おねショタ世直し珍道中   作:月兎耳のべる

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第33話「悪く思うなよ、兄弟」

 重症を負った弁慶は、お静と霧に連れられる形で団子屋『あおし』まで戻ってきていました。

 弁慶の怪我は見た目よりも深く、特にお腹に関してはかなり傷口が大きいです。

 応急処置では焼け石に水。

 巻かれた包帯は大きく血が滲んでいます。

 急にいなくなった弁慶を心配していた客達も、彼の姿にぎょっとして駆け寄ってきます。

 

「弁慶!」

 

「お前ってやつぁ……!」

 

 助と角が駆け寄り、かろうじて歩いていた弁慶に肩を貸します。

 弁慶も限界だったのでしょう。

 店の看板が見えた瞬間、安心したのかガクっと力が抜け、助達はその重さに苦悶の声をあげます。

 

「お、おとっつぁん!」

 

「ぐ……! お、おい、お静ちゃん一体何が……いや、言ってる場合じゃねえ。包帯と綺麗な水。ありったけ持ってくるんだ!」

 

「で、でも、でもおとっつぁんが、おとっつあんがぁ……!」

 

「……ッ、お霧、頼む。お静を連れて持ってきてくれ!」

 

「わ、わがった……! お静、ほら急ごう。弁慶さんを助けよう」

 

「う、うん……うん……ッ!!」

 

「テメェらも見てるだけじゃなくて手伝わねえかッ、このトーヘンボクがッ!」

 

 角が声を荒げ、遠巻きに見ていた他の常連に言うと、急ぎ弁慶を団子屋に運びます。

 小上りに横たわらせた弁慶は大小で20を超える刀傷があり、血を流しすぎたのか顔色は非常に悪く、また息が非常に荒いです。

 

「こいつぁ……」

 

「……おい、包帯を変えるぞ。急げ」

 

 助はそのあまりの傷に言葉を失い、角は考えるなと彼をしかります。

 阿妻では、このような刀傷沙汰は日常茶飯事。

 ゆえにこそ『どれほどの傷を負えば死んでしまうのか』というざっくりとした感覚を、阿妻の人々は持っていました。

 

 そして、その感覚が言っています。

 弁慶はもう長くないと。

 

 腹の傷は治すには深すぎて、

 血はあまりにも流れすぎています。

 

「とりあえず早く傷を塞がなきゃならねえ……なんでもいい。誰か持ってねえか!?」

 

「ウチに薬草があるよ!」

 

「ウチは軟膏だ!」

 

「なら持ってこい! 俺を人殺しにさせるんじゃねえよ!」

 

「っ、助さん、包帯と水……!!」

 

 とにかく、時間との勝負でした。

 助と角は血でだめになった包帯を変え、傷口を清潔な水で洗い流し、傷口を押さえ。

 住民たちは持ち寄った薬を使って、弁慶を助けようと動き出します。

 しかし所詮は素人の付け焼き刃。

 医者の力がなければ弁慶を救う事は不可能でしょう。

 

「わ、私……私、お医者さんを呼んでくるッ!」

 

「あぁ頼む。出来る限り早くだ……!」

 

 お静は涙ぐみながら頷き、急ぎ医者の下へ走ります。

 幸いにも団子屋から医者までの距離はソコまで遠くありません。

 彼女の足なら数十分でつけるでしょう。

 お静は父親の無事を祈り、人をかきわけ無我夢中で移動するのですが。

 

「──ッ!?」

 

 道中、横から伸びてきた太い腕が彼女を掴み、路地に引きづりこみます。

 一体何事でしょう!

 背後から口元を抑えられたお静は、半狂乱になって暴れると、聞き覚えのある声が耳元で響きます。

 

「──お、おいッ! お静ッ! 俺だッ、頼むから静かにしてくれ……!」

 

 唖涯です。

 彼はなんとかお静を抑えようと、必死になだめ、ようやくお静も落ち着きます。

 

「あ、唖涯?! 貴方一体何を……ッ!? ……って、貴方……どうしたの?」

 

 そうして振り返ったお静は絶句します。

 至る所を殴られ、アザだらけになった唖涯。

 耳元は包帯が巻かれ、血が滲んでいます。

 

「……ちょっとあってな。それよりお静……! お前、今すぐ逃げるんだ……!」

 

「は、はぃ!? 一体どういう……!?」

 

「俺の大親父が、お前のことを狙ってるんだ……! アイツ、店のいやがらせだけで我慢できずにとうとう……! こんな通りを歩いてると攫われるぞ……!」

 

「え? ま、待って。どういうこと? 嫌がらせって……恩智が命令してたの? 何で私が……」

 

「詳しいことはどうだっていい! とにかく団子屋とか……目立つ場所は不味い……! お前、頼れる親戚とかはいねえか? そこに匿ってもらって……!」

 

「──っ、だめ!」

 

 必死の唖涯に対し、その腕を突き放すお静。

 唖涯は一瞬呆けた顔を見せますが、すぐに怒り始めます。

 

「駄目もなにもあるか、マジでお前が危ねえんだ! むしろ逃げねえと駄目なんだよ!」

 

「駄目なものは駄目なの! 私はおとっつぁんのために医者を呼ばないといけないから!」

 

「ッ、弁慶か」

 

「傷が深くて……それで助けないといけないの……だから……!」

 

「ちっ……!」

 

 唖涯はない頭を使って必死に考えます。

 黒三連は狡怒に言われるがままお静をさらえと命令されています。

 しかし唖涯はそんな狡怒に嫌気がさし、とにかくお静や弁慶を助けたいと絶賛独断行動中です。

 今頃、柊真と手鹿織の二人もお静を探しているでしょう。

 お静が表立って動くのは非常に不味い。

 仮に見つからずに医者を呼び、『あおし』に戻っても、恐らく二人は『あおし』で待ち伏せしているでしょう。

 それもまた、不味いです。

 お静はすぐにでも()たないと、絶対に捕まってしまうでしょう。

 

「……俺が代わりに医者を呼ぶ」

 

「え……?」

 

「俺が呼ぶってんだ。だから、お前はどこかに身を隠せ」

 

「……」

 

「青龍のやつを連れてくまでの辛抱だ。出来るなら弁慶の旦那も一緒に逃がしたいが……」

 

「……信じられない」

 

「……あ?」

 

「今更そんな事言われても、信じられないよ」

 

 ぽつ、とお静の口から、ソレが漏れました。

 

「ッ、おいお静。俺はお前のためにだな……ッ!」

 

「なんで今更私達を助けるの? 何で? 今までずっと私達に嫌がらせしてきたのに、どうして急に私達を助けるの? そんなのおかしいよね。何か狙いがあるんでしょ?」

 

「ちがっ、ちげえよ! 俺は!」

 

「違わないよ! ずっとずっと二人で団子屋をやって、毎日毎日嫌がらせされて……私達ずっと苦しかった、全然幸せじゃなかった! なんで私達のことを邪魔するの? 恩智に何か悪いことしたの? 全然そんなことしてないじゃない!」

 

「……それは、弁慶の野郎が」

 

「お父さんが何? お父さんは私を守ろうとしてくれただけじゃない……! しかも、恩智じゃなくて青紫の人相手にでしょ!? 何が悪いのよ!?」

 

「……」

 

「お父さんはね……お父さんは、私がずっと小さい頃から私を一生懸命育ててくれた。私のお世話をして、夜なべで仕事して……寝るのも惜しんでずっとずっと、私を大切に育ててくれた。それで毎日ずっと疲れてて……時々、お母さんの遺影を前で寂しそうにしてた」

 

「……お静」

 

「お母さんはなんで死んだのって聞いたら、お父さんは流行り病のせいだって言ってたけど……違うでしょ。恩智のせいでしょ?」

 

「そ、それは……ッ、と、とにかくそれは、今は置いてくれ。もう二度とお前の店に悪さしねえ。いや、俺がさせねえ! な!? だから頼む、言うことを聞いてくれ、そうじゃないとお前の、お前の命が……!」

 

「私の命がなに、貴方にはどうだっていい事なんでしょ……!」

 

「……ッ!!」

 

「お願いだから私達を放っておいて……! 大人しく二人で過ごさせてよ……!」

 

 ボロボロと大粒の涙を流すお静に、唖涯はこれ以上何も言えず。

 顔を俯かせることしか出来ません。

 確かに今まで嫌がらせをしてきた男が、今更何をと言われるのも無理はないです。

 しかし……唖涯の心はもう恩智にはなく。

 ただ弁慶という憧れのために、動かないといけないという使命感しかありませんでした。

 

 何を思ったのか。

 

 いや、何をするべきなのか分からなかったのか。

 唖涯は急にその場で土下座をはじめます。

 さしもの行動に、お静は驚いてしまいます。

 

「……軽蔑するのは無理もねえ。だが、頼む。軽く聞こえるかもしれねえが、俺ぁ心を変えたんだ」

 

「……」

 

「信頼してくれるなら何でもする。俺の刀を全部やったっていい。この通りだお静! 弁慶のためにも、いやお前のためにもまずは逃げてくれ……代わりに医者は呼んでくる……だから!」

 

 路地裏に痛いほどの沈黙がおります。

 お静は唖涯の嘆願を静かに聞き、真偽を定めようとしていますが……そこに、明らかに二人の元に向かう足音が。

 

「──ッ!?」

 

「おう、いたいた! さすが兄弟だな、もうお静を捕まえて……うわッ!?」

 

「お、おい兄弟!? 待て待て待て待てッ!」

 

 柊真と手鹿織でした。

 二人が腫れあがった顔を見せると、唖涯はとっさに刀を抜き、柊真の首元に突き付けていました。

 

「……柊真、手鹿織、お前たちか」

 

「な、何殺気立ってんだよ兄弟……」

 

「そうだぞ。一体何があったってんだ?」

 

「……」

 

「兄弟?」

 

 刀を納めた唖涯。

 その後、痛いほどの沈黙が降ります。

 一体全体どうしたんだ、と二人で顔を見合わせると、

 しばしの逡巡の後、深々と頭を下げ始めたのです。

 

「い、一生のお願いだ……! お静を逃がしてやってくれねえか……!」

 

「は!? お、おいおい!」

 

「兄弟、お前何言ってるのかわかってんのか……!?」

 

 困惑しかできない二人に、唖涯はまくしたてます。

 

「おれぁもうあの大親父……いや、狡怒のやつの顔を伺って生きるのは嫌になったんだ」

 

「おい兄弟……!」

 

「お前らも分かるだろ!? 何をやっても馬鹿にされて、失敗したら折檻されて……いや、それはまだいい。まだ我慢できる。だがなぁ、俺ぁ納得できねえ。アイツの性根が。そして俺らに任される仕事が!」

 

「……」

 

「俺等ぁ黒三連は腐っても傾奇者(かぶきもの)だろ。傾奇者っつーのは、権力におもねって尻尾振る奴なのか? 違うだろ──自分の意地を通す奴だろ!?」

 

「兄弟……」

 

 唖涯の激に思う所があるのか。

 柊真達は、彼の言葉にハッとなります。

 

「だから……だから、俺ぁ自分の意地を通してぇんだ。兄弟、お前らもそう思うだろ!?」

 

 路地裏に響く、魂の叫び。

 果たしてそれは柊真達に届くのでしょうか。

 お静が見守る中、二人は彼の言葉を咀嚼し……柊真が告げるのでした。

 

「……あぁそうかもしれねえな」

 

「兄弟……!」

 

「お、おい兄弟!? お前……!」

 

 唖涯の顔が、そしてお静の顔が明るくなります。

 柊真は手鹿織に()()()()()()()、手鹿織も納得したように頷きます。

 

「思えば、なんだってビクビクしてたんだろうな」

 

「あ。あぁ! 確かにアイツは強いけど、俺等三人でかかれば、それほどじゃねえよな!」

 

「そうさ……そうさ兄弟! あの態度だけ偉そうな馬鹿に従う通りはねえ!」

 

 軽口をたたきあうと、唖涯は分かってくれたかと肩を叩いて喜び。

 そして、三人で、と頷きあいます。

 

「──それじゃぁ兄弟、お静を安全なところに隠してくれ。俺ぁ、弁慶が死にかけてるから医者を呼びにいく。だからお前らは……」

 

「あぁ。お静は任せておけよ兄弟。──残念だ。」

 

「え──ガッ!?」

 

「あ、唖涯っ!?」

 

 医者のもとに急ごうとした唖涯。

 その頭を、柊真が峰で思い切り殴っていました。

 彼は、その一撃で路地に沈み、ピクリとも動かなくなっていました。

 お静が思わず駆け寄ろうとしたところ、手鹿織が素早く彼女を拘束し、口を塞ぎます。

 

「む、むぐ、むうぅぅ~~~ッ!」

 

「兄弟……お前がここまで馬鹿だとは思ってなかったぜ」

 

 軽蔑の目で、かつての兄弟を見下す柊真に、へっへっへ、と手鹿織が嬉しそうに笑います。

 

「いやぁ、兄弟びびったぜ。てっきりほだされたかと思ったぜ?」

 

「馬鹿。俺ぁそんな義理人情なんてもってねえよ」

 

「へへっ、そうだよな! 今のままが気楽だ。恩智に敵うと思ってんのかよ唖涯よぉ」

 

 そして動かなくなった唖涯に決別するように、こう言い捨てるのでした。

 

「俺らは命令に従うまでだ……悪く思うなよ、兄弟」

 

 

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