時間は少し遡り、蒼天の塔。
その地上800mに位置する、天上の層。
青紫と名乗れる人と、それこそ神だけが入れる神域で、
二枚の刃が、舞っていました。
「あははは!」
「──」
一方は阿妻を建国した神。
剣に狂い、剣の申し子となったせいりゅー様。
一方は阿妻を代表する現人神。
剣に魅入り、魅入られ、人でありながら人ならざる存在と成った実門。
二人は縦横無尽に剣を交えており、二人の立ち位置は目まぐるしく変わり続けています。
立ち替わり、入れ替わりの攻防。
それが目で追いつけないほどのスピードで行われるものですから、傍目には周囲の景色が金属音と共に切り刻まれていく様しか見えません。
壁に着地した実門が、脚をたわませると一息でせいりゅー様の元へ。
せいりゅー様、無論それを迎撃しようと居合の要領で抜刀。
向かった刃ごと実門を斬り飛ばそうとします。
しかし実門、直前に床に刀を突き立て、慣性を殺すと、腰に備えた二刀が意思をもったかのように鞘から飛び出し、せいりゅー様を襲います。
飛来する2つの刃!
しかしせいりゅー様、動揺もなくソレらを斬り払えば、返す刀で実門を一閃。
確殺の一撃を実門は飛び退いて回避すると、歓びに歪んでいた顔が、更に歪みました。
「すごい! これも躱すなんて! 青龍さん、貴方最高だよ!」
「……」
「あははは、もうもうもう──! テンションあがっちゃうなぁ!? キミみたいな人と生きてる間に出会えるなんてさ! それも僕と同じ七刀だろ!? これはもう運命だよ運命! あぁ青紫になってよかったああああ! ありがとう湯葉ばあちゃん! ありがとう阿妻!」
「そりゃどうも」
「……んー? なんかキミはテンション低いね。どうかした? お腹痛かったりする? キミも僕と同じ人種だから、てっきり喜ぶと思ったのだけど」
確かに、せいりゅー様の反応は淡白です。
いつもなら剣士と見れば大喜びで刀をふりふりちーぱっぱしていた彼女。
それなのに今は久々にあった名前が思い出せない友人とあったような気まずい感じを醸し出しています。
何故態度が塩っぽいのでしょう?
きりん君と共に退避していた香桜も気にしています。
「いえいえいえ。別に体に不調はないんですよ? 大体私、そういう腹痛とか風邪とかには無縁なので」
「ではどうして?」
「何といいますか……その」
どこか歯切れの悪いせいりゅー様、少し迷ったようですが、実門が持つ刀を差します。
「それ」
「……? あぁ僕の刀? この子は
白い刃が神々しい直刀。
誰もが一目見ただけで見惚れる、その美しい刀を自慢するかのように見せびらかす実門。
せいりゅー様はすごく申し訳なさそうに言います。
「はい。見た目は可愛いくて好きなのですが……ちょっと……
「え?」
「いえ、臭いはまだいいんですが。すごーくばっちぃ感じがするんですよね……見てるとぞわぞわするっていうか、生理的に受け付けない感じがして……」
「……」
「腰と背中の他のやつも全部です。全部臭いです。あの、失礼ですがちゃんと掃除してます?」
まさかの回答に実門は目をぱちくり。
一度刀を見比べますか、苦笑しか出ません。
「失敬だなぁ。手入れはかかしてないよ」
「ですか。じゃあ私だけそう感じるのですかね? 香桜はどう思いますか?」
「アタシかい!? いや、別に……」
「じゃあきりん君は?」
「……くさい」
「ですよね!!」
にっこり笑顔のせいりゅー様。
実門は少しふてくされたかのように頬を膨らませます。
「キミ達が少し変わってるだけさ!」
「確かに。私達は特別なんでしょうねー……うーん、やっぱり壊さないといけませんね」
香桜は二人のやり取りで勘付きます。
実門が持つ刀は、神器を削り取って作ったいわば半神器。
だからこそ神である二人は不快感を覚えるのでしょう。
もしも神器が完璧な形で残っていれば……一体どうなっていた事やら。
「僕の刀を壊す? いいよ? ただし」
「出来るものなら、ですよね?」
笑顔を見せる実門に、せいりゅー様も初めて笑みを浮かべます。
「貴方の刀は好きではありませんが、貴方そのものはとても好ましく思ってます」
「そっかぁ! 僕達相思相愛だね!」
「うーん、愛まではないです。愛はきりん君にしか注いでないので」
「残念。だなぁ……まあそれでも」
「はい。やりましょう」
そう言って、せいりゅー様は初めてひよこ丸を正眼で構えます。
その構えから発せられる──圧ときたら!
一瞬で場の空気が凛として代わり、
せいりゅー様と実門は二人きりの空間に飛ばされます。
それはどこまでも広く、どこまでも白い空間でした。
対峙する二人以外の全ての要素が邪魔。
そう言わんばかりの空白の空間。
そこでは五感が制限され、感じられるのはお互いのみ。
そんな場所で、二人は向かい合っていました。
実門は冷や汗を流します。
せいりゅー様は悟りを得た僧侶のように無の表情なのに、
剣先に集まる剣気は、空間を歪ませるほど。
こちらが攻めても、守っても、次の瞬間には斬られるというイメージが浮かぶのです。
しかし実門も伊達に剣に狂っていません。
時間にしてコンマ零零二秒。
せいりゅー様が構えたその次の瞬間には躍りかかっていました。
プランが決まったのです。
──地を這うような走り。
地面すれすれまで体を下げて接近した実門は、白刃で足を狙って攻撃します。
左一文字。
足首から入り込み、膝までを抜ける美しい一撃。
正眼で構えたせいりゅー様、全く動きませんが、
実門の一撃はなぜか空を斬ります。
せいりゅー様、すり足で避けていたのです。
それは髪一切れ分の精度!
しかしそれを知っていた実門。
斬った勢いのまま半身を更に回転させると、背の刀をさらに抜刀。
遅れて腹部めがけて次の刃が向かいます。
せいりゅー様、刀を「
しかし、更に体を沈めた実門が背の一刀、その頭を後ろ足で蹴ると、鞘から飛び出した刀が、眉間へと向かうではありませんか!
首を傾けそれを避けるせいりゅー様。
間髪入れずに放たれる、二刀の唐竹割り!
その場を小さく縦回転して見舞われた一撃は常人なら回避不可能な一撃。
香桜は、その流れるような連撃に目を見張ります。
「ふむ」
小さな呟き。
受けを嫌ったせいりゅー様が、更に後ろに下がると、勢いを殺さずに放たれた美しい二閃が、更に襲撃。
首と胴を狙ったそれを、せいりゅー様、渋々受けて払う他なくなりました。
「……おぉ。
目を見開いたせいりゅー様。
前傾姿勢になったと同時に、音もなく消え。
実門の背後からの真っ向斬りをしています。
お返しの一撃。
実門は容易く二刀で防ぎますが、その威力までは殺しきれず。
地面に全身をめり込ませて、階下まで突き抜けてしまうのでした。
塔を揺るがすほどの衝撃に、世界は色を取り戻し、香桜がたまらず叫びます。
「ここで激しくドンパチやらないでおくれよ!?」
「……あ。そうでした。流石にきりん君がいますしねー、危ない所でした」
「いやいやアタシも気にしておくれよ……ん?」
何故かぐっぱっと両手を開いているせいりゅー様。
まるで違和感を確かめているようです。
「ふむ。支障はないようですね」
「……どうしたんだい?」
「どうやらあの刀、弾くだけでも効き目があるようです。少し痺れる感覚があります」
何でもないですよー、と手を振るせいりゅー様。
次の瞬間、何かを勘づいたのかその場を飛び退きます。
すると階下から何条もの斬撃が床ごと屋根を破壊してゆき、香桜がたまらず避難していきます。
「いやーすごい一撃っ! やっぱり受けないほうが正解だったなー!?」
穴から飛び出した実門は、満面の笑み。
破片が舞う宙空で、二刀を握りしめた彼は、空中で体を高速でひねります。
すると目に見えぬ斬撃がせいりゅー様を次々と襲い、どん、どんと壁に大きな傷跡を刻んでいきます。
せいりゅー様、廊下を疾走して実門へと斬りかかりますが、斬撃と同時に放っていた鎖付きの刃を引き寄せて、自身を移動。
難なく避けると、再び斬撃をせいりゅー様に浴びせていきます。
──避ける。斬る。避ける。斬る。避ける。斬る。避ける。斬る。
目にも止まらぬ攻防戦。
傍観する香桜は、その二人のやり取りに思わず見とれてしまいます。
『極まった剣豪達の仕合は、舞踊に近しく見える』
子供のころに、父親に言われた言葉を思い出します。
二人のそれは、まさしく舞。
しかしながらその一挙一投足全てに殺意が散りばめられた、死の舞踊です。
飛び入り参加などしようものなら一瞬でバラバラ間違いなしでしょう。
さらに言うと、二人が舞えば舞うほど、家財が、床が、壁が、そして柱が大きく損傷していくので、香桜は気が気じゃありません。
「ちょっと、ちょっとちょっとちょっと……!?」
そして今もまた柱が切断されると、瞬間、部屋が地響きを立てて崩壊を始めてゆき。
香桜は慌ててきりんを抱えて逃げ出そうとすのですが、
「ほいっ、と」
即座にせいりゅー様が二人を抱えてその場を脱出。
壁から外に飛び出せば、清々しいほどの陽光と、冷えた空気がお出迎えです。
「ちょっと荒れそうですねー」
「ちょっとどころじゃないよ!? アンタこれ以上暴れたら塔が!」
「うーん、被害出さないようにしたいのはやまやまなんですが」
「──ねえねえ、どこ行くのさッ!?」
「ちょっと、その余裕はなさそうなんですよね」
瓦屋根に二人を降ろしたせいりゅー様は困った顔を見せると、瞬時に駆け出し。
二振りの修羅となって、塔の周りで戦闘を続けるのでした。
それから、間もなくのことです。
塔の先端……よりにもよって青龍の瞳がしまわれた最上階が、階下に落下していくのは。