李信は『鄴』から『橑陽』に『列尾』に『閼与』を趙より獲った事で防衛網を構築しながら、盤石にするための地盤固めをしていく。
「何か困った事は無いか」
「いえ、李信様のお陰で何不自由ないです」
その中でしっかりと獲った地にいた趙の民たちへと手を出さないように秦軍へと命を出しながら、自分自身、民の長やら民、一人一人に接しながら話を聞いたりなどして対応できることは対応していく。
「李信将軍は話と違って、凄く寛大で慈悲深い将軍なのだな……」
「ああ……今まで悪鬼だなんだとは思っていたが……やはり、話だけを鵜呑みにしてはならんな」
「僕、李信将軍様、大好きー」
これにより、趙の民たちは李信に秦軍を信頼し、心を許し、慕っていったのである。
「良くやってくれた。しっかり休んでくれ」
「ありがとうございます」
こうして秦の本営から補充のため、帰還をさせるための兵が送られ、趙攻略軍は帰還を許される。李信はまだまだであるが、それでも一部の部隊を帰還させたりはした。
「じゃあ、先に帰らせてもらうよ李信」
「ああ、休めるうちに休んでおけ」
部隊が交代する中で蒙恬の『楽華隊』も秦へと帰還していく。
「李信将軍、此度は本当に見事であった。皆が驚いていたぞ」
「全力を尽くしただけですよ」
そうして五カ月も経過した頃には勝ち取った趙の西部は勿論、『鄴』から『橑陽』に『列尾』に『閼与』へと秦国は各地より続々と人を送り込んでいく。
示された破格の好条件に自ら動く者や強制的に村ごと移されるなど『山陽東郡化』よりも大規模な移動であった。
当然、それらを守る軍隊も派遣されていき、秦人にとっては本当に未踏の地への大移住計画となった。
法の整備のために山陽東郡化においても活躍した
「(李信将軍、こんなにも趙の民の心を掴んでいるとは……)」
李信が趙の民たちへと秦人の大移住などを話していた事もあって、趙は協力的だった。それにより、法整備などスムーズに進んだのである。
趙人の心を掌握している見事さに李斯は驚いたのであった。
「そろそろ、一旦、秦国に戻る事になる。その時に改めて文を持ってこよう」
「分かった、こちらも文を送るようにする」
総大将という立場もあるので『論功行賞』のために秦国の王都である咸陽へと帰還する事になり、その前に秘密裏に外交をしている『青歌』の司馬尚へと言えば、司馬尚は頷いた。
李信と『青歌』の関係は良好となっており、二人が話すように李信が先に司馬尚へと出した『青歌』の自治権を認める事、司馬尚は趙の戦に関与しないという条件は受け入れられる事になっている。
ともかく、そうして李信も咸陽へと帰還し……。
「本当に、本当に良くやってくれた李信将軍。大儀だ」
「有り難く」
『論功行賞』において第一功の特別大功を授かったのであった……。