人にも食事の好き嫌いがあるように、竜にも好き嫌いというはあるのだろう。吾輩の好みはゲリョスであった。
甲虫やカエルとは異なるゴム質皮の食感。牛のセンマイのような食べ応えがどうにも気に入ってしまった。
きっかけは、気まぐれに縄張りから足を延ばした時に見つけたゲリョスの死骸。腐肉を食べる習性は無いものの、特に嫌な匂いもしない新鮮な死体だったため、興味本位で口を付けてみた。
ゴム質の皮を食いちぎるのは難儀したが、それを上回る好ましい口当たり感が広がる。やけに血が飛び散るのが気になりながらも1口、2口。
「カアァアアン! カァッ! カァッ!」
するとゲリョスが急に暴れ出した。何と、死んだふりの擬態であったか。肉を貪られながらとは、中々気合の入った個体だ。
……いや、違う。
死体が喋っている。
吾輩はゲリョスを押さえつけ、そのまま食事を続けた。腹は満ちたが、もう一度味わいたい。その一心で吾輩は放浪の旅に出る事に。
時には他のモンスターを威嚇で追い払い、時には茂みに擬態しながら。自分でも驚くほどの行動力を発揮しながらゲリョスを探す事半日。
腹が痛い。まるで腹の中に炭酸ガスでも湧いているかのようにグルグルと鳴っている。原因は明らかであり、ゲリョスの皮であろう。
普段食さぬものが腸に合わないのは道理だ。そういう意味では吾輩の迂闊。しかし、僅かな気のゆるみの仕打ちとしてはあまりに惨い腹痛。
現に片足を上げた状態で静止する吾輩は、僅かに身じろぎをすると肛門から実が出ると確信している。周りにトイレもないこの状態でこの苦境をどう切り抜けるか。
答えは失禁。ここは自分の縄張りでもない。発つ竜は後を濁す。
ということで吾輩は一歩を踏み出し、糞便もひり出し。多少は腹の様子が収まり、己の便を確認する余裕も出て来た。
振り向いて見れば、いつもの健康的なものに及ぶはずもない軟便が広がっていた。僅かに血も混じっている。近くを通りかかるフンコロガシすら見向きもしない。
すでにゲリョスを食べようという気力は薄れ、縄張りに帰ろうと踵を返したその時であった。
「コ”オ”オ”ォ”ン!!」
口腔内で綺麗に反響した重低音。特徴的なその音は空から聞こえる。上を見れば、小さな戦闘狂のイャンガルルガがこちらに滑空してくるところであった。
吾輩は避けようとするも、体が戦闘モードに入っていないため血の巡りが悪く、素早く動けない。代わりに硬い甲殻で突進を受けながらいなす、
イャンガルルガは勢いそのままに壁へと激突した。ここが彼の縄張りであるのなら侵入者として攻撃されるのは道理。面倒はゴメンなため、ガルルガの頭が岩壁に突き刺さっている間に遁ずらをこく。
茂みや木を隠れ蓑にしながらだいぶ距離を取った。しかし、どすどすと後ろから追跡してくる音が。いかにして吾輩の逃走経路が分かったのか。後ろを見れば、軟便がぽとりぽとりと落ちている。
ヘンゼル、もとい便出るのごとく道しるべを置いていたとは。どうにも逃げる事は難しいようでガルルガと対峙する。
非怒り状態のままどうしたものか。何度か攻撃を貰えばカッカくることも可能だが、望んで怪我をしたいわけもなく。
ガルルガは自慢の脚力で距離を詰めてからのサマーソルトキック。こちらの顎を狙った一撃を首を引っ込めて避ける。
そのまま上空から急降下してきたガルルガは嘴を振り下ろしてくる。一歩引けば、奴の顔が地面に埋まった。勢いよく引っこ抜かれた嘴がまた振り下ろされる。
避けた後、地面に埋まったガルルガの頭を踏みつけた。奴はジタバタと暴れるが、体格差で大きく上回る吾輩を退ける事は出来ず。
そのまま首の骨を折るべく、反対の脚で蹴りつけようとする。しかしガルルガは体重移動の僅かな隙を見逃さず、大地を蹴って吾輩を退けた。
その動きはまさしく倒立に失敗して勢いのまま背中を打ち付ける小学生そのもの。振り払われた吾輩はグラビモスのように背中から前転をして受け身を取る。
嘴を地面から抜いたガルルガをよく見ると、その嘴にはいくつもの傷があり、片目は潰れている。中々に歴戦の猛者である様子。
こいつの相手をするのは相当に面倒だ。麻痺毒でも喰らわせて逃げるのが一番手っ取り早い。
しかし、単純なブレスは避けられるであろう。至近距離で麻痺毒ちゅっちゅするにも、あんな気狂い鳥竜種と接近戦はごめんだ。そもそも腹痛のせいで戦いたくすらない。
ここは不意打ちといく。その場で何度か足踏みをして準備を整える。ガルルガ特有のノーモーションタックルを肩で受けながら回転扉のようにいなした後、ガルルガに背を向けて逃げる。
もちろんガルルガが無防備な背中を見逃すわけもなく、後ろから常竜離れした脚力で追いかけてくる。
そこに刺さるのがこの
ノーモーションというガルルガのお株を奪う形で放たれた散弾便LV3は奴の顔面を直撃した。
「グ、ゴコォオ……ン!」
濃毒血が混ざった血便には当然麻痺効果もあり、ガルルガの動きを鈍らせる。そのまま拡散便LV2のおかわりで完全にガルルガの動きをシャットダウン。
吾輩は悠々とその場を立ち去った。