神器。
それは太古の昔に、人ならざる存在が作り上げた未知の道具を指します。
決して人には思いつくことが出来ず。
決して人には創ることが出来ず。
決して人には扱うことが出来ない。
そんな道具が、この世界には何十点、何百点もあると言われています。
今では神器と敬われるそれらの道具は、かつてはあり触れたものだと言われており。
大昔の世界は、今よりも遥かに進んだ文明を持っていたことが推察されます。
『
冷鞘が握る神器の名です。
それは、神官が神を調伏するために使っていた儀礼剣。
荒ぶる神を抑えつけるために、変幻自在の千の手が神を縛りつけ、痛みを与え、力を奪うとされます。
その効果は、数千年経った今でも健在のようです。
「死ねええええええええッ!!」
振りきった剣から放出される、見えざる大量の手。
それがせいりゅー様の元へと殺到していきます。
もとは名前の通り千本出ていたであろう、その剣ですが、今では出ているのは百本程度。
恐らくは刀身を削られてしまった影響なのでしょう。
しかしながら本来の十分の一といえど、確かな脅威です。
なにせ伸びる手ひとつひとつが神への特攻薬。
ひとたび触れられれば、強烈な痛みと痺れが襲うのですから。
「わッ!? っとと……!」
せいりゅー様、きりん君を抱えて逃げ回っています。
韋駄天と評されるその速さに人間が追いつける訳はないですが、「手」は別です。
持ち主の感情に呼応しているのか、やたらと粘着質に追いかけ回してきます。
上下左右と3次元的な動きで、ぶわっと襲ってくる大量の手。
全くもってホラーめいた光景ですね。
「死ねっ……死ねッ、死ねッ、死んでっ、早く死んでッ、死んでよッ!!!」
……それにしても酷い太刀筋です。
技術も作法もへったくれもないぶんぶん振り。
まさに子どもが棒切を振り回すが如く。
しかし、剣はそんな術者の思いに応えるようにせいりゅー様をダイナミックかつ繊細に追い詰めていきます。
「おっと、おっとと、おっとっとぉ!?」
手の厄介な点は、神だけを標的に絞っている点でしょう。
土や壁、武器、そして人の尽くは関係がないと透過して素通りし、物理的な干渉をせずに接近してきます。
これが輪をかけて襲撃予測が立てづらくなり、せいりゅー様も冷や汗を流さざるを得ません。
一応ながら迎撃はできます。
せいりゅー様が持つ剣の数々はすでに位をあげた神刀なので、そういった神秘的干渉はお手の物。
しかし何度か迎撃した結果、刀が先に音をあげそうな状態なので、迂闊に攻撃出来ずに困り果ててしまいます。
「……むーん」
しかしながら。
対策をするというのであれば簡単です。
神器は無理でも、持ち主はただの人間です。
自動防御機能もあるようですが、見るに今は全ての手が攻撃に割り振られている様子。
ならばちょちょいと冷鞘の首でも落としてあげれば……。
「だめ」
「……きりん君~」
やはり、きりん君は許してくれないようでした。
「流石に私達ピンチなのですよ? それに私達のせいじゃなくて、あの子が自滅しただけじゃないですか~。ならなりふり構わずに動くべきですってば」
「……だめ」
「本当にきりん君ってばお人よしなんですから!」
分からず屋のきりん君の決意はとても硬いようです。
しばらく逃げ周り、更にピンチになろうとも決して頷かない頑なな態度に、先に根を上げたのはせいりゅー様でした。
「もー! 分かりましたよう!」
せいりゅー様、腹を括ったのでしょう。
木枯丸を一旦腰に収めると、一転して冷鞘に接近。
まるで誘導ミサイルのようにしつこく追いかけてくる手を掻い潜り、掻い潜り。
あっと言う間に冷鞘の目と鼻の先に近づきます。
「ひっ」
冷鞘の目に浮かぶ恐怖。
頼みの綱である神器は、全ての腕を伸ばして戻りきらない。
絶好の攻撃のチャンスです。
「すみませんが、その腕頂きますね」
きりん君を抱えたまま器用にひよこ丸を抜刀。
その流美な太刀筋が、冷鞘の細腕にすっと吸い込まれてゆき──、
──ッギィィィィィインッ!
「む」
「……え? に、兄さん!」
直後、そのひよこ丸に差し込まれる形で、
二本の刃が、冷鞘への攻撃を防いでいました。
「……」
それをなしたのは、実門です。
彼は両腕と全身に力を込めて、神の一撃を防ぎ。
そして返す刀でせいりゅー様へと二撃、三撃を見舞えば、せいりゅー様、やれやれと宙へと逃げていきます。
「悪いけど、身内なんでね」
「ふむむ……命までは取るつもりはないんですよ? ただ刀を握れなくするだけですのに」
「それは剣士にとっての命を奪うと同義さ。到底許せないね」
「兄さん……!」
実門は呆然とする冷鞘から神器を奪うと、じっと見つめ始めます。
「冷鞘。青紫としてキミの行動には失望したよ。少なくとも今のキミの暴走は、青紫の利にはならない」
「……ッ」
ぐ、と裾を握りしめて俯く冷鞘。
墓道にもあれだけ青紫の教えを言い含められていたのに、いざ有事に慣ればこの有り様です。
何も言い返すこともできません。
見守るしかなかった火熊もまた、慌てて言い寄ります。
「あ、兄者。確かに冷鞘姉は青紫らしからぬ真似をしたかもしれぬ。しかし!」
「しかし……なんだい?」
「しかし、冷鞘姉は……墓道姉のために……!」
「墓道がそうしろっていったのかい? もう、いなくなっちゃったのに?」
「……ッ!」
「家族思いなのはいいことだけどさ。もうちょっと考えて行動しなよ。僕らは青紫。阿妻の青紫だ。伝統と革新を融合し、剣の頂、その先を目指すのが我々の目的だろ? それが墓道一人いなくなっただけでうろたえすぎだよ」
「それは……」
「僕ら青紫は、恩智や静悪と違って仲良しこよしを目指してはいない。……青紫にふさわしくないと言われても、おかしくはないよね?」
火熊も、何も言えません。
眼の前で繰り広げられる神話と見紛うほどの激しい戦闘。
叶うわけがないと尻込みをし、みすみす墓道を死なせてしまった自分に、何が言えるのでしょう。
「とにかく。冷鞘、火熊、キミらがまだ青紫を名乗りたいのなら──」
「なのに
唐突に、せいりゅー様が口を挟んでいました。
ニコニコと好奇心満々に。
さりとて少しからかうように。
その態度に実門は口をつぐみますが、いざ助けられた冷鞘もまた気になって見つめています。
それは青紫が掲げる合理性が故?
それとも?
しばしの沈黙のあと、ぽつり、と答えてくれました。
「……家族だから」
「!」
「ああそうさ。家族だから助けたよ。だから何? 青紫かどうかは関係なく、冷鞘は僕の家族さ。負けた刀雨もそう! 家族を助けて、何が悪いのさ!」
「別に悪いとは言ってませんよー」
「ええいうるさいうるさい! 楽しそうにしちゃってさぁ! 阿妻の神だからっていつまでも好き放題出来ると思わないでくれよ!?」
実門は外面をかなぐり捨てて地団駄を踏み始めると、その勢いのままぽかんとしている姉妹を睨みます。
「冷鞘! 火熊!」
「「は、はいッ!」」
「あの鬱陶しい神様にギャフンと言わせてやるよ。弔い合戦だ」
言うが早いか、実門は備え付けていた四刀……神器の欠片で作られた、実門の愛刀を二振りつづ投げ渡します。
妹たちは少し呆気に取られましたが……すぐ様、目元に力を込めます。
「合点承知」
「お任せください」
火熊が太刀の二刀流。
冷鞘が短刀と打刀の二刀流。
そして実門は、神器と残りの三刀流で、せいりゅー様を囲います。
「……うむむむ」
神器一本でも厄介だったのに、ここに来て二人追加!
さしものせいりゅー様のも、余裕以外の顔色になります。
「さぁて青龍。神器を壊させて欲しいんだっけ? ──やなこった」
「壊したければ」
「私達を超えてからにしなさぁい」
どうやら青紫の本気は、これからのようです。