おねショタ世直し珍道中   作:月兎耳のべる

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第30話「俺は嬉しいぞ……貴様のような相手に出会えて」

「貴様は刀雨を襲った、そうだな?」

 

「そんな奴、知らないって言ってんだろう!」

 

「ならば貴様は何者だ」

 

「何度言えばいいんだい、アタシは青龍神社のただの手伝いさ!」

 

 青臭い、畳の匂いが香ばしい大広間。

 そこからひっきりなしに大気を切り裂く鋭い音が響いています。

 火熊の質問にあわせて飛ぶ、致死の斬撃の数々。

 それを香桜が紙一重で避けていきます。

 恐るべきは火熊の剣さばきでしょう。

 一切力みのない、脱力の剣。

 まるで殺気の見えないそれは、冷鞘とは正反対で。

 剣術家たちが当然のように備える第六感──つまり、察知能力に何一つ反応しないのです。

 香桜は(つち)ってきた経験からことの()()()を予想し。

 かろうじて綱渡りの回避を続けていました。

 

「……逃げるのだけは一丁前のようだな。反撃してもいいのだぞ」

 

「いざ攻撃して恨みを買われたくはないからね……ッ」

 

「ソレで死んだら世話はないがな……続けるぞ」

 

「ッ! あぁ、もぅッ!」

 

 しかしまあ、何を言ったら納得してくれるのやら!

 

 香桜は、本当に刀知らないというのに、向こうは自分が犯人だとすっかり決めつけています。

 自分が一体何をしたというのでしょう。

 そして、何故自分が疑われているのでしょう!

 身に覚えのない罪を被らされるなんて、溜まったものではないです。

 

「もう一度言うよ、アタシは刀雨なんて人は襲った覚えはない。仮に襲うとしても、相手が青紫なら遠慮させていただくよ!」

 

「貴様の言葉の節々からは敵意のような物が感じ取れる。それで十分ではないか?」

 

「それだけで襲うのかい!?」

 

「確かに十分ではないかもしれん。だが……貴様ほどの腕前なら刀冷を撃退出来る可能性がある」

 

 獰猛な笑みを浮かべる火熊。

 その笑みが示すのは思わぬ強敵に出会えた喜びか。

 

「いくら手加減してるとはいえ、オレの刀がこうも外れるのは久しぶりのことだ」

 

「……ッ、偶然さ」

 

「偶然? 違うな。間違いなく貴様の実力だ。貴様ほどの実力者は中々いない。恩智にも、連峯にも、静悪にも巨神にも……そして。ここまでの実力の持ち主を我々が知らぬ訳がない。なのに知らなかった。貴様ほどの剣士が、急に現れたんだ」

 

「それは……ッ」

 

「もしかしたら貴様は刀雨を本当に斬っていないのかもしれない。だが、一連の騒動に間違いなく関係している。そうなのだろう? なら、それを言え女。隠していることを、洗いざらいな」

 

「……」

 

「言えぬなら続きだ。貴様の気分が変わるまで。俺は詰問を続ける……貴様は、何者だ?」

 

 最悪の状況です。

 よもやこんな脳筋的な手法で詰められるとは、と香桜は焦ります。

 ほんの少しでも疑念が深まれば、ヘタをすれば青龍様にまで辿り着いてしまう可能性だってあります。

 それだけは、どうしても避けねばなりません。

 

「く………ンンッ!」

 

 一瞬で距離を詰めてきた火熊。

 一足飛びで、後ろに逃げる香桜。

 フェイントは効かないでしょう。

 火熊は至極冷静で、目に頼っていないように見えました。

 受けるのは不可能。

 その一撃は、柱を粉砕するのでは削りとります。

 短刀程度では、まず間違いなく防御ごと斬られるでしょう。

 

「貴様は青龍を知っているのか」

 

「知る訳がない、よッ」

 

 二人の立ち位置は、どんどんズレていきます。

 後ろに。

 後ろに。

 だんだんと後ろに。

 壁際に追い詰めるように、じっくりと。

 詰将棋のように練られた組み立ては、否応なく香桜を追い詰めていきます。

 無理やり左右から抜け出そうとすれば、間違いなく斬られる。

 そんな悲惨な未来が、脳裏に浮かんでいました。

 そして──、

 

「……はぁッ、はぁッ」

 

「詰みのようだな」

 

 とうとう、部屋の角に追い込まれてしまった香桜。

 肩で息をした彼女は、全身から珠のような汗を流す一方。

 立ちふさがる火熊は、息ひとつ乱していません。

 

「さて。そろそろ吐くつもりになったか? 貴様は何者なのか」

 

「……吐くも何も、言ったろう。アタシは、ただの手伝いだと」

 

「土壇場でまだ誤魔化すつもりか? 意地を通すのは立派だが……賢い選択とは言えんな」

 

 八双の構えで香桜を捉えた火熊。

 角で振るうには不適であるはずの長巻は、しかし火熊ほどの達人であれば短所になりえません。

 逃げようにも道はなく。

 避けようにも角は狭く。

 反撃しようにも避けられるイメージしか沸かない。

 

 あぁ、もう終わりかい。

 香桜は自嘲気味に笑いました。

 

「……何故笑う?」

 

「いやね。アタシも色々と甘かったなと」

 

「さて。ひとつ言えるのは、貴様は俺ほどではないが、中々いい剣士だったかもしれない、ということだ。解せんのは一切反撃しないことだが」

 

「青龍様と同じく、博愛主義でね」

 

「死の危機に瀕してまで貫くのは愚かとしか言いようがない……それで?」

 

 話すのか、死か。

 言外に問われた香桜は、ちらり、と窓の外を見ます。

 そこは地上800mを超えた、天空。

 ここから逃げ出すのは、あまりにも現実的ではないでしょう。

 しかし香桜の重心がぐ、と窓の方に寄ると、火熊は失望の色を隠せませんでした。

 

「さらばだ」

 

 香桜が動いた瞬間、火熊の刀もまた放たれていました。

 圧縮された世界の中で、空間を斜めに切り裂く長巻。

 それは初速が乗りきらない香桜の肩口に進んでいき、着物の上から抵抗なく肉を絶とうとして──、

 

「……!?」

 

 初めて火熊の表情に変化が訪れました。

 剣先は狙った通りの軌道で進んでいきますが、香桜の体が、それにあわせてぐにゃり、と変形していくのです。

 まるで蜃気楼を斬ったような感触のなさ。

 そして空虚を真っ二つにした、隙だらけの火熊に、初めて香桜が飛びかかりました。

 

 彼女は 黄昏の空を切り抜いたかのような、赤い刀身を腰だめに構え、振り終えた長巻、その峰を伝い、一直線に火熊へと向かっていました。

 

 獲った!

 

 初めて勝機を見出した香桜。

 しかし火熊は冷静でした。

 手首を使って長巻を回転させて弾くと、左手で彼女を弾きました。

 

「──がぁッ!!?」

 

 脱力から放たれた一撃は動きに見合わぬ威力を持ち、咄嗟にガードしたはずなのに骨の髄まで響くほど。

 香桜はそのまま反対側の壁まで吹き飛ばされてしまいました。

 

 豪華な障子戸を巻き添えに、すごい音を立てて吹っ飛んだ香桜。

 今度こそトドメを討つチャンス。

 だというのに火熊は追い打ちしませんでした。

 なぜか。

 

「あらぁ」

 

「……やるな」

 

 彼女のぶっとい二の腕に、短刀が深々と突き刺さっていたからです。

 火熊はだらだらと血を流す腕をマジマジと眺めると、にぃ、と狂気に満ちた笑みを見せ。

 痛痒(つうよう)を感じさせずに短刀を抜き捨てました。

 

「徒花、と言ったか。俺は嬉しいぞ……貴様のような相手に出会えて」

 

「ちょっとぉ。クマちゃんだめよぉ。すごい怪我だからぁ。中止ぃ」

 

「邪魔をするな冷鞘姉。今は俺とあの女の仕合ぞ」

 

「仕合じゃないでしょぉ。ただの詰問。ねぇ? あの人には後でじっくり聞かなきゃいけないんだからぁ」

 

「関係あるものか。向こうは命を賭けてまで語らぬと示した。ならば後は命を頂くまでよ」

 

 とめどなく溢れる血で畳を点々と汚しながら近づく火熊。

 一方で廊下の壁にまで叩きつけられた香桜は、朦朧とした意識の中、どうしたものかと考え込んでいました。

 

 あぁクソ、最初で最後のチャンスだったのに。

 刀がにないなら抵抗もできないじゃないかい。

 今度こそ万策尽きちまった。

 そうなると、もう選択肢は……。

 

 そこまで考えてふと窓の外を見ると、思った通りの人物がいました。

 

 せいりゅー様です。

 きりん君を抱えた彼女は、とても楽しそうに香桜を見つめており。

 視線があうとすぐに下手くそなジェスチャーで何事かを伝えてきます。

 どうやら手伝うかどうか聞いてるみたいですね。

 

「……」

 

 香桜は首を縦に振るか、横に振るか、迷いました。

 きっと、ここで首を縦に降ると、この先酷いことになる。

 そんな予感がしてならなかったからです。

 とはいえ、助けを求めなければ死を待つばかり。

 あぁどうすればいいのでしょうか。

 朦朧とする意識の中、葛藤していると……。

 

「──何をしているんだい?」

 

 凛とした声が、あたりに響きました。

 

 声の主は……青紫実門。

 

 青紫家のトップが、この場に参戦したのです。

 

 

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