──それから弁慶と喜代子は、仲睦まじい日々を過ごしました。
方や恩智の雇われ侍。
方や売れない団子屋。
接点の少ない二人ではありますが、その相性は良かったようです。
気付けば弁慶は、仕事の合間を縫って足繁く団子屋に通い。
喜代子もまた、弁慶のために団子を用意して毎日待っていました。
そんな二人を、周りは奇異の目で見ていました。
特に弁慶の評判は悪いってもんじゃありません。
あの団子屋、目をつけられて可哀想に、とか。
強請られて、金目の物を奪われてるんだ、とか。
近々恩智に連れてかれんだ、とかなんとか。
散々な噂が広まると、親切な町人は喜代子のために忠告をしたり、時に弁慶から遠ざけようとする人も出てきます。
しかし他ならぬ喜代子がソレを拒み、否定し、気にせず二人の時間を過ごします。
これには周りも首を傾げるしかありません。
まあ、そんな日々が続くとと二人の距離も近づくもので。
お互いの時間を共有しあいたくなった二人は、自然と体を重ね。
やがて可愛い女の子を授かります。
それこそがお静でした。
二人は大いに喜びますが、身重になると団子を焼くのに支障が出るのは当然です。
喜代子は気にせず団子を焼こうとするので慌てて弁慶が止め。
代わりに弁慶が団子焼きに挑戦することになります。
そして弁慶の失敗っぷりに喜代子に笑われたり。
喜代子監督の上でみっちり団子修行をしたり。
そして、授かった子どもを見て涙を流したり。
また初めての子育てに戸惑い、憔悴したり。
それでも三人で団子でいる日々を、愛しく思い続ける。
そんな日々を過ごしていました。
『……貴方』
『何だ、喜代子』
『私ね、今すごく幸せです』
『……そうか』
『こんなに素敵な子も授かれるて……まさかこんな日が来るとは思ってなかったわ』
『……俺みたいな、恩智の子どもでもか?』
『貴方だからこそ。私はこんなに幸せなのですよ』
『……』
『ふふ。ほら貴方、見て。お静が笑ってる。この子もおとっつぁんが良いって言ってるのよ』
『……どうだろうな』
『私達のお団子を食べたら、どんな感想を言ってくれるかしらね』
『うまい、しかないだろう』
『どうかしら。結構口うるさいかもしれないわよ』
『……ならそれまでに腕を磨かなけりゃな』
『えぇ……この子が美味しいって言ってくれるように』
『……』
『……ねえ貴方。私、多くは望みません。剣が強くなくてもいい。貧乏のままでもいい。ただ……これからも二人で……いいえ、三人で幸せに過ごしたいです──』
喜代子の手が、優しく弁慶の頬に伸び。
赤ん坊が、キャッキャッと笑うのを見て、弁慶もまた微笑み──
「……──い、おい弁慶ッ! 弁慶ッ!!」
「しっかりしろ弁慶ッ! 寝るな、寝るんじゃねえッ」
──そこで意識が、現実に戻ってきます。
頬を容赦なく叩くのは、喜代子ではなく角。
おぼろげに見えた視界は確かに団子屋でしたが、喜代子はどこにもおらず。
代わりに、角と助が弁慶の顔を覗き込んで必死に叫んでいました。
「畜生、医者はまだこねえのか!」
「お静ちゃんが呼びにいったんだろ!? それにしちゃぁ遅い……! 何やってるんだ一体……!」
(お静……?)
ピクッ、と耳を反応させた弁慶。
全身を覆う強い気だるさに、襲われながら全神経を会話に集中させます。
「……お、お静ちゃん……まさか……」
「霧!? お、おいどこへ行くつもりだ!?」
「もしかしたら、お静ちゃんが、さ、攫われたのかも……!」
「はぁ!?」「どういう事だ!」
「恩智の人も青紫の人もあたい達を狙ってたんです……! あたい達、青龍さんって人と一緒にいたから、多分……!」
「──ッッ?!」
「べ、弁慶!」
それを聞いて即座に体を起こす弁慶。
顔色は悪く、全身は冷や汗を流して震えていますが、そんなの知ったことではないと、荒い息をつきながらギョロリと外を睨みつけます。
「おい、まだ寝ていろ弁慶! 動くんじゃねえ!」
「そうだぜ……!! 弁慶、お前の怪我は……!」
「ッッ、角……! 一度しか言わねえぞ……テメェの刀を、焼き場で炙って、持ってこい……!」
「!? おい弁──」
「早くしねえかァッ!!」
怒号をあげた弁慶に、角はぐ、と口を噛み締め。
脇差を抜くと、餅を焼くための焼き場でその刃を炙り始めます。
ざわざわ、と見守っていた周りの町人達がどよめきます。
「助……ッ、酒だッ!!」
「……クソッ、見てらんねえよ」
助は、これから何をするのかが分かっているのでしょう。
急ぎ調理場にあった酒をひったくると、腹に刻まれた深い傷口にぶっかけていきます。
激痛でしょうに、弁慶は顔を顰めるだけ。
そこに、刀を炙り終えた角が、赤くなった脇差を持ってきます。
「……準備はいいか?」
「ふーッ、ふーッ、さっさと、や──グッ、う、ぐうぅぅうぅッ!?!?!?」
じゅぅぅぅ、と肉の焼ける音と共に、広がる悪臭。
そのあまりの光景に、誰もか顔を背けます。
弁慶は仰け反り、歯が割れんばかりに噛みしめながらも、その荒療治を耐えていきます。
「……ひでえ」
「お、おい、大丈夫か弁慶!?」
「ッはぁ! はァッ、ハァッ……! ッ、食い物、食い物をよこせッ」
悶えながらも、角達を睨みつける弁慶。
もう止めることも出来ないと判断した二人は、周りから食べ物を集め、握り飯や、漬物、酒、干し肉を用意。
弁慶は失った血を補うかのように死に物狂いで口に運び、次々と胃に収めてきます。
その鬼気迫る様子に誰も止められることはなく。
やがて、食い終えた弁慶は、畳に拳を叩きつけると、ふらふら立ち上がります。
「ッ、弁慶」
「今更……止めんじゃねえよ。角」
「だが、そんな深手で……! それに、まだ攫われたと決まった訳じゃねえだろ!」
「……」
「おい……!」
「……ウチの娘が、約束を違える訳がねえんだ。何かあったに違いねえ。そんな中、のうのうと寝てるなんて真似ぁ、俺には出来ねえ……」
弁慶は腹を抑えながら外に出ようとします。
「……俺ぁどうなってもいい。どの道、地獄に落ちる運命だ。だがな。アイツは……お静は違え。そうだろう? アイツだけは、アイツだけは助けなきゃならねえんだ……ッ!!」
魂を揺さぶるほどの激情。
その鬼気迫る声に、誰もが口をつぐんだかと思えば……やがて、角と、助は、弁慶の隣に並び立って団子屋の外を目指します。
「……おい角」
「うるせえな助、分かってる……旦那いくぞ」
「──……?」
「俺等も行くってんだよ。お静ちゃんを助けにな」
「おうよ。この角屋の角の剣さばき、目にもの見せてやるってんだ」
腰の刀を鳴らした二人に、弁慶が目を見開きます。
「……これは俺の問題だ。お前らが出しゃばってくんじゃねえ」
「出しゃばるだぁ? 俺らは何もお前さんのために剣を振るうんじゃねえよ」
「おうとも、お静ちゃんのためにさ。オイラ達は毎日お静ちゃんの顔見るためにココ来てるんだぜ? だーれが好き好んでお前さんの団子なんて食うもんかい!」
「……野菜と魚相手しかしてねえテメェらが、何を言いやがる」
「馬鹿野郎! 俺の野菜捌きがありゃ、恩智の侍なんざ屁でもねえぜ!」
「おうともさ、人間もエラがねえだけでほぼ魚と同じだ。なら訳もねえってことよ!」
二人は負けじと食ってかかっていくと、霧もまた声をあげます。
「あの、ならあたいの所に寄って行ってください! 弁慶さんの刀なら用意できます!」
「お霧……」
「あたいは、刀の腕前は駄目駄目ですが……刀を作りなら自信はあります。お静ちゃんの為に、あたいの力を役立たせてください……!」
ソレを見ていた客も、次々に立ち上がります。
「おうおうおう! 楽しそうな話じゃねえか! 俺も混ぜなッ!」
「吉住爺さん!? また腰いわさねえだろうな!?」
「馬鹿にすんじゃねえ! まだまだ現役だわ!」
大工の棟梁である、小柄なお爺さんがエントリーです。
ねじり鉢巻に青の波模様の半被を来た彼の獲物は……鍔のない刀、ドスです。
「アタイも混ぜてくれるんだろうね!?」
「美鈴ねえさん!? また捌きを見せてくれるのか!?」
「久々に体を動かしたくなったからねぇ!」
続けて呉服屋の女主人、恰幅のよい妙齢の女性がエントリーです。
祭りということで紫陽花が彩られた着物を来た彼女の獲物は、薙刀です。
「水くせえ。言ってくれりゃ俺だって行くさ!」
「傘屋の羽場巻!? お前も来てくれるか!」
「へへっ、旦那にはいつも世話になってますからね……」
「スリの銀次!?」
「やれやれ。次来たら団子をたらふく食べさせて貰いますからね?」
「スケコマシの花助!」
と、客達が我先に立ち上がり、協力すると言い出します。
これには弁慶は困惑が隠せません。
「……お前らあの恩智と青紫に楯突くんだぞ? 分かってるのか?」
「なーにいってやがんだ。お前さんもそうだろ?」
「そうだそうだ!」
「恩智も青紫も天狗になってやがるからな。あの鼻、折ってやりてえと思ってたんだよ!」
「……知らねえからな」
阿妻の民は義理堅く、そしてお祭り好き。
それが如実に現れた瞬間でした。
決意が硬いと知った弁慶は、何も言わずに店を出てせいりゅー達を追い始めました。
「よーしお前ら、旦那に続け続けェ!」
「阿妻魂見せてやるぞッ!」
「「「「「雄々ーーーーッッ!!!!」」」」
こうしてせいりゅー様達の登場という一石は、より大きな波に変わり。
阿妻を揺るがす、大きな騒動へと知らず知らずのうちに変わっていくのでした。