信と貂が王都咸陽より東に離れた啓村の近くにある家で共に暮らして三か月の時が経過し、そうして信が待っていた事が起きた。
徴収兵としての初陣である。
『秦』と『魏』の国境の地である『滎陽』を巡る争いが激化したのだ。
黄河沿いにある滎陽は魏の玄関口であり、両国にとって最重要拠点の一つ。『魏』は後方より三軍を集結し、『秦』も各地域の軍を結集しながら『滎陽』を目指す事となったのである。
そうして、信と貂が住んでいる村にも徴収を求める札は来た。
「ようやくだな、信。しっかり手柄上げて来いよ」
「ああ、漂と誓い合い、託された夢を叶えるための第一歩だからな。気合い入れて戦に行ってくる」
貂が家を出る前の信へと声をかけ、信は笑みを浮かべて言葉を返す。
そして、信は屈んで貂を抱き締め、貂も信を抱き締め返した。
「気合入れるのは良いけど、絶対に帰ってこいよ」
「勿論だ、お前を一人にはしないさ」
「ん、じゃあお祝いをしてやるよ」
互いの熱と気持ちを伝え合うと少し離れ、そうして貂は信へと口づけする。
信が仕事をする時などにこうした事をお呪いとしてする事になったのである。
「よし、じゃあ行ってくる」
「ああ、武運を祈ってるぜ」
こうして信は貂に見送られながら徴収兵としての集結地へと向かって行った。
「あ」
「ぁ……って、信!?」
「生きてた、生きてたんだな信!!」
信が前に住んでいた村である『城戸村』にいる出っ歯が特徴的な男である尾平と兄より身長高く、身体つきも良い尾倒の兄弟と出会った。
「お前、この戦が終わったら墓参りしてやれよ」
漂が死んだあと、数日後に集落の長である里典がかなり大きな葬儀をやったという。漂は『城戸村』は勿論、隣村の者にまで好かれていたために大勢の人が集まったというのだ。
そして、墓参りをしていない信にそう言って……。
「いや、まだ俺は漂と誓い合って、託された夢を果たしてないからな」
「天下の大将軍になるって奴か……無理「いいや、無理じゃない。俺は必ずなってみせる。それが俺があいつに出来る唯一の弔いだからな」」
「っ……!?」
信の言葉、雰囲気が重圧の物になった事で尾平は圧倒された。
「信……成長したな。別人みたいに」
「そう言ってもらえると嬉しいな」
尾倒の言葉に信は笑みを浮かべた。
その後、歩兵の五人で『伍』という一組を作る事になったが信は見た目は子供とあって、はぶられてしまい余ってしまった。
尾兄弟は尾倒の見た目のお陰か他の者に声をかけられ、その者たちの元へと行ったのである。
そうして余った信は同じく余っている者で信より小柄で額に鉢巻きを巻き、背中に鞘に納めた剣を背負っているどこかの部族的衣装を纏った者の近くへ行く。
「(女だな。だが、かなりやる)」
顔を隠しているような感じだが、信はその者が振る舞いや雰囲気から女であり、しかし剣の腕はかなりのものだと観察眼にて見抜きつつ……。
「君が誰とも関わりたくなさそうにしているのは分かる。だが、『伍』という集まりは絶対に作らないといけないようだ。そして、必要最低限の交流は我慢しろ。じゃないと戦わせてもくれないからな。分かったなら、足音一回、分からないなら二回で頼む」
その者を見ずに声をかけると、溜息が響き、足音が一回した。
「理解してくれてありがとう」
そんなやり取りをしていると尾兄弟が結局追い出されたようで信の元へ来て、そうして四人集まったこの集まりの中へ『伍』の中でのリーダーである伍長を務める男、しかし頼りなさげな風貌の澤圭が現れ、こうして『伍』は構成された。
夜となり、野営をする事になったその天幕の中での自己紹介にて渋々と言った様子で信が女だと見抜いた者は『羌瘣』と名乗ったのだった。
そうして信たちは徴収兵たちは第四軍に合流していき、その軍は丸城という城の城主である黒剛とその配下である兵への元へ集結する事になったのだが、なんとその丸城が『魏軍』の将軍である呉慶により落とされてしまい、黒剛は討ち死にし、城内の老人子供にいたるまで皆殺しの憂き目にあったというのだ。
こうして、第四軍は第一・二軍と合流して本軍として正面から滎陽を攻める事になったのである。
「おい、良さそうな剣だな。どこから盗んだ? とにかく見せてくれよ」
「断る、剣は悪戯に抜くもんじゃないんだ」
『っ!?』
別の『伍』を組んでいる徴収兵の一人に背中の剣を抜くように言われたので威圧感を持って拒否をした。その凄まじい威圧感に周囲の者たちが気圧される。
「(まさか、この私より……)」
羌瘣は信の実力を威圧感で感じ取り、内心で戦慄していた。
「坊主、只者じゃねえな。何者だ?」
「戦場で分かる」
「それもそうだな……俺も見る目はまだまだだったようだ……かなりの奴がいるなんてな」
そんなやり取りをしながら進んでいると……。
千人将の騎馬隊が通るという事で整列する事になった。
そうして、千人将が通るのを待っていると……。
「止まれー!!」
突如、一人の千人将が号令をかけて止まる。何故なら……。
「やはり、いたな信。久しぶり、元気そうで何よりだ」
「お久しぶりです、壁千人将……その節はお世話になりました」
「はは、何を言う……世話になったのはこちらだぞ」
その千人将は壁であり、信の姿を見たために声をかけたのである。しかし、二人のやり取りに……。
『(いったい何者なんだよ……)』
千人将と親しい関係にある信に徴収兵たちはまた、混乱や驚愕をしたのである。
こうして、休憩のために野営する事になり、壁の天幕に信は招待される。
「本当に久しぶりだ、壁さん。ただ、ああいうのは目立つから困るんだが……」
「水臭い事を言うな信。君は私にとって戦友であり、恩人だ。旧交を温められる時なのだから良いだろう。あれから一度も会いに行けず、すまなかったな」
「いや……内紛の処理で忙しかったんだろう?」
「ああ、君にだけは話すが普通なら大王の命を狙った反乱は関係者の九族までさらし首にするところだ。だが、呂氏への抵抗勢力は残さねばらなかった」
壁は政が反乱そのものを無かった事にし、処断は最小限……竭氏の勢力は彼の片腕を務めていた肆氏が引き継ぐ事になったのだという。
「ところで貂は元気か?」
「ああ、元気だ。二人で仲良くやっていってるよ」
「そうか」
そうして少しの間、世間話をし……。
「それじゃあ信、亜水で作戦会議が待っているので私は先に行く。亜水で待っているぞ」
「はい、壁千人長」
こうして、最後にそう言い合うと二人は別れる。
その後、魏は滎陽から虚を衝いて打って出たために秦軍は亜水から蛇甘平原へと本軍を進めた。
これに混乱する歩兵長は歴戦の戦士の顔つきに雰囲気のある千人将こと縛虎申という男に口答えするなと斬りつけられ、それを壁と彼の友人であるという尚鹿が諫めるというやり取りもあったが信の『伍』は縛虎申の軍として編成された。
そうして、平地戦において絶対条件な丘の占拠を魏軍に先にやられてしまったため、丘を奪還すべく、戦っている第二軍を助けるべく戦う事になる。
そうして縛虎申は信たち歩兵を最前線に配置、目の前では第二軍が魏軍と交戦している。そのプレッシャーで尾平が吐いたりした。
ともかく、突撃の号令が下る合図の旗が振られ、皆がその号令が下るのを待つ中……。
「(漂、始めるぞ……俺達の夢を)」
信は一度瞑目して、そう語りかけつつ背中の剣を抜いて臨戦態勢に……。
「全軍突撃ィィィッ!!」
そうして縛虎申が突撃の号令を発し、信が行う初の戦は始まったのであった……。