仕合ましょう、の一言で始まった決闘。
それはあっという間に場が整えられてしまいました。
どこから聞いていたのでしょうか。
仕合が成立したとたんに、大通りに声が響いたのです。
「仕合だ仕合だァーッ!
祭りに興じていた町人達、これに大興奮です。
店の前には、あっ、という間に人だかり。
そしてその人だかりの中で例の三人と、せいりゅー様が対峙することになったのです。
ちなみに、言うまでもないことですが。
仕合は遊びではありませんし、ただの喧嘩でもありません。
命のやり取りです。
しかし帯刀を義務づけられる『阿妻』の国において、仕合というのはあり触れていることなのでした。
仕合は、彼らにとっての日常であり。
彼らにとってのエンタメであり。
そして彼らにとってのコミュニケーションでもありました。
納得できないことがある? じゃあ仕合だ!
誰それに罵倒された? じゃあ仕合だ!
好きな彼女を取られた? じゃあ仕合だ!
……と、法で定められた違反行為を除き、個人間のいざこざは、そのほとんど全てを仕合で決めるのが『阿妻』なのでした。
狂ってるようなこの習わしが、この国を強くしているのでした。
「気狂いか? あの三連黒どもに一人で挑むって……」
「しかもなんだい、あれは……」
「破廉恥な娘だねぇ……」
「しかしアイツらに一人で挑む心意気はいいねぇ」
「おい嬢ちゃん! 今からでも遅くねえ、やめておけ!」
野次馬達がざわめきの中、団子屋のお父さんが大声を張り上げています。
非常に誠実で、心優しい狼さんなのでしょう。
しかしそんな気遣いを一切無視するせいりゅー様。
その様子は非常に楽しげです。
うーんと背伸びをしながら、まるでピクニックに行くような笑顔を見せています。
それを最前列で見守るのはきりん君です。
地面にぺたんと座り込んで、眠たげな目でじーっとせいりゅー様を見ています。
なんだか呆れてるようにも見えるのは、気のせいでしょうか。
一方の三人組は……気まずそうな感じです。
彼らとしては軽いイタズラのつもりだったのです。
実家の名を出せば、誰だって怖がり、手を出せない。
それが常だったのです。
三人はこの手口で、いつも町人に嫌がらせを繰り返していました。
タダ飯、女、そして金品が、名前を出せば無償で手に入りました。
だから今回も絶対に成功すると確信を持って脅したのです。
なのに、真っ先に仕合を提案したこの女が理解できませんでした。
破れかぶれでしょうか?
気狂いなのでしょうか?
それとも……本当に勝てる自信があるのでしょうか?
「……嬢ちゃん、大した度胸なのは認めてやるぜ。だが」
「ああ。今なら命までは盗るつもりはねえぜ? 俺等は優しいからな」
「詫びがあれば、寛大な心で懐に収めといてやろうじゃねえか」
別に三人は剣の技量に自信がないから、こんな事を言ってる訳ではありません。
腐っても名のある家の雇われ侍です。
むしろ腕に自信があり、力を持て余しているぐらいです。
彼らが渋っているのは、この美しい女を生かしたまま我が物にしたいという、薄汚い心づもりがあったからです。
「はて。私は仕合をしたいと望んだのです。あなた達は仕合たくないのですか?」
「ンなこと一言も言ってねえだろうが!」
「死に急ぐこともあるめえって言ってんだよ」
「俺ら黒三連は常在戦場だが、血に飢えてる訳じゃねえ……だから詫び一つで許してやろうって言ってんじゃねえか」
「あらお優しい。ですがお気になさらず」
せいりゅー様、聞く耳持ちません。
「おい聞いてるのか!? やめろ嬢ちゃん! 黒三連、てめえらもだ! 遊客相手に大人気ねえぞ!?」
「……ああ言ってるぜ?」
「聞こえませーん」
リーダーである唖涯──ヒゲ面で、頬に深い傷を持つ男は頭を抱え、そしてボソりと呟きます。
「……いいんだな?」
「くどいです。いいって言ってるじゃないですか」
「嬢ちゃん。最後通牒だぜ」
「貴方がたは剣士ではないのですか? 私の知る剣士は、口ではなく剣を動かすものでしたが……それともあれですか? ただのすくたれ者*1でしょうか?」
「そうだそうだー!」
「嬢ちゃんはやるって言ってるぞ!」
「ちっとは覚悟をキメやがれ黒三連!」
野次が飛び、いよいよ持って止める手立てはなくなりると、唖涯はため息をつきます。
そしてとうとう……腰に指した大太刀をスラリと抜き放ちました。
それはそれは反りが深く、長い刀でした。
「──ここにいる破廉恥な女郎は、俺の兄弟、
高らかに剣を掲げ宣言する唖涯に、町人がおぉー!と唸り。
知らぬ間にいた
「この女と仕合い、勝った
「ありませーん」
「聞いたか野郎ども!? この言葉を持って仕合は成立したッ! ここにいる皆が証人だッ! ……チッ、泣いて詫びいれりゃ考えてやろうと思ったが……もう後悔しても遅えぞ。それで? お前さんはどうすんだ」
「え?」
「要望は特にないのかってんだ。億が一、俺様に勝った時にどうしたい」
「……はぁ。要望……ですか」
うーん、と考え込む。せいりゅー様。
どうやら仕合がしたかっただけの彼女。
ソレ以外は何も考えていなかったようです。
うんうんとしばらく考え込み……ぽむ。
手を叩いて、こう提案したのでした。
「じゃあ……貴方をいただきます」
「は?」
「
これから命をやり取りするというのに、どういう意味だ?
唖涯が思わず首をかしげると、せいりゅー様も同じく首をかしげて見つめてきます。
「ですから、貴方の生殺与奪の権利をいただこうと思いまして」
「……大言をほざくのは勝手だがな、お前さんに俺が倒せると思ってんのか?」
「あ。それはもう大丈夫かと。はい。あと少し事情がありまして……きりん君がだめって言ってるので、誰も殺められないんですよね。なので、申し訳ないんですが殺さずに貴方を倒させてもらおうかと」
「ほ、ほほぉ……?」
「あ。大丈夫です! ほら、これ使うんで五体も満足のままですよ。安心してください!」
手に持っていたのは竹串。
それをぷらぷらと揺らしてみせたのです。
この挑発にしか聞こえない行為に、さしもの町人も絶句。
唖涯も青筋をあらわにぷるぷると震えています。
もちろん、せいりゅー様からすれば、足元にいたダニをわざわざ見つけて、そっと他のところに移動してあげるくらいの優しさなのですか、この男に分かる訳もありません。
完全にキレ散らかした男は、今にも飛びかからんばかりです。
「こっちが下手に出てれば……ッ」
ずん。とその巨躯を屈め、男が腰の刀を
金属のように硬そうな腕を引き絞り。
平均男性ほどの身長くらいある長い刀を、今まさに振りかぶらんとしています。
どうやら、それが構えのようです。
町人たちは、あの構えがデタラメでもなんでもないことを知っています。
彼らの傍若無人ぷりは、悪い意味で有名。
しかしその悪名は、彼らの腕あってのものです。
恩慈が愚連隊、黒三連の唖涯。
ひとたび剣を振るわば、大木をも両断す。
ただの怪力自慢が成せるものではありません。
確かな実力があるからこそ出来る技なのです。
「ほほ~!」
せいりゅー様、そんな気迫の乗った構えを見て非常に嬉しそうです。
自分の知らぬ間に、どんな剣術が発展したのでしょうか?
どんな威力なのかしら?
どんな狙いがあって、どんな展開が待ってるのでしょう。
興味が尽きません。
興味津々すぎて、腰に指した剣はもとより、手に持つ竹串すら構えませんでした。
それはただでさえ短かった男の堪忍袋をぶち破き、すぐさま技が放たれました。
──ぴう、と口笛のような音が響きます。
実際は口笛ではなく、太刀が空中を
それは町人の大半が目で追えない程の速さでした。
攻撃はもちろん……せいりゅー様には届いていません。
せいりゅー様、攻撃範囲をきっちり見切った上で、髪一重の距離で避けていたのです。
周りからは一歩も動いていないように見えたことでしょう。
これには唖涯も目を見開きます。
「ほう……まぐれで避けたか? 今のを避けるたぁ……」
「え、ちょっと。話すのはいいですよもう。続きしましょ」
「~~~、手前ッ!」
──ぴう、ぴう、ぴう、ぴぴぴぴぴッ!
連続で鳴らされる音と、撒き散らされる風!
上下左右問わず襲いかかる凶刃は、遠目からでも把握できないほど。
その巨躯から繰り出されてるものとは到底思えません。
しかしせいりゅー様、その全てを紙一重で避け続けます。
避けて、避ける。
避けて、避ける。
避けて、避けて、避けて、避け続ける──。
最初こそニコニコと、それは嬉しそうに嵐を避けていたせいりゅー様。
ですが引き出しがこれしかないと気付くと途端につまらなそうになり。
途中からあくびまで初めてしまいます。
「おちょくって、やがんの、かッ!」
「いえ。他の技ないのかなーって思いまして。せっかく三刀ぶらさげてるんです。他の子は抜かないんですか?」
「抜かせッ!」
斬り終わりにあわせて、唖涯が体当たりで吹き飛ばそうとすると、音もなく消えるせいりゅー様。
どこに行った!? と振り返れどそこにもおらず。
左右前後、どこを見回せど、見つけられないのでした。
「どこに逃げやがった!?」
「兄弟ッ、お前の背後だ!」
「は!? ──おい、いねえじゃねえか!」
「いるッ! てめえの背中にぴったりくっついてやがっぞ!」
「嘘いってんじゃねえ、そんなことが……そんなことが!」
千里を数歩で駈けるせいりゅー様です。
常に背後に陣取ることなど朝飯前。
さしものコント展開に町人から笑いが漏れ、恥をかかされた唖涯の顔は真っ赤かです。
「──があああァァァッ!!」
ぴゅ──ィッ。
獣のように叫んだ四太夫、背後にいる存在をたたっ切らんと、全力の横薙ぎで円を描きます。
すると分厚い毛布で包まれるような感触が剣先に伝わったと同時に、唖涯とせいりゅー様の目があいました。
「へ?」
「ダメですよ? そんなに力んだら。剣筋に気が乗らないじゃないですか」
子供を叱りつけるようにめっと忠告するせいりゅー様。
巨木すら断ち切る彼の剣は、なぜか勢いを失って、地面に垂れており。
竹串の先端がそっと、彼の首に添えられていました。
「…………ひッ」
人は理解できない現状に追い込まれると、恐怖します。
今の彼はまさしくその最中でしょう。
とっさに後ろに飛んで、愛剣を振るおうとして──ぺちん。
頬を竹串で叩かれて、尻もちをついてしまうのでした。
「へ……?」
「うーん、精進が足りませんね」
せいりゅー様は唖涯を見下ろして、ため息をつくのでした。
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