カルラ山へ向かう道中にあるという“森の泉”へ向かう事になったA2たち一行。彼女たちとの戦闘で一度は討ち倒された“ボスパックン”はボロボロの満身創痍でありながらも、命乞いとの引き換えに泉への案内役を引き受けた。
「ええと………そのですね?俺はもう敵ではありませんよ?そんな物騒なモノをいつ迄突き付けてる気なのでしょうか?」
震えながら問いかけるボスパックン。
それもそのはず、彼の巨体には両手剣の切先とライフルの銃口が常に等間隔を保ちながら向けられているからだ。
「いやいや、男なら細かい事気にしちゃダメでしょぉ?」
満面な笑みを浮かべる四号は明るいノリで友人に語りかけるように接するが、目だけは笑ってない。その温度差がボスパックンの恐怖心を煽っている。
「いいか?クソデカ花野郎!!テメェが掌返して襲ってくる可能性が1%でもあるかもしれねぇからな。こうなるのは当たり前だろが!!」
「いやいやいやぁぁぁ!!こんなボロボロで歩くのもやっとなのに、どうして掌返して襲ってくるなんて思うんですかぁぁぁっ!!」
「こんなデカい声で叫ぶ体力が残ってるからだろがっ!!四の五の言ってねぇで、さっさと前進めや!!」
「ヒィィィィイイイイイぃぃぃっ!!」
十六号の軽い前蹴りがボスパックンの脚部に飛ぶ。それを横目に見ながらクリオが少し引き気味に呟いた。
「姉ちゃんたち……段々と乱暴になってる気がするんだけど……。」
「クリオ、これが戦いというものです。敵だった者に安易に心を許せば、いつ寝首をかかれるか分かりません。だからこそ可能性を1つ1つ潰していくのです。」
二十一号は淡々と説明して彼を宥めるが、戦いとは無縁の暮らしを続けてきたクリオにとって、すぐに呑み込める理屈ではないようだった。
「クリオは優しいんですね。その優しさは、どうか大切にしてください。私たちヨルハは戦うためだけに造られた存在ですから……。敵にすら気遣いできる貴方の心が羨ましいです。」
A2の声は優しく、どこか悲しみを帯びていた。
バンカーでの数多のシミュレーションで“敵を殺すこと”だけを叩き込まれてきた彼女にとってクリオが自然と持ち合わせている“敵への気遣い”は自分たちには決して届かないものだったのだから。
開けた場所から再び鬱蒼とした森の中へ踏み入れる一同たち。よろめきながらドスンドスン歩くボスパックンの足音に呼応するかのように動植物たちの声が木霊する。辺りを見渡すと見たことのない大きな花や木の実や果実が辺り一面に至る所に生えてる。
「すげえな……これが人類アーカイブで言う“生物多様性”ってやつかぁ。あの実、なんか美味そうだな……。」
「これだけの植生が繁茂しているという事は、それだけこの森が豊かな証拠です。ちなみに、この辺りの果実は義体の擬似食摂取プロトコルに照らしても問題ありません。」
十六号と二十一号が周囲を観察する中、目新しいものに目がない四号は一輪の白い花の前でしゃがみ込み、釘付けになっていた。
「………ねぇ?二号、このお花凄い綺麗だよ。ずっと見てられるわ。」
「4号、足止めずに歩いてくださいよ。これからカルラ山へ向かうのに………。」
「ごめんごめん、ちょっと不思議に思ってさ。」
そこへクリオが歩み寄り、持ち前の“ものしり”ぶりを発揮する。
「四号の姉ちゃん、それ“月の涙”って花だよ。昔から“願いが叶う”って言い伝えがあるんだ。滅多に見つからないから花屋じゃ、かなりの高値で取引されてるんだ。一度摘むと、また咲くまで5年はかかるって言われてて“幻の花”って呼ぶ地域もあるくらいだよ。」
「へぇ!!そうなんだ、ありがとうねクリオちゃん。地球の自然の話は本当に新鮮で、勉強になるわ。」
“願いが叶う”ーーその一言に、A2の義体がわずかに震えた。
〔願いが叶う……か。そんな非科学的な事象を信じるようなプログラムは、私にはされていないはずなのに……。〕
その微かな動揺を四号は見逃さなかった。彼女は目を細め、A2の横顔をしばらく見つめる。ゴーグル越しでも分かるほど視線が僅かに泳いでいた。
「ねぇ二号。」
「……な、何ですか?」
「キミさぁ、一号隊長たちの事を考えてたでしょ?」
図星を突かれ、A2の肩がびくりと跳ねる。答えに詰まる彼女を見て四号はふっと表情を緩めた。怒っているわけでも、からかっているわけでもない。ただ静かに寄り添うような笑みだった。
「別に隠さなくていいよ。アタシだって、たまに思う事あるさ。皆が全員地球へ降りれていたら、こういう綺麗な花見つけたら真っ先に駆け寄ってきそうなのが一号隊長だなーとか。」
「四号……。」
彼女は月の涙を1本、根元から丁寧に手折る。折れた茎の先からうっすらと淡い光の粒がこぼれ落ち、夜露のように地面へ溶けていった。
「なぁんて、5年も咲かないなら勿体無いけどさ。」
そう言って四号はA2の胸元の留め具の隙間に、そっとその花を挿し込んだ。
「えっ!?四号、な……何を!?」
「ハハハ。顔見れば分かるよ。何か願い事あったんでしょ?」
A2は言葉に詰まる。“願い事などない”と即座に否定できなかった自分に戸惑っていた。A型部隊の皆が生きていたら………。そんな“もしも”が頭の中で音もなく渦を巻いてたのだから。
「……四号は怖くないの?私たちの中で一番最初にこの状況を受け入れてるみたいに見えるけど……。」
「怖いよ、そりゃあ。」
飾り気のない真っ直ぐな声での即答だった。
「でもね、二号。怖いからって下向いてても誰も守れないでしょ?だったら、笑ってる方がマシ。それに………」
四号はA2の肩に軽く手を置き、いつもの調子とは違う少しだけ低い声で続けた。
「キミが隊長で良かったって、アタシは本気で思ってるよ。十六号も二十一号も口には出さないけど多分同じだから。そんな不安そうな顔しないで。少なくとも今この瞬間はキミの隣にいるからね。」
胸元に挿された花がわずかに揺れる。A2は何かを言おうとするも、小さく頷くことしかできなかった。それでも、その頷きには、確かな温度があった。
「おーい!!二号!!四号!!クリオ!!何ボケっと立ち止まってんだよ!!道草食ってる場合じゃねーだろ!!」
十六号の大声が、二人の間の空気を吹き飛ばす。
気づけば、十六号と二十一号との間にかなりの距離が空いていた。四号は悪びれる様子もなく朗らかに笑い、足を早める。
「ごめーんごめーん♩珍しい花見つけちゃってさぁ。二号、クリオちゃん、行くよ!」
A2は胸元の花にそっと指先で触れ、小さく息を吐いてから、皆の後を追った。
それから30分ほど歩いた頃、一行は目的の場所へ辿り着いた。底の砂利がくっきりと見えるほど澄んだ、美しい群青色の泉。水面の下では、小さな魚影がいくつも揺らめいている。
「ん?これが“森の泉”ですか……? 一見、何の問題も無いように見えますが。」
二十一号が首を傾げながらボスパックンに視線を向けると、彼は何かに怯えるように身を震わせた。
「い……いや……違うんです。2年前は、もっと大きかったんですよ。ほら、あそこに岩の出っ張りが見えますよね?」
ヨルハ4機とクリオの視線の先、およそ100m先に大きな岩塊が突き出しているのが見えた。
「あの岩の出っ張りまで、泉が広がっていたんです。よく見てください――地面の色、途中から変わってるでしょう?」
「……本当だ。落ち葉や土じゃなくて、ある境目からいきなり砂利と小石になってる。」
クリオが目を細めながら呟いた。まるで水が消えた跡を刻むように、乾いた地面が泉の縁からまっすぐ延びていた。
二十一号はすぐさま立体スクリーンを展開し、周辺一帯をスキャニングし始める。
「水質、水温共に異常なし。しかし……水位の減少速度が自然蒸発や地下浸透の理論値と一致しません。何らかの人為的、もしくは技術的な要因が介在している可能性が高いです。」
「人為的?こんな森ん中で、誰がそんな事してるってんだよ。」
十六号が眉をひそめる。ボスパックンは慌てて両手の葉を大きく振った。
「ぼ、俺じゃないですよ!?この泉が無くなったら困るんです!!森のみんなは、ここの水を頼りに生きてるんですから!」
「分かってるよ、ビビってる暇があったら少しは黙ってろって話だ。」
四号がボスパックンの巨体をひょいと押しのけながら、泉の縁へとしゃがみ込む。指先で水面にそっと触れると、驚くほど冷たい感触が伝わってきた。
「冷たいね……それに、澄みすぎてる気がする。魚もこんなに元気に泳いでるのに、水源そのものが弱ってるなんて、変な話だよ。」
クリオは泉の縁に立ち止まり、乾いた砂利の帯をじっと見つめていた。彼の“ものしり”の中に、この光景と重なるものがないか、必死に手繰り寄せているようだった。
「……あっ。」
「クリオ?何か分かったんですか?」
A2が振り返ると、クリオは震えながら、乾いた地面の一点を指し示した。
「村のみんなが消える前に、山の方から地面が微かに揺れる音が聞こえたんだよ。オイラ、その時は地震かなにかだと思ってたんだけど……。」
「地面の揺れ……。」
A2の脳裏に、先ほど森の入り口で見た、山頂だけが不自然に禿げたカルラ山の光景がよぎる。まるで何か巨大なものが、地中深くで蠢いているような、そんな予感が胸の奥をざわつかせた。
二十一号のスクリーンに、新たな数値が表示される。彼女の表情――感情の起伏に乏しいはずの彼女の口元が、わずかに強張った。
「二号、報告します。この泉の地下、およそ200m付近から、微弱ながら継続的なエネルギー反応を検知しました。波形のパターンは……、シミュレーションで観測された機械生命体のネットワークと酷似しています。」
その一言に、その場の空気が凍りついた。
「機械生命体……!?でも、この森にも、村にも、そんな痕跡は一切なかったよね?」
A2の声がわずかに上ずる。四号も剣の柄に手をかけ、油断なく周囲へ視線を巡らせた。ボスパックンだけが、事情が呑み込めないままオロオロと巨体を震わせている。
「反応は微弱かつ安定しており、直ちに敵性行動を示すものではありません。ですが……この泉の異変、神隠し、すべてが地下で繋がっている可能性があります。」
二十一号の言葉に、誰も口を開けなかった。ただ、乾いたその道筋だけが、静かにカルラ山の方角へと続いていた。
彼女は立体スクリーンの座標データを、ゆっくりと重ねていく。地下のエネルギー反応の位置と、目の前に聳える山の輪郭。2つの光点が寸分の狂いもなく一致した。
「先ほど検知したエネルギー反応――その発生源の真上に位置するのが、カルラ山です。誤差は許容範囲内、ほぼ一致していると断定します。」
「「「なんだってぇっ!!」」」
A2、四号、十六号、クリオの声が重なる。ボスパックンだけが、何かを察したように喉の奥で小さく呻いた。
「全部繋がったな……!!」
十六号は拳を握りしめ、カルラ山を睨みつけた。その瞳には、これまでの苛立ちとは違う、獲物を前にした獣のような光が宿る。
「泉が枯れてる原因も、神隠しの正体も、ぜーんぶあの山の下にあるってわけだ。分かりやすくて助かるぜ。」
「よし!!デカ花ちゃん!!山への登山道はここから先で合ってるのね?」
四号が明るく問いかけるが、その口調とは裏腹に、両手剣の柄を握る指先には力がこもっていた。
ボスパックンの震えは、これまでとは明らかに質が違っていた。命乞いの時のわざとらしい大げささではない。巨体の芯から、本能的な何かが「逃げろ」と叫んでいるかのような、抑えの利かない震えだった。
「あの……本当に……命を大事にしたいなら、引き返してクリボーの村へ帰った方が……。」
「ここまで案内して、今更帰れだと!?ふざけんなっ!!」
十六号の怒声が飛ぶ。ボスパックンはびくりと肩をすくめ、蕾のような頭を何度も横に振った。
「ヒィィィィイイイイイ!!」
「村人達が行方不明で、森の泉も枯れる危機が迫ってんのに、何でそんな弱気になってやがんだ!!森のみんなの生活が懸かってんだろがっ!!」
「ですが……あの山は、俺たちの想像を超えた“何か”がいる気がするんですっ!!絶対ヤバいですって!!」
ボスパックンの声は、もはや命乞いの延長ではなかった。何百年もこの森に根を張って生きてきた者だけが感じ取れる、本能に刻まれた恐怖。それが、彼の言葉の端々から滲み出ていたのだ。
その場の空気が、一段と重くなる。A2は一瞬、拳を胸元に添えた花に触れ、そして静かに前へ出た。
「行きます。」
短くもハッキリとした声だった。
「私たちは、確かめなければならない。神隠しの正体も、泉が枯れる原因も、この山の下に眠ってる何かも……。それが機械生命体によるものなら、私たちヨルハが向き合うべき事です。それに――」
彼女はゴーグル越しに、まっすぐ山を見据える。
「これ以上、犠牲を増やす訳にはいきません。行方不明になった村の人たちが、もしまだ助けを待ってるなら……。」
その言葉に、四号も十六号も、そして二十一号すらも、小さく頷いた。反対する者は、もう誰もいなかった。
ボスパックンは何度も躊躇いながらも、結局は震える巨体を引きずって、彼女たちを登山道の入口まで案内した。
◇-- カルラ山登山道 --◇
木々が唐突に途切れ、代わりに剥き出しの岩肌がむき出しになった斜面が現れる。空気の匂いすら、ここだけ違っていた。土と緑の香りの代わりに、どこか金属的な、錆びたような匂いが微かに鼻をつく。
「も……もう良いでしょ……!? 案内したんだから、俺もう行くからな……!!」
ボスパックンの声は、もはや悲鳴に近かった。
「ひぇぇぇぇっ!!ちきしょー!!帰ったらBBレモン飲んで晩酌して寝るぅぅぅぅ!!」
言い終わらないうちに、彼は巨体を翻して森の奥へと駆け出していく。ドスン、ドスンと地響きのような足音が、あっという間に遠ざかっていった。逃げ足だけは、誰よりも速かった。
「……あれは、ただの怖がりって域を超えてましたね。」
二十一号がぽつりと呟く。四号も苦笑しながら頷いた。
「うん……。あそこまで必死に逃げるって事は、多分アイツも“何か”を知ってる、もしくは感じてるんだろうね。って言うか最後の“BBレモン”って何だよ……。」
冗談めかした言葉に、誰も笑わなかった。それを空気が許さなかったからだ。
その時、これまで一言も発さずに登山道の入口を見つめていたクリオが、静かに一歩前へ出た。
「オイラも、行くよ。」
「クリオ?」
A2が驚いたように振り返る。先ほどまで“禁忌の山”へ足を踏み入れることに、誰よりも怯えていたはずの少年が、今は真っ直ぐにカルラ山を見上げていた。
「危ないから村へ戻ってて――そう言おうと思ったんですが……。」
「駄目だよ、姉ちゃん。」
クリオは首を横に振る。その声には、いつもの人懐っこさとは違う、覚悟の色が滲んでいた。
ーー ここで逃げたら、村のみんなに何て言われるのだろうか? ーー
機械生命体との戦争で役目を果たす為に地球から降りてきたヨルハ達が、善意で森の異変を調べてくれている。それに真っ先に案内役を買って出たのは、他でもない自分自身だ。新しいものを見てみたい、知りたい――そんな好奇心だけで名乗り出た自分。
その結果がこれだ。
代々「入ってはならない」と言い伝えられてきた山の入口まで、旅人だけを送り届けて、自分だけがのうのうと村へ逃げ帰る。そんな事をすれば、村の皆からどんな目で見られるか、考えるまでもなかった。
“旅人を置き去りにした臆病者”
そんな不名誉な烙印を、これから先ずっと背負って生きていくくらいなら………
「オイラ、案内人としての責任、最後まで果たすから。それに……もし本当に村のみんながこの先にいるなら、オイラも見届けないと。」
震える声だったが、その瞳だけは逸れなかった。A2は少しの間、彼を見つめ、そしてやがて小さく頷いた。
「……分かりました。でも、私たちの後ろから絶対に離れないでください。」
「うん。」
一行は再び足を踏み出す。登山道は最初こそ緩やかだったが、進むにつれて木々はまばらになり、代わりに苔むした岩と、不自然なほど滑らかな地肌が目立つようになっていった。鳥の声はいつしか消え、風の音すらどこか遠くくぐもって聞こえる。
「……静かすぎますね。」
二十一号がスキャンを続けながら呟いた。彼女の声には、僅かながら緊張の色があった。
「生体反応、著しく希薄です。この森全体があれほど生命に満ちていたのが嘘のように……この先だけ、まるで“死んでいる”かのようです。」
その言葉を裏付けるように、道の脇には枯れ果てた木々がぽつぽつと立ち並び始めていた。葉の一枚も残さず、灰色に朽ちたそれらは、まるで何かに生命力そのものを吸い取られたかのようだった。
「……なんか、雰囲気変わったな。」
十六号がライフルを構え直しながら、低く呟く。彼女の軽口はいつしか鳴りを潜めていた。
A2は無言のまま、胸元の“月の涙”にそっと指先を添えた。可憐なはずのその花びらの先が、ほんの僅かに………色褪せ始めている事を知らずに……。