竜になってからというもの、穏やかな気性になったと自覚している。反対に、身の脅威を感じた時の怒張具合と言ったらない。
それがこの体の特徴。個人的に、この穏やかさは怒りの感情が薄いというよりは、一定以上の脅威を感じなければ怒れないというのが正しいように思える。
オオナズチに悪戯された時もその場は何とも思わなかったが、頭の棘を折られてからは堰を切ったように怒りが噴き出してきた。
頭の中で浮かべる言葉すら口が悪い物に。ともかく吾輩はちょっとやそっとの事では怒れない体になった。
現に吾輩の目の前を通るクソババア、もといロリババアにも怒りを抱けぬのだ。前にライゼクスをぶつけてきた太刀使いもセットというにもかかわらず。
個人的な恨みがある間柄の者が2人。しかし、吾輩にできるのは尻尾を大地にぺちぺち叩きつけるだけ。
「こ、これは怒っているんですの?」
「それにしては覇気がないのう」
ウサギの足ダンに似た精一杯の不満表現も、奴らには脅威ではないとみなされたらしい。
ロリババアは前の生肉より数倍大きな肉をこちらに放って来た。少し遠くに落ちたが、ガノトトスのように這いずりパクつく。
「いっ、つつ……」
「大丈夫ですの? あれだけのケガを負ってそれほど時間も経っていないのですから、あまり無理をしない方が良いのでは?」
「そうもいかん、直近で一番恨まれておるのは儂なのじゃ。囮になるなら適人。秘薬も飲んでおるし何とかなるじゃろうて。しかしこの様子ではのう」
「ですわね。とはいえ、この様子であれば適当に肉でも食わせて眠ったのを見計らえば安全に通行できるのではなくって?」
「前のようにもんすたぁの横槍が無ければそうじゃのう。それにしても仇敵の前でここまで見事な喰っちゃ寝を見せられると、いっそすがすがしいのう。憎しみや恨みの対極に位置する精神性なのじゃ」
「ただ知能が低いだけではなくって?」
「あ奴と対峙した事のあるお主らしくもない感想じゃのう。賢さを使う目的が人とは違うだけで、あれは相当な知恵者なのじゃ。食う事と敵を排除することに関しては相当に高等じゃろうて」
「それはまぁ、その通りですわね」
「それに儂らの言葉を理解しているようじゃしのう」
「え、本当ですの? まぁ? それぐらいなら私のフーちゃんでも出来ますけど!?」
「どこで張り合っとるんじゃ」
「じゃあ試してみましょうか。尻尾を上げてくださる?」
理解はできるが、聞く道理はどこにもない。
「……動かないじゃないですの」
「あ奴の身になって考えてみい。赤の他人から指図されてその通りにはせんじゃろう」
「じゃあ、尻尾を上げてくれたら肉をもう1つ差し上げますわ」
聞く道理ができた。ビッシ、と尻尾を屹立させる。
「確かに理解しているようですわね」
太刀使いが放った肉を空中で受け取る。
「しかし、誰が言葉を教えたのでしょうか? この大陸には先住民がいるとか?」
「少なくとも儂らと同じ共用言語を使える者じゃな。それにモンスターへ言語を教えるとなるとのう……」
「巷で聞いた、モンスターを手なずけるライダーとかいう者の仕業でしょうか?」
「仕業と言うと悪し様に聞こえるが、その線が濃厚かもしれんのう」
今日の糧を得た吾輩は心地よく眠りについた。
「ともかく、ご飯さえ与えていれば問題なさそうですわね」
「然り」
♢
(吾輩熟睡中 一方)
セカンド古龍渡りの地、ハルフエ。その地を調査するべく多くの調査員が2隻の船に分かれて海を渡ったが、後発船は謎の嵐に巻き込まれ多くの調査員が先発隊と合流を逃す。
そして今、救助隊によりはぐれた後発隊は調査拠点へ避難を行っている。避難ルートの選定は困難を極めた。
戦闘狂の
しかし、一足先にはぐれ隊の様子を見に行った狩人によると、病により容態の優れない者が多いと言う。薬は与えたが満足な住環境や物資の無いまま時間をかければ、死者の出る可能性が高い。
急いで救助活動を行い二次災害が出るのを考慮すれば、見捨てるという手もある。しかし、はぐれ隊には高名な生物学者や鍛冶師もおり、見捨てる事は今後の調査に影響を及ぼすとの事で救助が決定された。
そのため、比較的安全な避難ルートを早急に選ぶ必要があった。その中で選ばれたのはエスピナスの縄張りを通るルート。
このエスピナスは、新たな地の調査隊に選ばれるほど腕の立つ狩人を二度も瀕死に追い込んだという事で、種族に設定されている以上の危険度を付けられていた。
尻尾の裏に特徴的な古傷がある事や、頭部の棘が折れていることから”傷付”という二つ名で呼ばれることに。
かのエスピナスの行動範囲自体は狭いが、野生のモンスターたちもその武勇を恐れてか、刺激しないように縄張りの近くで争おうとはしない傾向にある。
そんな腫物の縄張りが、何とも不幸な事に調査拠点とはぐれ隊の丁度中間地点に存在する。その縄張りを突っ切る事さえできれば、迅速かつエスピナス以外のモンスターと戦う可能性を低くできるのだが……。突っ切る事さえできれば……。
じゃあ突っ切れば良くねぇか?
誰かがそう言った。元々エスピナスというのは温厚な種族で相当に突き回さなければ、手を出してこない。
せいぜい頭をフル(・_・ 三・_・)フルと振って外敵を追い返す程度。もちろん個体差はあるが、そのような生態で通っている。
しかし、人間に2度も縄張りを荒らされた傷付の前を通るのは危険では無いか?
その調査をするべく縄張りを荒らした2人の狩人が傷付の元に派遣された。最悪、その2人がヘイトを買えるのであれば、縄張りから引き離している内に抜けてしまおうというセカンドプランも込みで。
調査の結果は無問題。飯を食わせておけば良いだろうとの事。調査団は総力を挙げてカエルと甲虫を捕獲し、傷付の縄張りに放流する。
傷付の就寝を確認後、はぐれ隊の救助を実行。救助中は何も起こらず、驚くほど無事に遂行された。手こずった事といえば縄張りの通り道を塞ぐ、作為的に積まれた木々の処理ぐらいだろうか。
救助が終了して状況に一段落がつくと、調査隊は腰を据えて本来の目的である古龍が求める高エネルギー地の発見を果たそうとする。
すでにその地の目途は付いている。密林の中でも一際目立つ巨大樹。新大陸にも古代樹と呼ばれる大きな樹木が存在していたが、それすら比べ物にならないようなビッグモンスター。
植物としてあり得ない成長を果たしているのは、地脈からエネルギーを吸収した結果では無いか。調査団は巨大樹の下に地脈の回廊があると予想し、ひとまず巨大樹の元に向かう事を決断した。
その障害となるのは、やはり大型のモンスターであろう。特に古龍。生涯に一度見たことのある奴は格段に運が悪いと言われるほど珍しくも脅威的な古龍。
この地ではその古龍が短期間に2度も確認されている。1度目は嵐を発生させ後発船を吹き飛ばしたクシャルダオラ。2度目は、はぐれ隊への物資供給中に妨害を仕掛けて来たオオナズチ。
これら強力なモンスターを退けながらの調査を行うためには相応の準備が必要だ。準備の一環として傷付を討伐し、濃毒血を蓄えるべきではという声も上がった。
確かにクシャルダオラなどは毒により風を操る力を抑制する事も出来る。エスピナスほどの強力な毒を扱う事は調査の助けになるだろう。
しかし、その案は会議中に小便を漏らす狩人が現れたことにより有耶無耶となった。