扈輒軍にとっては一番守りやすく、だからこそ抜かれるとは思っていなかった『影丘』を李信とオルド、王賁の軍に抜かれてしまった。
急遽、本陣に侵攻されないよう待機させていた虎白軍五千が動く事になった。
「絶対にここは抜かせんぞ、侵略者共がぁっ!!」
「そんな程度で止められると思っているとはな……駆けろ、紅飛!!」
死守する構えの虎白軍に対し、李信は一日で千里を駆ける愛馬である紅飛に全力を出すように伝えた。紅飛は馬の嘶きどころか獣の如き、咆哮を上げて地を飛んでいるようにも見える程の爆発的勢いと速度にて駆け……。
「な、何だあの馬は……があああっ!!」
李信は超絶的な武威を込めた大矛を超絶的な技量にて振るう事で流麗に舞い踊らせていく。
次々に李信の進路上にいる趙軍は屠られていき……。
「扈輒様、申し訳ありません」
李信へと向かっていきながら、虎白も矛の一閃によって首を刎ねられて散ってしまったのだった。
無論、これにより李信達は本陣へと進んでいく。
だが、本陣を守ろうとするのは虎白だけではない。桓騎軍の掃討を始めていた龍白公が戻り始めていたのだが……。
「かかったぞ、やれぇぇっ!!」
本陣に向かうまでのとある場所に李信によって伏兵を命じられた『飛信隊』の部隊と『玉鳳』がいて、当然、襲い掛かった。
「っ、お、おのれ……おのれぇぇぇぇぇっ!!」
こうして龍白公の軍は伏兵によって壊滅してしまうのであった。
虎白と龍白、どちらにも対応してみせた李信はオルドと共に扈輒軍の本陣へと進んでいく。
「良し、進路を変えます」
「むっ、何故だ?」
急に直進から進路を変えた李信にオルドが問いかける。
「今頃、桓騎将軍が扈輒軍の本陣を強襲しているからですよ」
「何っ、どういう事だ。桓騎は追い詰められているのではなかったか?」
「それ込みで桓騎将軍は勝つための仕掛けを施していたんだ。
「……っ、兵の数を見誤らせたという事か」
「今回は竈でなく、兵そのものの数ですけどね」
孫臏とは百数十年前にいた兵法家であり、孫子兵法で有名な
この戦いのとき、魏領土内にて交戦をしかけていた『斉』は直ぐに退却、そして追撃を仕掛けてきた魏軍に対し、斉国の軍師であった孫臏は軍の竈の数を一日に半分ずつ、減らしていきそれを数える魏軍に兵の数を見誤らせて馬陵の地にて消えた兵を伏兵とした事で魏軍の総大将を討ち取る程の壊滅的被害を与え、大勝ちしたのである。
桓騎の場合は軍が元野盗で構成されており、やばい事態になれば逃走するその性質を桓騎は逆に利用した。
追い詰められ、逃げ惑う兵の中に死体の中に紛れたり、穴を掘ったりして隠れてやり過ごす兵がいたのだ。これにより、その兵たちは追撃してくる趙軍をやり過ごしながら前線を突破した。
こうして本陣が手薄になった事で寄り集まり、桓騎と共に本陣強襲を始めたのである。
もっとも虎白軍がいれば、隠れてやり過ごしている兵は動けなかっただろう。だが、李信とオルドが影丘を抜けた事で虎白は動かざるを得なかった。よって本陣強襲の好機は生まれてしまったのである。
「すべて事実なら、恐ろしい男だな桓騎は……味方の被害もものともしないとは……」
「勝つ為なら、どこまでも非情になれる……俺には越えれない一線さえも越えて」
戦慄するオルドに李信はそう言った。
そしてふと考える。もし、自分に漂との誓いが無ければ、おそらく……。
ともかく、李信とオルドは進路を変えながら移動しそうして……。
二
軍の大多数を戦場に放った事で扈輒軍の本陣には三千ほどしかおらず、そこへ桓騎軍は奇襲を仕掛けた。
桓騎の味方の犠牲もものともしない戦略に戦慄しながら、扈輒軍は影丘から迫って来る李信とオルドの存在もあるので逃走を始めたが……。
『だよな』
逃走経路を呼んでいた二百の精鋭を率いた桓騎と数千の兵を率いた李信が扈輒軍の眼前に立ちはだかった。
「くく、俺についてこれるのはお前だけだな。李信」
「どうも」
桓騎は見事にこの場に現れてみせた李信へ視線を向けながら、笑い李信は頷く。
「ははははは。幕だな、扈輒よ」
そしてやはり、数千の兵を率いてオルドが現れ……。
「ふっ、そうだな……私は確かに敗れる。だが桓騎よ。わざと自兵を多く死なせたものだ」
顔面に複数の飾りを埋め込んだ男の老将である扈輒が絶望に固まる兵の中で桓騎へと声をかける。
「なぜ、こんな事が出来る。お前には敵と味方の区別がついていないのか」
「……」
「そして中立の者たちへの区別もついていない。敵を多く葬るは英雄だが、お前はただ見境なく大量殺戮をする異常者だ」
扈輒は桓騎に対し、そう評価を告げた。
「はっ、我が燕の兵たちを壮絶な拷問にかけたりしたお前が言える事じゃないわ。十分、お前も異常者側だぞ、扈輒」
そんな扈輒に対し、オルドが反論する。
「ふっ、底の浅い奴の話を聞くと眠くなっちまうんだけどな」
「浅いのはお前だ。私は昔の戦場で人の闇の底を見た。本当に闇の底、つまりは痛みの底だ」
桓騎の言葉に扈輒は返答し……。
「ねぇよ、底なんて……人の闇にも、痛みにも。顔にそんなものを埋め込んで痛みを感じないと精神の平衡を保ってられない軟弱者が知ったように抜かすな」
「くくっ、同感だ。お前は雑魚なだけなんだよ」
扈輒の返答に対し、李信が怒りを込めながら言葉を告げ、桓騎も嗤いつつ、扈輒を侮蔑した。
「……誰から来る?」
「オルド将軍、どうぞ」
「ああ、ではやらせてもらおう。燕の積年の恨みを思い知れっ!!」
そうして扈輒はオルドによって討ち取られ、彼が率いていた兵たちも又、扈輒の後を追って果てたのだった……。