「ゼーレ、大丈夫か?」
ここのところ精神的にも肉体的にも不調気味なゼーレの様子がよろしくない状態になっていることをソーマは心配していた。
「ううん...大丈夫だよ。ごめんなさいソーマお兄ちゃん...心配をかけちゃって」
「そんな事気にするな。...こちらで黒ゼーレを探す段取りをやっておくから無理するな」
「大丈夫だから。本当に...大丈夫だから、だからお願い...置いていかないで」
「...そうか。分かった、無理だと判断したらすぐに引き返すから」
「...うん」
ゼーレの身体を案じながらソーマはゼーレ達との話を思い返す。確か、ゼーレには過去のX-10計画によって量子の力に強く適合した代わりに肉体の分子構造が半分量子の海に溶け込んだ状態という危険な状態でもあったというらしい。
日常生活こそ出来ているものの、それは黒ゼーレという支えが存在しているからこそ維持できているものなので、量子の海からの世界に迷い込んで肝心の支え支柱である黒ゼーレが分離してしまっている以上、彼女の容態がよろしくないのは当然であるとも言える。
「...ゼーレ、裏技を使ってみるからじっとしてて」
「う、うん。その...こ、こう?」
「ああ、そのままでお願い」
ソーマはゼーレのおでこに手をかざすと掌から優しい光を放ちながらゼーレに未知の秘術を用いたエネルギーを送る。すると、さっきまで量子の環境のせいで苦しんでいたゼーレの容態が完全とまでは行かないものの、幾分か和らぎ、顔色や精神状態が回復していく。
「優しくて...暖かい...ソーマお兄ちゃん...これって」
「俺の持つ境界の権能の副産物だ。簡単に言えばゼーレの体内の不安定な現世の肉体と量子世界に対する耐性を回復させた。あくまでも長持ちさせただけだからあまり期待はするな」
「そんなことが...本当にありがとう、お兄ちゃん」
ソーマがゼーレのおでこから手を離して立ちあがろうとすると、ゼーレは離れていくソーマの手を掴んできた。ゼーレの行動に困惑して彼女に顔を向けると、回復こそしたものの、まだ不安に駆られた焦燥が混じった表情をしていたゼーレの姿があった。
その顔はまるで捨てられた子犬や子猫のような悲しみに満ちた顔をしていた。
「あ、あれ?おかしいな...な、何で私、ソーマお兄ちゃんの手をつかんだろ。ご、ごめんなさい、すぐに離すから...」
ゼーレが気を取り直してソーマの手を手放そうとするが自身の意思に反して身体は全く言う事を聞かず強く掴んでいた。...よく見ればゼーレの手は震えており、ひどく怯えているようであった。
どうやら彼女の心の不安の闇は思っていた以上に深かったらしい。
「...ゼーレ、おいで」
「え、ソ、ソーマお兄ちゃん...でも...私」
「今のお前はかなりの孤独感に参ってしまっている。...ホントなら黒ゼーレがいてくれればよかったけど今この場にいない以上どうしようもないしな。...もし男の俺が無理なら時雨先輩達に「だ、大丈夫だから!それに...ソーマお兄ちゃんのほうが安心する...から」ゼーレ」
ゼーレの許可を聞き入れた後ソーマはゼーレを自分の胸元に近付けて彼女の頭を優しく撫でながら我が子を慰めるようにゼーレを抱き止める。ゼーレ自身も安心したかのように素直にソーマの胸元に顔を埋めて瞼を閉じながら静かにうずくまる。
普通に考えたら恋仲でもない異性同士でこのような事をすること自体かなり異質な光景ではあるが今のゼーレの精神状態が危険な状況である以上、彼女が潰れてしまわないように気にかけた判断がこれである。
特にこの中の面子では一番付き合いの長いゼーレ達の事情をよく知るソーマだからこそゼーレは助けを求めたと言えるだろう。
「もう少し、甘えてもいい...?」
「ああ思う存分吐き出したらいいさ。キアナやブローニャを慰める時も似たようなことをした事あったしな」
「むう...そこはブローニャお姉ちゃん達の話題は出さないで欲しかったな」
「え?えーと、なんかごめん?」
彼らの擬似的な兄妹愛なのか、男女恋愛なのかよく分からないスレスレなやり取りを遠目で隠れて眺めていた不審者達(スーサナ達)はその光景にドギマギしていた。
「ち、ちょっと!あ、あの子達大胆過ぎない⁈ゼーレも何の抵抗もなくソーマに抱きついてるし...さ、最近の子達は進んでいるのね」
「いえ、ゼーレさん達は私が出会う前から結構これくらい距離が近い関係でしたよ?元からブローニャさん辺りとも兄妹関係みたいな仲だったのでゼーレもそうなんでしょうね」
「うーん、でも距離が近過ぎないかな?流石の僕でもここまで大胆な行動は取らないと思うし。...やっぱりゼーレってソーマにその気があるとか?」
「そ、そうなんですか⁈そ、それは何だか複雑な男女関係になりそうですね。もしかしてあんな事やこんな事も...!はわわ...ッ」
「いやなに変な妄想に耽っているのよスーサナ」
実際にはソーマがゼーレの為にメンタルケアをやっているだけの光景ではあるのだが当事者ではない彼女達はその事情を知らないし、スーサナに至っては2人の光景を観ながらある事ない事を妄想し出すウブな反応を見せてきた。そんな彼女に対して呆れ声を出す綺羅のやり取りを繰り広げている中で唯一ヴィタはソーマ達の様子を興味深そうに観察を続けていた。
「ふーん?...彼って意外とそんな一面もあったんだ。実に興味深いね...人を癒すそのそのお人好しさも本当は"境界の権能"からくるものだったりとか...?」
しばらくの期間をセント・ソルトスノーで過ごしてから相変わらず黒ゼーレの行方を探し続けていたが、その情報収集の中で"砂鉄の国"という世界があり、なんでもセント・ソルトスノーの世界で死を迎えた人間の魂が行き着く場所だとも言われているらしい。
ただしこの世界はどうやら量子の泡の世界である以上、かなり不安定でいつ対消滅してもおかしくない危うさを秘めているとされ、それを管理する為に塔の賢者がその舵取りを担っているのだという。
...ただその話の中で唯一疑問点が残る話があった。それは一般市民であるはずのヴィタが異様にこの世界の現状や外の情報に詳し過ぎるという違和感であった。
もちろん実はヴィタ自身が塔の賢者直々の重要な役職に付いている可能性も確認してみたことがあったが、彼女は以前あくまでも自分はただの一市民に過ぎないと言っていた為にコレも怪しさを引き上げる要因となった。
そして何よりも彼女はあまりにもこの世界について中立的過ぎる思考をしており、いつ滅びるかわからないにも関わらず命の危機に対する認識が薄い。まるで"この世界の実情をすべてを知っている"かのような立ち振る舞いにしか見えなかったのだ。
だからこそソーマ達はヴィタの怪しさとそのヴィタを案内役に任せた賢者の不自然さを知る為、あえて腹を割って話そうと意図的に詰め寄る事にした。
「...やっぱり、不審に思っちゃうよね。ごめんね、皆んな。その...本当のことを話すよ」
ヴィタに本心を履かせる形で問い詰めた結果、彼女の口から出てきたのはかなり衝撃的な意外な真実であった。
「僕はね、かつての故郷である金星プルシャから脱出して来た生き残りのプルシャ人なんだ」
「き、金星?プルシャ人だって...⁈」
ヴィタから話された話の内容は正にソーマ達がつい最近までの地球で同じように崩壊という災厄によって脅威に晒された同じ状況であり、崩壊はヴィタの故郷を滅ぼし、最終的に彼女を乗せた宇宙船をだけを残して金星プルシャの文明が滅んでしまったのだというのだ。
実は金星にも人類がいて古い文明時代から栄えていたという衝撃的な事実にも色々と驚きやツッコミどころはあったものの、彼女の同胞や故郷が完全に滅んでしまい、この量子の海の世界に何とか逃げ込みながら奇跡的にセント・ソルトスノーに流れ着いたのだというのならばヴィタ自身が量子の海やこの世界にやたらと詳しいのも不思議と説明はつく。
「待たせたわね。あら、貴方達そんな神妙な顔をしてどうしたのかしら?」
「いや、ちょっとな...」
ヴィタからの許可を貰い、別任務で行動していたミステルとプロメテウスに先程まで聞いていたヴィタの実情を彼女達に素直に話した。
「まぁ、そんな事が。それはさぞかし波瀾万丈な経験だったでしょうね」
『...私の残存計測データでも確かに金星には明確な文明と人類社会が合築されていた記録があります。しかし、かなりの太古の昔に滅びを迎えて記録が途絶えているのは確かです』
中々に重々しい話にヴィタと視線が合い、一瞬気まずくなるソーマだが、彼女は苦笑いしながらも気にしていないと割り切った反応を見せてきた。
「あはは...別に気にしないでいいよ。どんな生き物でも、滅びがあるみたいに人類の文明にだっていつか理不尽な終わり方があってもおかしくないからね...」
「何というか...その強いんだな、アンタは」
「どうかな?ただ単に諦めの境地に陥っているだけだと思うよ」
「そ、その変に疑い過ぎてごめんなさいヴィタさん」
「ううん、気にしてないよ。むしろこんな怪しい僕を信用してくれてありがとう」
少しヴィタとソーマ達のわかだまりが解消された後、眺めていたミステル達から大事な話があると告げられた。
「ねぇ、みんな。少しいいかしら?こちらでも大事な話があるの」
『おそらく高確率でゼーレに関係する話になります。貴方達の問題事が早く解決することになると思います。...あと、新しいお客さんもいるようなので』
「「「お客さん?」」」
「まさかこんなに呆気なく見つけられるなんてな。俺たち無駄に動き回り過ぎたな」
【あら、そこまで言わなくてもいいでしょ。それともそんなに私と話すのが嫌かしらソーマお・兄・様?】
「やめろ。お前が言うとただの嫌がらせにしか聞こえないから」
【ふふ、けどゼーレを支えてくれた事は感謝するわ。貴方にしては随分と大胆な行動ね?】
「繋がった途端に全て筒抜けかい。...はぁ死ぬほど恥ずかしい」
プロメテウスからのポータブル端末を介した砂鉄の国からオーバーテクノロジーによる量子通信で繋がった先にはまさかのずっと探し求めていた黒ゼーレの無事が確認されていた。どうやら何かしらの理由で彼女だけ反対側の世界に流れ着いてしまったらしい。ミステル達が言っていた大事な話とはどうやら黒ゼーレの居場所を特定できた事だったようだ。...しかしどうやらそれとは別に例の"お客さん"とやら一緒について来ていたらしい。
【ちょっとちょっと、貴方達だけで話してばかりじゃない!私にも喋らせてよ!久々の親友との再会なんだからさ】
【親友?貴方にとって、だけでしょ?本気でソーマが貴方の事をそう思ってくれているのかしら?】
【へぇ?いい度胸じゃん。そんなに私に邪魔されるのが嫌なの?まぁ貴方はまだまだお子様だからね♪大切なおもちゃを奪われたくないのも分かるよ、うんうん】
【は?...私がいつそんな事を言ったのかしらガキ大将さん?随分とおめでたい被害妄想をしているわね。私が叩きのめしたら正気に戻るかしら?】
【は?何?やろうっての?】
【何?斬られたいの?】
「お前らやめろ!何で感動の再会を他所に喧嘩を始めてんだよ。ていうか、"識"なんでお前までそんなところに迷い込んでるんだよ。フカ師匠はどうしたんだ?」
プロメテウス達の言うお客さんとはどうやら識の律者の事だったようであり、何でも彼女の話によると任務活動中に量子の泡の世界を渡っていた最中のフカが"何者"かの罠によって意図的に引き剥がされてこの砂鉄の国に隔離された事で黒ゼーレ共々放浪する羽目になったのだと言うらしいのだ。
「うーん、そんな事があったのか。それにしても...なーんか、きな臭いな?俺たちもその誰かわからない何者かの人為的な罠でこの世界に迷い込んだようなものだし。いったい誰が糸を引いているのやら」
【そりゃあアイツだよ、姿も声も出さないよく分からない"娑"とかいう奴さ】
「"娑"?娑婆(しゃば)のことか?随分と古臭い名前だな」
識やミステル達の話によるとコチラこそが大事な話の大本命であるようで何でもフカがかつての仲間であったメイ博士からの情報で量子空間の観測を通じてこの存在を検知したようであり、人類に害をなす正体不明の巨大な脅威として記録を残して託したのだというらしい。
そしてその存在のコードネームこそが"娑"と呼ばれる黒幕らしいのだ。つまりソーマ達が不自然な成り行きでこのセント・ソルトスノーという泡の世界に迷い込んだり、何故か黒ゼーレや識の律者が意図的に分離されて砂鉄の国という反対世界に隔離されたりと普通には考えられないような現象が起きている元凶の可能性が高いという事である。
「つまり私達はその娑とかいう奴に意図的にこの世界に連れ込まれたってわけね。は、ほんっと碌でもない奴に巻き込まれたわね」
「で、でも敵の正体が掴めて来たら私達の行動も対応しやすくなって来ますね」
【ただ問題は、このセント・ソルトスノーの世界が"娑"の企みで泡ごと消滅させられてしまうと、ヴィタたちだけでなく、娑の行方や私たちの身にも危険が及ぶことになるのです】
通信端末の青白いホログラムが激しくノイズで明滅する。そこに映し出されていたのは、人間の姿ではなく――どう見ても、ただの奇妙な"石ころ"だった。
「え、誰...!? 宝石? 石ころ?が喋ってる...?」
【あぁ、言い忘れてた! その石ころは『石博士』って言うんだよ。なんかたまたま、私たちみたいにここに迷い込んだんだって!】
ノイズの向こうから識の律者の能天気な声が割り込んでくる。
「い、石博士...」
【...正確には、私の名前は"シュレディンガー"というのです。呼び名に関しては好きに呼んでくれて構わないのです】
「シュレディンガー? ...あれ、なんか昔、アインシュタイン博士やテスラ博士たちの会話で聞いたことがあるような...」
ホログラムの石ころが、一瞬だけピクリと揺れたように見えた。
【懐かしい名前なのです。私はそのテスラたちと元同僚の関係なのです。...もしや貴方は、彼女たちと関わりが?】
「あー、うん、そうだよ。博士たちは俺にとっての恩師でもあるし、助けてくれた命の恩人でもあるんだ。それにしても...まさか博士たちの元仲間の人に出会うことになるなんて。...まさか、石ころになってるとは思わなかったけど」
【これには量子力学的な深い訳があるのですが、その説明はまたの機会にするのです】
石博士?ならぬシュレディンガー博士との自己紹介と会話を終えたあと、ソーマ達はこれからの行動方針を改め直す事にした。
今回は当初の目的である黒ゼーレ達の居場所を特定できた為、彼女達をコチラ側に引き連れる為の手段や、娑という黒幕の陰謀を阻止する為の手段としてヴィタの住むこのセント・ソルトスノーを消滅させない為の対策、そして不安要素である塔の賢者の目的を吐かせるという目的がいくつか案として考案された。
「ならここはそれぞれのチームに別れてそれぞれの目的を達成しましょう。私と17号ならこの世界を繋ぎ止める為のアンカーポイントを見つけ出す手段ならあるわよ?」
『ミステルの提案に同意します。私は世界の泡の位相を安定させつつ、ゼーレの行動をサポートするのが最も効率的だと判断します』
【なら私はいつも通りにゼーレと共に行動をすればいいのかしら?】
「う、うん。私達は塔の賢者さんの所に行って話をつけに行った方がいいのかな。その...ソーマお兄ちゃんも...来てくれる?」
「なーに変なこと言ってるんだ?そんな捨てられた子犬みたいな顔をするなって。ちゃんと一緒について来てやるさ」
「ッ!あ、ありがとうお兄ちゃん」
「それじゃあ私達は向こう側のゼーレ達を連れ出せる手段を探せばいいのかしらね。しっかりとサポート頼むわよスーサナ!」
「は、はい!...ちょっと、自信ありませんが頑張ります!」
「なら僕もソーマ達に着いていくよ。賢者様がいったい何を企んでいるのか気になるしね?」
【ふーん?ま、私は好きにやらせてもらうから】
何とも面白くなさそうで不貞腐れた顔をしていた識の律者がチラチラとソーマに視線を寄越していたので、やれやれと仕方なくめんどくさい困ったちゃんな親友の顔を立ててあげる事にした。
「あー参ったな。もしかすると塔の賢者が本性を表していきなり襲って来るかも知れないなー。こういうとき最強の頼れる心強い友がいたならなー?」
【アハハ、仕方ないなぁ〜!そんなに困っているならこの最強で美しい識の律者様の力が必要だよねぇ!】
「わーい、頼りになるぜー、我が友よ」
「...そ、ソーマお兄ちゃん。私じゃあ頼りない、かな?」
(しー!ゼーレ落ち着いて。コレ、ただの演技だから、な?)
【...言っとくけど、貴方達の会話、全部筒抜けになってるからね?】
一旦塔に引き返したソーマ達は、一度目の訪問のときと同じく重厚な扉の向こうで待っていた塔の賢者が相変わらず深く被った霊媒師のようなローブのフードで顔元を隠したままソーマたちに穏やかな微笑みを見せながら迎え入れていた。
「ああ、異界の迷い人たち、よくぞ無事で戻られた。砂鉄の国との通信が繋がったと聞き、私も胸を撫で下ろしていたところだ」
賢者は慈悲深い微笑みを浮かべ、ソーマ達に手厚いもてなしの席を勧める。その振る舞いには一切の敵意もなく、最初と変わりない実に見事な歓迎の態度だった。
「ありがとうございます、賢者様。...実は、砂鉄の国の黒ゼーレたちから、この世界の消滅を目論む"娑"という黒幕の存在を聞きまして。この世界の泡を繋ぎ止めるアンカーについて、何か手がかりはありませんか?」
ゼーレが純粋な瞳で尋ねると、賢者は痛ましげに眉をひそめ、そっと胸に手をあてた。
「娑...。そのような恐ろしい存在が、裏で糸を引いていたとは。世界を繋ぎ止めるアンカーとね。もちろん、私も民を救うために手を尽くしている。だが、神の如き大いなる力の前に、人間の知恵はあまりにも無力でね」
「...そう、ですか。賢者様も苦労されてるんですね」
肩を落とすゼーレの横で、ソーマは静かに長年培った冷徹な眼を動かして観察していた。
...彼女の言葉は完璧だ。表情にも嘘はなさそうだ。だが、自身の目には、その完璧さそのものがかえって異常にも映っていた。
(...ねえ、ソーマ。この女、なんか気味悪くない? 口では無力だの憂いているだの言ってるけどさ)
ソーマの意識内で共有された識の精神意識から眉をひそめているであろう本人の声が直接響いてくる。
(ああ、識も気づいたか。表情の筋肉の動きが精密で不自然だ。自分達の世界が娑というヤバい奴に目をつけられて消滅させられてしまうかもしれないのに焦燥感がまるでない。それにこの塔の内部の様子も"何かがおかしい")
(だよね。私の精神感知でも、この女の心の奥、生きた人間の感情がこれっぽっちも無いし。 完全に空っぽ! まるで、誰かの命令を待ってる"人形"みたいな感じだよ)
まだ決定的な証拠は出していない。しかし、ソーマの学んできた経験や知識と、識の精神感知では目の前の若い賢者が"誰かの操り人形"ではないかという不自然さを確実に捉えつつあった。
「ふむ...それにしても、そちらのソーマ殿は、先ほどから妙に熱心に私や塔内のことを観察しているようだね?」
賢者の黒髪の隙間から、細められた瞳が鋭くソーマを射抜く。その温和な声の裏に、一瞬だけ、機械的な冷たい光が混じったのをソーマは見逃さなかった。
「いや、申し訳ない。俺は元の世界では色々とお世話になっている博士達や恩師方によくものを観察する知識や実験をよく教えてもらっていてな。仕事柄で解析したくなっちゃうんだ。...それにしても本当に、綺麗な塔だ。まるで、最初から"壊れることを前提に作られた"みたいで」
「...ほう?」
ソーマのあえて核心を突いた一言に、賢者の完璧な微笑みがピキリと固定される。
二人の間で静かな火花が散る中、後ろに控えていたヴィタが、くすくすと楽しそうに髪を弄りながら、その様子を眺めていた。
「壊れることを前提に、と?妙なことを言われるのだな、ソーマ殿。私はただこの世界の平穏を願う一介の賢者に過ぎないのだよ」
フードの奥の微笑みを崩さない賢者へ、ソーマはさらに冷ややかな一歩を踏み出し、懐から量子通信端末を取り出した。
「綺麗に整いすぎてるんだ、アンタの反応も、この塔の内部謎の力の巡り方も。それに、もう一つだけ仕事柄、見過ごせない大ボロをあっちの世界から送ってもらったんだ」
ソーマが端末を操作すると、青白いホログラムが空中に展開され、砂鉄の国の歪んだエネルギー位相図が映し出される。これは塔の賢者に会いにいく前にプロメテウスから送られて来た端末機であり、これを使って奴からボロを出すといいという彼女が用意した決定的な切り札の証拠でもあった。
「このセント・ソルトスノーで亡くなった人たちの魂が、あっちの砂鉄の国で幽霊になって大量に彷徨っていると調べて知ったよ。賢者様、アンタはこれを世界の法則の乱れのせいだって言うかもしれない。けど、俺の恩師たちの学問じゃ、それは不自然って答えになるんだ。檻も何もなければ、魂は自然と量子の海に溶けて消えるはずだからな」
「...」
「向こう側の世界はさ、死んだ民達のエネルギーが一滴も外に逃げ出さないように、アンタのこの塔が隔離して縛り付けてる"家畜の檻"だったりするんじゃないか? はなから救う気なんてない。全員まとめてアンタの"主様"の餌にするために、ね?」
ソーマの冷徹な指摘が、静まり返った塔の最上階に突き刺さる。するとソーマの手にしていたプロメテウスの端末から塔の隠された機能から異常を感知したことで危険を意味する警告音を鳴らしていた。
言い逃れのできない決定的な証拠...。その瞬間、フードの奥の若い賢者の顔から全ての歓迎の顔が完全剥ぎ取られた。
「...何とも目障りなイレギュラーだ。これ以上の対話はリソースの無駄と判断する」
バチバチと、賢者の瞳の奥で機械的なノイズが走り、彼女の言葉から人間らしい抑揚が完全に消え失せる。
「防衛プログラムを起動。システムに仇なす不適合者を...排除しろ」
禍々しい崩壊エネルギーの障壁が展開されると同時に、フードを脱ぎ捨てた賢者が、感情のない人形の瞳でソーマたちを冷たく見下ろした。
「来るよ、ソーマお兄ちゃん!」
「やっぱり人形の類だったかッ。暴いてやったぞ識!」
激しい戦闘の予感に、ソーマとゼーレはお互いに愛武器を構え、その光景をソーマの意識内にいる識の律者がソーマと共にニヤリとしてやったりと不敵な笑みを浮かべていた。
今更ですけどここら辺の話って結構複雑なんでストーリーを自分なりに合築するのが面倒なんですよね。ただその核心や目的を知ると中々奥深い内容になっていて面白かったりしますね。
...書く側からしたら難解すぎてたまったもんじゃないですけどね(笑)