」
「う。うぅ……ちょ、ちょっとぐらい! ちょっとぐらい、いいじゃないですか!」
「……だめ」
「えぇ! 待ってください! 一回、軽く刺すぐらいは!?」
「……だめ」
「じゃ、じゃあせめて小突くくらいは!」
「……だめ」
「みねうちは!」
「……だめ」
「やれやれ……アタシは着替えてくるよ」
せいりゅー様はしばしきりん君にごねたのですが、結局通ることはなかったといいます。
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