おねショタ世直し珍道中   作:月兎耳のべる

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第35話「違え」

「ひィ!? ま、待て、待ってくれ! 頼む命だけは……! ぎゃあッ!!?」

 

「──」

 

 それから3年が経ち。 

 弁慶は18歳になっていました。

 恩智……いや、狡怒の犬となって働き続けた彼。

 恩智の名の下、狡怒が疎ましく思う者を容赦なく斬り捨て続けていました。

 

「理由はなんでもいい。仕合って、相手を黙らせろ」

 

 静悪や連峯の剣士と仕合うのはまだしも。

 豪商の財を貪るために仕合し、

 働く人々の汗を踏みにじるために仕合し、

 時に、ささやかな家族の暮らしを邪魔するために仕合しました。

 狡怒が「弱者」とみなした者であれば、その身分や技量を問わず弁慶の餌とし。

 弁慶はその全てで相手を斬り捨て、恩智と弁慶の悪名を高めていきました。

 

 その頃でしょう、弁慶が正しく『弁慶』と呼ばれるようになったのは。

 彼は仕合のたび、倒した相手の武器を奪います。

 黄金を散りばめた豪奢な太刀から。

 それこそ錆びた短刀まで分け隔てなく。

 ()()()()()()()刀を執念深く集める様を見て、気付けば誰かがこういっていました。

 

 「武蔵坊弁慶」。

 

 この頃になると『恩智の弁慶』の名は誰もが恐れ慄く、恐怖の対象になっていました。

 つまり、弁慶は狡怒の言う強さを手に入れたのです。

 しかし、その名は誉れとは程遠く。

 血と恐怖が染みついた影でしかありませんでした。

 

 ──冬のある日の話しです。

 弁慶は再び狡怒の命を受けて、ある家に仕合をけしかけろと命じます。

 

「あの貧民の息子、口汚く恩智のことを罵ったそうだぜ? 中々見どころのある奴じゃねえか」

 

 酒を飲みながら上機嫌に笑う狡怒。

 彼は盃を一気に傾けると、控えていた弁慶に命じます。

 

「若気の至りで片付けてやりたい気持ちはあるが……まぁ。恩智の金看板は軽くねえ。心苦しいが、仕方ねえよなぁ?」

 

 微塵もそう思っていない、愉悦にまみれた顔。

 弁慶はそれを無表情で眺めていました。

 

 ──標的は、阿妻の外れにひっそりと立つ民家にいました。

 

 その地区は貧しい者や行く宛のない者達が集まる、いわゆるスラム街。

 標的の家も、一般平屋に比べれば明らかにボロい、風が吹けば飛んでいきそうな家なのでした。

 

「おぅるァッ!!」

 

「!? な、なんだい!?」

「かあちゃん!!」

 

 引き連れた部下が、ぺらぺらの扉を蹴り破り、中に入り込みます。

 

「お望み通り、恩智が来てやったぞ」

 

「どこのどいつだ? ウチに喧嘩売った馬鹿ガキは……お前かぁ?」

 

「ひっ」

 

 家の中は、外見に等しい極貧生活。

 ぺらぺらのせんべいのような布団とすすだらけの囲炉裏。

 役に立たないガラクタばかりの不清潔な空間に、父、母、息子、娘がいました。

 弁慶は無言で家屋に踏み込み、顎で指示を出すと、部下が下手人を捕まえます。

 それは()()()()()()を持つ、生意気そうな男の子でした。

 

「お、お辞めくださいお侍さま! む、息子が何をしたというのですか!」

 

「何をしただと? こいつァなぁ、恩智をコケにしたんだよ」

 

「群れなきゃ何もできねえ、ただのならず者……だったっけなぁ? ひひッ」

 

「ソレを言うなら。覚悟があるって訳……だよなぁ!?」

 

「ッ、や、やだ、やだよぉ! ごめんなさい! ごめんなさい!」

 

「今更謝っても遅えよばあぁか!」

 

「阿妻で生まれたんなら分かるだろ。文句あるなら仕合で取り返せよ、なぁ!?」

 

 彼ら貧民街の住人は当然ですが財政が緊迫しています。

 そのため、ほとんどの住民が()()

 その貧民の子どもが帯刀する訳がなく。

 そんな相手と仕合などしても虐殺にしかなりません。

 

「や、やめてください! 私が代わりに謝ります! 何でもします! だからお願いします、息子だけは、息子だけは……!」

 

「ヘヘッ、そうかい。じゃあお前の娘を貰おうか?」

 

「そ、それは……!?」

 

「あぁ!? 何でもするんだろ!? なら娘を差し出せ、そしたら許してやるぜ!」

 

「そーだなァ! 金になりそうなもんはここになさそうだしなぁ! 売ったらいい値になりそうだよなぁ!?」

 

「やだあ、おっかぁ! おっかぁ!」

 

 弁慶は、そんな弱者が虐げられる当たり前の光景を、無感情に眺めていました。

 狡怒の言う通り、この世界は弱肉強食。

 強い者ほど豊かになり、弱い者ほど奪われる。

 わかりやすいほどの条理が、そこにありました。

 

 昔は馬小屋で寒さをしのいでいた弁慶も、

 その名で呼ばれるようになった現在では、二階建ての家に住み、かなり裕福な生活を送っています。

 高い調度品や、仕立のいい服。

 そして、いつでもお腹を満たせる、裕福な生活。

 周りからも一目置かれ、誰かをコキ使えるほど地位も高くなった。

 阿妻であれば誰もが羨やむ地位に、ついたのです。

 

 しかし、その一方で、弁慶の心は無に近づいていました。

 如何に物質的に恵まれようとも、精神的に満たされたことがありませんでした。

 むしろ誰かから奪うたびに、疲弊していくのです。

 

「──や、やめてくれェ!」

 

「おわッ!?」

 

 ハッ、と弁慶が気付いたときには、

 家主である男が、家族を庇うようにして部下に刀を突きつけていました。

 彼が持つのはボロボロの錆びた短刀です。

 部下達は驚いて飛び引きます。

 

「お、おお、お、オラの家族には手を出すなぁッ!」

 

「……抜いたってことぁ」

 

「俺等と仕合うってこと……だよなぁ?」

 

「おお、お、おお、おうともよォッ!!」

 

「おとっつぁん!」

「「父ちゃん!!」」

 

 スラリ、無骨ですが斬れ味の良さそうな刀を抜く部下達に、男は両手はぶるぶると震わせながら勇気を振り絞ります。

 リーチといい、刀の質といい、経験といい──何一つ勝てる要素はありません。

 

「そ、そのかわり……その代わりにッ、俺が勝ったら……か、家族だけは許してくれぇ……!」

 

「ギャハッ、こいつマジか?」

 

「おいおいおい! 震えちゃってまぁ、本当に勝てると思ってるのかよォ!?」

 

「いいぜ、ただしお前が負けたらお前の娘は頂いていくぜ!?」

 

「──さ、させるもんかよォッ!」

 

 全身を震わせて、ヤケクソになったかのように叫ぶ男。

 部下の一人が早速、隙だらけの男を斬り捨てようとしたところで、

 

「……俺がやる」

 

 気付けば弁慶が、身を乗り出していました。

 部下はきょとんとしていましたが、やがてニヤニヤと男に笑います。

 

「あーあ。ついてねえなあお前」

 

「本当だよ。まだ俺達じゃ勝ち目もあったのに、弁慶さんが相手じゃあなぁ」

 

 弁慶と男は家の外に行き、仕合うことになります。

 宵闇を月が照らす中、

 弁慶は至極冷静に、

 男は恐怖に潰されそうにながらも、かろうじて立っています、

 

 そして家族が見守る中、

 とうとう、仕合は始まってしまい──

 

「う、あああああぁぁあああ──!!」

 

 短刀を腰に添え、ヤケクソになって突撃する男。

 弁慶はそれを軽く避けると、通り過ぎ様に、その背を慣れた動きで斬っていました。

 

「い、いやああぁあ、おとっつぁんッ!」

 

 とめどなく溢れる血が、土を汚します。

 男はふらふらと数歩前のめりになりますがが、血走った目で向き直ります。

 

「か、家族はやらせ、ねえぇえぇッ!!」

 

 短刀を振り上げ、ふらふらと、まるで腰の入ってない一撃を見舞おうとする男に、弁慶は容赦なくい一撃を見舞います。

 それは武器を持つ男の腕を容易に斬り飛ばし、さらに胸に大きな太刀傷を作りだします。

 明らかな致命傷。

 血潮がぶあっと吹き出し、臓物が零れ落ちます。

 男は自分の惨状を理解できないのか、数度ほど傷口と弁慶を見やると、すぐに血泡を吐き……膝をついたあと、倒れてしまうのでした。

 

「い、いや────いやだ、やだよぉ! お父ちゃん! お父ちゃん!」

 

 息子が泣きじゃくる中、弁慶はつまらなそうに息を吐き。

 血を吸った刀を懐紙で拭った弁慶は、踵を返そうとし……止まります。

 その足が、掴まれていたからです。

 

「……か、家族は……家族はぁ」

 

 命の灯火が今にも尽きそうな中、必死の形相で抵抗しようとする男。

 弁慶は無感情にそれを眺めたかと思えば、今一度刀を抜いて、

 

「──やめて、やめてええええええッ!!」

 

 ザンッ。

 

 男の首を、斬り落とすのでした。

 家族の慟哭が、仕合終了を合図となりました。

 弁慶はいつも通りのはずなのに、気分が重くて重くて、仕方がありませんでした。

 

「弁慶さんお疲れ様でした。つっても、朝飯前っすかね」

 

「ヘッ、馬鹿な奴だぜ、大人しく娘を突き出してりゃよかったのになぁ」

 

「ホントだぜ。そしたら死なずにすんだかもしれねえのによぉ」

 

 楽しげに惨殺劇を見守っていた部下達は弁慶におもねりながら、ああだこうだ言っていましたが、弁慶の耳には残らず。

 代わりに男が持っていた錆びた短刀に目がいってました。

 弁慶は草むらに落ちていた、男の腕がついたままの刀を拾うと、まじまじと眺めます。

 ところどころ鉄錆が残る古い刀は、別に価値なんてなさそうな店打ちのもの。

 月明りを吸って鈍く光る刀身は、出来が悪いのかガタガタで、刃は欠け、柄は擦り切れ、もはや使い物にならないただの鉄の残骸でした。

 売ったところで二束三文にしかならないでしょう。

 

 しかし、その刀から目が離せませんでした。

 

「じゃあ約束通り娘は貰っていくぜ」

「これに懲りたら二度と恩智に逆らうんじゃねえ!」

 

()()()

 

 そして部下が娘に手を出そうとしたところ、思わず声をあげ。

 

「俺達の目標は達成した……帰るぞ」

 

 納得のいかない部下を黙らせた弁慶は、

 短刀を懐にしまい、帰路に着くのでした。

 

 

 

「──ッ」

 

 

 その日の真夜中。

 弁慶は自室で、暗闇を睨みつけていました。

 

 そこには、今まで奪ってきた武器の数々──太刀、打刀、脇差、棍棒、槍、薙刀などが畳に乱雑に投げ置かれていました。

 

 一番手前には今日仕留めた男の、錆びた短刀。

 弁慶はそれを、ひたすら凝視していました。

 

 狡怒の言う通り、この世界は弱肉強食でした。

 強い者ほど豊かになり、弱い者ほど奪われる。

 わかりやすいほどの条理が、そこにありました。

 しかし一方で。

 奪えば奪うほど、わだかまりは増え。

 咀嚼することも出来ぬまま、心を圧迫するものでした。

 それは今や、弁慶の強靭な心すらパンクさせようとしていました。

 

 重なった武器は、まさしく自分の罪そのもの。

 その罪の前で、絞り出すように弁慶が呟きます。

 

「……違え」

 

『奪え。弱いやつから奪え。とことん奪え』

 

「違え」

 

『この世に刻んでやれ。お前が強いってことを知らしめてみろ』

 

「違えッ」

 

『そしたら俺のように我儘を押し通せるようになる』

 

「違ぇッ!!」

 

 立ちふさがる狡怒の影を、斬り捨てようとする弁慶。

 しかして、実際に斬れたのは壁だけで。

 彼は、うなだれるように蹲ってしまうのでした。

 

 弁慶の中で濃くなった狡怒の影は、彼を魂まで縛り付け、逃がしてはくれないのです。

 

 武器達は、薄明かりの中で、重く、冷たく、弁慶を責めるように光っていました。

 

 

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