「ビィィィィイイイィンッッ!!!」
嵐をも押し返すような大声が密林に響く。エスピナスは叫び終わるや否や、竜巻に向かって駆け出した。空気抵抗を極限まで減らした突貫スタイルで竜巻に突っ込んだかと思えば、一瞬で空へと吸い上げられていく。
「あ、あれで上まで行くつもりですの……!?」
「竜巻でズタズタになりませんかぁ……?」
「よしんば上にたどり着いたとて、この風ではのう……」
3人が呆れる中、1人だけはエスピナスが吸い込まれていく様子を冷静に眺めていた。
「……おい、お前ら。閃光玉全部持ってついてこい」
他の3人が返事をする前に竜巻の方に駆けだしていくエックス。竜巻のすぐ目の前まで寄れば、風圧で彼女の体が浮いた。
「やっ、べ……!」
不動の装衣を着ていても体が持ち上がる圧倒的な風圧。遅れて到着した3人がエックスを抱きかかえて何とか地に降りた。
「バッカじゃないですの!!? 死ぬおつもりで!?」
「は、早く逃げましょうよ……! こうなったら団とか関係なく各々サバイバルするしかないですって……!」
「儂より死にたがりかお主!?」
「これが最後だ! 竜巻に乗せて閃光玉をあいつにぶち込む! 良いからテメェらも閃光玉うえに投げやがれ!」
「あーもう! あんな上まで届くわけ無いでしょうに!!」
「私、持ってないんで皆さんの楔になっときますね……」
「下手するとあの子の邪魔になりゃせんかのう……。なにもしないよりはマシじゃろうが」
風で暴れるポーチを何とか抑えながら手にした閃光玉を竜巻に投げ込むハンターたち。一方でエックスは投げ込まれた閃光玉の動きを観察する。
大きく円を描いて炸裂する玉。
風が弱い中心域に到達して落下しながら炸裂する玉。
強い上昇気流に乗って急上昇するも、途中で弾かれて炸裂する玉。
エックスは強い上昇気流めがけてスリンガーの弦を短く調整し、閃光玉を鋭く射出する。
ハンターの動体視力でも見失う勢いで竜巻に吸い込まれていく玉。しかし、クシャルダオラの元までは届かず半ばで炸裂。
「くそっ……!」
エックスはスリンガーの弦をもっと短くして張力を稼ごうとする。しかし、張力を強くしすぎて彼女の力では引けない。あまりの強さに弦で指を切り、血がにじむほど。
「竜巻もこっちに近付いとるのじゃ。これで最後にするのじゃぞ」
横から小さな手が伸びる。エックスが手こずっていた弦を一息で引いた。
「ばっ、婆サーカー……」
「驚いた分差し引いても流石に口が悪すぎんか?」
「半分冗談だよ。助かったぜ……!」
「半分なのかえ?」
エックスは婆ケモンの反論を聞き流しながら狙いを付ける。竜巻は目の前まで迫っており、角度的にほぼ真上へのラストシューティング。
余りの張力反動でスリンガーが自壊する。放たれた閃光玉は瞬く間に上へ吸い込まれ、先行していたエスピナスに追いつく。
長い間竜巻に揉まれていたエスピナスは傷だらけであった。
激昂して血が通ったせいで柔らかくなった甲殻は裂傷まみれ。折れていない棘の方が少なく、翼膜には巻き上げられた木や枝が複数刺さっている。嵐の中でなければ揚力が足りず、空を飛ぶこと叶わないだろう。
エスピナスはそのような惨状でも目を閉じ、ゆったりと竜巻に身を任せている。最初の一撃の全てを賭けるため。十分上空に昇ったエスピナスは目を開いた。
竜巻の中から下方に見えるぼやけたクシャルダオラの姿。今まで溜めていた力で翼を一度振って竜巻から離脱する。
その動きで生じる風の乱れ。敏感に感じ取ったクシャルダオラはエスピナスを見上げた。
瞬間、竜巻の中で閃光玉が炸裂した。風の壁に光を屈折させられても、なお瞳孔を焼く程の閃光。
閃光を背にエスピナスはクシャルダオラに墜落する。地を離れて役目を失ったかと思われたその足でクシャルダオラにしがみつき、共に堕ちる。
体格で劣るクシャルダオラはエスピナスを振りほどけない。すでに地面が目の前に来ている。
風のクッションを挟んだ上でも大地を揺るがす衝撃。あまりの力に鋼竜と呼ばれるクシャルダオラも翼を折り、エスピナスも片足を折っていた。
拘束が緩んだ隙にクシャルダオラはマウントから抜け出そうとする。しかし、エスピナスの口に業火が満ちるのが先。
湿度100%の中でも燦然と燃ゆるメガフレア。閃光玉より暖色の優しい光が密林を照らした。
♢
空は曇天。嵐は未だ収まっていないが、竜巻は消えている。2匹のモンスターが堕ちた波打ち際に4人のハンターが駆けつけた。
翼を折った龍は飛べずとも自慢の脚で逃げる。しかし、麻痺毒の影響でその歩みは遅く、鋼鉄の肌も業火の熱でところどころ溶けている。
足を折った竜はまともに歩けず、かといって翼も穴だらけ。羽ばたくが穴から空気が逃げて、ぴーひょろと間抜けな音が鳴るだけ。
「ヤバい! 逃がすな!」
3人のハンターが湖岸を走るクシャルダオラを追いかけようとする中、1人だけ背中の狩猟笛をひっ掴んで振りかぶる。
「ぬぅ”うん!!」
嵐を割いて飛ぶ狩猟笛。風が中の空洞を通り抜け、ぶぅおおぅと重低音を鳴らしながらクシャルダオラに当たる。
怯んだ隙に追いついたハンターの波状攻撃。ランスの突きで仰け反らせ、片手剣の滅・昇竜撃が胸に。下りた顎に太刀の鬼人無双斬り。
「いかん! 大波じゃ!」
怯むクシャルダオラに追撃を入れようとしたハンター3人は、ニジィの声に湖側を見た。嵐で引き起こされた大波がすぐ目の前に迫っている。
イブは不動の装衣を脱ぎ捨て、空中に飛ばした翔蟲にぶら下がる。
エックスはイブの動きを見てからその手があったか、と翔蟲にぶら下がろうとする。しかし翔蟲が不動の装衣分の重量を支えられずに落ちた。
フィーはポーチを庇う様に蹲り、盾を構える。
三者三様の体勢で波が到達。イブ以外は波に飲まれそのまま湖の方に引き込まれた。
「げほっ……! げほっ!」
湖の奥に姿が見えるのは同じく波にのまれたクシャルダオラとエックスの二者。フィーの姿は欠片も見えない。
そして二者が経つのは泥浜の上。エックスは不動の装衣の重さでぬかるんだ地面に足を沈めていく。急いで不動の装衣を脱いだが、既に足首まで泥の中。
目の前には腹ばいで接地面を広く取り、泥に沈むのを防いでいるクシャルダオラがいた。
エックスは急いで翔蟲を放とうとするが、飛んでくれない。今ほどの嵐でも羽に生えた微小な毛のおかげで飛行能力を落とす程度の翔蟲。とはいえ、ずぶぬれになってしまっては空を飛ぶこと能わず。
自慢の片手剣も翔蟲に頼ろうと浮気したせいで保持が追いつかず、波にさらわれている。急いで膝と肘を泥に付き、足を抜こうとするがクシャルダオラが何かするのが先だろう。泥中から抜けるための合理的な四つん這いの姿勢も、大いなる存在に懺悔しているかのようなポーズに見える。
モンスターは懺悔を聞かない。クシャルダオラは右脚を振り上げた。
しかし、人は手を差し伸べてくれる。翔蟲を乗り継いでエックスの目の前にイブが着地した。あまりにダイナミックな登場に、彼女の脚も泥にはまる。
「ばっ、バカヤロウ!!」
2人が言葉を交わす間もなく、クシャルダオラの右脚が振り下ろされる。
迎え撃つのは狩技【鏡花の構え】。今、守るべきものから教わったカウンターの構え。
一瞬の交錯の後、クシャルダオラの右足にヒビが入る。
しかし龍は怯まず左脚の振り下ろし。
相対するは鉄蟲糸技【水月の構え】。今、守るべきものを守るために得た後の先を狙う構え。
太刀の間合いに触れた瞬間、クシャルダオラの左足が裂けた。
2度の迎撃に気圧された龍は無意識に尻尾で攻撃する。己の急所から最も遠い部位での振り向き薙ぎ払い。
他方、イブは刀を納めて深く腰を沈める。漲る練気を練り上げる不動の威合。
「酒落……ッ」
クシャルダオラの尻尾を頭突きで止める。
「臭ェ”ん”ですのよ!!」
そのまま放つ一閃は容易く龍の尻尾を落とした。
「グァ”ァ”アアアン!!」
クシャルダオラは尻尾を切られた痛みに耐えかね、数歩前に歩いた。その頃、鋼鉄の鞭を頭で止めたイブは当然のように崩れ落ちる。
「お、おいっ!?」
泥から足を抜いたエックスが彼女の体を受け止める。
「う、ぉぇ……」
イブは頭部からの流血、目の焦点は定まっておらず、吐き気も催している。エックスはとにかく頭部を動かさないように抱えながら、イブの足を泥から抜く。
その頃にはクシャルダオラが2人を見ていた。痛い目を見た彼は敵に近付く気はなく、空気弾を口に溜める。エスピナスの毒で風を操る力を弱めながらも、人を殺すには十分な威力。
エックスはイブの翔蟲を借りて飛ぼうとするが、頭によぎるのは不動の装衣を着た時の落下劇。不動の装衣は人1人分程度の重さ。それによって風に飛ばされるのを防いでいたのだ。
「……ふっ」
エックスは自嘲気味に笑い、イブを抱えたまま翔蟲を飛ばす。鉄蟲糸を引っ張るが、当然翔蟲が重さに耐えられない。
数十cm動いた所で、2人寝転がる。エックスはイブを強く抱き締めた。
「ぬ”お”ぉ”ん”!!」
叫び声と共に飛ぶのは嵐で折れた木。木が竜人の手によって投擲武器と化していた。運悪く枝の方が龍に命中したため、ダメージこそ浅いものの、体勢を崩すには十分。
同時に2度目の大波。波の頂点には盾で波乗りするランサーが。彼女は寝転がる2人に手を伸ばす。
エックスは剥ぎ取りナイフに鉄蟲糸を括りつけ、フィーに投げた。ナイフの柄を掴んだフィーは波乗りの最中に2人を引っ張り上げる。嵐の中での波乗りに加えて、2人を引っ張るというウルトラC。
ぶっつけ本番で成功するはずもなく、フィーは体勢を崩して波にのまれる。それでも盾とナイフだけは手放さず、波にもまれた。
再び波が引いた後、湖の手前の方にフィー、エックス、イブの鉄蟲糸団子が残っている。
「げほっ……! 糸、早く切らねぇと……!」
「な、ナイフで切らないとぉ……!」
「っ、ぐ! やめっ、そっち動かしたら喉が……っ!」
「ご、ごめんなさぁい!」
「慌てるでない! 儂が今行く!」
一方、湖の奥では二度も波にのまれた龍が頭を振っている。
「ガオ”ォ”オオオン!!」
彼は地をも揺るがす怒りの咆哮を上げる。
「おぉ”ぇえ……」
揺さぶられたイブが呼応するように吐く。そこでようやく到着したニジィが剥ぎ取りナイフで糸を切断した。
エックスは自由になり次第自分のポーチを漁る。しかし、回復薬のビンは割れ、手当をする布も湖水でびしょ濡れ。
体温が下がるような感覚を覚えているところに、小さい手が横から伸びて来た。
「こ」
ニジィが差し出した医療キットをひったくるように奪ったエックスは、そのままイブの治療にうつる。
ほぼ同時に風の流れが変わった。クシャルダオラから出て外に吹いていた風が反転。次第に風の強さが増し、周りの軽い物はクシャルダオラに吸い込まれていくように。
不動の装衣を脱いでいるエックスとイブの体が浮き始めるころ、フィーとニジィが楔になって押さえる。風速は留まるところを知らず、ついには大木までも吸い込まれる。
4人に飛んでくる木や石はフィーが盾で防いでいるが、このまま耐えていても不動の装衣ごと飛ばされない保証はない。
「フィーや、少しこの場を頼んだぞ」
「えっ……? あっ!」
ニジィは盾の風除けの後ろで不動の装衣を脱ぎ、フィーに被せる。そしてクシャルダオラに向けて一足飛び。狩猟笛は初めの投擲で風に攫われているため、無手での突貫。
脚力と風の相乗効果で瞬く間にクシャルダオラの眼前に飛ぶ。自分の元に風を吹かせていた本人も、その移動速度は予測していなかったらしく、驚いているように見えた。
「ずぇ”ええい!!」
その横っ面に拳を叩きこむ老兵。龍との質量差をまるで感じさせない顔の吹き飛び具合だった。
一撃でスタンするクシャルダオラ。制御主の命令を失った風は、圧縮された空気を一気に解放する。今までに吸い込んだ石、水、土、木、ニジィ、全てを吹き飛ばした。
塵芥のように吹き散らされたニジィはその勢いのまま岩肌に叩きつけられる。
「そっ、即死じゃなければって言ったのにぃ……!」
飛んできた木や石を盾で防ぎながら顔を青くするフィー。
「も、もうこれ以上無理ですよぉ! 皆私の前で勝手に死のうとするの止めてくれますぅ!? 私がニジィさん回収したらすぐ逃げますからね! いいですね!!」
「あ、あぁ……」
普段弱気なフィーの荒々しい口調に押されるエックス。しかし、彼女としてもその意見には賛成。断る理由はなかった。
フィーは風が収まる頃、盾を持ってニジィの方に駆けだしていった。エックスもイブを抱えてその場から離脱しようとする。
「グルル……」
その時、後ろから唸り声が聞こえた。エックスが振り向けば、満身創痍のエスピナスが足を引きずってクシャルダオラの方に歩いていくのが見える。
「そのケガじゃもう野生で生きていけないか。最後に時間稼ぎしてくれるならこっちとしては万々歳だよ」
エックスがエスピナスの横を通り過ぎようとした時、背中におぶられるイブが反応した。どろりと濁った眼がエスピナスを見つめる。
イブは反射的に鉄蟲糸をエスピナスに投げていた。糸を巻き付けるのは竜を操るために必要な翼、首、尻尾の根元、そして折れた脚。怪我を補強するテーピングのようだ。
「お、おい! じっとしとけ!!」
イブは怪我人とは思えない力で背中からずり落ちる。鉄蟲糸を引いてエスピナスの背中に飛びのった。
「やっと……跨らせてくれましたわね……」
「バカ! 何してんだ!!」
既にイブはエックスの方を見ていない。変わらず濁った瞳でクシャルダオラだけを見つめていた。その様子を見て諦めたエックスもエスピナスの背中に飛び乗った。
「言っても分からないんだろ。なら行けよ。これも聞こえてないだろうけど」
「行きます、わよ~……」
後ろから首を支えられながら竜を駆るイブ。過去に見た突進とは比べるまでもない遅さで走るエスピナス。それでもスタンから目覚めたてのクシャルダオラを捕まえるには十分。
「なぁにやってんですかバカ二人はぁ!!?」
遠くから聞こえる声も知らんぷり。そのまま崖際まで寄り切り、押さえ込む。
後ろ脚で立つような体勢の龍。普段の二つ脚体勢で押し込む竜。
姿勢の差からくる体高の差によって、クシャルダオラの肩から上が完全に自由だった。ブレスを放つには首さえ効けば問題無い。狙いを付ける余裕すらある。
クシャルダオラの首はエスピナスの背中に乗る2人を捉えた。
イブの剥ぎ取りナイフを手に、立ち上がるエックス。
変わらず濁った目で死が降って来るのを見つめるイブ。
「動きなさい、ったら……」
イブは糸を繋いだ手を動かすが、あまりに力無く、先に繋がる竜を動かす程の動きでは無い。
エスピナスは呼応するように頭を振り上げ、クシャルダオラの顎を跳ね上げた。背に乗るエックスからすれば、敵の急所に向かう一直線の道が突如湧いて出て来た形。
「サンキューな。連れの我儘に付き合ってもらって」
竜の首を伝って龍の頭に飛びつくエックス。剥ぎ取りナイフをその目に突き刺した。
積乱雲は統率を失い、散り散りに逃げていく。風は止み、雨も収まった。雨上がりに残るのは狩人4人に重体の竜と龍の死体。