おねショタ世直し珍道中   作:月兎耳のべる

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第29話「覚悟しろ、女」

 阿妻を象徴する『蒼天の塔』。

 それは約百層からなる、木造作りの超巨大な塔です。

 遠くから見ると爪楊枝めいたように見えるそれは、

 最上階に『青龍様の瞳』が鎮座されており、

 上層30階層は、青紫の守護者の居住区、儀式の場、祈祷の場。

 中層30階層は、訓練場、宴会場、会議室。

 下層30階層は受付兼、青紫見習いの居住区になっています。

 

「……案外、中はキレイなんだね」

 

「驚きましたかぁ?」

 

 冷鞘に連れられて蒼天の塔に立ち入った徒花、もとい香桜。

 吹き抜けになった中を仰ぎ見て、ぽつりと感想をこぼします。

 

 阿妻の建国とほぼ同時に出来たといわれるこちらの塔。

 建国がそれこそ数千年前のはずなのに、塔の中身は新品そのもの。

 木造作りの柱や壁は、削られた直後のように白く輝き、

 ヒノキのような清浄な香りが漂ってくるほどです。

 

「これが本当に数千年前に出来たってのかい?」

 

「ですよぉ。これも青龍様の御力がなす奇跡ですぅ。さぁ、こちらへぇ」

 

 大人しくついていけば、散見されるのは作務衣に身を包んだ、子供達でした。

 成人前なのか、若さが見て取れる彼らは、バタバタと忙しなくあちらこちらを行き来し、その全員が必ずと言っていいほど生傷をこさえています。

 抱えているのは、書類、着替え、武器など様々。

 どうやら塔内の雑事は、彼ら子供達の仕事のようです。

 

「……なるほど、これが噂の『小紫(こむらさき)』かい」

 

「えぇ。前途ある子供達ですよぉ。みんな一生けん命ですぅ」

 

 青紫は血筋よりも才能を重視した特殊な家です。

 子供であれば貴賓を問わずに囲い込み、小紫として住み込みます。

 そこで彼らは『青紫』を徹底的に叩き込まれるのです。

 人死にが当たり前のように出る過酷な特訓の数々。

 毎日毎日、休みもなく行われるそれに、遠慮という言葉はなく。

 それでも生き残り続ける才ある子だけが、『青紫』を名乗ることができます。

 その競争率、驚異の300倍。

 もちろんそれは、青紫を名乗れる人の数であり、途中脱落者の数はまた別です。

 阿妻の人達は乞食に身を落とした子や、身売りされた子が人知れず塔に連れていかれる姿を見ては、哀れみと恐怖を覚えるのでした。

 

 不帰(かえらず)の塔。

 

 町人達が言う、蒼天の塔の別称です。

 『悪い子は不帰の塔につれてっちゃうよ』──という言葉は、親が子を叱りりつける時の常套句になっており。

 それくらい阿妻の人々は、青紫を畏怖しているのです。

 

 香桜もこの場にいる子供達のうち、どれほどが生き残るのかと思うと、少し切なく思えました。

 

「んぅ、なんですかぁ? ……。……ふむふむ。わかりましたぁ」

 

「?」

 

「なんでもないですぅ。ただの言伝(ことづて)ですのでぇ」

 

 途中、小紫の一人が何かを伝えにきたようですが、冷鞘は何でもなかったように香桜を導き、外壁の内側に備え付けられた階段を上っていきます。

 階段は塔の中央、それをぶち抜く巨大支柱まで続いていました。

 支柱は内部がくりぬかれて空洞になっており、更に数十人が一斉に乗れそうな金属製のカゴが2つぶら下がっています。

 先が霞んで見えなくなるほどの高所からぶら下げられた分厚い金属の鎖は、過去にも先にも、香桜が見たことのないものでした。

 立ちすくむ香桜を見て、冷鞘はくすくすと笑います。

 

「ただの昇降機ですよぉ」

 

「しょうこう……き?」

 

「蒼天の塔ってすごく高いじゃないですかぁ。いちいち階段で登るのは大変なのでぇ。これを使うんですよぉ」

 

 さぁ乗った乗ったと背中を押される形で、カゴに入った香桜。

 するとガシャ、ガシャ、ガシャと金属の音と共に、ゆっくりとカゴが上昇していきます

 

「……驚いたね。こんな絡繰(カラクリ)があるのかい」

 

「ですよねぇ。しかもこれ、塔が出来たころからずーっとあるんですよぉ」

 

「へぇ……」

 

 ガシャ、ガシャ、ガシャ、ガシャ。

 騒がしい音を立てて浮上していくカゴ。

 香桜はそこから見える光景に目を奪われていました。

 開け放たれた窓から見える阿妻の全土。

 普段は地を踏みしめることしか出来ない故郷が、だんだんと小さく、遠ざかり。

 まるで鳥のように俯瞰して見ることが出来るのです。

 壮観、とはまさしくこの事を言うのでしょう。

 

「ははぁ……なんともまあ」

 

「凄いでしょぅ。あぁ、あまり前に乗り出すと危ないですよぉ」

 

「……確かに。落ちたらタダじゃおかなさそうだ」

 

「実際、結構落ちる人がいるんですよねぇ」

 

「本当かい? そりゃ恐ろしい……」

 

「結構いるのよねぇ、間違えて足を滑らす子とかぁ。あと実門兄さんもぉ」

 

「……なんで実門が落ちてるんだ」

 

「兄さんは時間かかるのが嫌だぁって言ってぇ、待ちきれずに降りるんですよぉ」

 

 頭おかしいですよねぇ、と笑う冷鞘に、曖昧な表情を浮かべるしかない香桜。

 人を斬る事ばかり考えて頭がおかしくなっていくんだろうか。

 そう思わざるを得ませんでした。

 

「それで……今から韴霊(ふつのみたま)を紹介してくれると思ってるんだが……その剣はどこにあるんだい?」

 

「塔の上層、宝物殿にありますよぉ」

 

「上層……まあ上の方だろうねぇ。どれだけ上なんだい?」

 

「大体九十九層くらいですよぉ」

 

「それってつまり……頂上のすぐ下の階?」

 

「はいぃ。青龍様の御瞳と同じくらい大事なぁ、神器なのでぇ」

 

「……アタシら、カゴに乗ってから大分たったように思えたけど、まだ三十八階だよ?」

 

「そうですねぇ。あと六十階はありますねぇ」

 

「……」

 

「景色を楽しんでいればすぐですよぉ」

 

 という事で待つこと大体10分程。

 阿妻の町並みが、豆粒のように見えるようになって、ようやく。

 二人を乗せるカゴが、重苦しい音を立てて止まりました。

 壁に下げられた木板が示すのは、「九十八」。

 目的である宝物庫のひとつ前のようです。

 どうしてここで止まるのか?

 不思議そうな顔をすると、冷鞘が答えてくれました。

 

「昇降機はここが終点でしてぇ、後は階段を使ってもらいますぅ」

 

 カゴから降りた冷鞘に続き、香桜もまた降りると、途端に痛いほどの静寂が二人を包んできます。

 一階とは打って変わって、(おごそ)かな雰囲気が漂う階層。

 黒黒とした太い柱と対象に、敷き詰められた白い木の床。

 磨き込まれてつややかに光るそれを、滑るように移動すれば、ひんやりとした空気が肌に触れてきます。

 冷鞘と二人が音もなく廊下を進んでいく先に、龍が描かれた立派な障子戸に突き当たります。

 一体何の部屋でしょう?

 疑問を呈した香桜ですが、先にその部屋に冷鞘が入ってしまいました。

 

「少しお待ちをぉ」

 

 音もなく閉じられる障子戸。

 香桜は静謐な廊下に独りぼっちになってしまいました。

 

「……ここに階段があるのかねぇ?」

 

 全く持ってそうには思えません。

 誰かの部屋と考えた方がいいでしょう。

 宝物庫まで招待してくれる筈なのに、なぜ急に進路変更を?

 香桜は嫌な気分が拭えませんでした。 

 この先に、一体何があるんでしょうか。

 

「どうぞ中にお入りになってくださいぃ」

 

 そう考えたところで、戸越しにのほほんとした声がかけられます。

 最早引くことは許されない。

 香桜は軽く深呼吸すると、慎重に障子戸を引き開けていきます。

 部屋は、畳が敷き詰められた大広間でした。

 特色的なものは、二対の灯り程度しかなく。

 窓から差し込む陽光とあいまって、眩しさすら感じられます。

 そんな部屋の奥、ちょうど日陰となった部分に冷鞘と、

 筋骨逞しい大入道のような女が、直立不動で待っていました。

 

「……どちら様だい?」

 

「……」

 

 香桜が尋ねると、射抜くような目で睨んでくる女。

 彼女は立てかけていた長巻をむんずと掴むと、ずん、ずん、と香桜の元に近づいてきます。

 

「ちょっと、これはどういう事だい? 刀を見せてくれるんじゃなかったのかい?」

 

「えぇえぇ。見せますよぉ。嘘はついたりしませぇん」

 

「じゃあ何で刀を掴んでるんだ!」

 

「お見せする前にぃ、妹が聞きたいことがあるみたいなんですぅ。ですからぁ、先に()()()()()の質問に答えていただけますかぁ?」

 

「ッ!?」

 

 ──ずん、ずん、ズン、ズンッ。

 

 とうとう、香桜を見下ろせる位置まで近づいた女。

 名を「青紫火熊(ひぐま)」。

 青紫家の四女で、見たまんまのパワーファイターです。

 岩のようにゴツゴツした顔は、眉がなく。

 表情までもカチカチで、怒ってるようにも思えます。

 

「貴様が……兄者が言ってた女なんだな?」

 

「……実門様が何をおっしゃったか知らないけどね、韴霊を見せてくれると言ってノコノコついてきたのがアタシ──……ッ!?」

 

 正直に質問に答えたその瞬間、香桜を全身を刺すような怖気が遅い、本能のままに全力でその場を避けていました。

 

 ──ばぎゅッ。

 

 先程までいた場所を長巻が深々と抉っていました。

 なぜこんな真似を、と狼狽する香桜。

 目の前で長巻はすぐに引き抜かれ、ぎょろり。

 火熊の目が香桜を捉えると、再びゆっくりと歩み寄ってきます。

 

「なんのつもりだい」

 

 たまらず懐の短刀を取り出した香桜。

 その目がはっきりと敵意を示そうとも、火熊の態度は変わりません。

 

「貴様は青龍というヤツではないんだな?」

 

「青龍なんてのは知らないよ。アタシはただ──ッ!」

 

 ごずンッ。

 

 またも長巻きが畳を真っ二つに引き裂いていており、

 香桜は、余裕を持って火熊から五間ほど離れていました。

 

「ウチの刀雨を知ってるか? アイツは貴様が倒したのか?」

 

「知るもんか。アタシは青龍神社で手伝いをしてたッ、だけだッ!」

 

 ざびゅッ。

 

 音のあと、三日月状に畳に抉った痕が残り。

 香桜は冷や汗を流しながらソレを避けていました。

 

「可愛い妹でな。アイツの抜刀術には一目置いていたんだが……可哀想に。あの腕では二度と刀は握れん」

 

「……何があったかは知らないが、ご愁傷様だね。だがアタシは何も知らない。いい加減攻撃を止め……このッ!?」

 

「嗚呼、可哀想に」

 

 ──ざくッ。

 

 ──ばりゃッ。

 

 ──ガぢゅッ。

 

 言い終わる前に、火熊の長巻が音もなくひるがえり、

 畳に爪痕だけを残し続けていきます。

 恐れるべきことに香桜は彼の太刀筋が見えていませんでした。

 気付けば、あの巨大な長巻きが畳を抉っているのです。

 それはまるで過程をすっ飛ばして、結果だけを集めたような、そんな理不尽な剣でした。

 

「貴様は兄さんが見初めた女だ。ならこの程度の攻撃、どうということないだろう?」

 

「……ッ」

 

「納得いくまで質問をさせてもらう。覚悟しろ、女」

 

 長巻を、小枝のように振り回した火熊は、再び前進を始めたのでした。

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