「恩智がなんぼのものじゃっ!」
「おうとも! 日頃の恨み晴らしてやるわァッ!」
「くらあえええええええッ!?!?」
暴徒と化した市民が雄叫びをあげて赤半被にかかってゆくところでした。
「よせ! 迂闊に手を出すなッ!」
その危険性に気づいた弁慶が声をかけますが、時すでに遅し。
狩魔のよく通る声が屋敷内に飛びます。
「
「「「「ハッ!!」」」」
市民を囲む、最前列の赤半被達は反射的に対応。
二人一組になって互いの体にかぶさるように刀を斜めに構えると、即席の
「ぬおっ!?」
「おぉっ!?」
眼前に急に現れた強固な壁に弾かれた市民達。
ソレを見逃さずに、狩魔が更に号令をかけます。
「
「ぎゃあああああああッ!?」
「げびゅっ!!」
「い、でえええぇえええッ!?!?」
盾はすぐさま刀に戻り、市民二人は十を超える刀に滅多刺し。
血の海の中で沈み込んでしまうのでした。
「続けて前へ! 回り込ませるな!」
刀を突き出した兵たちは狩魔の声に応じて一矢乱れぬ動きで迫ります。
市民達、迂闊に手を出せません。
たまらず後退をすると、屋敷のどこかしから集まってくる兵たちが、更に層を厚くしていきます。
「そうだ。そのまま屋敷の外まで追い出せ。その間に──
「相手は市民ですが、よろしいので!?」
「あいつらは恩智に仇なす敵だ。守るべき市民ではない。庭に出たら一斉に撃て」
「了解しました! 弓弩隊! 弓用意ッ、つがええええええッ」
二階の赤半被達が和弓を慌ただしく装備し、次々と準備を整えてゆきます。
窓から射るつもりなのでしょう。
窓辺に集まった彼らは弓を次々と引き絞り、これから犠牲になるであろう市民達を待ちます。
「っ、おいおい!」
「こいつら……!」
不利を悟った市民達、しかしながら対処出来ずに後退をする他無く。
誰もが混乱の中で動けずに居ました。
これは絶対絶命です!
「おっと。私を忘れて貰っては困る」
「ちィっ……!」
弁慶が何とか形勢逆転の道筋を作ろうと、先んじて囲いをぶち破ろうと動きます。
しかし、ヒュンッ、と細い剣先が弁慶の動きを制するように振るわれ、下がらざるを得ませんでした。
思わず舌打ちをする弁慶。
狩魔は剣士としては半人前で、自分の腕前なら一息あれば容易に無力化できるのですが……配下と共にあれば、その評は覆ります。
奇襲にとまどう烏合の衆が、どんな敵をも打ち砕く強固な軍隊に。
熾烈を極める恩智の教えならではの、なりふり構わない戦術。
それは例えどんな相手でも一矢以上を報うのです。
「しかし……意外だな。刀を捨て、恩智から逃げた貴方がここまで大規模な暴動を起こすとは」
「俺が起こしたんじゃねえ」
「しかし旗頭は貴方なのでしょう? 見れば分かります。
「……アイツらは勝手に着いてきただけだ。俺には俺の目的がある」
「ふむ。貴方の娘さんか」
「いるんだろう?」
「あぁ。捕らえているよ」
安謝があっさりと認めると、歯ぎしりの音が聞こえてきます。
「返しやがれ」
「そう言われて簡単に返すとお思いで?」
「知るか。俺ぁな、ただ娘を返して欲しいだけだ。そうしたらお前ら恩智が何をしようが文句は言わねえ。ただ放ってくれりゃ──」
「貴方は恩智で何を学んできたんだ?」
安謝は弁慶を目で射抜きます。
「この世は弱肉強食。知っているでしょう? ああしたい、こうしたいの交渉は、強者同士がするもの。強者と弱者の間にあるのは、強者による一方的な略奪のみだ」
「クソみてえな教えだ」
「しかし貴方はそう生きてきた筈だ。私ではなく、私の父を斬り伏せたこと。覚えていないかな?」
「……あ?」
「貧民街。恩智を批判した愚かな幼子。身代わりとなった父」
「ッ!?」
紡がれる言葉が、弁慶の脳裏にあの時の光景をまざまざと思い出させます。
かつて狡怒に命令されて、盲目に従ったあの仕置。
家族を守るために、ボロボロの短刀を持って息子をかばった父。
それを一刀のもとに斬り捨てた、あの時を。
忘れる訳はありません。
しかしあの時の息子が、まさか安謝だったとは!
運命とはなんと残酷なのでしょう!
「思い出してくれてなによりだ。貴方にとっては路傍の石かもしれないが、その石がまさか金剛石だったとは知らなかったようだな」
「俺は……ッ」
「おっと。別に贖罪の言葉を聞きたいんじゃない。勘違いしないで欲しいんだが、私は貴方に恨みは抱いていない。むしろ逆だ。感謝しているのさ」
安謝は意外にも軽い反応。
真意を掴めぬ弁慶に、さらに笑みを浮かべます。
「あれは……私が弱いからああなった。それをどうしようもなく理解したんだ。だからこそ恩智に入るという道が出来た。恩智の教えは私によく馴染んだよ。所詮、この世の中は弱肉強食……力のない言葉は、独り言と同じだ」
「……」
「ゆえに弁慶。この矜持のもと、貴方を屈服させる。弱者として叩き潰し、私の意思を貫くためにね──それが嫌なら、抗ってくれ。弱者らしく」
ギリ、と姿勢を低く、刀を寝かせて水平に突き出した安謝。
虻と呼ばれた彼の剣技は、獲物めがけて今にも飛び出さんとしています。
苦々しい表情を浮かべた弁慶。
しかしながらこれが避けられない戦いだと知って、鉄棒を構えます。
「……」
「……」
途端にまわりの空気が淀み、二人を囲んでいた赤半被と市民が、思わず動きを止めます。
それが体温なのか、気圧なのか、剣圧なのか、殺気なのか。
定かではありませんが、直接狙われてない有象無象ですら、動けば殺られると思わせるソレに、誰もが目を離せませんでした。
────そして、
「シィッ!」
「!」
ぎゃりりッ!
剣先が鉄棒に衝突。
握り手を襲ったそれを、手首の動きで避けた弁慶。
そのまま地面に石突を突き刺し、力任せに振るうと先端が石床を抉り飛ばし、飛礫とともに安謝を襲います。
安謝は先読みし、持ち手とは反対側──ちょうど死角になる位置に移動。
つま先、脇腹、脇下を狙って飛燕の三連撃が飛びます。
しかし弁慶は予期していたように、体と共に棒を回転させ、横薙ぎの一撃で巻き込まんとするのですが、安謝も流石です。
紙一重の距離感でそれを避けてみせたのです。
「はぁッ!」
そして、穿たれる虻のひと刺し。
細い先端は、確かに背中に一撃を加えます。
「っ!」
「む……」
弁慶はたまらず反撃しようとして……やめます。
安謝の剣と構えからスタイルを察し、間合外へと逃げ延びます。
恐らく反撃すれば、風穴が二、三個は空いていたでしょう。
「何か着込んでいたか……当然の準備だな」
「……ちっ」
「舌打ちしたいのはこちらの方さ。もう少し貴方が賢くなかったら仕留められたものを」
ひゅんひゅんと、剣先が虻のように飛び回り、弁慶を翻弄します。
しかし弁慶、目線を剣に合わせるのではなく、安謝の身体全体をぼんやりと捉えて岩のように構えます。
あの剣先は、間違いなく術のひとつ。
乗るべきではないという直感がありました。
安謝は弁慶が自分の狙いを理解していることに嬉しそうにすると、颯爽と襲いかかっていくのでした。
それはまるで、剣の霧雨。
一撃必殺を狙うものではない。
じわりじわりと憔悴させる毒の雨です。
右へ左へ、幽玄が如くふらついた刀は、あちらに来ればこちら、こちらに来ればあちらと気まぐれに刺そうと狙ってきます。
弁慶は、その幻惑の剣を前に、ただ自らの感覚を頼りに弾き続けます。
そう、弾いています。
腕と足と、致命傷を裂けて、弾いています。
自らの首や目、喉だけを守り、胴体は一切守りません。
よほど着込んだ何かを信頼しているのでしょう。
事実、安謝の攻撃が腹や背に当たるたびに、甲高い金属音が鳴るのです。
しかし、これは弁慶にとって非常に不味い展開です。
なぜなら守ることは出来ても、攻めることが全くできないのです。
いつぞやの青紫と同様、相手は弁慶以上の素早さを持つ相手。
待ちは不利にならざるを得ず。
かといって大柄の弁慶が攻撃を仕掛ければ、その隙を見て瞬く間に蜂の巣にされる。
ではどうすればよいのか?
弁慶は距離を取ると、ある武器を取り出し始めます。
「なるほど」
──じゃり、じゃららららららっ。
連続した金属音。
それがあらわすのは、分銅付き鎖です。
弁慶はそれを自らの胴体に巻きつけていたのです。
腕の動きに連動して回転数が増えていく分銅。
風切り音は安謝の耳まで聞こえてきます。
「
先端は目で終えないが、術者の動きを見れば自ずと先読みは出来る!
そう考え、回転が乗る前に突貫する安謝。
一度肉薄すればどうということはない。
勝利の未来を描いた安謝ですが、瞬間、嫌な予感がよぎります。
弁慶は分銅を放つつもりがない……!?
(しまった!)
いざ刺突を放つタイミングで急に回転を早める鎖。
ぶォオオオオッ!と、赤熱したPCファンのように超高速で回転したそれを、弁慶は開いた傘を盾にするがごとく突き出したのです。
「ちいぃッ!」
流石にこの回転に対して突きは出来ません。
すんでの所で踏みとどまった安謝は、踏み込む先を変更。
真横にステップして回避します。
が、弁慶そのステップに合わせて分銅を放っていました。
空気の厚みをものともせずに突貫する、弾丸!
受ければ即死のソレを、安謝はかろうじて避けていました。
「──あッ!? べぎゅっ」
そして悲しいことに、弾丸は背後にいた赤半被の首筋に命中。
首どころか周辺の肉すらを弾け飛ばし、あっという間に首なし死体となってしまうのでした。
「これは……恐ろしいな。ふふ……だが、まだ青龍に比べれば気が楽だ。あちらは勝てる気がしなかったからな」
「……」
「あまり楽しむ時間はない……そろそろ終わらせようか」
そういうと、安謝は全身を引き絞り、ある一撃の準備を始めるのでした。