李信は『宜安』の統治を確実にし、また宜安の趙人である民に将、文官に反乱されないように交流を深めるため、次に攻め取る地の『番吾』の者達に対して数か月、李牧を弔う期間であり、休戦期間を設ける申し出をした。
それは受け入れられ、こうして李信は統治と交流に精を出す中で『番吾』を攻め落とす準備もしていた。
『番吾』には李牧との決着をつけた『宜司平原』の戦いで負け、捕虜となっていたが李信が解放した趙の将と兵が多くいる。
しかして、その解放した捕虜の中に潜入能力に優れた飛信隊の秘密部隊を潜入させていたのだ。無論、『番吾』の内部情報を知らせてもらうためと攻城の際に隙を見て城門を開いたり、守備をしている番吾の兵たちを暗殺するなどの妨害や攪乱をさせるためだ。
更に攻城部隊の兵器、井蘭車に床弩と投石器に衝車を準備するためである。
こうして準備を整えながら休戦期間が終わるのを待ち、休戦期間が終わると番吾に進軍した。
戦力的には秦軍は『雁門』と『代国』を攻めに行った燕軍無くとも三十万は優にいて、番吾の兵は十万程と城を攻め落とせるだけの戦力差はあった。だが、争わないで済むならそれに越した事は無い。
『宜安』にて『番吾』の者達に降伏を薦める役割を与えて説得させた。
だが、『番吾』の者達はこれを拒否し、李牧に殉じると言ってみせたのだ。
そこまでの覚悟を持っているなら、戦うしかない。
こうして、攻城戦を開始し順当に李信達は『番吾』を攻め落とす。
野盗を中心とした桓騎軍もこの戦に当然、加わっている。いつもなら何かと理由をつけては財宝の収穫だけ許可して、なるべく民たちの殺害は阻止できるように動いていた。
だが、今回は攻城戦をしたので財宝の略奪もそうだが、城内の者達の殺害を禁じる建前も何も無かった。一応、桓騎には必要以上の殺しはしないように頼んではいるのでそこは桓騎軍の裁量に任せるしかない。
まあ、あまりがちがちに縛り続けると反乱を起こされたりなどの爆発があるのである程度は黙認するしかないと判断した。
そもそも、こちらは一度降伏を薦めたし、向こうはそれを断り、散る覚悟を見せたのだからもう仕方なかった。
そうして、攻城戦に勝利したその後処理を済ませていき……。
「我らが勝利に乾杯」
『乾杯』
城内の広間にて李信と桓騎、王翦と楊端和という秦軍の六大将軍に属する者達で酒を飲み交わし、食事を共にした。
「後はもう、これで邯鄲を攻め落とす準備をするだけです。昌平君殿たちによる政治戦が主となるでしょう」
「まあ、そんなところか。向こうは逃げ場も何も無くなっちまったからな」
「囲んで追い詰めるだけで弱っていくな」
「戦う必要がないなら、それで良い」
北部への逃げ場も奪ったなら、後は趙の邯鄲に対し政治的な暴力などをして搔き乱し、軍においては燕軍と協力して商人たちの通行を制限し、食物の運輸なども禁じる大掛かりな封鎖であり、包囲をする事による『兵糧攻め』を仕掛けて弱らせればそれで済む。
無理をする必要は無いのだから、後は只々、焦らず待てば邯鄲は墜ちる状況であると李信達は判断したのであった……。