所変わって青龍の塔周辺。
てっぺんから落ちてきた実門とせいりゅー様の戦い。
それは佳境を迎えつつありました。
「あっ」
実門の狙いがわかったのでしょう。
まず声を発したのは香桜でした。
瓦礫にまぎれて落ちていた、象牙色の剣もどき。
それが実門の手に握られているではありませんか。
「おぉっ? もしやそれが」
「そうさ、キミが大嫌いな僕の刀の原型さッ!」
実門は刃がほとんどないソレを片手に飛びかかり、一か八かと振るいます。
無論、せいりゅー様が刃が届く距離を許す訳がありません。
単身向かってきた実門に、見惚れるほどの美しい一撃で、真っ二つにしてやろうとするのですが……。
「!?」
せいりゅー様、直前になって慌ててキャンセル。
迎撃を諦めて、逃げるようにして距離を作ります。
なんという大げさな逃げ方でしょうか。
それはまるで超巨大な刀を振られたような逃げ方でした。
「むむむ……」
眉をひそめる青龍様。
一体何を心配しているのでしょう?
実門自信もその結果に驚き、まるで試すように再び二刀、三刀と振るうと、これまた青龍様、大げさに避けます。
「……あはっ」
笑い声が溢れると、実門は勢いを取り戻し。
再び飛びかかっていきます。
どうやら形勢逆転のようですが……正直何が起こっているのか、香桜にはさっぱりでした。
今まで人智を超えた戦闘を見せられましたが、これは更に理解を超えています。
あの短い刃の、一体どのあたりが脅威なのでしょう?
「……」
「ん?」
ふと香桜が気付きます。
瓦礫に座っていたきりん君が、その小さな手を伸ばしてぐ、ぱと開く真似をしているのです。
今まで黙して動かずだったきりん君。
何をしているのでしょうか?
きりん君はちらりと香桜を見て、こう言います。
「……て」
「て?」
「……て、のびてる」
「て」とは、手のことなのでしょうか。
視線の先にいる実門に手を向け、開いては閉じ、開いては閉じ。
しかし実門は別に手を伸ばす訳ではなく、刀を振るっているだけです。
香桜は首を傾げるばかりです。
しかし……きりん君には確かに見えているのです。
二つ。
三つ。
四つ。
いや、九つ、十、士と。
あの中途半端な剣から伸びた、
「剣の間合いはまだよく分かってないけど、キミが怖がってるのはよく見えるよ」
「むぅ~」
「多分僕には見えない刃が出ている……のかな? 物理干渉は出来ない。けどキミのような神様には抜群に効き目のあるヤバそうな物がさ」
「……」
「いやはや、何とかは筆を選ばずとは聞くけど、場合によっては筆も選ばないとだね……! 僕ってば使えりゃ何でも良いって思ってたからさ~、肝に命じておかないと!」
「剣に愛着があるのはいいことです。ですがその剣はちょっと……趣味が悪いです」
「人の趣味はそれぞれ。──だよねぇッ!?」
柄のない刀を振るう。
振るう。
振るう。
振るう。
まるで子どもがチャンバラごっこをするように、空虚に向けて振るう。
そのたびにせいりゅー様は大げさに逃げ惑います。
屋根に飛んだり、地を這ったり、はたまた背後に回ろうとしたり。
反撃すらせず、ただぐるぐると実門の周りで隠れん坊を繰り返します。
手立ては全くないのでしょうか?
そのじれったさに香桜は歯噛みします。
(何をやってるんだいあの馬鹿神様は! あと6つも刀を持ってるだろうに、それを使って何とか出来ないのかい?!)
言われてみれば、ゴテゴテした刀を色々持っているのに一刀しか使っていません。
勿体ぶっているのでしょうか?
それとも、使えない理由があるのでしょうか?
そうこうしているうちに、実門の動きは段々と洗練されていきます。
チャンバラごっこが、チャンバラに。
チャンバラが
そして殺陣が……真剣勝負に。
「ふーん、ちょっと……わかってきたかも。これって鞭なんだね」
ひゅん、と素振りをする実門。
様になっており、試すような素振りは今では全く感じられません。
「しかもお餅のように伸びたり縮む鞭だ、ある程度雑に振っても、敵を追いかける鞭。ソレに加えて指向性も持たせられるね。むしろ振らなくても意識を集中させれば」
「わっ!?」
「──ほらね?」
何もしてないのに、せいりゅー様が大慌てでその場を飛び退くとニヤリと笑います。
「何でも斬れる剣って聞いてたけど、実態は神様を斬る剣だったんだね。なーるほど。すごい便利だ! ……ただコレって、僕の技量とか関係ないからちょっと、微妙かな」
「それであれば使わないのも選択肢かとー」
「有事だからね。やむを得ず使う場合もある」
じりじり、と明らかに攻める側に回った実門。
せいりゅー様は苦悩し、とうとう決断します。
「……仕方ないですね」
腰に手を回し取り出したのは……円状の不思議な鞘を持つ剣でした。
はたから見ると大きなペロペロキャンディーのような。
あるいはソーセージマルメターノのような。
そんな奇異な剣。
せいりゅー様は鞘に手をかけて、しゅるん、と手際よく回転させ、全身を使って踊るように抜刀すると、陽光を浴びてキラキラと辺りが光り出します。
なんと、その刀も刃がないではありませんか!
まさかの刃なし対決に誰もが唖然としてしまいます。
「せいりゅー」
見咎めたのはきりん君。
しかしせいりゅー様、そんな彼に対して笑顔を見せます。
「しっかりやります。私を信じてください」
「……」
その一言に何かを感じ取ったのでしょう。
きりん君は黙って見守りはじめると、せいりゅー様は剣を持つ手で小さく円を描くように回し始めます。
「似たような剣だね。いや、そもそも剣じゃないのかい?」
「剣ですよ。繊細な子なので、中々使い所が難しいんですが」
「ふぅん」
実門はせいりゅーの言に警戒を高めます。
刃は、確かになさそうに見えます。
あれは、自分と同じ見えない刃があるのか?
いや、違う。
抜刀時に一瞬、周りが光ったではありませんか。
似たような刀を見たことがある。
あれはそう──静悪の女が持つ剣。
九条に別れた鞭のような蛇腹剣。
仮に、あの剣が、静悪の刃よりも更に細い……それこそ髪の毛ほどの細さの刃だとしたら。
そしてその刃が、無数に生えていたとしたら!
「ッ!」
──ばがァんッ!
実門が全力でその場を飛び退くのと、実門がいた場所が爆発したのはほとんど同時でした。
頬に傷が出来ますが、構わず実門が刃を振るうと、せいりゅー様もまた逃げていきます。
その間も強烈な破裂音と共に、実門の足元が爆発、爆発、爆発!
まるで地雷が、実門の行く先々に仕掛けられているようです。
実門が冷や汗を流して逃げ続けると、ふと並走したせいりゅー様を目が合います。
ソレは見事なアルカイックスマイルでした。
「げっ」
せいりゅー様がぐるん、と刀なしの剣を回転させると、全身に怖気が走り、実門は震脚で地面を思い切り地鳴らし、畳返しのように眼前に壁を作ります。
「うわッ!?」
しかし盾となるはずの壁が瞬く間に微細な砂に分解されてしまい、実門は死を覚悟しますが──咄嗟にかざした神器が見えない壁となり、攻撃を防いでくれるのでした。
「それすら防いじゃうんですね」
神妙に頷くせいりゅー様は、反撃を恐れて飛び退くと、再び手首を回転させ始め、実門はその攻撃の出鱈目さに舌を巻きます。
「怖すぎるよその剣!? 何それ!?」
「木枯らし丸です。可愛い子なんですが……あぁやっぱり、痛がってます」
風切り音がさながら悲しみを表すように甲高く高鳴り。
見守っていた香桜達も、その切ない音に戸惑います。
「な、なによぉアレぇ……」
「わからん……わからんが、嫌な予感がする」
火熊と冷鞘が極限の戦いに目を奪われる中、墓道だけは冷静に分析していました。
この先、何をすれば青紫の利になるか。
そう、彼女だけが戦いの先を見据えていたのです。
「──あうっ!」
瞬く間に香桜の背後に回り込んだ墓道は、その首を打ち据えて昏倒させると、よりにもよってきりん君を抱き上げます。
「動かないでください。青龍」
そして短刀をきりん君の首筋に突きつけると、
せいりゅー様の目の色が、変わるのでした。