おねショタ世直し珍道中   作:月兎耳のべる

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第48話「死ねぇッ、青龍ッ!!」

「動かないでください青龍。武器を捨てて、投降しなさい」

 

「……」

 

 きりん君の喉元に刃を突きつける青紫の長女、墓道。

 その短刀は首筋に埋まっており。

 少しでも動かせば、その美しい肌から鮮血がほとばしることでしょう。

 せいりゅー様はまさかの狼藉に目を見開き。

 その柔和な眼差しが墓道を見咎めていました。

 

「……ッ!」

 

 ぞわぞわぞわぞわッ。

 墓道の背筋に走る、何とも言えない感覚。

 怖気? 殺気? それとは違う。

 言ってしまえば根源的な恐怖。

 深い深い海の奥底を覗き込むような。

 果てのない宇宙の中で取り残されるような。

 底知れぬ何かと相対している感覚。

 かつて実門と殺し合った時よりも遥かに酷い絶望感。

 彼女の全神経が、全力で警鐘を鳴らしていました。

 

「その子、離した方がいいですよ?」

 

 首をこてんと傾げて問うせいりゅー様。

 態度に怒りは感じられず、むしろ本気で気遣うようにも見えましたが、墓道は冷静を取り繕っていると判断して会話を続けます。

 

「離すのは貴方が武器を捨て、投降してからです」

 

「いえ。まず離すのが先かと」

 

「聞こえないのですか? 武器を捨て、投降してからです」

 

 ずずず。

 せいりゅー様からの威圧感が増してきます。

 墓道は今すぐ逃げ出したい気持ちを抑え込んで、必死に目をあわせ……そして賭けに勝ったこと悟ります。

 情報の通りだ。

 この子は彼女にとっての大事な身内。

 あれだけ大暴れしていたのに、すっかり言う通りではありませんか!

 

(実門兄さんと同じ、理屈の通じない刀狂いだと思ってましたが……なるほど。意外と甘ちゃんなんですね。それであればコントロールも容易い)

 

 途端に見えてきた未来に、墓道はほくそ笑みます。

 

(彼女は危険です。青紫で飼い殺すよりかは、さっさと殺した方が絶対にいい。この子を餌に、早々に無力化してしまいましょう……刀狂いは、二人もいりません)

 

 考えれば考えるほどしっくりくる案です。

 墓道は高揚を抑えられません。

 ついさっきまで恐ろしく思えていたのに、今では何でもない相手にも思えます。

 むしろ失敗する想像が浮かびません。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()──

 

(……何でしょう、この全能感は。まるで体の奥底から無限に力が湧いてくるような、そんな感覚が……)

 

「姉貴……!」

「は、墓道姉ぇ……?」

 

「……なんですか二人共。呆けた顔をしてないで、早くそこの女から武器を没収しなさい」

 

 全く、愚昧達のなんと情けないこと。

 人質を取るのは卑怯だと?

 青紫らしくないと?

 わかっていない。

 青紫の理念は「合理」。

 使えるものは何でも使う。

 取れる手段は何でも選ぶ。

 それが青紫のためになるなら、誇りもプライドも関係ない。

 そうやって青紫は成長してきたのですから。

 

「墓道……」

 

「……実門兄さん。わかってください。これが最善なんです。時には斬り結ぶだけが手段ではないことを理解して──」

 

「違う、そうじゃない」

 

「?」

 

 いやに真面目な顔をした実門に、首を傾げます。

 一体何が気になるというのでしょう。

 

「君、()()()()()()()()?」

 

「……え?」

 

 ふと、手を見るとそこにあった筈のシワがなく、潤っていることに気がつきます。

 そして慢性的な関節痛が。

 窮屈だった腰の曲がりが。

 あれだけ気にしていた手の震えが、なくなっているのです。

 何故?

 一体どうして?

 戸惑っていると、腕の中にいた「きりん」と呼ばれた子がこちらを見上げます。

 その表情は全くの無。

 思えば殺されかけているのに、どうしてここまで冷静なのか。

 腕に自信があるから?

 それとも抜け出す秘策があるから?

 しかし、そのきりんの行動は、ただ声をかけることだけでした。

 

「……だいじょぶ?」

 

 それが何を気遣うものなのかは分かりません。

 分かりませんが、この現象が青龍ではなくて、この子によるものなのだ、と墓道は直感的に理解できたのでした。

 

「離した方がいいですよ?」

 

「──動くな、といったでしょう!」

 

「……」

 

「この子の命がどうなってもいいというのですか……!?」

 

 せいりゅー様が一歩踏み出し、墓道は慌てて声を荒げます。

 刃は更に喉に食い込み──とうとう、首筋にぷつ、と切り込みが入ります。

 白い肌から溢れる、瑞々しい赤。

 それは、つ、と垂れて、墓道の肌に触れてしまいました。

 

「あ」

 

 せいりゅー様の間延びした声が響いた、その瞬間。

 墓道に更に異常が起こり始めます。

 触れたのはたった一滴の血液。

 それが肌に触れた途端、瞬く間に彼女の全身が温かな光に包まれます。

 

「な、なに? 何が起きて……う?」

 

 瞬間、体内を渦巻く圧倒的な快楽!

 まるで無数の手に全身をあますことなくマッサージされるような。

 あるいは、微細な電気信号で全身の筋肉をほぐすような。

 突き動かされてきた使命感や、抱える悩みを全て忘れるような心地よさに、墓道は立っていられなくなります。

 

「あ。あは、あはあ、あああああああ~~~……っ♡」

 

「姉貴っ!」

「墓道姉ぇっ?!」

 

 全身が震え、ビクンビクンと痙攣を繰り返し、()()()()()()()()()()()()()()墓道。

 思考はまとまらず、動きは制御できず。

 揺り籠の中でくつろぐ赤ん坊のように脱力し、

 その全身を巡る脈動に、墓道は悶えるしかありません。

 妹たちが駆け寄ろうとした時には、既に彼女の体は10代前半まで若返っており。

 最悪なことに、皆が見てる前で若返りは更に加速していくばかりです。

 

「あぁっ、あっ♡ あっ、あああ♡」

 

「いやっ、墓道姉ぇっ、待って! 待って!」

 

「ぁ、あぶ、あ、ぁ──………」

 

 冷鞘が墓道を抱きかかえた時にはすでに幼女になっており。

 だぼだぼの着物に包まれた彼女の体は縮み、縮み、更に縮み……。

 とうとう、見えなくなってしまいました。

 墓道は若返りすぎて消滅してしまったのです。

 

「あ、ああああ……ああああああああああッ!!!」

 

 冷鞘は呆然とし……そして、着物を掴んで慟哭します。

 彼女にとって墓道は血の繋がりこそありませんが、それ以上に親しみのある姉でした。

 常に厳しく当たられますが、それでもしっかりと自分を導いてくれた墓道の消失に、冷鞘は冷静ではいられませんでした。

 

「だから言ったのに……」

 

 せいりゅー様、バツが悪そうに頬をかくと、実門が尋ねます。

 

「……あの子も、神様ってことかい?」

 

「えぇ。私の大事な大事な伴侶でもありますよ」

 

「それはどうでもいいけど……厄介な子だね。生命力の源……いや、生命力そのものってことかな?」

 

「ご想像にお任せしますー。それで、まだやりますか?」

 

「──」

 

「やる気を削がれたのであれば、少し休憩した後で再戦というのも」

 

「せいりゅー」

 

「……冗談ですよぉ」

 

 ちょっとだけつまらなそうにするせいりゅー様。

 きりん君の首元の傷は、最早どこにもありませんでした。

 

「さてさて。私達は貴方の剣を壊しにきたんです。できれば穏便に澄ましたいので、私に頂けませんか?」

 

「……」

 

「貴方との仕合を楽しみたい気持ちはありますが、その刀は少しだけ私達には都合が悪くてですねー、出来るならそれ抜きでヤりませんか?」

 

 実門は明らかに葛藤しています。

 ここで彼女の提案を飲む。

 それは、勝てぬ相手に背を向けて逃げる事を意味していました。

 実門は過去に一度たりとも背を向けたことはなく。

 ここで逃げることは、彼の経歴に唯一の傷をつけることになります。

 さらに身内である墓道までやられてしまったのです。

 一考の余地すらなく反抗すべきでしょう。

 しかし、そんなプライドよりも何よりも、彼は青紫です。

 いかに剣狂いといえど、染み付いた青紫の考えは、彼女の提案を飲むべきだと言っていました。

 むしろ懐柔し、青紫の取り込めと。

 それが一番最善だと心が言っているのです。

 

 ならば。

 実門が取るべき道は。

 

「あ。こらこら。だめですよー」

 

 不意にせいりゅー様がきりん君を抱えて、瞬間移動します。

 直前まできりん君がいた場所には、肩を怒らせながら涙を流す、冷鞘がいました。

 彼女は薙刀を抜き、明らかに殺意を抱いています。

 

「ここできりん君を斬ったら大変なことになりますよ」

 

「うるさい! 墓道姉さんを、よくもォッ!」

 

「そもそもがきりん君を人質に取ったからじゃないですかー、逆恨みですよー?」

 

 精細をかいた動きで薙刀を振り回す冷鞘。

 せいりゅー様は困ったような顔を向けると、実門はようやく再起動します。

 

「冷鞘!」

 

「実門兄さん! 兄さんも敵を、墓道ねえさんの敵を取ってくださいッ!」

 

「駄目だ冷鞘! 落ち着け!」

 

「落ち着く!? 何故!? どうして!? 貴方は青紫一の……阿妻一の剣士でしょう!? その身内がやられたなら、何でやらないのよ!」

 

「冷鞘」

 

 実門は冷鞘を落ち着かせようと回り込み、その動きを咎めます。

 

「冷静になるんだ。墓道もいつも言ってただろう。青紫にとっての最善を選べと……冷鞘、キミの行動は本当に青紫の最善か?」

 

 肩を掴まれ、目を見据えられても納得できない冷鞘。

 ボロボロと大粒の涙を流した彼女は、ダダをこねるように首を左右に振ると、目にも止まらぬ動きで、実門の腰の物を奪い取っていました。

 

「冷鞘ッ!!」

 

 そしてそれは、よりにもよって神器なのでした。

 

「──死ねぇッ、青龍ッ!!」

 

 

 

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