涼し気な風が心地の良い樹上。
せいりゅー様達は枝上から、ゆったりと時の流れを感じていました。
そこから下界を眺めれば、碁盤状に並んだ町並みが見えました。
国を横断する太く長い大通りがどこまでも続き、
通りは巨大な川に突き当たります。
川には大きな橋が一本渡され、先へと続いていますが、
手前にあるこれまた立派な関所で、出入りを取り締まっています。
どうやら国境にあたる部分のようですね。
「ん~……きりん君きりん君」
「……」
「ねぇきりん君きりん君」
「……」
「もー無視はさみしいですよ~、きりん君きりん君きりん君~」
「……なに?」
「暇です。構ってください」
「……がまん」
「えー」
御神木の上で下界の様子をのほほんと眺めるお二人。
太く成長した枝上に座り込んだせいりゅー様は、膝上にきりん君を乗せ、その頭に顎を乗せてくつろいでいました。
二人きりというシチュエーションがよほど嬉しいのでしょう。
せいりゅー様のスキンシップは留まる所を知りません。
さらさらの髪をとくのは当たり前とし、
隙間ができぬように肌と肌を密着し、
長く細い尻尾はお腹にぐるりと回して、
きりん君のしっとりもちもち肌を蠱惑的に撫で回し、
あまつさえ、ふがふが、と体臭を嗅いでは悦に浸ってます。
「はふぅ……♡ あ~、キマりますね~……♡ 千年の封印生活が洗われますよ~……むふふ~……♡」
「……」
「何よりあの焼鳥も、バカ虎も、鈍亀もいないのが最高です……! あ。名案ですきりん君。もういっそのこと、ずーっとここで暮らしません? ね? こうやって日向ぼっこして、だらだらとお茶でも飲んで和む生活。私素敵だと思うんです」
「……だめ」
「えぇー、平和でいいじゃないですかー」
「……だめ。こわす」
「むー……きりん君は真面目ですねぇ。まあ命じられたのは確かですけどー、具体的な期限は決められてませんよね? 少しぐらい我々も良い思いはしてもいいと思うんですよ」
「……」
「それに、やるならやるで、こーんなまどろっこしい真似はどーかと思いますよー……?」
せいりゅー様はぷにぷに、ときりん君の頬を突きます。
せいりゅー様達が阿妻に訪れた目的。
それは、ある命令を遂行するためです。
彼らが生まれ落ちた時から、脳裏に刻まれていた、いわば本能にも近いモノ。
数千、数万年という時の中、彼女たちはそれを遂行するために、長い長い時をかけて計画を練っていました。
──そして。
きりん君が『いるみんすうる』から吐き出された時、
その計画は、とうとう始まりを迎えたのです。
「確かに
「……」
「もしきりん君が速やかな解決を求めるなら……私に命じてください。『全部斬れ』って。そしたら、ここにあるもの見えるもの。
背後から頬をぴったりとくっつけて
その体が一瞬、ぶる、と震えたのは緊張か。
それとも剣を奮える喜びからか。
「……うふふー。楽しみです。ねえねえきりん君、どうですか?」
「…………だめ」
「むー。きりん君って本当にお固いんですから!
「……だめ」
「駄目じゃないですよー。それに私は彼らがそこまでして守られるべき存在ではないとは思います。そうですよね?」
せいりゅー様の明るい声色が、深く。
深く。
より深く、沈んでいきます。
「確かに彼らは哀れではありますけど……度し難いじゃないですか。いつも貴方の善意に漬け込むだけ漬け込んで、最後は全部、貴方のせいにするだけ。貴方はずーっと彼らを信じてきたようですが、一度でも報われたことはありましたか? ないですよね? 気にかけるだけ無駄ですよ」
「……」
「きりん君。貴方が目指す道に、救いはないんですよ?」
ぎゅ、とその小さな手がせいりゅー様の腕を掴むと、
せいりゅー様は目を細めて頭を撫でます。
その目は慈愛と、狂気に溢れていました。
「苦しいですよね。辛いですよね。……とても分かりますよ。貴方をずっと見てましたから。信じて、信じて。信じて。信じて信じて。百億の昼を超え、千億の夜を迎えてなお、ずーっと信じて。それで一度も報われない。あぁなんて不憫なんでしょう。でも、それでも信じたいんですよね、きりん君は。うふふふ……とっても可哀想で、とっても愛おしいです。思わず食べちゃいたいくらい」
「……」
「私はいつでも応えますよ。彼らを根絶やしにするのも、貴方の今を終わらせるのも、どちらでも。……大丈夫です。私もただ千年を眠り呆けていた訳ではありません」
「……せいりゅー」
「大丈夫ですよ。後は全部、私に任せていただければ──……むっ」
雰囲気があやしくなったところで、せいりゅー様、急に何かに気づきます。
どうやら空の彼方に何かを見つけたようです。
一体、何事でしょうか?
手際よくきりん君を下ろしたせいりゅー様。
ひよこ丸を構えたと思えば、美しい所作で空虚を斬り払います。
──ギィィィィンッ。
澄んだ鈴の音と共に、大きな火花が一瞬だけ弾けました。
すると遅れて空が悲鳴を上げ、
突風が、山と神社をざあああぁあああっと洗っていきました。
「やっぱり出歯亀してましたか、焼鳥」
そしてせいりゅー様は、空から降ってきた何かを掴んで、ひとりごちます。
弓矢の残骸のようでした。
一体、どこから飛来したというのでしょうか。
「はぁ~……まあ気が向いたらいつでも言ってくださいね。きりん君。……あ、そうだ。今から
「……だめ」
「ぶー!」
邪険にされても、懲りずに濃密なスキンシップを施すせいりゅー様。
かぷかぷ、と耳を噛んだり、頬に唇を落としたり、さらに際どい所を撫で回したりしてきます。
きりん君、そこまでされても無抵抗。
まるで暴れられるよりかはマシだと言わんばかりに、動きません。
「はぁ~……それにしても、さっきの青紫の方、美味しそうな人でしたねぇ。斬り甲斐がありそうでしたねぇ。どんな剣術なんでしょうかねぇ……」
「……」
「香桜さんも塔に着きましたかね~。あ。そういえばどういう風に合図出してくれるんでしょう? 私塔に行ったほうがいいですかね? きりん君行っていいですか?」
「……がまん」
「えーでも、あの人。少し危ないですよ。少なくとも迎えの人は天然でしたが殺気ムンムンでしたし。なんとなーく、青紫に捕まってひどいことになりそうな」
「……」
「ねえ。きりん君。先回り、先回りぐらいはいいんじゃないですか? ね? ね?」
ねーねーねーねー。
と、素早くきりん君の周りを動き回るせいりゅー様。
しばし無視を決め込んでいたきりん君ですが、
風がまた二人を撫でたと思えば、不意にうなずくくのでした。
「……わかった」
「♪」
「……あばれるのは、だめ」
「えー」
嬉しそうにしたせいりゅー様は即座に釘を刺されると、
きりん君を抱えたまま、すっくと立ち上がり、その場から音もなく消えてしまうのでした。
青龍神社は再び静寂を取り戻し。
残された御神木だけが、ざわざわと騒ぎ立てるのでした。