『魏』に対し、侵攻している『秦』の主軍となる蒙驁軍には衝撃が走っていた。
何故なら、元は『趙』にて三大天の座にもついていた英傑にして歴戦の老将である廉頗が動いたのが分かったからだ。
秦は廉頗が趙王と諍いを起こし、魏へと亡命したが魏王に信用されておらず、故に亡命してから三年間、廉頗は一度も魏軍を率いる事を許されなかった。
だが、それが覆った。何故なら廉頗配下の将にして、廉頗四天王の一人であり、『飛槍』や『廉頗の剣』とも呼ばれていた輪虎が待ち伏せによる奇襲を行なったからである。
幾人か千人将がやられたが、輪虎と彼の部下は信率いる飛信隊によって討ち取られた。
「飛信隊、信よ。今回の手柄はこれまでの手柄よりもさらに大きいぞ。本当によくやってくれた」
状況整理などのため、野営を始めた蒙驁軍。
総大将にして白眉や白髭と老人であるがその体格は大きく、筋骨も逞しい事が窺える男が信へと賛辞を送った。
「ありがたきお言葉」
信はその言葉に礼をする。
すると……。
「ココココ、輪虎を討ち取ったのは本当に大手柄ですよ、信。私ですら討ち取り損ねてしまったほどの実力者でしたからねぇ。ねぇ、騰?」
「は、中々の実力者でした」
『王騎将軍っ!?』
なんと王騎と彼の副将である騰が蒙驁の天幕へと姿を現した。当然、皆驚く。
「コココ、まあ楽にしてください。もう分かっているようですが廉頗将軍が動いた事を伝えに来ただけですから……蒙驁将軍、これ以上ない程の相手でしょう?」
「……ああ、勿論。王騎将軍、良く伝えに来てくれた。作戦をじっくり練らせてもらうとしよう。なに、相手にとって不足は無いわい」
「ンフフフ、その意気です。私もこの戦い、見守らせてもらいます」
蒙驁と王騎がそうしたやり取りをする中で……。
「(蒙驁将軍?)」
信は蒙驁がなにやら、動揺している気配を感じ取った。
「信、この戦においても貴方が大活躍しているのは良く聞こえてきました。その調子で励みなさい」
「はっ!!」
信は王騎の声掛けにしっかりと声を上げて答えた。
そうして、夜になり……。
「(参ったわい、本当に)」
野営をしている秦の陣内を総大将としての甲冑を脱ぎ捨て、小汚い老人歩兵の身に扮して蒙驁は徘徊する。
これは大きなプレッシャーを受けた際の蒙驁の不思議な癖である。
そして、陣内を徘徊しながら最後に蒙驁は静かな草原に身を投げ出して頭の中を空にするのだ。
「変装しているとはいえ、総大将が一人、出歩くのは感心しませんよ蒙驁将軍」
「む、信……これは恥ずかしいところを見られてしまったのぅ」
個人的なものとして巡回をしていた信は蒙驁を見かけていたので、後を追い声をかけた。道中、兎を見かけたのでついでに狩ってもいたが……。
「何かの縁です、夜食でもどうですか?」
「フォッフォ……では、いただこうかのう」
そうして、兎の肉を調理しつつ、信は蒙驁の前で焼いて渡す。
「敵将、廉頗はそんなにも強大ですか?」
「……ああ、儂は何度も負かされたよ。逃げ延びるので精いっぱいじゃ。しかも、廉頗は年を重ねているのに今こそ、油が乗っているような絶頂期としか思えない活躍を続けておるよ」
「怪物ですね」
「ああ、化け物じゃよ。参ったわい」
信の苦笑に蒙驁は本当に参ったとばかりの仕草をし、溜息を吐く。
「でも、やりがいはありますよ」
「む……?」
「戦いは結局、最後に立っていた者が勝ちですからね。なら、この戦で勝ってそのまま、勝ち逃げすれば一発逆転で廉頗との戦いに蒙驁将軍の総勝ちになります、ほら、やりがいがあるじゃないですか」
「……フォ……フォー、フォーフォフォフォッ!! 確かにその通りじゃ信よ、次に勝てば一発逆転、儂の勝ちじゃ、ざまぁ見ろと言ってやれるのぅ」
「やる気が出たようでなによりです。俺達も全力を尽くして蒙驁将軍が勝利を掴めるようにします」
「フォッフォ……ああ、よろしく頼む信。勝った時にはたっぷりと褒美を用意するからのう」
「はい」
蒙驁と信は和気藹々とした様子で言葉を交わした。
「ンフフ、やるじゃないですか。信」
蒙驁を元気づけようとした王騎は二人のやり取りを見守るようにして笑うのであった……。