おねショタ世直し珍道中   作:月兎耳のべる

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第50話「見事な防御だ弁慶ッ!」

 

 青龍と青紫の戦いが過熱する中。

 恩智の屋敷でも、その戦いは佳境を迎えつつありました。

 

 ──ぎちぎちぎちぎち……ッ!

 

 服と体と、空間が軋む音。

 聞く人を不安にさせるそれを発するのは、安謝。

 恩智お抱えの天才剣士です。

 彼は全身を引き絞り、突きの一撃を放とうとしています。

 

 対する弁慶、鎖分銅を再び回転させ、盾とします。

 必殺の突きを防ぐには何とも心もとない策にも考えられますが、この場にいる人たちはそうは思いませんでした。

 なにせ、その尋常ではない回転速度ときたら!

 部屋内に突風を巻き起こすほどのソレは、元は一本の鎖のはずなのに、銀色の盾を構えているとしか見えません。

 

「忠告するが……本当にそれでいいのかな?」

 

「……」

 

「はは……聞くだけ野暮だったようだ。では、参ろう」

 

 安謝の警告はハッタリか、それとも本心か。

 いずれにせよ、弁慶は彼の一撃が脅威足り得るものだと知っています。

 そして知っていて、コレしかないと考えていました。

 避けるのはむしろ悪手。

 受け止めるしか策はない。

 直感が言っていました。

 

「──」

 

「──」

 

 さらに張り詰めていく空気。

 ぐにゃあ、と周りの景色すら歪みそうな重圧の中で、先に動いたのは、やはり安謝でした。

 

「──ッ」

 

 加速した世界の中で、安謝は一足飛びで移動します。

 それも真正面ではなく真後ろに。

 その挙動に面食らったのは弁慶です。

 てっきり飛び込むか、横合いから攻撃すると思っていたのですから。

 しかしその狙いにすぐに気づいて、弁慶はハっとします。

 彼の後ろに控えているのは──ッ!

 

「槍兵! 行け!」

「ハッ!」

 

 号令と共に入れ替わるように出てくる二人の槍兵。

 そして間髪入れずに突き出される二本の真槍!

 弁慶の即席の盾に突き出されたそれは、ずたずたに引き裂かれますが、代わりに大幅に回転を損なわせることに成功します。

 弁慶も慌てて鎖から手を離そうとしましたが……時は既に遅かったのです。

 

()()

 

 神速の一撃が、放たれていました。

 

 彼我の距離など無かったかのように、一気に詰めて襲いかかるソレは、そのスピードのあまりに誰も目で捉えきれず。

 弁慶と肉薄して初めて攻撃したと認識出来るほど。

 そしてその一撃は。

 

「がぁ………ッ?!」

 

 絞り出すような苦悶の声だけ残し、弁慶を勢いよく吹き飛ばすほど──!

 屋敷の壁にぶち当たり、壁を破壊して外に放りだしてもなお威力が落ちない、破壊力。

 弁慶の巨体は、きりもみ回転しながら庭に投げ出され。

 部屋の中で荒れ狂う暴風だけが取り残されるのでした。

 

「おぉ!」「すげえ!」

「やったか!?」

「さすがは安謝さんっ!」

 

「弁慶ッ!」「旦那ぁッ!」

「ウソだろ、まさか旦那が……!」

 

 恩智達は大いに喜び。

 そして市民達は悲嘆な声を上げる他ありません。

 

 ある意味この脱出劇は弁慶が頼みの綱。

 というより心理的な拠り所になっていたのです。

 彼が斃れてしまえば自分たちなど、あっと言う間に殺されてしまう。

 そして不安に勘づいたのでしょう。

 赤半被たちは更に一歩前進し、市民を屋敷の外へ追いやろうとします。

 

「て、テメェら怯むんじゃねえ!」

「おうともよ! 旦那だってまだ死んだ訳じゃねえ!」

 

 角と助がたまらず大声を張り上げて鼓舞します。

 しかしそれが強がりであることは明白。

 ひひひ、と兵たちが囀ります。

 

「あーあー可哀想になぁ! 頼みの綱が死んじまうなんてよォ!」

「所詮安謝さんには勝てねえんだよ!」 

「心配しなくてもテメェらも同じ運命にあわせてやるからなぁ!?」

 

 必死に食いしばる市民達。

 しかしながらもうあと数間ほどで屋敷から押し出されるのは確実。

 そうすれば待ち構えている弓の射程範囲に入ることでしょう。

 これなら勝ちは揺るがないと言ってもいい。

 狩魔はフッと笑みを浮かべるのですが……安謝を見て、訝しみます。

 

「どうした安謝?」

 

「……いえ」

 

 血の滴る刀を拭いていた安謝。

 何か思うところがあるのでしょう。

 砕けた壁をじっと見ていました。

 

「キミの技は、確かに命中はしたのだろう?」

 

「……ええ。この通り命中しました。肉を貫いた感触もありました」

 

「であれば心配する必要はないだろう。もし生きていたとしても、虫の息さ」

 

「……」

 

 狩魔は安謝のことが嫌いではありません。

 むしろ好ましいと思っていました。

 出自は貧民街であるものの、その向上心と卓越した技は恩智にとって非常に有用で。

 自分の右腕としてふさわしい人材として認めていました。

 

 特に信頼出来るのは彼の技です。

 星落(ほしおとし)

 数えるほどしか見てはいませんが、その一撃、まさしく必殺。

 そんな一撃が直撃したのです。

 いかな弁慶といえどタダではすまないでしょう。

 

 しかし他ならぬ安謝は、そんな励ましの言葉を受けても、浮かない顔をしてるのです。

 狩魔は一考し、彼の肩を叩きます。

 

「しかし、そうだな……兄さんが帰ってくる前にこの騒動を収める必要はある。安謝、念には念を入れておこうか」

 

「……は」

 

 安謝、刀を引っ提げて追撃に向かいます。

 実際彼も不安だったのでしょう。

 今までにない感触が、どうしても不安にさせて仕方がありませんでした。

 

(何を心配する必要がある安謝。あれは間違いなく直撃した)

 

(心臓と喉は防がれていたが、腹部には甚大な一撃を与えた。そうだろう?)

 

(即死はまぬがれても、内臓はズタズタの筈だ)

 

 星落と呼ばれる技は、言ってしまえば手首と腕と腰の捻りを生かした、回転突きです。

 全身のバネを活かし、強力な回転を帯びたその突きは、生半可なガードは掻い潜り、直撃すれば、その箇所をまるでドリルのように掘削し、ボロボロにしてしまいます。

 肉は削げ、骨は砕かれ、風穴ができていることでしょう。

 

 しかしながらあの瞬間、確かな違和感がありました。

 肉ではない。骨でもない。

 まるでゴムのような固さと柔らかさの中間を貫いたような。

 

「……まさか」

 

 安謝が穴から抜け出して外へ向かい、その先にいるであろう弁慶を探そうとし……そして気付きます。

 弁慶がいない!

 確かに倒れた後と、少なくない鮮血が地面に残っているのに、肝心かなめの本人がないのです。

 ぞわっ、と全身の毛穴が総毛立つ感覚。

 まさかと思ったその時です。

 

「──ギャアッ!?」

 

 二階から、悲鳴が聞こえてきました。

 それは弓兵達が待ち構える場所!

 安謝が外から見てみれば、配置されていた弓兵相手に鉄棒を振るう弁慶の姿がありました。

 

「こ、こいつ! いつの間に!?」

「撃て! 撃て撃て!」

「待て、やめろ! 同士討ちになるぞ!?」

「そんなこと言ってる場合かよォ!」

 

 一振りするたび、赤半被がひしゃげ、吹き飛び、ぶっ倒れ。

 あっと言う間に彼らは数を減らしてしまいます。

 

「弁慶ッ!」

「やっぱり生きていやがった!」

「今だ下がれ、早く下がれ! 後ろに下がれッ!」

 

 そしてソレを切っ掛けに市民達がわーっと庭に散っていきます。

 コレを見た狩魔、急ぎ号令をかけ直します。

 

「ひ、ひいい狩魔様ッ!?」

「だ、だめだだめだぁッ、倒せねえ!」

「安謝さんっ、安謝さん助けてくれええ」

 

「怯むなッ! 槍を持て槍! 弁慶は手負いだ! 今度こそ囲めばよい! ひるむなああぁッ!!」

 

 安謝も急ぎ加勢しようとしますが、弁慶はあえて集団の中に入り込んで暴れ、同士討ちを誘っています。

 安謝は巧妙な立ち回りに舌を巻くしかありません。

 

「ええいそこをどけ!」

「どけるものなら、どいてますよっ!?」

「畜生、こいつ死にかけのくせにッ」

 

 見れば弁慶の腹部からは流血が確かに確認できます。

 しかしソレ以上に酷いのは、左手でしょう。

 原型をとどめないグチャグチャの肉塊になったソレを見て、安謝はようやく腑に落ちます。

 

(片手を盾にしたか──!)

 

 左手を犠牲にした防御に、思わず笑いたくなる安謝。

 無双ゲーよろしく赤半被を吹き飛ばし続ける彼に対し、一階から跳躍して斬りかかります。

 

「見事な防御だ弁慶ッ!」

 

「──ッ!」

 

 片手で振るう鉄棒でとっさに防いだ弁慶。

 欄干に安謝が降り立つと、返す刀で足場もろとも吹き飛ばします。

 

「ここ最近は自信をなくすことばかりだ! 青龍にも赤子のようにあしらわれ、キミには防がれてしまうとは!」

 

 しかし安謝は、優雅に別の欄干に着地すると、空中を突貫。

 それも鉄棒で弾かれましたが、くるりと回転して地に降り立つと、目にも止まらぬ早業で剣の雨を振る舞います。

 弁慶は片手の鉄棒で器用にガードをしますが、その顔は苦し気。

 先程よりも明らかに不利に追い込まれていました。

 

「左手が使えなくて大層不便なようだな! 今楽にしてやろう!」

 

「……!」

 

 勝負を決めにきた安謝。

 弁慶はたまらず勝負を避けて、階下へと降りていきます。

 そして狙うは……狩魔!

 

「なッ!?」

 

 混乱が生じた不和。

 将の守りが偶然薄くなったその瞬間に降り立った彼は、鉄棒を振り上げて狩魔へと向かいます。

 

「ひえええッ!?」

「やべえ!?」「に、逃げろ!」

「お、おい貴様ら!? おいッ!」

 

 そして狩魔の前に立っていた兵は、彼を庇おうともせずに逃げおおせ、彼への一本道が出来ます。

 狩魔、覚悟を決めて剣を抜きますが、彼の剣技は一般人とほぼ一緒。

 勝ち目は全くありません。

 巨大な壁が差し迫るような錯覚を覚えて、剣すら触れずに立ちすくむ彼。

 そこに鉄棒が叩き込まれようとし──

 

 ──ギイイィィィィンッ!!

 

 間一髪、回り込んだ安謝が、その一撃を防いでいたのでした。

 

「くッ……!」

 

「お、おお安謝! すまない!」

 

 その細身の刀でかろうじて防ぐことが出来ましたが、かなり無理をしたようで。

 先の一撃で刀は折れてしまっていました。

 危うし安謝。

 しかしながら対峙する弁慶もまた満身創痍です。

 肩で息をする彼は脂汗を流しており、動きは精彩を欠いています。

 無理もありません。

 何せ昼先に青紫と対戦してまだ時間も置いてないのですから。

 

「……ッ、く」

 

 とうとう膝をつく弁慶に対して、勝利を確信する狩魔。

 しめた、とすぐさま号令を出そうとし……ざわめきに気づきます。

 

「……何か、コゲ臭いぞ?」

「あ? ……本当だな」

「誰かが火をつけやがったのか!?」

「いや……ちげえ! あそこからだ!」

 

 あたりに漂う、異臭。

 明らかに何かが焼け焦げた香りが、白煙となって周りに立ち込め始めます。

 その火元は、とある壁から立ち上っていました。

 一見してただの壁ですが、煙が扉の外周で漏れていることから、隠し扉があることは明白です。

 そして。

 

「……げほっ、げほっ、ゲホッ!!」

 

 乱暴に開け放たれた隠し扉から、一人の赤半被が飛び出ます。

 半裸の男は煤だらけで、逼迫した状況の中に飛び出すと、ぽかんとした顔を見せます。

 

「貴様、一体何があった?」

 

「げっ……か、狩魔様っ、あ、え、えーと……これは……」

 

 彼はどう説明したものか、迷っています。

 明らかに異常事態が起きたのは間違いない。

 ですが、彼のやらかしも含まれているように思えます。

 

「じ、実は……そ、そう! 人質が!」

 

「人質? 人質がどうしたんだ?」

 

「へ、へへへ……そそ、それが……ギャアッ!?」

 

 男が説明しようとしたその瞬間、腹部から唐突に生える刀。

 ぎょっとして周りが引くと、ずるずると崩れ落ちる赤半被の背後から、男が現れます。

 

「唖涯……!」

 

 目を充血させ、憤怒の炎に身を焦がす男。

 黒三連の唖涯。

 修羅を背負った彼が周りを睨みつけていたのでした。

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