阿妻は今や大パニックに陥っていました。
なにせ阿妻の象徴である蒼天の塔が崩れたのですから!
めでたいお祭りの日に、何だってこんな事に!?
ついさっきまで楽しんでいた市民らは誰しもが塔を見ては、口々に騒ぎ立てます。
そして。
偶発的……いや、必然的に発生した弁慶達市民の恩智への反乱が畳み掛けます。
最初こそお静奪還の旗の元に動いていたのですが、感化された市民が日頃の鬱憤を剣士達にぶつければあら不思議。
その暴走の輪は広がり、広がり、留まることを知らず。
瞬く間に阿妻のいたるところで名家への反逆劇と発展するのでした。
あな恐ろしきは集団心理でしょう。
市民の狙いは恩智にとどまりません。
連峯、巨神、静悪、そして青紫でさえも対象でした。
いつもは鼻高々に町を闊歩する剣士たちも、特に理由もない暴力に晒されて、ひぃひぃと逃げ惑っています。
普段は偉そうな奴らの鼻柱を叩き折るチャンス?
なら俺もやるしかねえなぁ!
……と市民たちは
市民の暴走は、急速に全土に広がりつつありました。
「ははっ、すげー事になってやがんなァ!」
「阿妻にふさわしい祭りじゃあッ!」
恩智の屋敷を目指して移動する弁慶達。
彼らも行く先々で広がる光景に大興奮です。(弁慶は除く)
御覧くださいこの光景!
かたや大人三人にボコられる侍がいれば、
恰幅のいい婦人にドロップキックを食らわせられる侍もいる。
「仕合なら一対一だろ!?」と囲まれて逃げ腰になる侍もいれば、
剣を持った子ども数名に追いかけ回される侍もいる。
こんな光景、生きていて一度でもあったでしょうか? いや、ないでしょう!
「……これ、収集つくのか?」
「それだけ鬱憤が溜まってたってことだな……もしかしたら終わる頃には全部のお家取り潰しじゃねえか?」
「逆にアイツら結託して、市民を
「流石にそりゃ……そりゃぁ……」
弁慶が呟くと、角と助は歯に物が挟まったように口を濁します。
「けーッ! どいつもこいつも強さにあぐらをかくばかりのゴミみてえな家さ。阿妻の剣士の風上にもおけねえ……! いっそ潰れればいいのさッ!」
現役大工の吉住のお爺さんが、声高々に叫びます。
御年60を超えて、まだまだ元気いっぱいな彼は、暴動の最後の一押しを担った、癖強おじいちゃんです。
絡んだ痰を、かあぁぁーッ、ぺっ!
勢いよく道に捨てては啖呵を切ります。
「天罰……そう天罰さ! 塔が崩れたのも、きっと青龍様が阿妻の堕落っぷりに呆れたからに違いねえ!」
「おいおい吉住爺、飛ばし過ぎんなって」
「アァ!? 角、お前何日和ってんだ!? だいたい俺等が普段どれほどアイツらに好き放題やられたか、考えてみろってんだコンチキショーがっ! テメェそれでも阿妻の剣士か?!」
「俺ぁその先を心配してるんだって!」
「先もクソもねえだろうがッ、阿妻なら前のめりに斬れェッ!」
「ハイハイ。あんまり興奮しすぎるとぽっくり逝っちまうぜ?」
三人の会話を聞きながら弁慶は考え込みます。
この暴走の結末。
それは、各家の消滅で終わりを迎えるのでしょうか?
阿妻の名家が抱える剣士、数千に対し、阿妻の民は数万人です。
歴然とした差ではありますが、方や剣豪、方や市民。
その力の差もまた歴然です。
きっと、吉住が思ったような結末にはならないでしょう。
ならばどうなる?
少なくとも、みんな仲良くハッピーエンドとはいかないでしょう。
祭りの熱のせいにして、お咎め無しで終わりはありえません。
死人の数は刻一刻と増えていく一方。
そんな中で、阿妻が進む道は?
(……ロクでもねえ終わりが待ってるだろうな)
心を諦念が満たしていました。
ただ娘を救えればいい、そう考えて始まったのに、どうしてこうなったのやら。
それもこれも青龍とかいう、あのはた迷惑な剣士のせいでしょう。
(……いや。その恨みは、筋違いか)
弁慶は考え直します。
あの青龍とやらは、ただの
あるがままに火を灯すだけ。
波風で揺れはしますが、そのあり方は変わらない。
ただ周りが、その熱に炙られて騒ぐだけなのです。
だから、もしかしたら。
あの青龍ならば。
地上で藻掻く自分らを、遠い遠い雲の上から見下ろす、あの剣士ならば。
この事態も、丸く収められるのでは?
(……今はお静のことだけ考えろ。考えすぎるな)
自らを叱咤した弁慶は、背中に担いだ鉄の金棒を握り直すと、視界に入ったある屋敷にずんずんと突き進みます。
それは金色でゴテゴテと装飾された、やたらと趣味の悪い屋敷でした。
何を隠そう、ここが恩智の本拠地。
門の前では恩智の侍達が、徒党を組んだ市民に囲まれて大声で叫んでいました。
「ええい下がれ下がれッ!」
「死にたいのか貴様らァ!」
「恩智に楯突こうってんならタダじゃおかねえぞ!?」
「テメェらこそ何様のつもりだ!」
「いい加減こっちはお前たちにうんざりしてんだよ!」
「日頃の恨み、はらさでおくべかってんだ!」
喧々囂々。一触即発。
剣を抜いて睨み合う二陣営。
今にも血を見そうなほど熱された鉄火場に、弁慶は躍りかかります。
──唐突に空からあらわれた狼の剣士!
いかにも重そうな鉄の金棒を握るが、彼の手元で小枝のように振り回されます。
「ギャッ!?」
「あがっ!」
「うおおおッ!?」
呆気にとられた恩智の剣士たちは、一瞬にして吹き飛ばされてダウン。
その光景に誰もが目を見開きます。
「はいちょいと通るよ!」
「どいたどいたァッ!」
「おらッ、邪魔させてもらうぜぇッ!」
後に続いたお静救出隊が、追い打ちをかけるように恩智の侍を襲い、隙を作ります。
これには恩智達、たじたじです。
「き、きき、貴様……弁慶ッ!?」
「今更ここに何しに来やがった!?」
「それは、テメェらが一番良く知ってるんじゃねえのか?」
赤半被が動揺をあらわにすると、弁慶は確信します。
こいつらだ。
こいつらがウチの娘を攫ったのだと。
「……死にたくなきゃ、そこをどきな」
怒りを滲ませて鉄棒を構える弁慶。
赤半被達は命令を遵守しようと必死ですが、弁慶の修羅が如き形相にすでに及び腰。
ただ突っ立ってるだけの木偶の坊でしかありません。
弁慶は警告はしたと言わんばかり大きく振りかぶり、そして、
「──ギャアアアアアアッ!?」
屋敷を守る、立派な門ごと彼らを吹き飛ばしました。
「お前ら行くぞーっ!」
「行け行け!」「うおおおおお!」
「お静ちゃんをどこにやりやがった!」
「遅れるんじゃねえ、俺等も行くぞー!」
一撃が開始のゴングとなり、救出隊がわっと突撃します。
するとソレを見ていた他の市民も、流れに身を任せ、どわわわっ、となだれ込んでいくのでした。
「何だテメェら!? がぁっ!?」
「曲者だーっ! であえであえ!」
「ぼさっとしてんじゃねえ! カチコミだぞ!」
もう現場はすっかり大混乱です。
暴徒と化した市民が次々に恩智に斬り掛かってゆき、赤法被らはたじたじ。
弁慶もこれを機と見て、行く手を塞ぐ侍共を一撃のもとに叩き、殴り、吹き飛ばし。
庭を抜けて、とうとう屋敷に突入するのでした。
「──お静ッ、お静はどこにいる!?」
開口一番、屋敷を震わす大音声。
騒ぎを聞きつけた赤半被達が気圧される声。
しかし数名の赤半被は気合を振り絞り
ただその気合は、実力差を埋めるものでありませんでした。
弁慶、こともなげに防ぎ、返す刀で一撃でのしてゆき、悠々と歩みを進めるばかり。
誰も彼を止められないのです。
「ええい、何をやってる囲め! 1人でかかるな!」
赤半被達は戦法を変え、彼をずらっと囲みます。
しかし弁慶は鼻を鳴らすだけで歩みを止めません。
舐めているのかコイツッ!?
背後から斬りかかろうとした赤半被ですが、彼に影がさします。
「キィエエエエエエエエッ!!」
「ギャアッ!?」
呉服屋の女将、美鈴です。
薙刀で颯爽と斬り掛かった彼女は一人を一刀のもとに斬り捨て。
動揺した他の赤半被が応戦しようとすると、助が打刀で、大工の吉住がドスで背後から襲いかかり、彼らをねじ伏せていきます。
弁慶は薄く笑みを浮かべると、有象無象をボーリングのピンのように吹き飛ばし、先に進んでいきます。
恩智達、圧倒的劣勢。
全員が苦虫を噛み潰したような顔をし初めます。
「だ、駄目だ勝てねえ……」
「たかが団子屋の形無だぞ!? 何故討ち取れぬ!」
「お前、新入りか? 弁慶の逸話も聞いたことねえのかよ」
「だからどうした、血を流せるなら倒せるだろ!」
「じゃあお前が倒せよ!」「そうだ!」
「俺は先輩だぞ、命令に従え馬鹿野郎!」「ンだと!?」
しまいには仲間割れまで初めた彼ら。
弁慶ははぁ、とひとつため息を付くと──鉄棒の石突で、思い切り床を叩き。
全員の視線を集めたのでした。
「……俺ぁな、お前らを殺しに来たんじゃねえ。娘を連れ帰りに来ただけだ」
イラ立ちを隠さぬ声色。
憤怒に燃える両の眼。
それを前にして赤半被は動けなくなります
「テメェらが娘を何もせずに返すなら、今すぐ引いてやろう。だが、抵抗するってんなら──まとめて団子にしてやる」
「ひっ……」
「返事はどうしたァッ!?」
体どころか魂まで揺さぶる声に、彼らはすっかり戦意喪失。
もう言う通りにしようぜ、と折れそうになったその時。
「ッ!?」
唐突に白刃が踊り、弁慶が慌てて防ぎます。
一瞬、見えたのは細い刀。
少し打ち付ければ折れそうなそれを、器用に鉄棒で押し返す。
しかし相手は想定してたと言わんばかりにうまく力を逃がすと、ふわり、と羽毛のように空中に飛んで逃げます。
かなりの手練れ!
階段に降り立った男を睨みつけると、ソレとは別にもう一人、存在感のある男を弁慶はとらえるのでした。
「よりにもよって貴方か、弁慶」
「ほう……? 顔見知りだったとは。弁慶はキミが入る前に抜けた筈だったが……」
「少し、縁がありましてね」
「「狩魔様っ!」」
「「安謝さんっ!」」
刀を抜いて対峙するは安謝。
そして二階からそれを見下ろすのは、狩魔でした。
「不甲斐ないぞ君達。相手は所詮烏合の衆。正しく戦えば造作もなく打ち倒せる。……安謝」
「任されました。狩魔様」
「うむ。では諸君、暴徒鎮圧と洒落込もうではないか!」
どうやら、恩智との戦いはここからが本番のようです。