吾輩はエスピナスである   作:RKC

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5話

 ランゴスタの道しるべを辿ると理想の寝床であった。吾輩はファーストキスの代わりに縄張りを手に入れた。

 

 新たな寝室で目を覚ます。ライゼクスの死肉にたかる甲虫やランポス。吾輩の毒が死肉を介して新たな死肉を作る地獄。それを吹き抜けの天井から射し込む光がライトアップする。

 

 我輩は新鮮な死肉の方を貪り、清水で喉を潤す。食欲を満たせば、また寝そべる。竜としてこの上ない至福を堪能する事数日。

 

 さすがに死臭が鼻につく頃、縄張りから「ライ ク 」までむしられた物体を洞窟の外に放り出した。

 

 ついでとばかりドクガスガエルを食すため茂みに埋もれていた時。

 不意に頭に衝撃を感じる。瞼を上げると、目の前にランサーがいた。

 

 狩人が手に持つランス。それは、ランスと言うにはあまりにも長すぎた。長く、細く、鋭利で、そして先端だけ命を刈り取る形をしていた。それはまさにリーチ極長であった。

 

「えい、えい」

 

 極長ランスが吾輩の頭を小突く。硬い甲殻が刃物を阻み、衝撃だけが伝わる。

 

「お、怒りました?」

 

 ランサーは大盾からひょっこりと顔を出してこちらの機嫌を窺って来た。キメラ装備に身を包む彼女は、垂れ目で疲労感と不憫さを感じさせる顔つきだった。

 

 これぐらいのちょっかいは無視。目を閉じる。

 

「えい、えい」

 

 また、小突かれる。

 

「お、怒りました?」

 

 何がしたいのだろうか。また、目を閉じた。そしてすぐに目を開けた。

 

「えい……あ、ぇ、ちょ……っ!」

 

 再び小突こうとしてきたランスを咥えて没収。足元に隠して、また伏せる。

 

「あ、あの……か、返してくださいぃ……!」

 

 ランサーは吾輩の周りをうろつきながら懇願してくる。この調子で居座られるのも面倒だ。顔の前に来たところで大楯ごと啄む。

 

「ひゃいぃん!」

 

 しかし、ランサーはすんでのところで我輩の口に大楯を差し込む。その瞬間、口の中で斬撃が爆ぜた。

 

 幸いにもすぐに収まったが、欠けた飴を口の中で転がした後ぐらいの傷と違和感が残る。とはいえ盾を噛んだだけで手傷を負うとは。これが噂に聞いていた反射スキル。

 

 リーチ極長といい、このランサーはメゼポルタ出身か。

 ともかく、口の中の盾を吐き出し……吐き出し……吐き、出せない。

 

「ぁっ、あ~……」

 

 上顎と下顎に嵌まりこんだ。頭を上下に揺さぶるが、とれる気配がない。頭を地に打ち付けるが、緩む気配が無い。

 

 翼を伸ばすが、盾を外すほどの器用さは無い。脚を伸ばすが届かない。

 

 ……詰みです。金属製の輪っかが嘴に嵌まった海鳥もこんな気持ちだろうか。

 

 吾輩はこのまま餓死の道をひた走るのであろう。何とも諦めの速い体だ。せめて最後はお気に入りの場所で終わろうと、すでに寝床へと引き返している。

 

 洞窟に戻り、寝そべる。口を開けているため首のすわりが悪い。口を開け放したままでいると、どうにも阿呆になった気分だ。

 

 すると先程のランサーが槍だけを背負い、吾輩の元に寄ってくる。

 

「だ、大丈夫、ですよね……?」

 

 槍を置き、おっかなびっくり吾輩の口元にしゃがみ込む。何をしているのか。目だけを動かせば、吾輩の口から流れる濃毒血を容器に集めている。濃毒血は先ほどの反射で口の中を切った時のものか。

 

 ふと、目が合った。

 

「ぃ、いっひひ……」

 

 会長がお見えになった時の課長もかくやという媚び諂いの表情を見せる。そのまま見つめ合う事少し。満杯になった容器をポーチに仕舞い、代わりにこげ茶色の球を取り出す。

 

「こ、これっ! 見えますよね! というか臭いますよね!?」

 

 これは確かにかぐわしい。

 

「こ、こやし玉の中でも飛竜のフンを使った上等な奴なんですから! だから、た、食べないでくださいねぇ……!」

 

 ランサーはポーチにこやし玉を仕舞い、吾輩の口の中に入って来る。そのままつっかえている盾を掴んでいきり始めた。

 

「うぎぎぎぃ……!」

 

 盾が口内を擦りながら僅かに動く。正直痛い。しかし、一端の成竜として喚き散らすわけにもいかぬ。

 

「とぉおぉーーッ!」

 

 ついに盾が引き抜かれた。同時に傷口から染み出た毒飛沫があがる。

 

「ぉおおぉぉぉっ」

 

 そしてランサーが釣りカエルで釣られたガノトトスのように痙攣する。そのままびたんと地に伏せた。叫んだ際に毒飛沫が口にでも入ったのだろうか。

 

 それはさておき、口を何度か開閉して自由を噛みしめる。口をあけっぱなしだったせいか、喉が渇いたので洞窟に流れる水を飲んだ。やはり傷口にしみる。

 

 口内炎のような状態とはいえ、小腹が空いてるため何か食べたい。振り向くと解毒薬らしき青紫の液体を飲もうとして、麻痺の緊張で顔中にぶちまけているランサーがいた。

 

「げっ、ご……ぶぼっほ! ご……げばっ! ごぽろろっ!」

 

 多少は口に含んでいる様子。しかし、毒はともかく麻痺を治す効果はないようで、気管に入った解毒薬を吐き出すにも苦労していた。

 

 吾輩はランサーの傍に寄り、ポーチの紐に牙を引っ掻ける。他生物のフンを好んで食す習性は無いため、こやし玉は遠慮したい。ぐいぐいと引っ張り、何とかポーチをランサーから引きはがそうとする。

 

「ぁ、ぁっえ……! あぇぁぅぃえあっぁあぁぃえぅぁ!」

 

 肩掛けポーチなので、取り除くのが難しい。いっそ噛みちぎるか。

 

「ぉおぃえおんぁえぃ……! ぁぁいぇうぇぉぁえうぁ、ぇんあぇぃぉうぁあぅあ、ぃあぃぁぇぅいぁうぃぁぅおいぁんぇ……!」

 

 細い革を噛みちぎるのは流石に無謀が過ぎたか。仕方なく紐とランサーで知恵の輪をする。

 

「ぉうぅぁおんぁぃぅんぉあぇえぉあうぉぅあぁぁぁぃぉうんぉぁえぅんぇうぁぁぃぃぁいぇうぉぇえ!? ぁぇえぅぇあぇんぁあ……!?」

 

 ようやくポーチを分離。サンマの骨を取り除くより苦労した。というか麻痺しているのによく喋る。

 

 大口を開けると盾が挟まった思い出がよぎる。小さな獲物を食べるのには十分なおちょぼ口でランサーに迫った。

 

「げぇっ、エスピナス!」

 

 寸前で声がする。振り向くと、いつかの太刀使いが洞窟の入り口から顔を覗かせていた。

 

「おまっ、バカ! 黙ってろ!」

 

「と、トラウマがつい……!」

 

 片手剣使いも共に居るようで、太刀使いが視界の外に引っ張られた。ピンポンダッシュの亜種に時間を取られたが、食事の前に向き直る。

 

 すると次は笛の音色が洞窟に響く。人の身の頃に料理屋でBGMが流れていたのを思い出す。

 僅かに目を閉じて思いにふける。良い気分で食事をとろうと首を伸ばすが、生餌が動いた。

 

「ひぃいいっ!!」

 

 食事が動くというと、白魚の踊り食いを思い出す。三杯酢から飛び出た白魚がズボンの中に入り、醜態をさらしたものだ。

 麻痺が解けた理由は分からない。ともかくウンコ入りのポーチを携帯した以上、吾輩の中でランサーは食事ではなくなってしまった。

 

 ……この時間は一体なんであったのか。色々と苦労した割には何も得ず。元々吾輩はドクガスガエルを食べようと待ち伏せをしていたにもかかわらず。

 

 虚しさに溢れていると、ランサーは洞窟の外へと走っていった。

 

「おい、大丈夫か?」

「無事かのう?」

 

「うぅぅぅう……! ぼんどうにダメかどおぼいましだ………!」

 

「嘘おっしゃい! 人間、本当にダメなときは小水を漏らすものですわよ! 腰防具にシミも無いようでは、お里が知れますわ!!」

 

「知れるのは似非お嬢様のお里だけだろうが。ほら、一応回復薬飲んどけ」

 

「ありがとうございばす……」

 

 とりあえず吾輩は腹が減っていたので、再びドクガスカエルを待ち伏せようと、洞窟の外に歩いていく。

 今度は入り口から例のロリババアがひょっこりと顔だけで覗いてきた。

 

「やっこさん、こっちに向かって来るのじゃ」

 

「ぅひっ!」

「ぁひぃ!」

 

「そっちの黒髪はともかくイブはビビってんじゃねぇよ!」

 

「別にビビッていませんわ! ちょっと漏らしただけで戦意は衰えておりません!」

 

「漏らしてんじゃねぇ! いっそ尿臭いまま囮にでもなってろ!」

 

「あいにくですがロアルドロスの海綿体オムツを仕込んでいるので!」

 

「あ、腰装備が膨れたと思ったら……」

 

「そんで黒髪のお前は意外と冷静だな! 後発船のハンターか? 俺の樽とアイテム持って援護してろ!」

 

「え、何ですかこの樽ぅ……。火薬が入ってるわけでも……」

 

「レンキン樽だろうが! 振って気合入れりゃあアイテム出来んだ、常識だろ!」

 

「ち、調合見たいなものですかね……?。調合書持ってないんで失敗するかもですけど……」

 

「やっぱり樽は俺が使う! お前は俺の武器使え!」

 

「片手剣、小さいランスと思えばまぁ……。ありがとうございますぅ……」

 

「俺だって落とし穴に引っ掛けてんだ。恨まれてねぇか……? 恨まれてるよな、くそっ!」

 

「お前さんら、そう慌てずとも良いと思うのじゃが……」

 

 姦しい声が外から聞こえる。そのまま洞窟から首を出して声のする方を向くと、四人と目が合う。

 

 ロリババア(狩猟笛)

 ランサー(リーチ:極短 盾:極小)

 片手剣使い(レンキン樽縛り)

 太刀使い(腰装備オムツ)

 

 酷いパーティだ。吾輩がクエストのホストなら下3人はBANしている。

 

「ぴぃっ……!」

「へぁあぁぃ……!」

 

 カムラ装備にスカートを足した太刀使いの腰が膨張するのに目を奪われていたが、それよりも興味深い物が視界に映る。

 それは、極めて生物に対して有害そうなポイズン色をした生肉であった。

 

「ほれ。確か毒を食べてその身に蓄積するのじゃったよな」

 

 ロリババアの手から放たれた生肉は放物線を描いて向こうに落ちた。吾輩は逃げない食事に嬉々として向かっていく。

 

 目の前にあるのは毒のある肉、実質ドクガスガエルである。地に放り捨てられた毒生肉を喰らった。

 

 テイスティ。

 ドクガスガエルと毒生肉。カニとカニカマぐらいの違いしかない。つまり同じ。ちと、口の傷に沁みる。

 

 所望の毒肉を喰らい、満足した吾輩はその場で蹲る。このまま寝ても良し、追加の餌が来ても良し。

 

「あの飛竜、それで良いのか? まぁ、こっちとしては助かるが」

 

「しょ、し、しょ所詮は畜生でしたわね!」

 

「お前はもうちょっと慎めな! 暴走しやがってその畜生に殺されかけたんだぞ!?」

 

「い、一応ライゼクスとエスピナスを張り合わせてる間に逃げようとしただけですのに、暴走だなんて……」

 

「ともかく、元々エスピナスは大人しい性格ではありますからぁ……」

 

「然り。厳めしいポポみたいなものじゃよ」

 

「バッチリ肉食、その上じゃれただけで殺されるけどな。ともかく、一度拠点に戻ろうぜ。改めて確認するけど、そっちのお前は後発船のハンターだろ?」

 

「は、はぃ……」

 

「前の嵐で船がどうなったか説明してもらうからな」

 

 しばらくはざわざわと騒がしかったが、しばらくすると静けさを取り戻す。

 知らない所で何かが進んでいそうだと思いながらも、眠気には勝てずころりと寝てしまった。

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