嵐の日は人も虫もモンスターも外出を控える。外に出るのは窒息を免れようとするミミズだけ。それも無慈悲に洗い流す大嵐。
崖の窪みにある調査団拠点も渦巻く風にさらわれ、物資や住居に被害が出ていた。窪みの一番奥にある本部では、この嵐に対する緊急会議が行われていた。
とはいえ、初めの方はこのような事態を招いたと考えられる原因を責め立てるばかり。
「見たことか!」
「自然を蔑ろにするから、古竜の怒りに触れたのだ!」
「どう始末をつけるつもりだ!」
「……」
視線を向けられているハンターは、フードを深く被って俯くばかり。
「今さらになってそんなことを……!」
「この度の事態は私の判断ミスが招いたことだ。本当に申し訳ない」
団長が頭を下げれば、文句を言っていた者も、反論しようとしたものも皆黙った。
「この嵐はクシャルダオラの仕業だ。爆発音によって眠りを妨げられ、怒っているのだろう。この個体は後発船を吹き飛ばした個体と同一だと考えられる」
「また、このクシャルダオラは翼が銀朱に染まっているという目撃証言があった。そのような個体に覚えがある者がいるので説明をお願いしたい。イブ殿、頼めるか?」
「承りました。かの個体は元エルガド王国跡地で発見され、怪異克服個体と呼ばれておりますわ。キュリアという寄生生物のエネルギーや毒素を克服し、通常の個体よりはるかに強力な力を持っています」
その説明を聞いて場にお通夜ムードが漂う。ただでさえ強力な古龍が更に力を蓄えたとなれば、無理もない。
「何か弱点はないのか?」
「現状、発見されていませんわ。やるなら正面からガチンコですわよ」
「そうか……調査団を総動員しても厳しい戦いになるだろうな」
嵐のせいで、船を使っての帰還は不可能。その上、食料調達もままならず。
「戦える自信があるものは狩猟の準備をしろ。毒武器の用意を忘れるな!
それ以外の者は荷車にバリスタを乗せ、地に固定できるよう改造しろ! 拘束用バリスタ弾の用意もだ!
怪異克服クシャルダオラの討伐は5日後の正午より行う! 拠点にいる全ての者に通達しろ!」
「「「了解!」」」
相手が強大な古龍とはいえ、流石に血の気の多いハンターたち。威勢の良い返答が木霊した。
♢
4日過ぎた夜になれども嵐が収まる気配は無い。明日の決戦のために準備をしている者、決戦の当事者として休養を取る者。
「っふあ……」
いずれにしろ緊迫した雰囲気が漂う中、1人だけ大あくびしているのんきものが。
「1日中空が暗いから生活リズムぐちゃぐちゃですわ……。とはいえ、流石に眠くなるのが早すぎなくって……?」
ガタガタと風で揺れる窓枠に眠気眼を向けて呆けるイブ。ふと、窓の外を人影がよぎった。
「……?」
人影がよぎった方向には崖の上に通じる道しかない。こんな嵐の中、何の用で?
不思議に思ったイブは窓を開けて外を覗いた。
「どしぇーーッ!!?」
当然のごとく嵐に晒される。首を引っ込めて嵐支度を整えてから人影の後を追った。
崖の上で踞る影1人。耐水の装衣と不動の装衣を重ね着し、崖から脚を投げ出して座っている。
装衣の下でもぞもぞと蠢き、イビルジョーの牙を肩口の傷跡に押し当てていた。
「エックス様。こんなところでどういたしましたの?」
「……イブか」
「お隣に失礼しますわ」
2人並んで崖に腰かける。
「もしかして、今の状態を招いたのは自分のせいだと思って責任感じていますの?」
「それもある」
「その事についてはあなたの独断じゃなくて、団長が作戦を許可していたのですから気になさらないでください。他には?」
「さらっと流すなよ。あの時射ってたらこんな様は避けられたかも知れねぇんだ」
「ふあぁ……。あ、申し訳ありません、眠くって……。何ですって?」
「……もういいよ」
「でしたらもうひとつの理由は? こんな崖に腰かけて……」
「狩りの心構え。いざってときにビビらないよう前もって死に触れて慣らしておく」
「あぁ、いますわね……そういう人……」
「まぁ、お前から翔虫の扱い教わってからは、高いところにいても危機を感じなくなった。ここに来る意味はなかったけどな」
「……」
イブの首が横に傾ぎ、エックスの肩に乗った。
「……おい」
エックスがイブのフードを取る。
「オギャアーッ!?」
「聞けや、人の話し」
「き、聞いていましたわよ、はい、それはもうもちろん! え、エックス様はあれですわね。もう少し自分に自信を持った方が良くってよ! 私も貴方に助けて貰った身ですし!」
「はいはい。ガキの寝坊助はさっさと家に戻ってろ。というか太刀の代わりは見つかったのか?」
「イャンガルルガが自切した尻尾で……作って貰いましたわ……」
「お前、良く嵐の中で寝られるな……」
エックスは再び意識を飛ばしかけるイブを背負い、崖を降りた。
♢
一方、嵐の中で荷物を背負って走るもの、また1人。 それはとある家の中に入って行く。
「こ、ここに置いておけば良いですかぁ……?」
「おぉ、そこじゃ。わざわざすまんかったの」
「い、いえ……。それよりも身体を休めたらいかがですかぁ……? 朝からずっとトレーニングしているって聞くんですけどぉ……」
フィーが言う通り、ニジィは狩猟笛を片手で振り下ろし、途中で制止させる素振りをずっと行っている。
「心配するでない。明日に備えて身体を起こしている所なのじゃ。この歳になると身体を臨戦態勢に持っていくのも難儀でのう」
素振りの手を止めたかと思えば、フィーの持ってきた荷物を漁り、中からジャーキーを取り出しては囓る。
そしてまたトレーニング。
「い、今まで本気じゃなかったってことですかぁ……?」
「そう言われると手を抜いていたみたいで心外なのじゃが……まぁ、そうじゃな。若い頃と違って常に本気で戦えるほど肉体が頑張ってくれん。本気を出すのはこういう大規模作戦の時くらいじゃな」
「すまんのう、1人で大喰らいして。その分の働きはしてみせるでの」
「あはは……。あ、このジャーキー、モスの肉ですねぇ……。それも香りが良い、特産キノコ食べてるヤツ……。ちょっと熟成足りてないみたいなので、お酒塗って世話してあげても良いですかぁ……?」
「どうせ今日食べるのじゃ。そのままにしておいて構わんよ」
「えーもったいない……ひとつだけ残して置きましょうよ……」
「明日、生きて帰って来るとも限らんのじゃ。食ってしまう方が良いじゃろう」
「か、帰ってきますよぉ……。こういう楽しみがあるから生きて帰ろうと思うんじゃないですか……?」
「そういうもんかのう」
フィーがジャーキーに塗る酒を用意してから、ニジィのほうを振り返る。
「そういえば、ニジィさんってどうしてこの大陸に来たんですか……?」
そう聞かれたニジィは僅かに口角を上げる。
「そうじゃのう。死に場所を求めて、といった所かの」
「な、なにかあったんですか……?」
フィーがそう聞いた瞬間、ニジィは狩人の鋭い目付きに変わる。
「んー!? 儂の昔に興味があるとな!? お前さんがそう言うなら仕方ないのう! 求められれば話すのが筋というものじゃろう! あれは儂がまだ、ポッケ村で白雪鬼と呼ばれておった頃……」
「あ、やっぱ良いですぅ……。お邪魔しました……」
踵を返すフィーをニジィは全盛期の動きで捕まえる。
「こりゃ! お前さんが隙を見せたのが悪いんじゃ! ほれほれ、大人しく年寄りの昔話を聞けぃ!」
「くぅー……。まぁ、ニジィさんにまるっきり興味がないというわけでも無いですし……」
「そうじゃろう、そうじゃろう。あれは儂がまだ、ポッケ村で白雪鬼と呼ばれておった頃……。あの頃は見つけたモンスターを手当たり次第狩りまくっておった。」
「はぁ……」
「今ならギルドから大目玉を食らう行為じゃが、当時は飛空艇などインフラが発達しておらなんだ。加えて田舎過ぎるゆえ、ギルド職員もおらんでのう。村人も狩った素材を納める限りは感謝こそするものの、儂を咎める者はおらんかった」
「まぁ、村の脅威を倒してその上、物資を提供すればそうでしょうねぇ……」
「然り。儂の生き甲斐じゃった、もんすたぁの珍宝集めも捗ってのう……」
「……ん? ち、ちょっと待って下さい……。ち、珍宝ってこれですかぁ……?」
フィーは股間に手を当てて人差し指を上に立てる。
「そう、これなのじゃ」
ニジィも股間に手を当てて答える。
「あぁ、ですよねぇ……。認識が間違ってなくて良かったです……」
「古い言葉をつい使ってしまってすまんの。分からないようであれば、都度聞いてほしいのじゃ」
「はい……そのときは遠慮なく……」
「続きじゃな。もんすたぁの珍宝を集めすぎて自宅が秘宝館と呼ばれるようになった頃……」
「……んー?」
♢
「……かくして、性欲の薄くなった儂は生涯をかけて集めた収集物にすら、感慨を持てんようになってな。生きていてもしょうがないということで、この調査で墓を立てるつもりなのじゃよ」
「くしゃるだおらの特異個体相手であれば、是非もなし。……団長やエックス辺りが気に病みそうじゃから、あんまり死ぬわけにもいかんのじゃが。まったく、人間関係は面倒じゃ」
「はぁ、大変だったんですねぇ……」
(正直、珍宝収集で脳の理解が詰まってその後の話はほとんど理解できてないけど……)
「というわけじゃから、明日生きて帰る保証はもちろん、つもりもないのじゃ。そのジャーキーはお前さんが好きにするとえぇ」
「じゃあ、ここに干しときますね」
「構わんが、儂が死んだら引き取りに来るのじゃぞ。腐らすのはもったいない」
「大丈夫ですよぉ……。即死しない限りは私が回収して帰ってきますから……」
「年寄りを無理に延命しようとするとは非道な……。まぁ、死んでも生きておっても後始末は頼んだぞ。そういえば、フィーの方はどうしてこの大陸にきたのかえ?」
「……腕相撲ギャンブルの借金をここに来る報奨金で建て替える為に……」
「そ、そうじゃったか」
夜は更けていく。