「唖涯……貴様どういうつもりだ!?」
黒三連が唖涯。
たった今味方を殺めた彼に狩魔が吠えます。
唖涯は血に濡れた刀を手に、息を荒げて睨み返します。
血走った目の中に宿るは純然たる『恨み』。
それも、たった今殺した赤半被だけではない……恩智への恨みが見て取れました。
「フーっ、フーっ…っ!」
ふす、ふす、と不規則な呼吸音。
極度の興奮状態になっているが分かる唖涯。
彼が刀を肩に担いで今まさに斬りかからんとした時、ようやく他の兵が我に返ります。
「お前……ッ、何をやっている!」
「気が狂ったのか!」
「この裏切り者が、今ここで斬ってやる!」
三人の赤半被が斬りかかっていきます。
中央が突き。
左が袈裟。
右が逆一文字。
訓練していたのでしょう、息のあった攻撃でした。
即席にしてはかなり様になっています。
しかし、
「───るぁ、ああああッ!!」
しゃがれた声で、獣のように吠えた唖涯。
彼の担いだ太刀『黒御嵩』が
一刀両断。
左上から右下までを太刀が何の抵抗も感じさせずに素通りすると、兵はその五体を地面に撒き散らしました。
誰もがそのありえぬ結果に驚き。
声をあげることも忘れて見入ってしまいました。
「……」
「ヒッ──!」
そうこうしてる間に唖涯が次の狙いを定めます。
不幸にもその標的こそ狩魔。
思わず後ずさります。
裏切りがバレ、捕えられた事を逆恨みするにはあまりにも強烈すぎる怒りに、彼は困惑を隠せませんでした。
コイツは本当に唖涯なのか?
ただのつまらぬ愚連隊だったはず。
はずなのに、はずなのに……!
前見た時と別人ではないか!
「お、おおお、お前たち! 何をぼーっとしてるやれ! 唖涯をやれ!」
「は、ははーッ!」
1人、また1人とかかっていく赤半被。
しかし唖涯の気迫に完全に負けているのか、実力を発揮しきれていないようです。
唖涯はそんな彼らを乱暴に、そして力任せに1人、また1人と叩き斬り、屋敷を血で染めていきます。
その威容、鬼が如し。
たとえ斬られようとも、傷を物ともせずに斬り殺す様に、段々と恩智達の顔色が悪くなります。
──そこへ、颯爽と白刃が躍りかかります。
「ッ!」
「蚊蜻蛉が獅子に変わったようだ。しかし」
安謝です。
倒された兵の刀で加勢しにきた彼は、暴れに暴れていた唖涯を一太刀で抑え、さらに二撃、三撃と加えて逆に押し込みます。
愛刀こそ折れてしまいましたが、彼の剣の差異は比類なきもの。
目を見張る攻撃の数々に、唖涯は守りに入るほかありません。
「所詮は獣の太刀。私には敵わんよ」
「ぐ……があああアアッ!」
柱ごと人間を叩き切る、剛の剣。
それを絡め取る、柔の剣。
力の流れを自在に変えるその天才の所業に、唖涯は吠えます。
恩智への怒り。
更に言えば、不甲斐ない自分への怒りが、口から絶えず漏れ出て。
猛りのままに刀を振るい続けるのでした。
(やれやれ。とんだ横入りが入ったものだな……一息で終わらせよう)
安謝の恐ろしいところは、剣の才能だけではありません。
その鋼とも思えるメンタルの強さも、また彼を強者たらしめていました。
自分に刃が迫ろうとも、淡々と分析が出来る。
ゆえにこそ先が読めるし。
ゆえにこそ失敗をしないのです。
だから。
(次の一太刀。唖涯が周囲を巻き込む回転斬りを見舞うだろう。そうしたら、喉を突く。それで片が付く……そうだ、怒れ。吠えろ野良犬。そして噛みついた瞬間貴様は終わりだ──……むッ!?)
だから、不意に死角から飛び込んだ一撃にも気付くことが出来ました。
木の床を粉々に破砕するは、鉄棒の一撃。
まごうことなき弁慶によるものでした。
「ちいぃッ!」
安謝が慌てて反撃にでますが、そのチャンスを見逃さないと、斬り上げを見舞う唖涯。
間髪入れずにぶちかまされる弁慶の一撃。
特に合図をとりあっている訳でもないのに、妙に息があっているのは偶然か。
それとも獣同士の感覚故か。
さすがの安謝も回避する他ありません。
「何をやっている! 敵は二人だぞ!? もう一度囲め! そして……!」
「狩魔様ッ、煙が……! このままでは屋敷まで燃えてしまうのでは……!?」
「ぐっ……消化は後だ! 先にこちらを始末しろーッ!」
狩魔も兵に発破をかけるのですが、安謝以外の兵は及び腰であり、
なおかつ、もうもうと立ち込める煙が屋敷に充満していて、気が気ではありません。
そして更に悪いことがあるとすれば、
「おいお前らッ、今だ行くぞッ!」
「おらああああッ!」「うおおおおおお!」
「恩智がなんぼのもんじゃあああッ!」
混乱の局地にある恩智を見て、一度は逃げ出した市民が再び襲撃を始めたのです。
これでは統率など夢のまた夢。
あっと言う間に混戦の体となり、屋敷内は阿鼻叫喚の地獄絵図となってしまうのでした。
「ギャッ!」「ぐああッ!」
「おのれええ!」「殺らせはせん、殺らせはせんぞ!」
「テメェ!」「おるああぁぁッ!」
至るところから聞こえる悲鳴、怒号、殴打、剣戟の音。
事態の収集が不可能と判断した狩魔は、強く歯噛みすると、とうとう決断します。
「……撤退だ」
「狩魔様!? 今なんと!?」
「撤退すると言ったのだ! このままでは総崩れになる! 一度退くのだ!」
「は、ははぁッ! おい、聞いたか!? 撤退! 撤退だああああッ!!」
狩魔が宣言すると、付き人が声高に叫びます。
しかしその叫びは虚しくも怒号にかきけされるばかり。
誰の耳に届かないようで、騒ぎは全く収まりません。
収拾が不可能見た狩魔は更に悔しがりますが、先に撤退することを仕方なく決意します。
唯一の非常口となる隠し扉から火が立っている以上、逃走先はまだ人のいない執務室、その窓からになるでしょう。
付き人に先導させ、いまだチャンバラに血を燃やす人々をかいくぐって、じりじりと移動します。
(くっ……まさか屋敷を失うとは! 父上に……いや、兄上に何を言われるか……!)
兄がいれば、間違いなくこうはならなかった。
そう考えると狩魔の腹は煮えくり返りそうです。
この時ばかりは自分の腕っぷしのなさを恨まざるを得ません。
「!? ぐああッ!!」
「ぐ、貴様ッ!?」
と、そこへ現れるのがねじりはちまきをした老人でした。
大工の吉住です。
血に濡れた青半被をまとい、その手にドスを握りしめた彼は、付き人の1人に刃を突き立てて、ニヤリと笑います。
よく見れば彼の左腕と胸に大きな刀傷があり、瀕死にも近い状態だと分かりました。
「へ、ヘヘヘ……ッ、どこへ行こうっていうんだ、ええ!?」
「こいつ……死ねぇッ!」
「おっとォ! 老人を敬えって教わらなかったかよッ!?」
「ギャッ!? ち、くしょおッ!!」
もう一人の赤半被が斬りかかると、老人はかろうじて防御し、そして返す刀で利き腕に斬りつけます。
赤半被、たまらず悲鳴をあげますが、咄嗟に刀を持ち変えると、老人の腹部に思い切り刀を突き刺します。
「──ッ! うご、ぼ!」
「死ねッ、死ねッ、死ね死ね死ねえッ!!」
血を吐く老人に、しつこく腹部を刺し続ける兵士。
そうして熱を持った体からようやく抵抗がなくなったのを確認すれば、兵は地面に投げ捨て、ペッ、と吐き捨てます。
「死に損ないが……! 狩魔様、行きましょう!」
「あ、あぁ……!」
血なまぐさい一幕に、気圧された狩魔。
その顔色の悪さを悟られたくないと、足早に移動しようとし……その足に、激痛が走ります。
「い゛がッ!?」
「狩魔様ッ!?」
驚きに目を見開くと、血溜まりに沈んだはずの老人が、その手に持った刃で狩魔の右くるぶしを斬りつけていたのです。
不運なことにそれは狩魔のアキレス腱をまんまと断ち切り、狩魔は立つことが出来なくなります。
「こいつ、性懲りもなくッ、死ねえッ!」
「──へ、へへっ、へ、へぇ」
付き人が倒れ込んだ老人を滅多刺しにすれば、男は笑顔を浮かべて今度こそ死にます。
しかし、今の一撃は狩魔の戦意を失わせるには十分なものでした。
「い、いたいっ! クソッ、クソクソッ、クソオオォォォッ!」
「が、狩魔様! さぁ肩を!」
「ち、治療だ、早く治療しろ! 治療しろおぉぉ!?」
「今はどうか我慢を! ここでは敵が多すぎます! まずは一度屋敷から離れてか──ぺぺ?」
付き人が慌てて狩魔を連れようとしたのですが、不意に動かなくなります。
狩魔はすぐにその理由を知ります。
なにせ、付き人の首がなくなっていたのですから。
ソレを為したのは……恰幅のよい妙齢の女性でした。
呉服屋の女主人、美鈴。
美麗な着物が斬られ、乳房を露出し、全身を血に染めた彼女は血に濡れた薙刀を手に、じり、と近づきます。
「……ジジイにしてはやるじゃないか。吉住」
「ヒッ……」
「さて。悪いけど、ここで死んでくれるかい?」
狩魔は慌て、四つん這いになって逃げます。
助けはどこだ!
出口はどこだ!
宛も分からずほうほうの体で這い回ります。
しかし行く先々では争い合う人の姿があり、逃げ場はどこにもないように見えます。
そして、とうとう壁の隅に追い込まれた狩魔は、泣き出しそうな声で叫びます。
「安謝……あ、安謝! 安謝ッ! 早くこい! こいつを仕留めろッ! 安謝ッ! 安謝あッ!!?」
狩魔の叫びは、しかし戦火の中ではそよ風に等しく。
誰もがその声に耳を止めません。
「恩智に産まれたのを恨むんだね」
す、と薙刀が翻り、今にも斬りかかろうとしたその瞬間。
狩魔は美鈴の背後で、弁慶と唖涯を相手取る安謝の姿を見つけます。
安謝!
狩魔が渾身の叫びを見せると、確かに安謝の目がこちらを向きます。
そうだ、ここだ!
早く助けに来てくれ!
こぼれる涙もそのままに、必死に手を伸ばす狩魔。
しかし安謝はそんな彼と美鈴を見て、状況を把握すると、
小さく笑みを見せ、そのまま弁慶たちに飛びかかっていくのでした。
え?
今、助けを拒んだ?
なんで?
理解できずに狩魔がもう一度叫ぼうとして、不意に視界が反転します。
自分の意志を置き去りにして見えるは、薄汚い、血に濡れた地面。
少し考えて、狩魔はこう結論付けます。
あぁ。
首を斬られたのか。
現実感のない結果に直面した狩魔が、兄にどう言い訳しようか考えたところで……彼の意識は深く沈んでいくのでした。