『シーグヴァイラ・アガレス様、投了。ソーナ・シトリー様の勝利です』
響くアナウンスが此方の勝利を告げるとともに体が転移の光に包まれ、待機室へと戻される。
アガレスとのレーティングゲームは圧勝とまではいかなかったが、最初から最後まで全体的に此方の有利な展開だった。
俺としては会長の圧勝を予測していたが、彼女も中々のやり手だったようだ。
それにアガレスの『女王』であるアリヴィアンとかいう男、肉弾戦も魔力戦も行えた彼に俺達、いや俺はかなり苦戦した。何より屈辱的なのが、あの男は……あの『ドラゴン』は俺に対して最後まで手を抜いていた。
ドラゴンが人型で戦っているから相手方にもある程度事情はあるのだろうし、俺も正直全力で戦えたとは言えない。ただ、その全てが『今の俺』の神経を逆なでする理由としては十分すぎた。
「やりましたね、元士郎先輩!!……元士郎先輩?」
仁村は勝った事に喜んで俺に駆け寄ってくるが、勝ったというのに一切喜びもしない俺を見て首を傾げる。
駄目なんだ。こんな結果じゃ満足なんてできないんだ。
脳裏に俺達の試合が始まる前に見た真紅の鎧を纏った兵藤がよぎる。
今回のレーティングゲームは同日に行われたが、両方とも注目されていたため開催時間をずらして行われることになっていた。
方や若手最強と呼ばれているサイラオーグ・バアル対赤龍帝や聖魔剣、聖剣使いなど個性的なメンバーの揃うグレモリーとのガチンコ勝負。
方やグレモリーを破って前評判を引くり返した俺達シトリー対前評判ではNo.2で知略を駆使して闘うシーグヴァイラ・アガレスの戦略合戦。
子供の人気だけなら圧倒的に前者だが、大人たちにとってはどちらも注目度が高く、両方とも見たいと言う人が多かったらしい。
開催されている場所は違うが、俺達はこの会場で兵藤達の戦いを映像で見ていたし、向こうも俺達の戦いをさっきまで見ていただろう。
だからこの目で見てしまった。『覇龍』の覇の力を克服し『真紅の赫龍帝』に目覚めた兵藤がサイラオーグさんと殴りあって勝つ姿を……。
同じ場所で足踏みを続けている俺に対して、兵藤は今回のバアルとの一戦で次のステップへ進んだ。そんな状態で『勝利の美酒』に何か酔えない。俺が今回味わったのは『苦汁』以外になんと言えば良いのか。
「サジ、良く頑張ってくれました。貴方が彼を押さえてくれていたおかげでスムーズに事が進みました」
「……ありがとうございます」
会長が俺に労いの言葉をかけてくれる。
口では『ありがとうございます』と言ったが、そんな言葉をかけて欲しくなかった。会長は素直に俺を褒めてくれたのだろうが、俺がアイツに最初から敵わないと思っていたように聞こえてしまう。俺を信じてくれていなかったと思ってしまう。
実際、俺があの男を倒して、キープしていたフラッグを奪取していれば戦況は圧倒的に俺達に傾いたはずなんだ。それだけ重要な役割を任されていた。それが出来なかったのは俺の力不足の他ならない。そんな自分が恨めしい。
「元ちゃん?元気がなさそうだけど、大丈夫?」
「……大丈夫だよ花戒。相手が強かったから疲れたし、気分が悪いんだ。ちょっとトイレ行ってくる」
「え?う、うん。早く戻ってきてね?」
「……ああ」
喜びの色に染まっている部屋を出る。
一人険しい顔の奴がいたら雰囲気も悪くなるし、会長や由良辺りに今の感情を見透かされそうで嫌だった。今は誰かに寄り添ってもらうより、一人でいたかった。
◇
目的の場所までたどり着き、洗面器の前に立つと掛けられている鏡に自分の顔がうつりこむ。酷い顔だ。眉間に皺がより、目もいつも以上に死んでいる。自分の顔とはいえ、まるで別人だな。
「……はぁ」
蛇口を捻り、冷たい水で顔を洗う。
ただ、何度顔を洗っても辛気臭い顔は直らなかった。原因なんか一つしかない。
ずっと真紅の鎧を纏った兵藤の姿が頭から離れない。
「……俺とお前の何が違うって言うんだよ、兵藤ッ!!」
消費した駒の数か?神器か?性欲か?性格か?頭のできか?
兵藤との違いは数あれど、いったい何が俺とお前の差を大きくしているんだ?
「分からねぇよ……全然何一つ分からねぇんだよッ!!」
俺が一歩進めば常に兵藤はその先を行く。
どれだけ頑張っても兵藤との差は大きくなるばかりで埋まる事なんてない。
如何してお前は常に俺の前に居るんだ?悪魔になったのはほぼ同時期だった筈なのに、如何してここまでの差があるんだ?如何して俺はお前を越えられないんだ?如何してお前はそんなに強いんだ?如何して俺は弱いんだ?
――如何してお前は呑気にヘラヘラ笑っているのに、俺はこんな所で悔しくて泣いているんだ?
「クソ……クソッ!!クソッ!!クソッ!!」
鏡に何度も、何度も何度も何度も頭を打ち付ける。鏡がヒビ割れ、破片が額に刺さって血が出ても、そんな事で溢れ出て頬を流れる涙は止まらない。
「……なぁ、ヴリトラ?教えてくれよ。如何して俺は兵藤に勝てないんだ?」
『それは……我にも分からぬ』
ヴリトラに問いかけても答えなんか出る筈がない。そもそもこれには答えがあるのかどうも分からない。
このまんまじゃ俺は一生かかっても兵藤に敵わない。
俺の居場所を、皆を守れるほど強くなれない。
「兵藤、俺はお前が憎くて仕方ないよ。……なんでお前が居るんだ?お前さえこの世に居なければ……お前なんか居なければ俺はこんなに悩むことも、苦しむこともなかったのにッ!!」
俺は一刻も早く強くならないといけないのに。
足らない……力が……力が全然足らない。
圧倒的な力が欲しい……もっとだ、もっと力を……。
兵藤が羨ましい、腹立たしい、悔しい、妬ましい、憎い、俺の中にある黒い感情がお互いに混ざり合い、心の闇がより深くなっていく。今まで理性で押さえていた感情が徐々に俺の思考を支配してく。最早、自分でこの感情を止める事なんて出来ない。
……そうだ、『普通』に頑張っても強くなれないのなら、『普通』じゃない方法を選べばいい。元々強化された能力も、基礎能力の上がったこの肉体も『普通』じゃない方法を使って無理やり手に入れたんだ。
兵藤だって歴代の赤龍帝とは違う方法で強くなっていると聞く。だったら俺も『普通』じゃない方法を取り続けるしかないじゃないか。
「……はは」
なんだ、なんて簡単な事だったんだ。
もう『切り札』を使って無理やり強化することはできないが、まだ俺には手段が残されている。
幸い俺には御誂え向きの能力があるじゃないか。少しだけ本来の能力から外れるかもしれないが、問題はない。神器は持ち主の意思次第で能力を変化させることが出来る。根本が一緒なら可能なはずだ。
この世界は弱肉強食。
弱者は強者に虐げられ、喰われる運命だ。
――足らないのなら他から奪えばいい……。
顔をあげて目に入ったのは、ヒビ割れた鏡の中で狂気的な笑みを浮かべている自分だった。
とうとう匙君がぶっ壊れてバーサークモードに突入しました。