「──それで……お前だけノコノコと帰ってきたって訳か」
「……」
ここは恩智のお屋敷。
奥の間に通された唖涯。
彼は
一方で、見下ろしていた狡怒は、怒りを
あるがままを見るような、落ち着いた様子でした。
そこに、優しさや
むしろ逆です。
怒りを通り越し、呆れているからこその表情でした。
事実、狡怒は腰の打刀を抜き放っており。
流美な刃は、窓から差し込む日の光で、ギラリ。
太陽のように輝いていました。
「……唖涯。俺ぁがっかりしたぜ? 仮にも恩智の名を背負っておいて、こんな無様晒したとなったらなぁ」
「……」
「三人がかりで挑んで串一本で返り討ち。縄でくくられて、町中を練り歩いたと思ったら、青紫相手にビビリ散らした? それに飽き足らず、弁慶のヤロウが戦うのをまざまざ見守ってただけ……だァ?」
ぽす、ぽす、ぼす。
刀の峰が、唖涯の肩を叩いています。
分厚い、まるで
名を「赤
数多くの敵と味方を葬ってってきた、狡怒の愛刀です。
「どこまで
「……」
「何とか言ったらどうだ……この、
「ッ、が」
その刀の峰が、唖涯の顔を打ち据えました。
たまらず倒れ込む唖涯。
そんな彼を、怒狡は追い打ちます。
「いやしくもッ、黒三連とか恥ずかしい名前で練り歩いといてッ! なんだその体たらくはッ、て聞いてるんだよッ! 俺ぁなッ! お前らが勝ち続けたからッ、見ない振りしてやったんだッ! 分かるかッ!? ソレをお前ッ、むざむざ負けただッ!? 負けたはまだしも、生きて帰ってきただァッ!? 恥を知れクソヤロウがああぁああぁッ!」
「ッ! ッがっ! がふッ!?」
打擲。
打擲!
打擲!!
唖涯の鍛えた体が、みるみるうちに傷だらけになっていきます。
峰打ちとはいえ、鉄の棒で打ち付ける訳ですから、その威力は計り知れず。
縮こまるようにして防御態勢をとっていた唖涯も、十を超えた攻撃の果てにはぐったりと倒れ込んでいました。
「あぁ。だがな……ッ、それくらい、まだ許してやってもいい。何にしろ、俺ぁ寛大だからなァッ。それくらいのこと……許さなきゃなぁ……ッ」
「げふッ、ぐ、……お、大親父……ッ」
「だがなぁ唖涯ッ、俺ぁな、どうしても許せねえことがあるんだ……ッ、テメェ、青紫をぶちのめした弁慶を、どうして連れてこなかった?」
「……ッ!」
「どうしてウチに連れてこなかったかって聞いてんだ、えぇ!? テメェ、臆したのか!? 何か言ってみろッ!!」
「そ、それは……あ、があぁッ!?」
「相手は形無しの手負いだろうがッ! テメェでも倒せただろうがッ! 何で連れてこなかった!? それが出来ねえならぁその場で殺しておけやッ! せめてソレくらいは出来るだろうがッ! えぇッ!? このクズがッ! クズッ! クズッ! クズ野郎ッ!!」
聞くに耐えない、痛々しい音が部屋に響き続けます。
怒狡はその後、数分に渡り折檻をすると、
肩で息をしながら、唖涯に向けてツバを吐きました。
「……チッ。なんだってウチの人員はどいつもこいつも使えねえ奴ばっかりなんだ……! おい、唖涯」
「う……」
「う、じゃねえ。テメェ。その青龍とやらがどこ言ったのか、もう一度いえ」
「……そ、蒼天の塔の麓の神社、だ。……か、刀を探している……とかで……」
「刀……なんのだ?」
「か、神を斬る刀、つってた……刀屋の娘は、たしか……何か大層な名前を、言ってたが……」
「何て言うやつだ」
「お、覚えてね……ゲぁッ!? ガッ、ハァッ!」
「……はぁ~……刀ね」
一体何が目的なのか。
今ある情報だけでは見えてこないようです。
ただ怒狡が分かるのは、青龍神社、あるいは青紫神社のどちらかに向かった、ということだけ。
部下の報告では青龍神社はハズレだったそうです。
そうなると青紫神社になりますが、ソレも懐疑的です。
「蒼天の塔を荒らした奴が、わざわざ青紫神社まで出戻りだ? ……なんだって、そんなバレるような真似をする」
青龍は実門と同じ七刀流で、格好まで似た剣豪。
もしやわざと目立ちたい理由があるのでしょうか?
もっとうがった見方をするなら……青紫の関係者と見てもいいのかもしれませんが。
「……分からねえな。ちっ、安謝の野郎。早く帰ってこねえか」
「……」
「──あ? テメェまだここにいやがったのか。さっさと出ていけ。このゴミクズが」
「……う、ウス……」
痛む体を庇いながらよろよろと立った唖涯。
そのまま部屋を立ち去ろうとした彼ですが、すぐに「オイ」と呼び止められました。
「いや、待て……おい、唖涯。お前、あの団子屋に行って娘を攫ってこい」
「……!?」
「弁慶の野郎。折角俺が見逃してやってたのに、まだ増長してるみてえだからな……娘をつれてこい。弁慶の鼻っ面叩き折るには一番効果的だ」
「お、大親父……それは!」
「あ? お前なんだ? あの娘にでも惚れたのか? だったらいいじゃねえか。ウチのものにすれば。大体、アイツがのさばらないようにお前達を使って嫌がらせしてたのに、まだ折れねえたぁなぁ……馬鹿な奴だぜ」
これは名案だと言いたげに笑う怒狡。
一方で唖涯の顔は晴れません。
むしろ、それだけは、と言いたげです。
「思い出すなァ、クソ生意気だった頃の弁慶を。知ってるだろ? アイツぁたかが団子屋の女にほだされて恩智から抜けたいとか俺にほざきやがったんだ。なんつぅ意気地なしだ。だから俺ぁ、アイツの女を攫ってやった。い~い女だったなァ。負けん気が強くて、具合も良くてなァ」
「……ッ」
「そんで女が死んで大人しくなったと思ったら……これだぜ? 娘も同じ目に合わせてやるしかねえだろ。……あぁ、ソイツがいい。それなら最高だ。なぁ唖涯?」
「……お、大親父……」
「おぉそうだ。
「だ、だが弁慶の奴は、アイツの牙はまだ折れて……」
「いつまで負け犬根性ぶら下げてやがんだ、コラッ! 形無しの手負いを三人がかりで倒せねえんなら、俺が代わりにぶっ殺してやるぞ!?」
「……」
「なぁに、何かあっても青龍とやらがやったことにすりゃいいんだ。好きに暴れてこい。お前だって散々コケにされて悔しいだろ? なら発散してこい」
唖涯は震えています。
しかし、それは恐怖による震えではなく。
怒りによる震えでした。
あの弁慶を……あの漢を、これ以上汚せと?
何のしがらみもなく、娘と平和に暮らす。
あの優れた剣士を。
あの時、あの瞬間の弁慶の目が忘れられません。
(『その価値がねえ』)
──唖涯は、これ以上弁慶に失望されたくないと、思っていたのです。
「……べ、別に今更あんな形無にこだわる必要ねえじゃねえか……」
「……あ?」
「そ、そうだ大親父。今大事なのは青龍のヤツだろ? な、なら俺がアイツを連れてくる! だから弁慶は放っておこうぜ!」
「弁慶すら倒せねえ負け犬が、青龍を連れてこれる訳ねえだろうが」
「た、確かに剣の腕は叶わねえかもしれねえ! だ、だが俺ぁアイツに信用されてはいる方だ! だからここに連れて来る事ぐらいは出来るハズだ!」
「……」
「な!? 大親父の目的は、青紫より先に青龍を捕まえることだ! 違わねえだろ!? だったらそっちを───ッ!? が、ぁ、あああぁッ!!」
唖涯が右耳に熱を覚えた途端、とめどなく血が溢れ出し。
畳の上に、右耳が落ちていました。
狡怒に斬られていたのです。
「ベラベラベラベラとよくも口が回るなぁお前は……──だったら両方やれッ! 娘も青龍もココにつれて来いッ! 次はたたっ斬るぞテメェは!」
狡怒は、刀を突き出して脅し。
唖涯は恐喝されるがままに頷いてしまうのでした。