吾輩はエスピナスである   作:RKC

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13話

 下痢、あるいは腹下し。どちらにせよ下降調子の吾輩はイャンクックの縄張りに失礼していた。

 

 いつ漏るか分からない状態で自分の縄張りに戻りたくはなかった。微動だにしていないおかげで、イャンクックには見つかっていない。

 

 どうやら繁殖期であるらしく、複数匹の先生が群れを成して暮らしている。その職員室の軒先をお借りして療養中。

 

 先生の中には胸元に毛が生えている個体も見られ、あの羽毛で卵を温めるのだろう。いかほどの触り心地か確かめてみたい気持ちはあるが、竜の体ではその心地を十全に味わう事は叶わず。

 

 とはいえ1匹だけ子供が生まれており、その役目の一端を終えているらしい。しかし子供の色がどうにも黒い。あれは……。

 

 成体は子供の世話を甲斐甲斐しく焼いている。

 餌、水、身だしなみ。

 

 吾輩も世話してもらいたいものだ。

 

 

 

       ♢

 

 

 

 数日経って。珍しく巣の周りには成体の姿が無い。ぱきゃ、と乾いた音が聞こえる。

 

 音の方を見ると卵が割れていた。そう思う間にもまた1つ、巣から卵が落ちる。巣の上では黒い子供が卵を落とそうと躍起だ。

 

 イャンガルルガの托卵がこれ以上ないくらい上手くいっている。割れた卵からはバロットのような孵化寸前の個体が野ざらし。

 

 腸を労わり、食事を最低限にしていた吾輩。数日ぶりに立ち上がり、イャンクックのバロットを食べる。

 

 イャンクックは意外に可食部が多く、軟骨などが有名らしい。その感触はバロットでも味わえた。ここまで幼体だと普通の骨が軟骨感触かもしれない。

 

 地面の2体を食べると、ちょうどおかわりが巣から落ちてくる。それも食むに丁度良い間隔で。わんこバロットを食べ終えた頃には、勝利の雄たけびを上げるイャンガルルガの幼体が巣に1匹のみ。

 

 首を起こして巣を覗き込み、0匹にした。腹が膨れた吾輩は世話になった縄張りを後にする。

 去り際に帰ってきた先生達がトサカを立てて襲い掛かって来た。その場に蹲っているだけで、硬い甲殻に阻まれて半分が退場。もう半分は棘が僅かに欠けた所から噴き出る濃毒血に敗れていた。

 

 

 

        ♢

 

 

 

 久しぶりの縄張りに帰宅し、相も変わらず寝そべっていると、見たことのある顔が通りかかった。

 

 片手剣使いの褐色デカπが弓を背負っている。それよりも目立つのは、手にネムリガスガエルを持っていることだ。

 

「あー、ガス出しちゃだめでちゅよ~! もうちょっと後で出して貰いますからね~?」

 

 丸の内のOLがチンチラを愛でる時もかくやという、猫なで声をだしながらネムリガスガエルを捕獲している。

 

「籠の中入れる? あ~入れたぁ~! 偉いでちゅねぇ~!」

 

 何かいけないものを見てしまった気持ちにさせられる。甚だ不本意であった。

 

「あ、エンエンク~! もふもふで可愛いですねぇ~!? 毛並みはふはふ……。ちょっとフェロモン分けてもらいまちゅからね~。ここには狩りに使える生物多くて嬉しい悲鳴でちゃいまちゅね~! あの膀胱の緩い要介護ハンターから買ったスリンガーも便利でちゅしね~!」

 

 独り言が多い人間はストレスを抱えていたり、自分の状況を周りに伝えて構ってもらおうとしているらしい。人の身というのは大変なものだ。そのような苦悩を超越した竜の身こそ、この世の至高よ。

 

「はふはふ……」

 

 しかし、エンエンクのもふもふに顔を埋められるのは羨ましく目に映る。今の吾輩では毛並みの感触を確かめる事も出来ない。

 

 そも、吾輩の縄張りで勝手に食料を荒らさないでいただきたい。そう思うと、片手剣使いが肉を放り投げてきた。

 

「お~よちよち……。あのおっきいのこわいでちゅね~。でも、餌をくれてやれば勝手に寝るでくの坊だから怯えなくて大丈夫でちゅよ~」

 

 言い方というのは人を務める上で非常に大事なものだ。内容は同じでも相手に与える印象は大きく異なる。その点であの片手剣使いは落第ではないだろうか。

 同種族とのコミュニケーションが希薄なモンスター種族をセカンドキャリアとしてお勧めしたい。

 

 とはいえ言っている事は正しいのだが。

 腹を満たした吾輩はすぐに寝た。

 

 

 

        ♢

 

 

 

 (吾輩熟睡中、一方)

 

 仮キャンプ付近で目撃された歴戦のイャンガルルガ。調査員が襲われたものの、近くにいたハンターたちによって尻尾を切断、撃退された。しかし止めを刺すには至らず。

 

 その翌日、イビルジョーの死骸が近くで発見された。傷痕からイャンガルルガが仕留めたとみられる。

 その報告の直後、件のイャンガルルガは調査拠点にまで押しかけて来た。重厚な木の扉と櫓から放たれるバリスタやボウガン、矢を受けて撤退。

 

 しかし、歴戦の知能と戦闘力を持つモンスターに拠点の場所を覚えられたのは相当に不味い事態だ。

 

 尻尾を失い、確実に戦力を落としたにもかかわらずイビルジョーを仕留めるイャンガルルガ。調査隊はこの個体に”創痍”という特別な二つ名を付け、危険視した。

 

 即時の討伐が望まれたが、最初に派遣されたハンターたちはあえなく敗走。ネコタクのおかげで死者こそ出なかったものの、重傷を負っての敗走。

 

 腕の立つハンターを再度派遣しようとしたが、運悪く産卵期を迎えたリオ夫婦が拠点の近くを縄張りにしようとちょっかいをかけてきているため、そちらの対処にも手を割かなくてはいけない。

 

 ハンターの数も有限であり、どうしたものかと頭を悩ませる上層部。しかし、1人のハンターが手を上げた。

 

「準備のための人工をよこすなら、創痍は俺1人でやれる」

 

 二つ名付きのモンスターを1人で狩るという言葉に、他の者たちは懐疑的な目を向ける。彼女は一同を納得させるために狩猟計画を話した。

 

 確かにその作戦であれば、創痍を単身で狩ることも可能だろう。しかし、その内容は余りに狩人としての矜持に反するものであった。

 

「自然との調和を目指すハンターとしてそのような事を……」

「自分勝手な真似をすればいつかしっぺ返しを食らうぞ」

「これだから最近の若い者は。自然への敬意が足りん」

 

 主に年を召したハンターから反対意見が飛ぶが、提案者はどこ吹く風。先に他のハンターが食いつく始末。

 

「この大変な時にな~にが自然との調和ですの!? どんな手ぇ使ってもぶっ殺すのが優先でしょうに! 自然に調和したぶっ殺しかたの代案も出さないくせにグダグダ言わないでいただけます!?」

 

「な、なんだその口の聞き方は!?」

「自然どころか年上への敬意もないと見える!」

「黒龍伝説を知らんのか? 自然の摂理に反し、怒りを買ったせいで一夜にして国が滅んだという……」

 

「お伽の化物より目の前のモンスターでしょうに! どいつもこいつも脳味噌の肉質カチカチでいらっしゃるのかしら!?」

 

「それぐらいにしておけ」

 

 どんどん言い争いがヒートアップしていくが、調査団の団長の一声でひとまず静まる。

 団長は難しい顔を浮かべていた。

 

「……ニジィ殿はどう考える?」

 

「ん、ぉえ? わ、儂かの?」

 

 いきなりの指名に驚くニジィだが、場の空気を読んで自分に求められていることを果たそうとする。

 

「そうじゃのう。儂にはどちらの意見が正しいと言いきることはできんのじゃ。ただ、この世には原因と結果の2つが存在することは言えるじゃろうな」

「生態系を脅かせば、居場所を追われたモンスターから被害を受けるかもしれん。創痍を狩らなければ拠点が襲われるかもしれん」

「その可能性の濃い薄いをはかり、最終的に判断を下すのが団長の役目じゃろうて。無論、どちらか片方の意見に肩入れして、もう片方が不満を持つことによる今後の調査への影響も含めてじゃの」

 

 ニジィの発言に多くのハンターが、自分たちの言い争いが団長に負担を与えていたと思い至る。皆が罰の悪い顔を浮かべるのを見てから団長は声を上げる。

 

「ハンターとして自然との調和を大事にするのは基本だ。しかし、こと今に至っては緊急事態。その矜持を曲げることを許して欲しい」

 

 

 

 討伐が決まった翌日、一任されたハンターはエンエンクを吸いながら森を闊歩していた。押さえ込まれたエンエンク。初めのうちは暴れていたものの、生物の骨格を知り尽くした狩人のロックに勢いが失われていく。

 

 その様子はまるでヴァルハザクに瘴気を吸い上げられる、哀れな小動物の姿。

 

「……ったく。ハンターはどいつもこいつもモンスターとの直接戦闘が常套手段だと思いやがって。こんな未開の辺境に勇んで来るやつらは特にそうだ。武器を使うのは最終手段だろうがよ」

 

 エックスはエンエンクを吸いながらも吸気発声で愚痴を吐く。目的地に着いた彼女は先ほど捕獲したネムリガスカエルとエンエンクを入れ替え、カエルを丁寧に仕掛けた。

 

 崖の上を見上げると、仲間が腕で大きな丸を作っていた。

 

 準備は完了、ついに訪れる狩りの時間。エックスはエンエンクの尻に顔を埋めて、臭線から出るフェロモンを身に纏った。

 

 用済みとばかりにエンエンクを放り投げ、懐からイビルジョーの牙を取り出す。それを喉元に当てた。

 牙をあてがう場所には酸で爛れたような傷痕。

 

「……っはぁ」

 

 喉を詰まらせた吐息を漏らしては牙を懐に仕舞う。先ほどまで安静時心拍数をキープしていた彼女の心臓は、戦闘態勢に入っていた。

 

「やるか」

 

 彼女はまず千里眼の薬を飲んだ。僅かな時間だけ全身の感度を高め、辺りのモンスターの位置を特定する。

 

「トビカガチ、アンジャナフ、ダイミョウザザミ、ライゼクス……そして創痍。下見通りだな」

 

 感知した全モンスターの場所を通り、イャンガルルガまでたどり着く道のりを頭に思い浮かべる。

 

「擦り付ける先が他のハンターだったらギルドに殺されるな……」

 

 最後にぼやき、その場を離れた。

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