九話
秦国においては実力至上主義だ。たとえ士族からなる正規兵でなく、一般庶民から徴収され徴収兵であろうと戦場に出て、他に負けぬ戦果を上げ続ければ、階級が上がっていき将軍にいきつく仕組みにはなっている。
だが、信の身分は下僕であるため、徴収兵にすらなる事が出来ない状況だった。
そう、彼が親友であり、義兄弟とも呼べる漂と誓い合い、託された『天下の大将軍になる』という夢は夢のまた夢として終わる事になってしまうところだったのだ。
しかし、政の王都咸陽での内紛鎮圧において竭丞相を討つなど信は大活躍をした。よって、それに見合った功として咸陽より、東に離れた啓村から少し離れた木々に家を建てられた上で徴収の条件に見合うだけの財も与えられたのである。
よって、戦に向けた徴収が始まるまで村にて民として生活をする事になった。そしてその信の生活には河了貂という相棒が出来た。
暮らし方としては基本、穀物倉庫から台車へと米を詰め込んだ俵の運搬、畑仕事といった力仕事をする事で金を稼ぎ、河了貂は山菜を取ったり、食事の準備や洗濯など家事を行うものである。
そして、当然……それだけでなく……。
「ふ、は、うおお」
建物近くの山を駆け走り、或いは木々を駆け上がり、軽業を持って飛び跳ね、岩壁を登り、あるいは手を使って降りたり、篭を背負って中身一杯までいれての運動など体力を鍛える鍛錬をしたり……。
「ふっ、しっ!!」
昌文君や壁たち軍人から聞いた筋肉を鍛える訓練をしたり……。
「まだまだ、こんなものじゃ届かないっ!!」
目を瞑って体感した王騎将軍による矛の一撃を思い返しながら、訓練用のものと木を切り倒し、それを両手で持てるが振り回すにしては太く、長い大きさにまで切断し、加工した物をもって振り上げ、振り下ろす。
更にそれを使った仮想相手との模擬戦闘の鍛錬をする。
訓練で長く重い棒を扱う事に慣れれば必然、実戦で体感的にもそれより、短く軽い剣は扱いやすくなるものだ。
そうした信の鍛錬の領域は死力を尽くした極限状態にまで追いやる程に過酷で苛烈……しかし、王騎を超えるためにはそれをするしかない。
将軍になるならば、いずれは用兵や軍略なども学ばねばならないだろう。だが、今できるのはとにかく『武』を磨く事であった。よって、信はそれに励み続けるのであった……。
また、信と河了貂の関係には変化が起こった。
その切っ掛けは些細なものだった。なんとなく、信は河了貂を抱き締めたいと思ったので実行しようと思った。
「貂、ちょっとここ、座ってくれ……」
「え、お、おう……」
胡坐をかいた信が貂を手招きすると貂は戸惑いながらも座り……。
「うん、良いな」
「あうっ、ちょ、信……」
貂が胡坐をかいたその膝の上に貂が座ると優しく抱き締める。貂は驚きながらもしかし、拒まない。
「優しくて、温かく、癒されるこの感じは本当に良い……貂はどうだ、嫌か?」
なんとなく、抱き締めた貂から暖かさと気分が安らぐ柔らかさを信は感じた。
『女』を抱き締めるというのが男にとって、どれだけ良い物かというのを体験したのである。
「う、ううん……いやじゃ無いよ。なんだか、とっても安心するから……」
河了貂は河了貂で自分を抱き締めている信から力強さや安心感を与えられる心地を良い物だと体感していた。
そうして、信と河了貂は度々、抱き締め合って互いに温もりと心地安さを共有したり、寝るときはお互い抱き締め合って寝るようになっていき、その度に信と河了貂はお互いを大事な存在だという想いを強くしていったのであった……。