おねショタ世直し珍道中   作:月兎耳のべる

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第23話「見届けろ。親父さんの勇姿を。」

「──」

 

「……」

 

 刀雨の居合に似た構えを見た瞬間、弁慶は祭りの喧騒を耳から除外し。

 お静を含む、周りの有象無象を視界から取り除きました。

 彼の構えは正眼。

 リーチの短い麺棒では、本領は発揮できないものですが……彼にとって一番慣れ親しんだ構えが、これでした。

 

 ()

 

 圧縮された時間の中、刀雨の吐息が聞こえたと同時に。

 弁慶は首を大きく傾けました。

 

「……ッ」

 

 そして即座に背後に振り向いて、脇腹を防ぐように麺棒をかざすと、()()()ッ。

 鉄同士がぶつかりあうような音と共に、弁慶は数間ほど、直立不動のまま吹き飛ばされました。

 

 唖涯は、一瞬の攻防に言葉も出ません。

 速さもそうですが、あの細腕が繰り出したとは思えない威力は、彼の想像を超えたものでした。

 路上に残された電車道が、その威力を物語っています。

 そして驚くべきことに。

 彼女はその場から一切動いていない。

 もしあの場に立っているのが自分だったら……想像もしたくありません。

 

「──あら。防がれたん? あんさん案外やる人やねぇ」

 

 姿勢を戻した刀雨が、意外そうに言います。

 

「んー、二回じゃあかんなら、四回? いや、念の為五回にしよかな」

 

「……」

 

 再び腰を落とした刀雨。

 彼女の姿がブレると、弁慶は忙しなく体を動かして、攻撃を防ぎ始めました。

 

 腕を狙った上段。

 足の甲を狙った下段。

 目と見せかけて喉を狙った突きに、

 背後からの首刈り。

 そして、脛を狙った払い切りに、

 おまけの肩を狙った一撃。

 

 強力無比な攻撃の数々が、寸分の暇も与えずに襲いかかります。

 まるで、複数人に同時に攻撃されているよう。

 弁慶は、一撃目、二撃目こそ避けれましたが、三撃目はかろうじて防ぎ、四撃、五撃目は、避け損ね、その巨躯に刀傷が走ります。

 

「お、おとっつぁん!」

 

 肩と足から流血した弁慶が、その顔を歪ませ。

 刀雨が非常に楽しそうに笑います。

 

「すごいやん! ウチの五回を防げるん中々いないで? それも麺棒で!」

 

「……」

 

「アンタそれだけの腕して無謀なん? 惜しいわー。ちょぉ惜しいわー。なあなあ青紫(ウチ)に来ぉへん? アンタほどの腕なら、ひょっとした青紫を名乗れるかもしれへんで?」

 

「……」

 

「……寡黙(かもく)やねぇ。自分、刀で語るって口かいな? ウチは刀だけじゃ限度がある思ってる派や。出来る限り口で話しあいたいんや。相互理解っちゅーやつ? それが出来たら更に仕合が楽しく──おっと」

 

 ──ばがァんッ!!

 

 ここで、初めて弁慶が反撃にでました。

 大上段からの一撃。

 地面を叩き割るほどの威力のそれは、三間*1ほど離れた刀雨の足元を容易く砕き、彼女はたまらず避けます。

 そして、避けた先にすかさず弁慶が先回りしており、

 ()()()()()()横薙ぎが、体を断ち切ろうとしていました。

 

 ──が。

 

「ざーんねん」

 

「ぐッ……!」

 

 姿勢を低くした刀雨の柄が、弁慶の腹部を貫いており。

 たまらず弁慶が掴みかかろうとすれば、雲を掴むように消え、代わりに背後に(たたず)んでいました。

 

「思うんやけど……アンタってウチとすごく相性悪いんとちゃうかな? 目がいいんは認めるけど……戦法はあくまで待ちやろ? 待って。待って。じぃっと待って。それで隙を見て一撃で仕留める」

 

「……」

 

「そりゃそうや。アンタほどの図体やと小回りは効かんもんなぁ。必然的に待ちになる。実に理に叶っとる。でもウチの攻撃は全部は見切れんやろ? 守るので精一杯ろ?」

 

「……」

 

「なぁなぁ。降参しいひん? アンタほどの使い手が野放しになっとるんは阿妻の損失や。勿体ない。娘さんも悪いようにはせえへんから。な? 剣を納めてくれへん?」

 

「……」

 

「……はぁ……じゃあ次は七回行くでー、気が向いたらいつでも降参してな?」

 

 呆れた様子の刀雨が、再び構えると。

 弁慶は表情を更に険しくして、修羅に入るのでした。

 

 ──咲き乱れる剣閃。

 

 知らず出来ていた人混みの中心で、絶技が絶え間なく弁慶を嬲っていました。

 意識の内からも外からも責め立てる、豪雨のような斬撃の数々。

 尻尾、手首、二の腕、背中、うなじ、手の甲、股間、首筋、膝、胴、ふくらはぎ、眉間、人差し指。

 反撃の暇のないそれは、だんだんと苛烈(かれつ)になっていきます。

 かろうじて致命傷は避けれても、細かな刀傷が弁慶を弱らせていきます。

 

「次九回いくでー」

 

 素人では目で追うことも許されない、強力無比の技の数々。

 絶命してないのがおかしい程の合を重ねて、なおも生きている弁慶。

 その全身は重ねるたびに赤く染まり、剣戟(けんげき)を防いでいた極太の麺棒は、削りに削られて細くなっていました。

 

「も、もう……もうやめ……やめてよ、おとっつぁん」

 

「……ッ」

 

「おとっつぁん!! だめぇっ!」

 

「よせお静ッ!」 

 

「離して! 離してよ! やだ! 死んじゃう! おとっつぁんが死んじゃうよぉ!」

 

 唖涯が飛び出しかけたお静を抑え込みます。

 無理もありません。

 実の父親が、今まさに殺されそうになっているのを見て、冷静になれる訳がないのです。

 

「もういいでしょ!? 刀雨さんやめて! 私ついていく! 何でも話すから! だからもう……ッ!」

 

「この仕合を止めることが出来るのはもう、お前の親父と刀雨のどちらかだ。部外者が邪魔すんじゃねえ」

 

「邪魔なんて、何度だってしてやるわよッ! おとっつぁんが生きてくれるなら、なんだって……ッ、どいて! どいてよッ!」

 

「駄目だ」

 

「ッ、う、うぅ、ううぅぅう、うがァうぅぅ──ッ!!」

 

 その太い腕で抱き上げられたお静は、唖涯に噛みつきます。

 牙は容易く腕を貫き、少なくない血が溢れていきます。

 しかし、唖涯は痛みに悶えるどころか、微動だにしませんでした。

 

「見届けろ。親父さんの勇姿を。唯一俺達に出来ることは、それだけだ」

 

 唖涯は、瞬きすら忘れ。

 激戦を目に焼き付け続けていました。

 その様子にふざけた感じは一切含まれず。 

 むしろ弁慶を(あなど)ったことを悔いるような、恥じらいすら感じ取れました。

 

「──はっ、はっ……はぁ~、しんどいわ~。なあまだ倒れへんの?」

 

「……」

 

「もういい加減諦めてくれへん? な? そろそろその立派な武器も壊れるで? そうなったらアンタ、詰みやで。分かるやろ?」

 

「……」

 

「娘さんもああいっとるし、ウチ悪者扱いはイヤやし」

 

「……」

 

「……あーもう分からず屋! ええで、そっちがその気ならウチが引導渡したるわ! ──十七回ッ!!!」

 

 息の上がった刀雨は、これで最後だと言わんばかりに、声を張り上げ、疾走。

 今まで以上にキレのある斬撃で、弁慶を切り刻んでいきます。

 あまりの速さに打ち合いの音が連続し、さながら鎖同士が擦れあうようです。

 

(跳んで。腕。跳んで。足。跳んで。腹。跳んで。背。跳んで。武器。……ほーら、段々目で追えんくなってきたやろ? 傷が増えれば増えるほど、アンタの動きは鈍なって。回数が増えれば増えるほど、ウチは速なっていく。ほら詰んでるやろ? それはアンタだって分かるはずや)

 

 微細な傷が、次々と広がっていく。

 彼の麺棒はもはや、すりこぎのように頼りなく。

 少なくない血が、地面を汚しています。

 なのに弁慶の目は、ぎらぎらと獰猛に輝いており。

 まだ勝ち目があるとでも言いたげです。

 

(──気に入らんわ)

 

 あの目だ。

 あの生意気な目を、斬るしかない。

 目を斬るには及ばずとも、濁らせてやろう。

 彼我の力量差も分からない、大間抜けに。

 刀すら持てない貧乏人に。

 分からせてやるしかない。

 

「……ッ」

 

 そして訪れる、絶好のチャンス。

 焦ったか、それとも疲労のせいかは知りませんが、亀のようにガードを固めていた弁慶が、不意にガードをゆるめたのです。

 

(あらら。とうとうやね……)

 

 平屋の壁に、水平に着地した刀雨は、終わらせようと、その足をたわませ、

 そして背後から心臓を貫かんと、音を置き去りにして突貫します。

 

「ぐッ!」

 

 が、体をひねり、かろうじて回避した弁慶。

 代わりに脇腹に大きめの傷が出来たのが分かりました。

 

(あは。もーらいっ)

 

 確かな感触。

 そして体勢を崩した弁慶。

 勝ちを確信した刀雨が、地面に着地しようとして。

 

(……ん?)

 

 ふと、違和感を覚えました。

 

 奴の手にあった麺棒。

 それが忽然と消えているのです。

 どこに行った? と、考えてふと下を見ると。

 丁度、杭のように細くなったそれが、自分の着地点めがけて飛んでいくのが見えました。

 

(こ、こいつ……ッ、着地狩りかいな……!?)

 

 刀雨が得意とする居合術。

 その肝は、刀雨が厳しい修行の末に培った足の筋肉にあります。

 強力なスプリングのようにたわみ、弾むそれで空を駆け、縦横無尽に攻撃する。

 それは段階を経るごとに衝撃を増し、それにより速度を増す。

 それが『氷雨』と呼称する居合の正体でした。

 ゆえに。

 十分に加速の乗った今、着地に失敗すれば。

 その未来は自爆しか待っていません。

 

「ぐ、ぅ、が、ああぁああああぁあ──ッ!」

 

 既に空を駆けており、着地点は変更不可。

 下手をすれば体に麺棒が突き刺さりかねない状況で、刀雨は片足だけの着地を敢行!

 ただでさえ酷使していた足に、更に負荷がかかり、尋常ではない痛みが走りますが、それでも麺棒を避け、大きく勢いを殺し。

 そして、そのまま片足を縮ませて、勢いのまま最後の一撃を狙います。

 

(危ない所やったが……ウチの勝ちやで、団子屋の! もう頼みの武器もなくなったんや、往生せいや!)

 

 ぎゅん、と世界が加速する中、

 首めがけて剣閃が吸い込まれていきます。

 圧縮された時間の中、こちらを睨みつける弁慶に、ニヤリ、と笑ってやる刀雨。しかし、

 

(──あ?)

 

 弁慶もまた、刀雨に獰猛な笑みを向け、迎え打つように刀雨めがけて飛んで、狙いを外すと

 ()()()

 その頑なに閉じられていた顎を、大きく開けたのでした。

 そして、

 

「──あ、がああああぁあああぁああぁッ!!」

 

 刀雨の腕に、牙が深々と食い込んでいました。

 

 絶叫する刀雨。

 彼女の細腕は、すっぽりと弁慶の口に収まっており、

 ぼき、ぼき、べり、ばき。

 と、生々しい音を立て咀嚼され、

 噛みしめたまま、弁慶は大きく顔を振るうと、刀雨の全身も振り回され。

 

 ()()()()! 

 

 勢いのまま、地面に叩きつけたのでした。

 一撃を受けて刀雨は背をピーンとのけぞらせて悶絶すると、

 やがて動かなくなってしまうのでした。

 

「……ぺッ」

 

 口元を血だらけにした弁慶は、何でもなかったかのように刀雨を見下ろしていました。

 

*1
約5mほど

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