吾輩は激怒した。
必ず、かの邪知暴虐の狩人を除かねばならぬと決意した。吾輩には自然界の掟が分からぬ。前世では人として、今世も竜として危険に脅かされることも無く、ぬくぬくと暮らして来た。
けれども外敵に対しては竜一倍に敏感であった。エスピナスとしての衝動が目の前の敵を殺せと轟叫ぶ。
元人間の吾輩が同じ人間を? そうだ、殺すのだ。
人としての理性や常識は、今やエスピナスの本能を満たす従僕。怒りのままにティガレックスをも凌ぐ豪脚で太刀使いに突進する。
そこに理性をひとつまみ。両翼と頭を地面にこすり付けることで圧倒的な面制圧を実現した。
「くっ……!」
位置避けは無理だと判断したのか、太刀使いが独特な構えで目の前に鉄蟲糸を張り巡らせる。水月の構えか。
吾輩は頭を振り上げ、地を掘りあげた。
「なっ!」
太刀使いは土の散弾にカウンターする他無い。無防備な奴をそのまま細切れ人肉へ。
「くそったれがぁ!」
しかし、人間ミンチを作る前に太刀使いが爆発で吹っ飛ぶ。横目で片手剣使いを見れば、やたら大きな樽を手にしていた。
まさかのレンキンスタイル使いとは恐れ入る。すると爆発はレンキンバズーカか。
爆風で飛ばされた太刀使いはミンチこそ避けたものの、地に膝を突いたまま。
吾輩急停止。次いで首をもたげ、角度を付けての連続ブレス。
「う、うっ……!?」
回避行動に移る太刀使い。しかし、やたらめったらに吐いた火球は回避役の技量を無に帰す。
「きゃぁッ!」
ブレスジャンボ宝くじは7発目で当選。そこそこの距離を置いた所に太刀使いが転がっていく。
爆風に触れただけなため目立つ怪我は見られない。
ただ、吾輩のブレスは特別性。ランゴスタやドクガスガエルを捕食して血に蓄えられた麻痺毒。それが火球の熱で揮発してあらゆる生物を侵す。
「ぇ、ぁ……ぃっ……!」
太刀使いは立ち上がろうとして、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。立ち上がろうとしては筋肉の緊張のあまり、間抜けな格好で固まる。
勝負はついた。後は幕を下ろすだけ。豪脚をもって一息に間合いを詰める。勢いのまま太刀使いを踏みつけた。
……が、既の所で太刀使いは翔蟲へと伸びる鉄蟲糸をつたって吾輩の脚を逃れた。麻痺の緊張と弛緩の癖を掴んで上手くやるものだ。
その翔蟲受け身も寿命を数秒伸ばしただけだが。
「ぁ、ぁ、っぇ……!」
太刀使いと目が合った。その瞳には明らかな怯えを湛え、麻痺でろれつの回らない口は命乞いの言葉でも紡いでいるのか。
窮鼠猫を噛む心配が無くて助かる。心の折れた獲物を屠る以上に優しい事はない。
片手剣使いの方を一瞥する。企みがあったのか、にが虫を噛んだような表情を浮かべた。
「く、くそっ……」
太刀使いの位置は覚えている。尻尾をギロチンに見立てて振り上げた。
「カォ”ォ”オ”ンッッ!!」
そこに麻痺から立ち直った反逆者のエントリー。渾身のライトニングブレードを掬う様に腹へ突き立てられた。さしもの雷肉質5の胴とはいえ、痛手を被る。
ライゼクス、お前もか。
「ビィィイイイン!!」
2匹の敵。どっちもまとめて
口に熱と濃毒血を溜めて。
「な、なんだありゃ……!」
「オォオン”!」
溜めて、溜めて放つ一撃。己ごと獲物を巻き込むメガフレアで辺りを灰塵へ帰した。
♢
瞼が焼ける。口端が爛れる。喉が軋む。自分の炎とて、手傷を負わない訳にはいかないらしい。
ライゼクスも流石の全身火肉質5である。ところどころに火傷が見られるだけだが、揮発した毒に服従している。
太刀使いは、いない。確かに爆発の中に巻き込んだはずだが。
遠くの方で茂みの音がした。見れば、片手剣使いが太刀使いを抱えて遁ずらこいている。
もろとも潰すために猛然と襲い掛かれば地面が陥没した。落とし穴、まるで気づかなかった。
地面の下では鉤爪と網が体に絡みつき、脱出を困難にさせる。外に出るよりもブレスで動きを止める方が早い。
前方を見やるが、いない。狩人共が何処にもいない。
落とし穴に気を取られたのはほんのひと時。視界の外に逃げてはいないはず。
見逃す? 竜の目は人に比べて悪しからずという程度だが、ありえない。
迷彩、隠れ身の装衣でも纏ったか。ともかく、やたらめったらブレスを吐くものの手ごたえはない。
喉が擦り切れる頃、もう意味はないと頭を地に伏せた。目の前には湿気の中でもちりちりと燃ゆる木々。爆発で散乱した樹木。
辺りを見れば、涼しく程よい湿り気を帯びた影を提供してくれていた巨木の卒倒。
小動物の住処となり、その小動物を食べる
ライゼクスはいつの間にか去っている。
……虚しい。
この戦いで得たものは何もない。縄張りを守った、というには辺りが荒れ果てすぎだ。
穏やかでありながら、外敵に対しては苛烈な攻撃性を発揮するエスピナスの矜持を示したのみ。
落とし穴の中でじっとする。エスピナスの体は悲しさで涙を流す機構を有していない。ただ土に埋まり伏せていた。
何度見ても変わらず、ちりちりと燃える木々。億劫に落とし穴から這い出、火種となる木を折り、踏みつけて始末した。
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