李信は趙の西部だけでなく、趙の王都圏の『鄴』に『橑陽』に『列尾』に『閼与』までを取ってみせた大戦果を評された事で『論功行賞』にて特別大功を授かった。
結構な範囲の土地もだが、ニ十等爵の中でほぼ最上位と言える十八級の上卿であり、『大庶長』の位を得たのであった。
「大将軍になるばかりか、かなりの権力を得てみせるとはな……これからも頼んだぞ」
「ああ、勿論だ」
李信は『論功行賞』が終わると密かに嬴政に呼び出され、そうして杯を軽く打ち合わせ、祝いの一杯を共に飲んだのであった。
そうして、屋敷に戻った李信は『飛信隊』の皆を呼び……。
「まだまだ、趙との戦は続くが今日くらいは勝利を喜び合おう。皆、ご苦労だった。そして働きに感謝する」
『おおおおおっ!!』
盛大な宴を開いたのであった。
「本当、おめでとう……実際、今の李信は大貴族のような地位だぞ」
「『大庶長』への昇格、おめでとうございます李信将軍」
蒙恬に蒙毅も李信の屋敷を訪れ、一緒に宴を共にするのであった。
そうして数日だけ、秦の地で休むと李信は秦国の東端で対趙国 前線最大拠点となった『鄴』へと戻った。
「やはり、内乱は起こったか……」
李牧一派が李牧を救おうと動き、それに朝廷側が対抗している内戦状態が起こっている情報を聞きながら、李信は地盤固めをしつつ、嬴政から貰った『青歌』の司馬尚と交わしている書状を正式な物とし、秦王の玉璽による印までしているものを贈り、返答となる書状が送られた事で『青歌』との交流関係は成立したのである。
そうして少し待つと正式に邯鄲にて李牧が処刑される情報が入ったので李信は皆へと命を送り、現在、趙王都の防衛網を築いている趙の大将軍である扈輒のそれを一気に抜くべく、軍を広範囲に展開する。
李牧が処刑され次第、攻め込もうとしていたが……。
「伝令っ!! 昨日、邯鄲にて趙の
『なにっ!?』
「やりやがったな」
なんと趙の悼襄王が急死したとの情報が入った。タイミング的に李信は李牧一派か李牧を慕う者が仕掛けたのだと思った。
そしてこれにより、迅速に動いた者がいた。
名君と知られ、李牧に心酔してもいる趙の太子、
当然、李牧も解放された上……。
「邯鄲王都軍……趙は生まれ変わりますな」
王翦が自分たちが待機している戦場に今まで出てこなかった強力な兵たちで構成された邯鄲軍が来たのを見て呟く。
「案外、そうでもないぞ」
「……っ、仕込みをしてあると?」
「とりあえずは」
そう、実は李信は邯鄲にて通じている者を使って、悼襄王にある事を吹き込んでいた。
これにより、更に趙は荒れ始める。
『なっ、嘉様では無く、末子の
悼襄王が正式な遺言書にて自分と性質の近しい遷に王位を継がせる事を記していた事で李牧一派に太子、嘉は追い詰められ、邯鄲から逃れざるを得なくなり、最終的には嘉を『
「まさか、『青歌』に断られるとは……仕方ありません」
そして自分たちは最初、『青歌』にて身を寄せながら、その力を得ようと思っていたのだが争いや災いの種を持ち込むなと断られた事で李牧一派は自分たちにとっての総本山である『
「まあ、大人しくしている事だなぁ李牧。お前との決戦は『
李信は長期的な戦略を練りながら、李牧と決戦をするのは趙北部の『宜安』に決めながらもそう簡単に李牧が趙王都に戻ってこれないように手を打った。
李牧一派は太子、嘉と組んで趙の王権を奪うクーデターを企てた悪逆の者という流言を流したのだ。
それに当然、趙の朝廷は乗っかり、流言の上塗りは勿論、李牧が秦国に通じていた疑惑を本当の物だとしたりもした事で李牧の名は墜ち始めていくのであった……。